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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
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地の狐、地の竜

ヴィスヴェアス山を前にしたフィルたち。目前に迫る噴火に、どうすればメリシャの予知を実現できるのか。

 金色の尾をなびかせて夜空を駆けるフィルは、見る見る遠ざかっていく離宮をちらりと振り返り、すぐに視線を前に戻した。向かう先には、山肌を夜の闇に染めたヴィスヴェアス山がそびえている。 


「フィル様、私もそろそろ竜の姿になります。メリシャ、フィル様にしっかりつかまっててくださいね」

「うん。わかった」

 フィルの毛をぎゅっと握り締めるメリシャに微笑みかけ、リネアはためらいなくフィルの背から空中に身を躍らせた。

 風を切って落下するリネアの身体が、ぼやけるように形を失い、次の瞬間には赤褐色の巨竜が大きな翼を広げていた。すぐに高度を上げてフィルの横に並ぶ。

「フィル様、私の背にどうぞ」

「ありがとう」

 フィルは、軽く風を蹴ってリネアの背中に降り立った。

 ティフォンの背は九尾が乗っても余裕があるほど広い。九尾の背のようにもふもふではないが、揺れは少なく、しっかりとした感触のおかげで安心感もある。


 今の状況でそんなことを考えるのは不謹慎だが、厚い絨毯でも敷けば極めて快適な空の旅ができそうだ。いずれ、リネアの背に乗せてもらって広い領内を移動するのもいい。

 …いっそ、サエイレムの守護竜として広く公表してしまってもいいかもしれない…とフィルは考える。


「フィル様、まずは山の様子を確かめます。よろしいですか?」

「あ、うん。それでいいよ」

 フィルは考え事を意識の奥に押し込み、前方にそびえる山に目を向けた。

「はい」

 ばさりと翼をはためかせたリネアは、一段と飛ぶ速度を上げた。


 闇夜にも関わらず、ヴィスヴェアス山の山頂は、うっすらとオレンジ色の光を放っていた。火口の底で蠢く溶岩の光が漏れ出ているのである。


 熱気に当てられないよう、ある程度の高度をとってヴィスヴェアス山の上を旋回する。黒々とした山肌の中で鈍い光を放つ火口の不気味さが目立つ。高度をとっていても、火口の熱気が肌に感じられた。


 火口の底は黒い部分がほとんどなくなり、オレンジ色の光で満たされていた。

 強烈な熱気が吹き上がっているせいで空気が歪み、はっきりとは見えないが、煮えたぎる溶岩が火口を満たし、今にも外へ噴き出さんばかりに荒れ狂っていることだろう。


 上空を飛ぶティフォンにも勢いよく熱気が叩きつけられる。

「あまり近づくのは危険みたいね。とりあえず、外輪山の上に降りましょう」

「はい、わかりました」

 軽く体を傾けてリネアは飛ぶ向きを変える。そして本峰を取り囲む外輪山の上、やや広くなった場所に降り立った。


 リネアの背から降りたフィルは、背後に広がるアルテルメの街を振り返る。夜の街は、建物の明かりが点々と灯り、うっすらと輪郭を浮かび上がらせていた。

 住民たちの避難は明朝からの予定だ。街の民たちは、まだ何も知らずにいつもの生活を送っている。


 見知らぬアルテルメの民たちのために、リネアやメリシャ、パエラ、エリン、大切な家族や友人を危険に晒す必要はあるのだろうか。ふとフィルは思った。

 

 ユーリアスにも言ったとおり、フィルが守るべきは何より自分の家族と友人、仲間たち、そしてサエイレム属州の領地と住民たち。自分の領地の外のことにまで命を張る義理はない。

 けれど、ユーリアスには皇帝として帝国の民を守る責務がある。アルテルメが壊滅し、皇帝だけが脱出したとなれば、ユーリアスの権威は地に落ちる。


 噴火から街を守ることが不可能とわかっているならまだしも、メリシャが予知によって街を守ることができる可能性がある以上、できるだけのことをしよう。

 帝国のためではない、魔族であるリネアやメリシャにも分け隔てなく接してくれるユーリアスのために協力するのだ。


「…さて、わたし達はこの山を吹き飛ばさなくちゃいけないわけだけど」

 フィルは、リネアを見上げる。

「リネア、今よりも大きくなれそう?」

 体長20mほどもあるティフォンは、今も十分に巨大だと思うが、メリシャが『見た』ティフォンは、さらに数倍の大きさだったらしい。体が大きくなれば、その分、撃てるブレスの威力も上がるはず。


「……やってみます」

 軽く頷いたリネアは、しっかりと四肢に力を入れて呼吸を整えた。

 リネアはティフォンの記憶を探り、体の大きさを変化させることができることはわかっていた。

 神話は、ティフォンの両翼が世界を覆うほどであったと語る。さすがにそれは大げさすぎるにせよ、相当な大きさになることができるはずだった。


 ティフォンの身体が、徐々に大きくなり始めた。体内に蓄えている力を循環させ、内側から膨らませるように身体を大きくしていく。

 だが、元の大きさのほぼ2倍くらいになったところで、それ以上変化しなくなった。

「…申し訳ありません。これが限界のようです」

 側にいると十分に巨大だが、メリシャが見た未来の姿には、まだ足りないようだ。


「大きくなるのに、周りの力を吸い上げてるんだよね?」

 食べ物を必要としない神獣は、自然界に満ちる力を吸い上げて己を維持している。それはフィルも感覚として知っていた。


「はい。その通りです。さすが火山の近くだけあって力は十分に満ちているのですが、私がそれを吸い上げる能力が足りないようです。今、この大きさを維持するので、吸い上げた力のほとんどを消費していて、これ以上大きくなれません」

「なるほどね…いいよ。戻って」

「はい」

 先程とは逆に、ティフォンの身体がすうっと小さくなり、元の大きさまで戻った。


「リネアがもっとティフォンの力に慣れれば、自力でもっと大きくなることもできるんだろうけど、今すぐには無理そうね」

「…申し訳ありません」

「謝ることじゃないよ。こんなことになるなんて、誰も予想していなかったんだから…でも、メリシャはリネアがもっと大きくなるところを『見た』。ということは、何か方法があるはずなんだけど…」

 フィルは考え込む。


 と、九尾とティフォンの中から、妲己と玉藻が現れた。

「困ったら相談してくれてもいいんじゃないかしら?」

 横座りに九尾の背に座って、妲己が微笑む。


「まぁ、頭を使うことは妾よりも玉藻の方が得意だけどね。きっと良いヒントをくれるんじゃない?」

 妲己に視線を向けられた玉藻は、扇の下で軽くため息を漏らし、口を開いた。


「フィルよ、九尾の力について少し教えておこう」

「九尾の力って、狐火と傷を癒す力くらいしか使ったことないけど…」

 フィルは、答えながら玉藻に向き直る。


「本来の九尾の力はそれだけではない。狐の本質は『土』じゃ。麿や妲己が生きた東方の国々には『五行』という考えがある。この世の万物は『火・水・木・金・土』の五つから成り、互いに影響し合っているというものじゃ。詳しく説明すると長くなるが、五行において狐は『火』から生まれた『土』の性質を持つ獣とされている。九尾の力というと火と思われがちじゃが、実は大地に属する神獣なのじゃ」

「九尾には、大地を操る能力があるってこと?……その力を発揮できれば、噴火を防ぐことができるの?!」

 ぐいぐい迫るフィルに、玉藻はピシリと扇を突きつけた。


「九尾と言えど、噴火そのものを防ぐのは難しい。だが、九尾とティフォンが揃えばメリシャが『見た』ように、街への被害を防ぐことはできるかもしれん。アルゴスの地に伝わっていた神話によれば、ティフォンは地母神ガイアから生まれたとされている。つまり、ティフォンも大地と縁の深い神獣なのじゃ」

 その言葉に、フィルだけでなくリネアも反応した。


「玉藻様。私は、どうすれば良いのですか?」

 リネアの問いに、玉藻はフッと笑みを浮かべる。

「フィルには多少意地悪しようかと思ったが、リネアにはそうも言えんな」


「何それ、わたしの扱いがひどくない?」

「じゃが、フィルが九尾の記憶からきちんと学んでおれば、麿が聞かせずとも思い至った話じゃぞ。皮肉の一つも言いたくなろうて」

「それは…ごめんなさい…」

 九尾の姿では表情がよくわからないが、人間の姿であったならばきっと、決まり悪そうに口を尖らせていただろう。


「戯れじゃ。気にするな」

 これまでのフィルに、じっくり九尾の記憶を学ぶ暇などなかったことは玉藻もわかっている。


「…良いか、簡単に言えば、今、大地の下で荒れ狂おうとしている火山の力そのものを利用する。そのために、ティフォンと九尾で役目を分担するのじゃ」

 玉藻はそう言って、パチンと音を立てて扇を閉じた。

次回予定「パエラ捕物帳」

アルテルメに残ったパエラも頑張ります。

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