表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
121/489

メリシャの見たもの

ヴィスヴェアス山が噴火する。はたしてそれを避けることはできるのか。

 そして夕刻。

 フィルの部屋にはユーリアスたちが調べてくれた噴火の記録が届けられた。

 ユーリアスは、急遽、噴火への対策を検討することになったとのことで、代わりに訪れた近衛軍団の武官から謝罪の伝言が伝えられた。

 

 過去に起こったヴィスヴェアス山の噴火の記録、それは確かにアルテルメの政庁に残されていた。時期は…今から約300年前。

 まだこの国が『帝国』と呼ばれる前の時代である。ちなみに『元老院』という組織はその頃から既に存在し、大きな権力を握っていたが、これは噴火とは関係ない……話を戻そう。


 記録は、さほど詳しいものではなかったが、激しい地揺れの後、空から焼けた岩が降り、やがて大量の石や灰が大洪水のように街を飲み込んだという内容は読み取れた。

 さらに問題なのは、噴火が発生してから街が完全に飲み込まれてしまうまでが、わずか1日程度での出来事だったと推測されることだ。あまりにも時間がない。

 

「どうにかして、噴火を抑える方法ってないのかな…」

 ソファーに座ったままフィルは、ふよふよと浮かぶ玉藻に尋ねた。

「フィルとリネアが街で暴れたらどうじゃ。それで街の者はこぞって逃げ出すじゃろう?」

「そんなことしたら、サエイレムが魔獣を使って本国に攻め込んだって言われちゃうよ」

「わかっておる。戯れじゃ……」

 フィルは頭を後ろに倒し、くっくっと笑う玉藻に恨みがましい目を向けた。


「いやぁぁぁ!」

 突然、大きな悲鳴が上がった。フィルたちが使っている寝室の方だ。音を立てて扉が開き、青ざめた顔のリネアが居間に飛び出してきた。

「メリシャが!」

 リネアの腕には、メリシャが抱かれている。メリシャはリネアの首に両手を回し、強く抱きついていた。

「何があったの?!」


「…それが、眠っていたら突然…」

 困惑した表情でリネアが答え、自分の腕の中で小さな身体を震わせるメリシャに目を向ける。

 フィルはリネアに歩み寄り、そっとメリシャの頭を撫でた。一瞬、ピクリと身を固くしたメリシャだったが、半分振り返ってフィルの顔を見ると、安心したように力を抜く。

「フィルぅ…」

 同時にポロポロと涙をこぼれ落ちた。


「メリシャ、大丈夫。大丈夫だから」

 指先でメリシャの涙を拭ってやり、フィルは微笑みかける。

「わたしもリネアもここにいるから、ね?」

 メリシャは涙に濡れた瞳でフィルを見つめた。


「…リネア、メリシャはわたしが抱いてるから、何か飲み物を」

「はい」

 メリシャを受け取ったフィルは、その小さな身体を胸に抱き、柔らかな髪に頬を寄せた。メリシャの温もりが伝わってくる。

 耳元で、くすんくすんとしゃくり上げる声が聞こえる。メリシャが落ち着くまで、フィルはメリシャを抱いたまま、その背中をさすっていた。


「メリシャ、林檎の果汁です。飲めますか?」

「ありがとう…」

 フィルとリネアに挟まれてソファーに座ったメリシャは、リネアからもらったカップに口をつけ、コクコクと喉を鳴らして果汁を飲み始めた。

 ようやく落ち着いた様子のメリシャに、フィルとリネアもホッと息をついた。


「あのね…」

 半分ほど果汁を飲み、メリシャはカップをテーブルに置いた。もう泣いてはいないが、その表情は不安というより、何かを怯えているように見える。

「メリシャ、…怖かったら無理に言わなくていいんだよ」

 フィルの言葉に、メリシャは大きく首を横に振った。


「夢の中で『見えた』の。街が燃えて、空から岩や灰が降ってきて…」

 そこでメリシャは再び涙ぐんだ。

「真っ黒な煙の塊が押し寄せてきて、メリシャも…フィルとリネアも飲み込まれる!」

 メリシャが『見た』ということは、おそらくは未来の予知。噴火が起これば、フィルとリネアでも成す術もないというのか。


 フィルは、メリシャに動揺を悟らせないよう務めたものの、口の中が乾き、かすれたような声になってしまう。

「メリシャ、『見よう』と思わなくても『見えた』の?」


「…うん。よくわからないけど、前にも『見たい』って思ってないのに、『見えた』ことがあるの。森の中で、お母さんがいなくなって、お腹が空いても食べる物もなくて…そうしたら、夢の中で、そのままメリシャが死んじゃうのが『見え』て…」

 おそらく、サリア姫が自ら命を絶ってから、フィルたちと出会うまでの間のことだろう。

「メリシャ、怖くなって、どうしたら助かるのか『見た』の。だから、リネアの家のこともわかったし、フィルたちが助けてくれるのもわかった」

 

 おそらく、メリシャの身に危機が迫った時に、メリシャの意思とは関係なく能力が発動し最悪の結果が『見える』のだろう。そして、その危機を回避するために能力を使うことを促すのだ。本能的に自分の身を守ろうとしているのだとフィルは考えた。


「メリシャ、良く聞いて」

 フィルは、メリシャの前に膝をついて、メリシャと視線を合わせた。

「…?」

 少し躊躇った後、フィルは口を開く。


「メリシャの能力で未来を『見て』ほしい。…怖い未来を見るかも知れない、もしかしたらわたしやリネアが死ぬ未来を見てしまうかもしれない。それでもお願いしたいの」

 フィルの言葉に、メリシャは少し驚いた様子でフィルを見つめ返した。


 フィルはいつもメリシャに『見て』はいけないと言い続けてきた。そのフィルが『見て』ほしいと頼むのだ。それがどういうことなのか、メリシャにもわかる。

 このままだと、メリシャが夢で『見た』未来が本当に来てしまう。それは、みんな死んでしまうということだ。それは絶対に嫌だ。


「うん。メリシャ『見る』よ」

「……」

 フィルは、メリシャの髪をそっと撫でながら、辛そうに俯く。

「…フィル?」

「メリシャにこんなこと頼むなんて。…情けないけど、許してね」


「そんなことないよ!フィルは情けなくなんてない。フィルはいつもメリシャを助けてくれて、守ってくれて、本当にすごいんだよ。…メリシャも、フィルを助けたい!」

「…メリシャ…」

「だから、フィルが謝る事なんてないよ。どんなに怖い未来が『見え』ても、メリシャ我慢できるもん!」

「ごめんね…」


「フィル様、そこは謝るところではないと思いますよ」

 黙ってふたりを見つめていたリネアが、微笑みながら言った。フィルは少し恥ずかしそうに言い直す。

「そうだね…メリシャ、ありがとう」


「うん。メリシャ頑張る」

 嬉しそうに頷くメリシャを、フィルは強く抱き締めた。


「今すぐ『見る』?」

 首をかじけるメリシャに、フィルは小さく首を振った。

「少しだけ待ってくれる?…兄様にもいてもらおうと思うんだけど」

「ユーリお兄ちゃん…?」

「うん。メリシャの能力を兄様にも知っておいてもらおうと思って。わたしやリネアと違って、メリシャの能力は見てわかるようなものじゃないから」

「いいよ」

 メリシャが頷くのを見て、フィルはリネアにユーリアスとエリンを連れてきてくれるよう頼んだ。噴火に関する大切な話があると伝えれば、ユーリアスも来てくれるだろう。


 リネアが部屋を出て行くと、入れ替わるように窓からパエラが入ってきた。

「聞いてた?」

「聞いてた」

「パエラは先にサエイレムに帰ってもいいんだよ?南のロンボイにはサエイレムの商船も入ってるから、それに乗ればいいよ」

 フィルやリネアと違い、パエラは魔族とは言え、噴火に巻き込まれて平気でいられる身体ではない。

 最悪、メリシャ1人ならなんとしても守ってみせるが、その時にパエラまで守り切れるかどうか…。


「あたしには、フィルさまのお手伝い、できないのかな」

 寂しさがにじみ出る言葉に、フィルは黙ってパエラを見つめた。あえて冷たく応じて帰るように仕向けるべきか。それとも危険を承知で手伝って欲しいと言うか。

 パエラの身の安全を考えれば前者である。だが、それは同時にパエラの気持ちを無視することにもなる。


「パエラも、手伝ってくれる?」

 するりと口から出た言葉に、フィル自身が驚いた。以前の自分だったら、パエラの安全を優先して「帰って欲しい」と答えただろう。けれど、フィルを手伝いたいと言ってくれたパエラの気持ちを傷付けたくなかった。


「もちろん。…だけど、フィルさまのことだから『帰れ』って言われると思ったよ」

「うん。…実はわたしもちょっと驚いてる…けど、パエラさえ良いなら、側にいて欲しいと思った…」

 意外そうな顔をしたパエラに、フィルはもごもごと小さな声で言う。

「ありがとう。フィルさま」

 にぱっと笑ったパエラに、フィルもつられて笑みを浮かべた。


 しばらくして、フィルの部屋にユーリアスとエリンも集まった。

「兄様、何度もお呼びだてして申し訳ありません」

「いや…それはいい。しかし、大切な話があるとは、どういうことなんだい?」

「兄様、これからメリシャに未来を『見て』もらいます」

「それは、以前に話していたアルゴス族の能力のことだね?」


「はい。先程、メリシャは噴火によってアルテルメが壊滅する未来を見ました。今から、それを回避できる未来がないか、メリシャにもう一度『見て』もらおうと思います」

 フィルは、隣に座るメリシャに目を向けた。

「メリシャ、お願い」

「うん」


 服の模様に溶け込んでいたメリシャの百眼が、花が咲くように一斉に見開かれ虚空を見つめた。


「……」

 メリシャの表情が強張り、その口元が辛そうに歪む。


 フィルは止めたくなるのを我慢しつつ、リネアとパエラは心配そうに、それを見守った。

 エリンとユーリアスは、初めて見るメリシャが能力を使う様子を、ただ驚きをもって見つめている。

 

 時間としては10分程度だっただろう。しかし、もっと長く感じた沈黙は終わり、メリシャの百眼がゆっくりと閉じる。そして、メリシャは口を開く。

「…みんな助かる未来、あるよ」

 その言葉に、フィルは大きく息をついた。

次回予定「行動開始」

目前に迫った噴火に、フィルたちはそれぞに行動を起こします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ