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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
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離宮の幽霊

アルアルメの皇帝離宮に到着したフィルたち。

しかし、離宮では不思議なことが起こっているようで…

 フィルたちの部屋として用意されていたのは、離宮2階の貴賓室だった。広い居間に寝室、専用の浴場まで付いている。もちろん、離宮の浴場も温泉。しかも常時掛け流しである。

 素晴らしいのは窓からの眺め。小高い丘の上にある離宮からは、アルテルメの街が一望の下に見渡せた。


 ユーリアスの配慮で、フィルとリネア、メリシャ、パエラは一緒に貴賓室、エリンは貴賓室に隣接した客室、そしてエリン配下の騎兵たちは離宮の敷地内にある近衛軍団の宿舎に泊まることになった。

 当然、貴賓室には専属の世話係たちがおり、至れり尽くせりの対応をしてくれる。もちろん魔族であるリネアたちに対しても、少なくとも表面上は、礼を失するような態度は微塵も見せることはない。流石に離宮の使用人たちはプロフェッショナルであった。

 馬車に積んでいたフィルたちの荷物も、すでに世話係たちの手で貴賓室に運ばれており、衣類などは衣裳部屋に整えられていた。


「姫様、御用がありましたら何なりとお申し付けください」

 深々とお辞儀をして、世話係の使用人たちが退室すると、フィルは小さくため息をついた。

 どうやらここでのフィルの呼び名は『姫様』らしい。総督の敬称である『閣下』と呼ばれるよりはいいので、それで良しとする。

 

 衣装を普段のものに改め、テーブルに用意されていたお茶と果物を口にしながら寛いでいると、しばらくして隣室に繋がるドアから軽いノックの音がした。

「フィル様、エリンです」

「どうぞ、入って」

 貴賓室に入ってきたエリンは、鎧は付けず、武器も腰帯に短剣を差しただけの軽装である。

「こっちに座って」

「はい。失礼します」

 エリンは、テーブルを挟んでフィルの向かい側に座った。


「エリン様、どうぞ」

 リネアがお茶を注ぎ、エリンの前に置いた。続いて、空になりかけていたフィルのカップにもお茶を注ぐ。そのフィルの隣では、メリシャが剥いてもらった果物を頬張っている。

 部屋の豪華さは別物だが、こうしているとサエイレム総督府のフィルの居間にいるような雰囲気である。

「リネア、ここでは働かなくてもいいんだぞ」

 やや呆れたように微笑みながら、エリンはリネアを見上げた。


「いいえ、フィル様のお世話は、私の役目です。他の誰にも譲るつもりはありません」

「さすが、フィル様の嫁だな」

 ニッと口角を上げるエリン。

「嫁…?」

「あ、あの…エリン様、そんな…」

 きょとんとするフィルと、わたわたと手を振るリネア。不思議そうに首を傾げるメリシャ。


「ただいまー」

 そこへ、窓の外からパエラが戻ってきた。

「ん?…何かあった?」

 パエラは何となく微妙な雰囲気を察し、すすっとリネアに近寄って囁く。


「なんでもありません」

「そう?」

 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに顔を赤らめるリネアに、パエラは目を細めた。

 

 これ以上リネアを恥ずかしがらせるのも可愛そうなので、エリンはパエラに話題を振る。

「パエラ、何をしていたんだ?」

「この部屋の周りに糸を張り巡らせていたの。侵入者があればすぐにわかるし、声や物音だって拾えるよ」

「なるほど。それは心強い。だが、ここは離宮だ。外からの侵入はそれほど心配しなくてもいいだろう。むしろ…」


「エリンさま、わかってるよ。一応、外にも張ってあるけど、本命はむしろ離宮の中だよ」

 フフン、とパエラは胸を張る。

「うん。兄様を疑うわけじゃないけど、離宮にいる人間の全てとなるとね」

 フィルも頷く。


「まぁ、フィルさまやリネアちゃんをどうにかできる人間がいるとは思えないけど」

「何にせよ、警戒しておくに越したことはない。こちらにはメリシャもいるのだからな」

 エリンの指摘に、当のメリシャ以外の全員が大きく頷いた。


 フィルたちが離宮に到着した日の夜。ユーリアスと一緒に夕食をとったフィルたちは、明日の街歩きに備え、旅の疲れを取るために早々に寝床に入った。

 そして、誰もが寝静まった真夜中のこと。


 ガチャン…何かが割れる音が響く。食器などを保管する配膳室の棚から、片付けられていた大皿が、ひとりでに動き出し、やがて棚から転げ落ち、床で砕け散る。

 貴賓室からかなり離れた部屋での出来事ではあったが、静まり返った夜のこと。音に敏感なリネアと、張り巡らせた糸で音を拾ったパエラは、その微かな音に気が付いた。


「リネアちゃん、聞こえた?」

 自分の糸で編んだハンモックで寝ていたパエラは、大きなベッドでフィルやメリシャと一緒に眠っていたリネアに囁いた。リネアも目を覚ましており、小さな声で答える。


「はい。何かが割れる音でしたね」

 リネアはそっと身を起こして、耳を澄ました。

「それに、何となく嫌な感じがします」

「うん。何かよくわからないけど、落ち着かない感じはするよね。…昼間は何も感じなかったのに」


「とりあえず、もう音はしないようですね」

「うん。…何だったんだろう?何かが割れる音はわかるけど、それだけじゃなくて重苦しい感じって言うか…」

「わかりません。私もあんな感覚は初めてです。今はほとんどおさまりましたけど…」

 リネアとパエラは顔を見合わせて首をかしげたが、この夜中にフィルを起こすほどのことはないと考え、再び眠りに着いた。


 翌朝、フィルたちとユーリアスが朝食のテーブルを囲んでいると、年配の使用人がそっと何かユーリアスに耳打ちした。

「またか」

 小さくつぶやき、ユーリアスが眉を寄せる。


「兄様、何かありましたか?」

 フィルは、スプーンを皿に置いて、真面目な表情でユーリアスを見る。

「いや、大した話ではないんだが…最近、離宮の中で食器などが壊される悪戯が多いんだ」

 苦笑を浮べつつユーリアスは言う。

 だが、フィルはぎゅっと眉を寄せて指先でテーブルを軽く叩く。


「兄様、それは捨て置いて良い話ではありません。何者かが離宮に侵入している可能性がある、ということではないのですか?」

 ここは皇帝の離宮だ。限られた者しか入れない。それなのにそうした事件が起こるということは、警備に穴があるということではないか。使用人たちの仕業とも考えられるが、まず自分達が疑われるような悪戯を、彼らがするとも思えない。

 

「フィル様。夜中に何かが割れる音が聞こえました」

「あたしも聞いたよ」

 リネアとパエラが言う。


「パエラ、侵入者の気配は?」

「ううん。あたしたちの部屋から遠かったから絶対とは言えないけど、そういう気配は感じなかった」

「パエラがそう言うなら、外部からの侵入された可能性は低いわね」

 …となれば、内部の者の仕業、なのか…?


「僕も最初は侵入者を疑ったんだけど、これまでも外から侵入した痕跡はないんだ」

「では…!」

「いや、離宮の者たちがやったとも思えない」

 口を開こうとしたフィルを制し、ユーリアスは言う。


「フィルも知っていると思うが、僕が使う食器は、鍵のかかる配膳室に保管されている。もちろん、配膳室の鍵は今朝も閉まったままだった。きちんと戸締まりされた部屋の中で、いつの間にか、食器が床に落ちて割れているんだ」

 ユーリアスは、困惑した表情で言った。


 皇帝の使う食器が保管されている配膳室の合い鍵は、特に厳重に管理されているはずだ。それなのに、起こることと言えば食器が割れることだけ。

「最初は、食器に毒が仕込まれたりしていないか、徹底的に調べたが、何もなかった」

「そんなことを、一体何のために…?」

 実行の難しさに対して、やっていることは子供の悪戯レベル。目的が全くわからない。


「僕が離宮に来る前から、こういうことが起こっているらしい。だから、僕が狙いだとも思えないし……離宮の者たちは、幽霊の仕業だと怯えていてね。正直、困っている」

 ユーリアスは、テーブルに頬杖をついてため息をつく。


「幽霊ですか…」

 ふむ、と小さく頷いたフィルに、ユーリアスはやや不思議そうな表情を浮かべる。

「フィーは、怖くないのかい?」

「え?…あ、その、お皿しか割らない幽霊より、生身の人間の方がずっと怖いですから…」

「まぁ、それもそうか…帝都の貴族どもに比べたら、幽霊の方がまだ可愛げがあるな」

 慌てて取り繕ったフィルに、ユーリアスは納得したように頷いた。


 本音としては、当たり前のように壁をすり抜けていく妲己や玉藻を見慣れているので、いまさら幽霊と言われても…というところである。

「…メリシャ、妲己や玉藻のことは、まだ兄様には内緒ね」

 フィルは、隣でパンを頬張っているメリシャに耳打ちした。

次回予定「アルテルメの街歩き」

メリシャにせがまれて、フィルたちは街歩きに出かけます。


※年末年始も通常通り、月・水・金曜で更新します。

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