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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 フィルのお忍び旅
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再会の約束

突然の地震。四阿の倒壊に巻き込まれたリネアとアーシェは…

「地揺れ?!」

 中庭で剣の鍛錬の相手をしていたフィルたちは、突き上げるような足元の揺れに動きを止めた。


「全員、真ん中に集まってしゃがめ!頭を守れ!」

 鋭くサラが叫んだ。声を合図に全員が中庭の中央に集まり、互いに身体を支えながら揺れが収まるのを待つ。屋根を覆っていた瓦が幾つか滑り落ち、どこかからドドーンという大きな音が響いた。


「揺れが止まるまで、その場を動くな!」

 低く響く地鳴りと足元の揺れに、子供たちは不安そうな表情を浮べていたが、中庭を囲む建物が崩れたりすることはなく、やがて揺れは収まった。落ちた瓦等の破片が散らばってはいるが、見える範囲に被害はない。


「みんな、怪我はない?!」

 フィルの呼びかけに、まだ顔を青ざめさせた子たちが、のろのろと頷いた。

 見れば、パエラは幼い子供たちを自分の腹の下に隠している。サラとエリンも、まわりの子たちに怪我がないか確かめていた。


 幸い子供たちに怪我はなく、フィルはホッと安堵する。…だが、揺れの途中で聞いた大きな音のことを思い出した瞬間、フィルの血の気が引いた。リネアとアーシェは…?!

「サラ先生!アーシェとリネアはどこへ?!」

「多分、裏庭の畑の方だと思うが…」

 返事を最後まで聞くことなく、フィルは裏庭へと続く回廊に向かって駆け出していた。


「痛たた…」

 気が付いたら、周りは薄暗かった。座っていたベンチが潰れ、アーシェは地面に仰向けになっている。その目の前にはリネアの顔があった。

 リネアは、アーシェの上で四つん這いになっており、その隙間にアーシェはいた。リネアの背中に大きな石材がのしかかっているのを見て、アーシェは顔を強張らせる。

「アーシェさん、大丈夫ですか?」

 状況に似合わない、穏やかな声でリネアは尋ねた。


「そ、そんなことより、リネアさんが…!」

 アーシェの声は震えていた。リネアが身体を張って自分を庇ってくれたことは明白だ。しかし、どうしていいかわからない。周りは瓦礫が積み重なっており、アーシェが身体を動かす隙間もない。


「私は大丈夫です。…アーシェさん、少しだけ目をつぶっていてください」

「で、でも…!」

「お願いします」

 大きな石材で押しつぶされそうになりながらも、安心させるように微笑むリネアに、アーシェは小さく頷き、目を閉じた。

 

 リネアは竜人に変化する。軽く息を吐いて、竜の尻尾を振るった。強靭な尻尾で自分の身体の上に載っている大きな石材を押し退け、横に転がす。リネアは身体の上に積もった瓦礫を力任せに振り払い、身を起こした。


 着ていた服が少々傷んでしまったが、もちろん怪我はしていない。大きな石材が背中に落ちて来た時の衝撃には一瞬息が詰まったものの、ティフォンの力を宿した身体は、竜人の姿でなくてもずいぶんと頑丈になったようだ。まわりに危険はなさそうだと見て取ると、リネアは狐人の姿に戻った。


「アーシェさん、もう目を開けていいですよ」

 アーシェが目を開けると、覆い被さっていた瓦礫はなくなっており、リネアが自分に手を差し出していた。


 リネアの手を握って身を起こし、立ち上がる。古かった四阿の屋根が揺れで崩れてきたらしい。すくそばには、梁に使われていた太い石材がゴロンと転がっている。こんな石材を、普通の少女と変わらない体格のリネアが支えていたとは驚きでしかない。


「リネアさん、本当に大丈夫なんですか?…あんな大きなものがリネアさんの上に落ちてきたんですよ!…怪我していないんですか?!」

 周りの様子とリネアを見比べて驚きの表情を浮べるアーシェに、リネアは少し恥ずかしそうに笑った。


「私の身体は、少しばかり頑丈なんです。アーシェさんこそ、お怪我はありませんか?」

 アーシェの目の前に立つリネアは、服こそ汚れたり擦り切れたりしているものの、怪我をした様子はない。


「はい。…あの、ありがとうございます。またリネアさんに助けられました…」

 ホッとしたアーシェがリネアに礼を言った時、保護院の方から必死の表情でフィルが走って来た。


「リネア!アーシェ!無事?!」

「はい!私もアーシェさんも大丈夫です!」

 リネアが大きな声で答えると、フィルはホッとした表情を浮べた。だが、足を止めることなくそのまま駆け寄ってきた。


「良かった。すごい音がしたから、心配で…」

「先程の地揺れのせいで、私とアーシェさんが話をしていた四阿が崩れてしまいました」

 フィルは周りに積み重なっている砕けた石材に目を向け、少し眉を寄せた。


「まさか、この下敷きになっていたの?」

「はい。少し痛かったですけど、怪我はしていません」


「アーシェも、怪我はない?」

「はい、大丈夫です。リネアさんに助けてもらいました」

「そう…」

 フィルは、ちらりとリネアに目を向けた。穏やかに微笑むリネアの表情を見て、フィルもようやく笑みを浮かべた。


「リネアは大丈夫だってわかってるけど、それでも、…やっぱり心配なんだよ……」

 リネアの手をぎゅっと握り、フィルは上目遣いにつぶやく。


「…ごめんなさい。フィル様…」

「うん…」

 フィルの様子を見れば、リネアがただの侍女でないことくらいわかる。フィルは魔族であるリネアをまるで家族のように大切にしている。


 フィルだけでなく、その側近であるエリンやフラメアも魔族を毛嫌いする様子はない。軍団長のエリンは、アーシェと同じくらいの年齢の頃から10年にも渡って魔族との戦争に身を置いてきたはずなのに。


 一体、魔族とは何なのだろうか。人間の敵、相容れない存在…?

 …でも、リネアはそんな風に思えない。フィルが連れていたパエラという娘もそうだ。アーシェの中で、これまで自分が抱いていた魔族へのイメージがポロポロと崩れていく。

 人間と魔族が共に生きているというサエイレム。フィルが治めているというその街は、一体どんなところなのだろうか。アーシェは、サエイレムへの興味が沸き上がるのを感じていた。

   

 地揺れによる街の被害は小さかった。保護院も室内の棚が倒れたり荷物が散乱したりしたが、建物自体は屋根瓦が落ちたくらいであった。大きな被害とは言えば、リネアとアーシェがいた四阿が崩れたことくらい。どうやらあの四阿は保護院ができる前からあったものらしく、他の建物よりも老朽化していたのだろうということだった。

 リフィアの市内全体を見ても、幾つかの古い建物が崩れたりはしたが、死者はなく、怪我をした者も比較的軽い。フラメアの指示で直ちに救護の体制も組まれており、フィルが口を出す必要もなかった。


 予定していたアルテルメへの出発も一旦延期となったが、リンドニア領と本国の間の川に掛けられた橋も安全が確認されたため、フィル達は2日遅れてリフィアを出発することになった。


 屋敷の前には、貴族用の馬車が用意されていた。ここまでは自領内でのお忍び旅だったが、ここからは本国に入る。さすがに今までのように自由気ままというわけにはいかない。護衛兵もエリンに加えて10騎の騎兵が付く。第二軍団から派遣してもらったエリンの配下である。

 この馬車は父アルヴィンが使っていたものだ。軍人らしく貴族用としては地味なデザインだが、2頭立てだった引き馬も4頭立てとなり、車内も広いので、御者は専門の使用人に任せてパエラも車内に乗る。


「フラメア、引き続きリンドニアのことをお願いします」

 馬車の前で、フィルは見送るフラメアに言った。

「お任せください。フィル様」

 フラメアは右手を胸に沿えて恭しく一礼した。そして、真剣な表情をフィルに向ける。


「フィル様、元老院側は今のところ大人しいようですが、フィル様を目の敵にしていることに変わりはありません。本国の領内では、くれぐれもご注意を」

「…そうね。気を付けるようにするわ」

 フラメアはフィルの隣にいるパエラに近寄り、その手を取った。


「パエラちゃん、フィル様の配下には諜報に長けた者が少ないから、頼りにしてるよ」

「フラメアさま、任せといて」

 フラメアの手を握り返して、パエラは胸を張った。


 そこへ、屋敷の中からリネアに連れられてメリシャが出てきた。

「フラメア、ありがとう」

「フラメア様、お世話になりました」

「どういたしまして。またリンドニアに遊びに来てね」

 揃ってフラメアに頭を下げ、手を振って馬車に乗り込む。


「じゃ、行くね」

「フィル様、ぜひまたお越しください」

「うん。フラメアも体に気を付けて」

 フィルとパエラが馬車に乗り込み、フラメアは先頭で騎乗しているエリンに合図した。


「出発!」

 エリンが右手を真上に上げて、前へと振り降ろす。パシンと御者が引き馬に鞭を入れ、ゆっくりと馬車が動き始めた。

「まーたーねー!」

 屋敷の玄関で手を振るフラメアに、メリシャがブンブンと手を振る。


「フィル様、リネアさん!」

 フィルとリネアを呼ぶ声がした。窓から顔を出すと、屋敷の門のそばで待っていたのはアーシェだった。


「本当に、ありがとうございました!私、エルフォリア軍に入ります。サエイレムに行きます!その時は、よろしくお願いします!」 

 それを聞いたリネアが、驚いた表情でフィルを見る。フィルは、リネアに笑みを返した。

「リネア、返事してあげてくれる?」

「はい」

 ゆっくり走る馬車の窓から顔を出したリネアは、アーシェに向かって大きく手を振った。


「アーシェさん!フィル様と一緒に、サエイレムで待っています!必ずまた会いましょう!約束ですよ!」

「はい。必ず…必ずサエイレムに行きます!」

 アーシェの姿が、後ろに小さくなっていく。アーシェが見えなくなるまで手を振っていたリネアは、嬉しそうに笑っていた。

次回予定「アルテルメの離宮」

いよいよ旅は最終目的地アルテルメへ。

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