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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
勇者は追放を重ねて忘却される
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糧(3)

章分けで作品を分けています。

大筋としては「勇者が追放を重ねて忘れられる」という話の、14話目。

この次で終わりになります。



前回までのあらすじ『戦士追放済』『僧侶追放済』『魔術師追放済』『精霊巫女追放済』『道化師追放済』『勇者追放済』


本項のタグ:「ファンタジー」「追放もの」「勇者」

「道化師」「勇者は追放を重ねて忘却される」

 


 岩壁に激突した衝撃で気絶していたのだろう。目を覚ましたブルースフィールは、自分がまだ枯れた林にいることを確かめて眉をしかめた。


 打ち付けた衝撃以外にも身体のあちこちに痛みがあり、特に頭痛が酷い。

 吐き気を堪えながら、定まらない視線でアランドラと道化師を捉えた。





「おみゃあら、いっらいらぃ……ぉ……?」




 お前らは一体何をしたいのか。そう問おうとした口が回らず、毒を盛られたのかとブルースフィールは判断する。

 即座に解毒魔術を組もうとして、しかし魔力が纏まらないことに気づいて愕然とした。




 酒による酩酊が魔術の構築を阻害する。




 それは魔術師ボルテウスが身をもって教えてくれたことだった。

 そしてその事実と、酒生みの魔術は勇者アランドラの糧となっている。



 アランドラの手から、捕らえているブルースフィールへと緩やかに魔力が流れ込む。それは体内で魔術を組み上げ、その場に酒を生み出した。



 一瞬にして胃に満ちた酒に押されてブルースフィールに吐き気がこみ上げる。しかしそれ以上に、周辺の血中に混ざった酒が激しく熱を持ち、灼けつく感覚に身をよじった。




「けんきゅう……ふめちゅ……おみゃぁらも、おんけぇお」




 ブルースフィールが口にしたかったのは、決して命乞いなどではない。



 研究を再開するれば不変不滅が得られる。お前らにもその恩恵を分けてやろう。



 そういう上から目線の許容だった。

 それが伝わったのか、それとも聞く気がないのか。アランドラは再び同じ魔術を組もうとして、激しい地震に揺られてそれを止めた。




 この国から川上にある山。国を挟んだ向こうに見えるそれが、噴煙を上げていた。




 それが激しさを増すにつれて繰り返される地震も強くなる。

 そしてついには、その山の中腹から赤い柱が噴き上がった。




 噴火場所は危険領域。勇者パーティがドラゴンゾンビたち相手に激戦を行った場所。



 当然その近辺には、廃墟となったかつての王都が広がっている。

 魔王を討ち倒し、以前の勇者が治政を押し付けられ、その影で賢者が研究を行なっていた場所だ。



 その一切合切が噴火口と化した。全てが溢れ出たマグマに飲み込まれ、焼き尽くされ、灰と化して吹き飛ばされていく。


 ブルースフィールの見開いた目が猛る柱を凝視して、一瞬呼吸が止まった。





「あ、あああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」





 不変不滅を得る術が消し飛んだのを理解して、彼の口から絶叫が迸る。爆ぜそうな血管も止め処ない吐き気も、その絶望を和らげることはない。


 魔術を組もうと、掴みかかろうと、狂ったように暴れだす。しかし酩酊している身体では一切それは成し遂げられず、無理をした反動で吐いた。



 そんな様子を二人は見ていた。



 剣を収めた勇者アランドラと芋を構えた道化師だ。





「賢者ブルースフィール。

 魔王退治に協力していた頃のお前は賢哲だった。

 その賢才を人の世に平和を為すために、慈善を為すために邁進する姿は治政を担う上で大きな支えになっていた」




 かつての勇者が残した生前の記憶。それをどれだけ正確に受け継いでいるのか、アランドラはまるで本人のように言葉を紡ぐ。


 しかし、その言葉に耳を傾ける余裕はブルースフィールにはなかった。





「だがお前は他者への蔑みに溺れた。

 知恵のない者。

 知識の劣る者。

 技術が、才能が、努力が実らない者たちを愚かだと嘲り見捨てた。

 それがお前の賢さ故の孤独を深めるだけだと知りながら、それしか選べなかった。

 衆愚と見下し、並ぶことに耐えられなかったお前は、誰よりも賢く誰よりも愚かだった」





 止まない噴煙から灰と岩が降り注ぐ。

 その火口から溢れ出たマグマと共に。


 叫び続けていたブルースフィールが道化師に掴みかかり、その口に芋を押し込められた。





「理解されない孤独がお前を暴走させた。

 それに気づけない僕もまた愚かだった。

 せめて酒を酌み交わせる仲でいられたなら、お前を止められたかもしれない。

 だが僕はお前の糧となり果て、多くの命が犠牲になった。

 だから僕たちは、その後始末をしなければならない」





 絶叫を塞いだ芋を吐き出して、ブルースフィールは僅かに理性を取り戻していた。



 危険領域の地下へと掘り進めて噴火させるに至る手段。

 勇者パーティがどれだけの数を揃えていたとしても掘り切れるものではない。



 精霊をどれだけ扱えたとしてもガスを全て無効化できはしない。

 一切の疲労もなく呼吸一つせずに命すら顧みずマグマを掘り当てる。

 そんなことをできる存在は、確かにあの地には溢れていた。それこそ無限に湧き出てくる様は群衆のようだった。




 ゾンビ。




 ドラゴンゾンビの影響で湧き続けるゾンビたちが全て、地表ではなく地下深くへと向かったならば。



 そこまで至ったブルースフィールの思考がもう一つの解答を導き出し、彼はそちらに視線を向けた。



 魔物を無限に呼び出す存在。


 そしてそれを自在に使役する存在。


 そんなものは一つしかいなかった。




 かつての勇者が討ち倒し、彼自身が遺体を研究素材として弄んだ存在。


 亡骸の一部をドラゴンの死骸に移植して実験に用いた存在。




 アランドラが勇者の記憶を、能力を受け継いでいるように。





「おまぁ……まをぶ」



 その存在の記憶や能力を受け継いでいるのか。そんな疑問は芋と共に押し込められた。



 ゾンビは餌に釣られたのではない。そもそも廃村にいたわけでもない。

 そんな気づきを封じようと更に芋を押しつけてくる道化師。

 その戯けるそぶりが全て偽りに見えて、ブルースフィールは背筋を凍らせた。


 その肩に手を置いたアランドラが優しく語りかける。





「賢者ブルースフィール。

 お前の酷薄と無情は、かつてお前の仲間だった勇者は糧に出来なかった。

 さらば、賢者ブルースフィール。

 それらを糧として、僕は勇者を辞める。

 ……ありがとう」





 何度も行われた、体内で組まれる魔術。



 ブルースフィールは、また酒精かと思い吐き気を堪えようした。

 だが酒精による熱がこない。それどころか身体の芯から冷えていく。


 まるで凍っていくようだと感じた瞬間、何をされているのかを理解した。




 凍血魔術。




 かつて僧侶ベルンが勇者パーティの戦力たり得るために身につけた魔術であり、ブルースフィールにも扱える魔術だ。


 ベルンは教会の僧侶であり、その根幹には人々への慈愛を教育される。そのため、たとえ盗賊や犯罪人であっても、人間相手にその魔術は結果を顕さない。


 人間というのは魔物の一種であり、魔術が人間相手にも有効なのだと頭では理解していても、彼自身の本質が人間相手の殺戮を拒んでいる。

 その無意識の葛藤に気づいたか、乗り越えてしまったのか、もはやアランドラには知る術はない。


 だがベルンの葛藤や慈愛、そしてその魔術は確かにアランドラの糧となっていた。




 体内で組み上がる魔術に、ブルースフィールは震えた。



 効果を堰き止めようとしても、未だに酩酊しているせいで魔力が纏まらない。


 止めろと叫ぶ声は芋に遮られる。


 吐き出そうにも押し付けられ、払おうとする手は捕まれて芋を握らされた。




 楽し気なそぶりで手を振る道化師が、寝かしつけるように目蓋を閉じさせてくる。





 それに抗うことも出来ず、ブルースフィールは静かに息を引き取った。










賢者追放はこれでおしまい。

さて。

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