糧(2)
章分けで作品を分けています。
大筋としては「勇者が追放を重ねて忘れられる」という話の、13話目になります。
15話で終わりになります。
前回までのあらすじ『戦士追放済』『僧侶追放済』『魔術師追放済』『精霊巫女追放済』『道化師追放済』『勇者追放済』
本項のタグ:「ファンタジー」「追放もの」「勇者」
「道化師」「勇者は追放を重ねて忘却される」
木々に隠れながら忍びよっていた道化師は、見つかったと気づくと口に指を当てて誤魔化すそぶりを見せた。
齧ったのか、少し欠けた芋を握ったままで。
その戯けた姿にバカらしさを覚え、しかしブルースフィールは目を疑った。
枯れた森のまばらな木々の隙間を埋める、朝日を浴びている群衆が見えた。その影にブルースフィールは思考を巡らせる。
勇者パーティには一般人としか言えないような群衆も含まれていたという。
それを道化師が連れてきたのかと思い、しかし既にそれらは各国で放逐された情報があったことを思い出した。
その間に駆け寄った道化師が魔力防護壁にぶつかる。
手で撫でたり叩いたり芋を擦り付けたりするが、それは壁があるという演技ではない。
そんな様子にアランドラが笑いを零す。
それを耳にした道化師は芋を擦り付けながら迂回して、彼の元へと走っていく。
「魔力防護壁を越えることもできん愚物が今更何のつもりだ?」
理解不能な生き物を見た気分を振り払い、ブルースフィールはその道化師に声をかけたが、返事は別のところからきた。
道化師が走るのに合わせて走り出した群衆。
いや、ゾンビの群れが雄叫びを上げながらブルースフィールへと迫ってくる。彼を糧として認識したらしい。
しかしブルースフィールにとってゾンビなど物の数ではない。
次々と木陰から姿を見せては魔力防護壁へとぶつかって爪や歯を立てようともがいても、それ以上近寄ることもできない。
どうやら魔力防護壁に擦り付けた芋を餌として、廃村に溜まっていたゾンビを誘導してきたらしい。
そんな推測を済ませる頃にはブルースフィールは火炎魔術を放っていた。ゾンビが次々とその炎に包まれていく。
魔術防護壁と火炎に遮られているブルースフィールの背後で、後続のゾンビたちがその炎へと突っ込んで燃え上がっていく。
時折新たな悲鳴が重なっても、既にブルースフィールはゾンビたちを相手にしていない。
放置しているだけで焼き尽くされるという確信があり、魔術防護壁を越えることもないとわかっているためだ。
そうしてアランドラにトドメを刺そうとして向けた、ブルースフィールの視線が灼かれた。
道化師が珍妙なポーズで上に手を伸ばしているのが見えたのは一瞬。
その手に持たれた鏡は朝日を照り返し、ブルースフィールの目を照らして逸れてを繰り返し、網膜に光の痕跡を増やしていく。
全くダメージを与えることのない、ただの嫌がらせである。
だからこそ、それは一層ブルースフィールを苛立たせた。炎を爆発させた芋のことも道化師が原因だと思い至る。
怒りに任せて魔術を叩きつけようとしたブルースフィールは、気づいていなかった。
先程までにはなかった、非常に強い酒の匂いがしていることに。それが大量に押し寄せていることに。
魔術師ボルテウスの編み出した酒生みの魔術。
人に使えば酔い殺すこともできるだろうが、既に死んでいるゾンビを殺すことはできない魔術だ。
だからこそ、ゾンビの身体が飽和するまで強く濃い酒精で満たす。
そうして出来上がったゾンビ爆弾は、芋に釣られて迷いなく火炎へと突っ込んだ。
それはかつてドラゴンゾンビ相手に作った火炎瓶など比較にならない威力で爆散した。
「ぬぐぁぁぁっっ!?」
それはブルースフィールがアランドラの剣線から逃れるために使った風魔術の数倍の威力を放った。
周辺の枯れ木や地面をえぐり、魔力防護壁ごと老骨を枯れ葉のように吹き飛ばす。
跪いているアランドラと、彼に回復魔術を施す道化師の頭上を越えて。
ブルースフィールは自らが作り出した岩壁に勢いよく激突した。
糧となったものは、無駄にはならない。




