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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
勇者は追放を重ねて忘却される
92/287

糧(1)


章分けで作品を分けています。

大筋としては「勇者が追放を重ねて忘れられる」という話の、12話目になります。

たぶん15話くらい?になります。



前回までのあらすじ『戦士追放済』『僧侶追放済』『魔術師追放済』『精霊巫女追放済』『道化師追放済』『勇者追放済』


本項のタグ:「ファンタジー」「追放もの」「勇者」

「勇者は追放を重ねて忘却される」

 

 突然目の前で、ブルースフィール自身が作り上げた炎の蛇が爆発した。

 それは完全に彼の虚を突き、全身を炎と共に小さな礫が襲う。




「ぐぁっ!?」




 炎そのものは魔術による影響を解けば、すぐに消失した。しかし、顔や手に粘度の高い物体が高熱を持って張り付いている。




「ぬぐぁぁっつぅ!!」




 踊るようにもがき、張り付いたそれらを引き剥がすと、手指が焼かれる痛みに襲われる。



 芋だ。



 道化師が去り際に残していった芋が爆ぜたらしい。

 甘い香りを放っていることなど気に留めていられないブルースフィールは、慌てて魔術で火傷を癒していく。



 炎の蛇を消したために、アランドラもまた自由になっていた。一瞬で間合いを詰めて振るわれた剣を魔力による防護壁で受けたが、防護壁ごと押し込まれる。



 アランドラの剣線は鋭く、絶え間なく降り注ぐ。




 頭蓋を断ち割るように。

 首を刈るように。

 心臓を貫くように。




 降り注ぐのは必殺の一撃だけではない。




 足の指先を削ぐように。

 腰骨を割るように。

 血を流させるために動脈を。

 動きを阻害するために関節を。



 それはアランドラの隣で、戦士バルドゥルが振るっていた剣線でもあった。




 バルドゥルの剣線に混ざる必殺の一撃を、ブルースフィールは必死で躱す。だが必殺の一撃は時に囮となり、ブルースフィールに細かな傷がついていく。

 ブルースフィールはかつての勇者の仲間だったが、それははるかに昔のことだ。ましてや元々接近戦など得手とはしていない。



 そのためアランドラとの間で風魔術を吹き荒らし、互いを吹き飛ばすことで距離を取った。

 そうして魔術による防護壁を幾重にも重ねて、容易に接近できないように身を固めていく。受けた傷も衣類の裂け目も全てなかったように、魔術が修復する。



 その様子を油断なく見つめるアランドラを睨み、その身体能力と正体に目を光らせた。




「そうか……先程の発言然り、得心がいった。

 アランドラ。

 お前は我が実験体か。

 人真似が得意な魔物が素体か?

 それともそれが孕ませた凡愚の子か?

 どちらにせよ、その身にはかつての勇者の記憶が残っているようだな」




 敵を一撃で殲滅することに特化した剣線。かつて勇者に同道した旅路で幾度となく目にしたことを賢者ブルースフィールは思い出す。



 その剣線が今や自らへと向いていることを理解した上で、ブルースフィールは嗤った。





「やはり成果はあったのだ。

 記憶の継承。技術の継承。

 それをお前は証明した。

 不死不滅は叶わずとも、不変不朽には指がかかっていた! 危険領域の研究設備から魔王の亡骸を回収できれば、その成果は我が糧となる!

 礼を言おう、勇者アランドラ。

 お前の命は実に役に立った。

 かつての記憶のように今一度、我が魔術によりその命を散らすがいい!」




 その言葉に乗せて組まれた魔術が、その余波だけで地面を、空気を凍らせていく。



 凍血魔術。




 僧侶ベルンが努力の果てに身につけた魔術は、賢者にとってははるか昔に通り過ぎた道だ。

 魔物の血を凍てつかせる魔術がアランドラを覆う。



 だが、アランドラが動きを止めたのはほんの一瞬。全身に光を纏い、凍血魔術を散らしながら凍った地面を滑るようにして距離を取る。


 物質も現象も、全てを同化していく存在。

 そしてその身と引き換えに穢れを浄化する存在。



 精霊。




 精霊巫女ビルキッタの力は、精霊と共に勇者アランドラの糧となっていた。




「精霊で凍血を防いだか」




 精霊は凍血魔術の魔力を取り込み、冷気も取り込んでいく。

 だが彼の真近を漂う精霊は防護だけに働かない。アランドラが魔術を練れば、その魔力をも取り込んでしまう。



 その結果、アランドラが放った火球魔術は威力を大きく減じていた。速度も衰え、ブルースフィールの魔力防護壁を貫くこともできずに受け流されてしまう。



 本来なら敵を爆破するはずの火球は枯れた木を焦がす程度。数度の渇いた音が響いても、木を倒すほどの威力も残っていなかった。




 対して、ブルースフィールは豊富な術を手段としている。精霊が魔力を削ぐのなら、魔力に頼らない魔術を使えばいいだけだった。


 アランドラの身の丈の数倍にもなる岩壁が、彼の退路を絶つように扇状に迫り上がってくる。

 その変化に耐えきれなかった木々が根を断たれて降り注ぐ。それだけでもアランドラは潰されないように逃げ惑うしかない。

 その進路を誘導するように、拳大の氷塊が無数に放たれる。それらはアランドラの剣により受け流されたが、一つ一つが岩壁に突き刺さる威力を持っていた。



 アランドラが纏う精霊もそれらを取り込もうとしているが、魔力とは違うただの物体には効果が薄い。むしろ纏わりついた分が引き裂かれ、その身を減じていく。



 そうなるように仕向けた上で、更にブルースフィールは魔術を用意している。

 逃げた先に据え置いた、風の魔術だ。



 それはアランドラの接近に反応し、効果を現して爆散した。



 上がった息では悲鳴を漏らす余力もなかったらしい。吹き飛ばされたアランドラの身体が岩壁へと打ち付けられ、追撃の氷塊が数発その身を貫く。


 致命傷だけは避けたアランドラが、転がって逃げながら回復魔術を使った。力を失った精霊はその魔力を減じることはなかったが、傷は癒えきらない。



 蹲った彼の姿を観察しながら、ブルースフィールは笑みを浮かべる。



 アランドラの魔力が既に心許ない状況だと見抜いたブルースフィールは、その身体を破壊するよりも素材に流用することを選んだ。



 背後から朝日に照らされ、ブルースフィールの影がアランドラへと伸びていく。



 自身にも何者かの影が寄り添うのを見て、ブルースフィールは魔術で氷塊を鏡代わりにして中空に浮かべた。






 そこには、追い払ったはずの道化師の姿が写っていた。








糧となったものは、無駄にはならない。

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