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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
勇者は追放を重ねて忘却される
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魔術師は追放を言い渡される

章分けで作品を分けています。

大筋としては「勇者が追放を重ねて忘れられる」という話の、5話目になります。

たぶん15話くらい?になります。


前回までのあらすじ『戦士追放済』『僧侶追放済』


本項のタグ:「ファンタジー」「追放もの」「勇者」

「勇者は追放を重ねて忘却される」

 

「魔術師ボルテウス!お前をパーティから追放する!」




 勇者の声が響き渡り、ホールに集った貴族たちが動きを止める。


 突然の出来事にホールに流れていた音楽も止まった。固まった指揮者の代わりに道化師が指を振るっても、再開せずに声の主へと注視して動かない。



 立食形式で並べられたテーブルから離れた、ダンスも出来そうなほど開けたスペース。そこで一人の老人を見下ろす蓬髪の若人が勇者だと、この場にいる誰もが知っている。


 見下ろされるままに床に腰を下ろしている老人は赤ら顔で、その視線は定まっていない。

 それが床に転がっている酒瓶によるものだと一目で知れた。




「わしがぁ、んで、だってんだぁ!」




 よだれを顎髭に垂らしながら、意味不明な声を上げる姿に理性の色はない。手探りに酒瓶を掴み、更に酒をあおっていく。




「貴賓として招かれた以上、相応の態度を示すべきと言ったのはお前だった。

 だが今のお前はただの酔客で老害でしかない。

 酒癖が悪いから飲むなという忠告も忘れたようだな。

 お前の失礼な行いがどれだけ周りに迷惑をかけているのかわからないのか」


「だぁった! んだらぁ! おまーが、ってんのが、あーてっか!」




 声をかけられる度に奇声を発する姿に、貴族たちは痛ましいものを見る目になっている。

 しかしそれも認識できないのかボルテウスは勇者に反論していた。




「危険領域を旅する間、清潔な水が得られず、魔術で生み出した酒しか飲めなかった。

 パーティ全員分の酒を生み出すうちに依存症になってしまったことには、憐みも申し訳なさも感じている。

 だが酔ったお前は最も使い慣れた酒生みの魔術ばかりを使う! しかも酔い潰れるまで使うのをやめない! 

 今のお前は何を言っているのかさえわからない! 白面に戻ったら羞恥でのたうちまわるのも目に見えている!」


「だっぞぁあ!? おまー、らっと、んが……酒ぇぇぇ!」




 既に飲み干して空だった酒瓶を放り投げたボルテウスの、唯一聞き取れる言葉がホールを震わせた。


 床に置いていた杖を掴み、ボルテウスはその先を勇者へと向けた。古木でできたねじくれた杖だ。

 黒茶けた杖が徐々に紫の光を帯びていく。

 込められている魔力が強すぎて光を放っているのだ。


 日常では目にすることのない光に周囲の貴族たちからどよめきが上がった。



 魔術師ボルテウスが本気になれば、このパーティ会場など跡形もなくなる。



 その事態を食い止めるべく、また貴族たちの盾となるべく、会場へと踏み入ってきた騎士達の顔色は青白い。

 巨大な魔物でさえ一瞬で炭と化す魔術が目の前で練られているのだ。死を覚悟した顔には悲壮感しかない。

 いつのまにか隣にいて宥めようとする道化師を追い払う余裕もない。



 そんな騎士達を軽く手で制し、勇者アランドラは静かに杖の前に立った。



 普段身につけている煌びやかな鎧ではなく、ダンスにも映えるような礼服だ。魅せることだけに特化した礼服には当然、魔術に対する抵抗など望むべくもない。


 ボルテウスが練り上げた魔力が杖の先へと集まる。魔術としての形を組み上げるようと蠢き続け、しかし杖の先から溢れ始めた。



 不満気な声を上げたボルテウスの視線が魔力を睨み、溢れそうな先にある酒瓶を捉えた。

 無意識に鳴らした喉が、そこを通すためのものを催促する。



 雷撃系の魔術を組み上げていたはずが、あっさりと違う魔術が組み上げられた。転がっている酒瓶を杖の先が小突く。

 空だったはずの注ぎ口から渾々と湧き出てきたのは酒だ。



 這いつくばるように手を伸ばしたボルテウスが、まず注ぎ口に口を付けて酒瓶を握る。そのまま身体を起こしながら中身を一息に飲み干して、満足そうにゲップを漏らした。



 その振る舞いに貴婦人たちは扇で顔を隠し、あちこちから侮蔑の声が聞こえてくる。

 悲壮感で満ちていた騎士達でさえ、蔑んだ目をしていた。

 ボルテウスは全く気にする様子もなく、空になった酒瓶を振って一滴残さず啜ろうとしている。




「しっかりとした管理下で治療を行って貰えるよう、手配していただいた。

 さらば、魔術師ボルテウス。

 お前の魔術への造詣や人生経験は良くも悪くも先人の知恵だ。それは勇者であるこの僕、アランドラの糧になった。

 ……ありがとう」




 そう言いながら勇者が触れると、ボルテウスは眠るように崩れ落ちた。

 駆け寄った道化師がその口に酔い止め薬を流し入れるのを押し除け、騎士達がボルテウスをホールから運び出していく。


 戯けた道化師が追いかけていくのを、誰も見ようともしない。貴族たちも関わりたくはなかったのだろう。一部で陰口を叩く者もいるが、すぐに何事もなかったように振る舞いだす。



 楽士たちが再び音楽を奏でだす頃には、途切れていた会話も戻っていく。

 それに当たり前のように混ざる勇者もまた、先程のことをなかったように振る舞うのだった。







 その夜、騎士たちの監視下にありながらボルテウスは息をひきとったという。死因は魔術による酒精の過剰摂取だと言われている。



 ボルテウスの満足気な死顔を勇者が見ることはなかった。






魔術師には老人男性のイメージが色濃いです。

それはまだ原因予想ができるのだけれど、老人男性に言葉がわからないほど酔っているイメージがあるのはなんでだろうか。

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