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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
童話や寓話のような何か
34/287

浦島太郎は海にいる

童話や寓話をネタにしていますが、いろいろ原作を無視している気がします。

お暇な方はぜひ原作も読んでみてください。


本項のタグ:「童話・寓話」「原作要素は薄め」「浦島太郎」

 浦島太郎が最近の日課としているのは浜辺の散歩です。

 たまに半身浴程度まで海に入ることもありますが、遠浅でサーフィンする人々ほどの余裕は浦島太郎にはありません。

 より海深くにいるような、回遊魚などの背鰭を目にすることもあります。そうした回遊魚がサーファーをひと飲みにすることも、海では珍しくもないのです。

 浦島太郎は適度に楽しむ程度で、海に深く入るつもりは全くありませんでした。

 しかしある日、浜辺で騒ぎが起こりました。

 子供たちが一匹の亀を取り囲み、口々に責め立てているのです。

 それはとても口汚い罵詈雑言でしたが、同時に酷く幼稚で身勝手な物言いでもありました。



「くそガチャ!」


「無課金ユーザーも優遇しろ!」


「石よこせゴラァ!」



 海深くにいるはずの亀が何故浜辺にいるのか、わかりません。

 しかし、たまたま近くにいた浦島太郎は亀に助けを請われてしまいました。


 いや、これは困ったことになった。


 浦島太郎は困惑して、その場を離れたいと思いましたが、子供たちに取り囲まれてしまいました。

 しかし浦島太郎の身形から、海に深く入っていないことがわかったのでしょう。

 子供たちは浦島太郎を無視して、口々に亀の悪口を言いながら去って行きました。



「廃課金イベマジくそ」


「運営しね。マジしね」


「石石石石……」



 浦島太郎は亀に語りかけます。



「まぁ、いろんな意見があるけれど、楽しませてもらっているし、頑張っていると思うから、まぁ、その、頑張って?」



 かつて子供だった浦島太郎には子供たちの気持ちもわかります。

 しかしサーファーのように波に乗れるほど、海で戯れることにのめり込んでもいません。

 おっかなびっくり、浜辺を歩いて時折海に入る程度の、浜辺に最もよくいる人々の一人。それが浦島太郎でした。

 しかし、亀にとってそれはとても優しい言葉だったのでしょう。

 亀は涙を流して喜び、浦島太郎を竜宮城へと案内すると言い出しました。

 浦島太郎は驚き、断りました。海の深さを知った後、浜辺で楽しめなくなることが怖かったのです。

 しかし亀は浦島太郎の袖を咥えると、無理矢理海へと引きずり込んでいきます。

 浦島太郎は大慌てです。

 海の中にいられるほど、浦島太郎は息が続かないとわかっていたからです。

 必死になって肺の中から空気が出ていかないように堪えました。

 どんどん深く潜っていく亀に引きずられて、浦島太郎はもがくこともできません。

 もし一度でも口を開いてしまえば、肺の中にある空気が全て、泡となって消えていくのが見えたことでしょう。

 そうならないように、浦島太郎は必死になって口を押さえて耐え続けました。


 肺が痛むほどに我慢を続けた浦島太郎は、かろうじて溺れることはありませんでした。

 亀が連れてきたところにはたくさんの空気がありました。浦島太郎は倒れ込んで、息を荒げています。


 そこは海の底の最も深いところ。

 どれだけの空気があってもたどり着けない、全ての財宝がある幻想の城。

 竜宮城です。


 全く悪びれる様子もない亀の指示により、浦島太郎は身形も持ち物も変えられていました。

 それらはどう足掻いても手に入ることのない、回遊魚でさえ持っていないようなきらびやかなものでした。

 亀は言いました。



「あなただけ、全部のコストを取り払いました。全部のアイテムもイベントもコンプしてあります。思う存分楽しんでください」



 浦島太郎が確かめてみると、本当にその通りでした。

 毎日浜辺を歩いていた頃とは違い、一日中海の中で泳ぎ続けたとしても、全く疲れることがないでしょう。

 毎日海を眺めていた頃とは違い、その中で起きるイベントは全て参加できます。その中にあるものも、全て手に入れることができるのです。


 そんな浦島太郎の目の前で、イベントの演出が展開されます。

 鯛や平目が舞い踊り、極上の海鮮が山のように盛られます。

 それは最上の歓待でした。なにしろ全てが思いのままに手に入るのです。

 かつてそうした全ては、浜辺から遠目に眺めるだけで、残骸が漂着するのを待ち続けるだけのものでした。

 その残骸さえも見つからないことが、珍しくもない日々でした。

 しかしいまや、一つの波が通り過ぎる前に全てが浦島太郎の目の前に揃っているのです。

 浦島太郎が、かつては欲して止まず恋焦がれたものが、無造作に置かれているのです。

 その一つ一つをじっくりと鑑賞していくのは、仕方のないことでしょう。

 様々なものが並べられ、それらを吟味するうちに、また新しい出来事が起きて波が様々なものを持ってきます。

 回遊魚でさえ波に呑まれていても、竜宮城にいる浦島太郎の髪一筋も揺るがすことがないのです。

 いつしか浦島太郎は、浜辺での楽しみ方さえ忘れてしまい、並べられていく宝物と饗宴の虜になっていきました。





 しかし、終わりは突然訪れます。





 当たり前のようにあった宝物の山がなくなっています。

 舞い踊っていた鯛や平目の姿もありません。

 明るかった海も薄暗く、回遊魚の姿もまばらになっています。

 そんな様子に戸惑っている浦島太郎に、亀が声をかけました。

 隣に立っているのは乙姫でしょうか。



「この海はもう終わりです。あなたを元の浜辺へとお送りします」



 浦島太郎は全く理解できません。

 海の終わりとはなんでしょうか。今更浜辺へと戻されて、いったい何が楽しめるというのでしょうか。

 浦島太郎はその場にしがみついて抵抗しました。

 しかし、乙姫が手を添えるだけで指一つ動かせなくなってしまいます。浦島太郎は懐に何かをおしこめられて、亀に咥えられます。そのまま抵抗もできずに竜宮城から引きずり出されてしまいました。

 久しぶりの海の中でしたが、回遊魚もサーファーもほとんどおらず、濁ったような海水がまとわりつきます。

 そんな中を引っ張り上げられ、浦島太郎は浜辺へと戻されてしまいました。

 浦島太郎は亀につかみかかり、もう一度竜宮城へと戻すように言いましたが、亀は砂となって崩れてしまいました。

 海を見れば、どんどんと干上がっていきます。

 サーファーの姿もなく、回遊魚も見当たりません。

 浜辺を歩く人の姿も、亀を責め立てていた子供の姿もありません。

 渇ききってひび割れていく景色を見ながら、浦島太郎は海がなくなったのだとわかって、むせび泣きました。



 どれだけそうして泣いていたでしょう。

 浦島太郎は懐に押し込まれたものに気づいて、取り出しました。




 それは別の海へと至るための案内状でした。




 その後、別の海で竜宮城を目指して、浦島太郎は回遊魚になりました。

 決して竜宮城には届かないことがわかっていても、もう海から上がることもできません。

 肺の中まで海水に沈んだ浦島太郎は、溺れながら泳ぎ続けていくのです。

 再び海がなくなるその日まで。








夏なので、ちょっと海っぽい内容を書いてみました。

ちょっと水浴びするくらいのつもりで、気が付いたら泳いでいたりしますよね。

もっと深くまで行けば、竜宮城かルルイエが見つかるかもしれません。


ルルイエってなんだっけ? と気になった方は原作を読んでみるのもいいかもしれませんね。(違う、おすすめするべきはそっちじゃない)

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