表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
童話や寓話のような何か
30/287

マッチに火をつける少女

童話や寓話をネタにしていますが、いろいろ原作を無視している気がします。

お暇な方はぜひ原作も読んでみてください。


本項のタグ:「童話・寓話」「原作要素は薄め」「マッチ売りの少女」

 

 とてもとても寒い、しんしんと雪が降り積もる中で、一人の少女が震えています。

 震える手を擦っても、寒さは薄れません。

 街中を吹き抜ける風は雪混じりで湿っていて、建物を白く染めています。

 少女は手にしていたマッチに火をつけました。ほんの少しだけ暖かく感じる程度の、吹けば消えるような火です。

 少女はそれを大事にしまうように、両手で覆い隠しました。

 風や雪に触れないように。

 それはまるで独り言のように、誰にも届かないものでした。しかし確かに少女の手を暖めていました。


 マッチは少女の指先で徐々に燃え尽きて、やがて小さな炭へと変わりました。



 それを見た少女は思いました。




 もっと大きな火なら、もっと暖かいかしら。




 少女は新しいマッチを取り出しました。

 他に何も燃やさない、マッチだけで燃え尽きた炎を思い出し、少女は少しだけ考えました。

 そうしてマッチの火を移せるものを探しました。


 見つかったのはポスターでした。

 そこには人種差別撤廃のため集会を行うことが書かれています。

 少女はそれを見て、とてもよく燃えそうだと思い、マッチに火をつけました。

 ポスターへとマッチの火を移すと、それはとても簡単に燃え上がりました。

 ポスターに描かれた人々が火に呑まれていきます。

 少女はそれをじっと見つめながら、手をかざして暖まりました。

 しかしポスターはすぐに燃え尽きてしまいます。

 そこに描かれていた様々な人々は、肌の色も国籍も人種も関係なく、ただの灰になりました。

 それを見た少女は思いました。




 これならみんな同じになれるわ。




 少女は自分の行動を正しいことだと感じました。

 自分が暖まることで、誰かの悩みが一つ消え去るのです。

 それはとても良いことだと思いました。

 それでも、雪はずっと降り続けています。

 ほんの少しだけ暖かくなれた少女は、より寒さを強く感じました。

 風が吹き、少女は身体を震わせました。

 その風はポスターだった灰を一瞬で運び去りました。

 それを見た少女は思いました。




 もっともっと大きな火なら、もっともっと暖かいかしら。




 少女は再びマッチを取り出しました。

 もっともっと大きな火をつけようとしましたが、街中にはマッチから火を移せそうなものはポスターくらいしかありません。

 建物も車も雪や風を避けるように閉ざされており、少女がそこに入って寒さを凌ぐことはできません。

 少女は頑張って燃やせるものを探して、雪の降る街を歩いていきます。

 途中で見つけたポスターを剥がし、いくつかの路地を越えて、少女はプラカードを見つけました。

 そこには性の多様性と性差別について書かれていました。

 少女はそれを見て、とてもとてもよく燃えそうだと思い、マッチに火をつけました。

 集めたポスターを種火にして、プラカードへと火を移すと少しずつ燃えていきました。

 そこに描かれた人々がゆっくりと火に呑まれていきます。

 火の粉が舞い上がるそれに手をかざしてみると、とてもとても暖かく感じました。

 そこに描かれた様々な人々は性の種類や差異にかかわらず、全て煤けた灰になりました。

 これを見た少女は思いました。




 これならみんな違いがないわ。




 少女は自分の行動を正しいことだと確信しました。

 自分が暖まることは、誰かの悩みが一つ消えることなのです。

 とてもとても良いことをしていると思いました。

 それでも、雪はずっと降り続けています。

 だいぶ暖かくなった少女は、先ほどよりとても強く寒さを感じました。

 風が吹かなくても、少女は身体を震わせました。

 燃え尽きたプラカードが音を立てて崩れて、灰を舞い揚げます。

 それを見た少女は思いました。




 こんな火じゃ全然足りない。もっと燃え盛る炎が欲しい。




 少女は三度(みたび)マッチを取り出しました。

 火をつけようとしましたが、見つかったのはポスターとプラカードばかり。

 少女はもっと燃えそうなものを探します。両手に持てる分のポスターとプラカードを抱えているのは、マッチから火を移す種火にするためです。

 そうしているうちに建物の間に作られた、大きな公園へと辿り着きました。

 建物の間を吹く風よりも緩やかな風が吹いています。

 雪も少し弱くなっていました。

 でも少女は震えています。とてもとても寒いと感じて、もっともっと大きな火がつけられるものを探していました。

 そうして少女は、車を見つけました。

 普通に乗る場所だけではなく、屋根の上にステージが取り付けられた車が、いくつも並んでいます。

 それらは選挙演説に備えて整備を待っている車でした。

 選挙活動を行う人々の、いろいろな名前を貼り付ける車です。

 一台の中を覗くと、たくさんのポスターが載せられているのが見えました。

 様々な地区に移動するのにあわせて、選挙ポスターも運ぶために積まれているのでしょう。

 それを見た少女は置かれている全ての車を調べていきます。


 いくつもある車の中で、ひとつだけ窓が少し空いているものを見つけた少女は、その隙間にプラカードを押し込みます。

 運んできたプラカードを全て詰めた頃には、少女は汗まみれになっていました。

 暑さを感じながらも、少女は火をつけるための行為をやめません。

 ポスターもどんどん車に入れて、何本ものマッチに火をつけました。

 それを同じように車へと放り込み、火のついたポスターも何枚も押し込みます。

 車の中で火はプラカードを燃やし、座席を燃やし、どんどんと強く大きくなっていきます。

 やがて火は炎となり、窓の隙間から噴き出るほどになりました。車の窓越しでも(あつ)さを感じるほどです。

 そうしておいて少女は、適度な距離で暖まるためにその場を離れていきました。

 やがて炎と熱が車の燃料へと伝わり、爆発しました。

 噴き上がった炎だけではなく、飛び散った炎が周囲の車へと降り注ぎます。

 そうしていくつもの車の上にあるステージにも火がつきました。しばらくするとそれらの車も同じように爆発して、再び炎が噴き上がっていきます。

 炎は公園にある全ての車を燃やしていきます。周囲の草花や木にも燃え移り、公園のあちこちに炎が広がっていきます。

 選挙のための準備など、もうどこにもありません。

 焼け焦げて燻り続ける車と、その残骸が散らばっているだけです。

 それを見た少女は思いました。




 とても素晴らしいもっと

 焼きたい燃やそう正しい

 焼く絶対とてももっと炎

 もっと素晴らしい私の炎

 焼き炎正しいもっと絶対




 少女は焼け落ちた木の枝を掴み、着ていた服を脱いで巻きつけました。

 街中へと走って戻った少女は、車を見つけて窓へと木の枝を叩きつけました。

 割れた窓から手を入れてドアを開き、車の中へと入り込みます。

 車の中は雪や風はありません。

 小さなマッチで指先を暖めていたときよりも、はるかに暖かく穏やかな場所です。

 しかし少女はそれに気づきません。

 車の中でレバーやボタンをいじって、車の外が開く音がしました。

 トランクに積まれていたのは、ガソリンタンクでした。少女はそれを木の枝に巻いた自分の服にかけて、マッチに火をつけました。

 それは松明と言うべきものでしたが、少女にはとても大きなマッチに見えました。

 小さなマッチが指先で燃えていましたが、とてもとても小さくて弱々しい火です。

 弱々しい火にしかならないマッチがいらなくなった少女は、車の給油口へと捨てました。

 少女は燃え上がる車に見向きもせず、もっともっと大きな炎を作るために走り出しました。

 大きなマッチとガソリンタンクを持って。

 そうして燃えそうなものへと大きなマッチの火を移していくと、どんどんいろいろなものが燃え上がっていきます。

 ついに建物さえ燃やし始めた炎を見ながら、少女は思いました。





 全部、全部灰にしよう。それが正しいことだから。もっともっと、正しい私が燃やしていこう。





 少女は大きなマッチで火をつけます。

 自分が正しいと思い続けるために、少女は様々なものを焼き尽くしていきました。




 医療も宗教も芸術も文明も、一つ残らず灰になっていきます。

 それらを担い、守っていたものを少女は徹底的に焼き尽くしました。それらは脂を多く含み、焼かれながらも激しく動いて周りにも炎を撒き散らすため、少女はとてもとても喜んで火をつけました。

 燃え盛って暴れまわるそれらに、更に炎を押し付けながら、少女は思いました。




 ずっとずっとこうやって焼き続けていたい。正しいとかそんなことどうでもいい。もっともっと焼き尽くしたい。何もかも全部燃え上がらせたい。




 少女はその思いのままに、ただひたすらに焼き尽くしていきました。

 やがて少女の目に映る全てが、とてもとても大きな炎だけになるまで、それほどの時間はかかりませんでした。




 人も土地も空も、全部全部炎と灰に埋め尽くされて、真っ黒な灰が雪のように降り続けています。

 何もかもが灰になっていきます。

 全ての人々が焼け死に。

 全てのものが燃え尽き。

 灰だけが残り、炎は消えてなくなってしまいました。

 そうして自分以外には灰しかなくなった世界で、少女は思いました。





 燃やせるものを見つけなきゃ。





 燃やせるものを探しましたが、いまや世界にあるものは灰と少女だけです。

 それでも少女は、それに気づくことはありません。

 それにもう火をつけるためのマッチは、全て灰となりました。

 誰もいなくなり、これから永遠に凍てついていく世界でただ一人。



 少女自身しか燃やせるものがなくなった灰の上を、震えながら歩き続けていくのです。

 いつまでも。

 いつまでも。









マッチを売ってねぇじゃねぇか、というツッコミが上がりそうなことには、書き終わってから気づきました。

でも「売る」を上手く組み込めずなかったので、修正は諦めました。

原作ではちゃんとマッチを売っていますが、売れ行きに触れていたかは覚えていません。


思いだせない方は、原作を読み返してみるのはいかがでしょうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ