マッチに火をつける少女
童話や寓話をネタにしていますが、いろいろ原作を無視している気がします。
お暇な方はぜひ原作も読んでみてください。
本項のタグ:「童話・寓話」「原作要素は薄め」「マッチ売りの少女」
とてもとても寒い、しんしんと雪が降り積もる中で、一人の少女が震えています。
震える手を擦っても、寒さは薄れません。
街中を吹き抜ける風は雪混じりで湿っていて、建物を白く染めています。
少女は手にしていたマッチに火をつけました。ほんの少しだけ暖かく感じる程度の、吹けば消えるような火です。
少女はそれを大事にしまうように、両手で覆い隠しました。
風や雪に触れないように。
それはまるで独り言のように、誰にも届かないものでした。しかし確かに少女の手を暖めていました。
マッチは少女の指先で徐々に燃え尽きて、やがて小さな炭へと変わりました。
それを見た少女は思いました。
もっと大きな火なら、もっと暖かいかしら。
少女は新しいマッチを取り出しました。
他に何も燃やさない、マッチだけで燃え尽きた炎を思い出し、少女は少しだけ考えました。
そうしてマッチの火を移せるものを探しました。
見つかったのはポスターでした。
そこには人種差別撤廃のため集会を行うことが書かれています。
少女はそれを見て、とてもよく燃えそうだと思い、マッチに火をつけました。
ポスターへとマッチの火を移すと、それはとても簡単に燃え上がりました。
ポスターに描かれた人々が火に呑まれていきます。
少女はそれをじっと見つめながら、手をかざして暖まりました。
しかしポスターはすぐに燃え尽きてしまいます。
そこに描かれていた様々な人々は、肌の色も国籍も人種も関係なく、ただの灰になりました。
それを見た少女は思いました。
これならみんな同じになれるわ。
少女は自分の行動を正しいことだと感じました。
自分が暖まることで、誰かの悩みが一つ消え去るのです。
それはとても良いことだと思いました。
それでも、雪はずっと降り続けています。
ほんの少しだけ暖かくなれた少女は、より寒さを強く感じました。
風が吹き、少女は身体を震わせました。
その風はポスターだった灰を一瞬で運び去りました。
それを見た少女は思いました。
もっともっと大きな火なら、もっともっと暖かいかしら。
少女は再びマッチを取り出しました。
もっともっと大きな火をつけようとしましたが、街中にはマッチから火を移せそうなものはポスターくらいしかありません。
建物も車も雪や風を避けるように閉ざされており、少女がそこに入って寒さを凌ぐことはできません。
少女は頑張って燃やせるものを探して、雪の降る街を歩いていきます。
途中で見つけたポスターを剥がし、いくつかの路地を越えて、少女はプラカードを見つけました。
そこには性の多様性と性差別について書かれていました。
少女はそれを見て、とてもとてもよく燃えそうだと思い、マッチに火をつけました。
集めたポスターを種火にして、プラカードへと火を移すと少しずつ燃えていきました。
そこに描かれた人々がゆっくりと火に呑まれていきます。
火の粉が舞い上がるそれに手をかざしてみると、とてもとても暖かく感じました。
そこに描かれた様々な人々は性の種類や差異にかかわらず、全て煤けた灰になりました。
これを見た少女は思いました。
これならみんな違いがないわ。
少女は自分の行動を正しいことだと確信しました。
自分が暖まることは、誰かの悩みが一つ消えることなのです。
とてもとても良いことをしていると思いました。
それでも、雪はずっと降り続けています。
だいぶ暖かくなった少女は、先ほどよりとても強く寒さを感じました。
風が吹かなくても、少女は身体を震わせました。
燃え尽きたプラカードが音を立てて崩れて、灰を舞い揚げます。
それを見た少女は思いました。
こんな火じゃ全然足りない。もっと燃え盛る炎が欲しい。
少女は三度マッチを取り出しました。
火をつけようとしましたが、見つかったのはポスターとプラカードばかり。
少女はもっと燃えそうなものを探します。両手に持てる分のポスターとプラカードを抱えているのは、マッチから火を移す種火にするためです。
そうしているうちに建物の間に作られた、大きな公園へと辿り着きました。
建物の間を吹く風よりも緩やかな風が吹いています。
雪も少し弱くなっていました。
でも少女は震えています。とてもとても寒いと感じて、もっともっと大きな火がつけられるものを探していました。
そうして少女は、車を見つけました。
普通に乗る場所だけではなく、屋根の上にステージが取り付けられた車が、いくつも並んでいます。
それらは選挙演説に備えて整備を待っている車でした。
選挙活動を行う人々の、いろいろな名前を貼り付ける車です。
一台の中を覗くと、たくさんのポスターが載せられているのが見えました。
様々な地区に移動するのにあわせて、選挙ポスターも運ぶために積まれているのでしょう。
それを見た少女は置かれている全ての車を調べていきます。
いくつもある車の中で、ひとつだけ窓が少し空いているものを見つけた少女は、その隙間にプラカードを押し込みます。
運んできたプラカードを全て詰めた頃には、少女は汗まみれになっていました。
暑さを感じながらも、少女は火をつけるための行為をやめません。
ポスターもどんどん車に入れて、何本ものマッチに火をつけました。
それを同じように車へと放り込み、火のついたポスターも何枚も押し込みます。
車の中で火はプラカードを燃やし、座席を燃やし、どんどんと強く大きくなっていきます。
やがて火は炎となり、窓の隙間から噴き出るほどになりました。車の窓越しでも熱さを感じるほどです。
そうしておいて少女は、適度な距離で暖まるためにその場を離れていきました。
やがて炎と熱が車の燃料へと伝わり、爆発しました。
噴き上がった炎だけではなく、飛び散った炎が周囲の車へと降り注ぎます。
そうしていくつもの車の上にあるステージにも火がつきました。しばらくするとそれらの車も同じように爆発して、再び炎が噴き上がっていきます。
炎は公園にある全ての車を燃やしていきます。周囲の草花や木にも燃え移り、公園のあちこちに炎が広がっていきます。
選挙のための準備など、もうどこにもありません。
焼け焦げて燻り続ける車と、その残骸が散らばっているだけです。
それを見た少女は思いました。
とても素晴らしいもっと
焼きたい燃やそう正しい
焼く絶対とてももっと炎
もっと素晴らしい私の炎
焼き炎正しいもっと絶対
少女は焼け落ちた木の枝を掴み、着ていた服を脱いで巻きつけました。
街中へと走って戻った少女は、車を見つけて窓へと木の枝を叩きつけました。
割れた窓から手を入れてドアを開き、車の中へと入り込みます。
車の中は雪や風はありません。
小さなマッチで指先を暖めていたときよりも、はるかに暖かく穏やかな場所です。
しかし少女はそれに気づきません。
車の中でレバーやボタンをいじって、車の外が開く音がしました。
トランクに積まれていたのは、ガソリンタンクでした。少女はそれを木の枝に巻いた自分の服にかけて、マッチに火をつけました。
それは松明と言うべきものでしたが、少女にはとても大きなマッチに見えました。
小さなマッチが指先で燃えていましたが、とてもとても小さくて弱々しい火です。
弱々しい火にしかならないマッチがいらなくなった少女は、車の給油口へと捨てました。
少女は燃え上がる車に見向きもせず、もっともっと大きな炎を作るために走り出しました。
大きなマッチとガソリンタンクを持って。
そうして燃えそうなものへと大きなマッチの火を移していくと、どんどんいろいろなものが燃え上がっていきます。
ついに建物さえ燃やし始めた炎を見ながら、少女は思いました。
全部、全部灰にしよう。それが正しいことだから。もっともっと、正しい私が燃やしていこう。
少女は大きなマッチで火をつけます。
自分が正しいと思い続けるために、少女は様々なものを焼き尽くしていきました。
医療も宗教も芸術も文明も、一つ残らず灰になっていきます。
それらを担い、守っていたものを少女は徹底的に焼き尽くしました。それらは脂を多く含み、焼かれながらも激しく動いて周りにも炎を撒き散らすため、少女はとてもとても喜んで火をつけました。
燃え盛って暴れまわるそれらに、更に炎を押し付けながら、少女は思いました。
ずっとずっとこうやって焼き続けていたい。正しいとかそんなことどうでもいい。もっともっと焼き尽くしたい。何もかも全部燃え上がらせたい。
少女はその思いのままに、ただひたすらに焼き尽くしていきました。
やがて少女の目に映る全てが、とてもとても大きな炎だけになるまで、それほどの時間はかかりませんでした。
人も土地も空も、全部全部炎と灰に埋め尽くされて、真っ黒な灰が雪のように降り続けています。
何もかもが灰になっていきます。
全ての人々が焼け死に。
全てのものが燃え尽き。
灰だけが残り、炎は消えてなくなってしまいました。
そうして自分以外には灰しかなくなった世界で、少女は思いました。
燃やせるものを見つけなきゃ。
燃やせるものを探しましたが、いまや世界にあるものは灰と少女だけです。
それでも少女は、それに気づくことはありません。
それにもう火をつけるためのマッチは、全て灰となりました。
誰もいなくなり、これから永遠に凍てついていく世界でただ一人。
少女自身しか燃やせるものがなくなった灰の上を、震えながら歩き続けていくのです。
いつまでも。
いつまでも。
マッチを売ってねぇじゃねぇか、というツッコミが上がりそうなことには、書き終わってから気づきました。
でも「売る」を上手く組み込めずなかったので、修正は諦めました。
原作ではちゃんとマッチを売っていますが、売れ行きに触れていたかは覚えていません。
思いだせない方は、原作を読み返してみるのはいかがでしょうか。




