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【RE江戸書籍化】異世界から帰ったら江戸なのである【1~4巻発売中】  作者: 左高例
第四章『別れる道や、続く夏からの章』
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外伝『IF/江戸から異世界5:ダンジョンエンカウント前編』


 ダンジョン開拓員──通称冒険者であるクロウ達のパーティは週に一度の頻度でダンジョンに潜っている。

 他の冒険者の中にはもっと短い間隔でダンジョンに向かう者も居るが、それらの多くは浅い階層での魔物退治を主として、稼ぎはそう無いがリスクも少ない働き方をしているのである。

 クロウの目的は魔物退治による魔鉱採取の金稼ぎではなく最深部到達にあるので、準備も必要だ。

 とは言えいきなり何日も篭もれば奥に辿り着けるかというと、地下迷宮の名もある通りにそう云うわけでなく、迷いながらオーク神父のマッピングを広げつつ地道に進んでいるのである。

 時折構造の入れ替わり地形変化するダンジョンだが、イメージとしては部屋と通路を一体化した大きめのブロックがパズルのように組み変わるので一度通った場所ならばオーク神父の記憶からすぐに把握できたりもする。

 ダンジョンに潜る以外の日は皆で映画や野球を見に行ったり食べ歩きをしたり、時々誘拐、強盗、爆破にマフィア抗争などの事件に巻き込まれたりと平凡な生活を送っていた。


「まったく、平凡だのう」

「うん。よくあるよくある」


 クロウと並んで次々に爆発が巻き起こる帝都の臨海倉庫からダッシュで逃げるオーク神父は頷いた。

 彼らの肩にそれぞれ担がれているスフィとオルウェルは、


「よくあってたまるかあああ!!」


 と、半泣きで怒鳴っている。

 ちょっと最近名を上げてきた冒険者と云うことで女性陣がマフィアに拉致られて、それを助けつつ連中が保管していた違法爆薬に火を付けて連中のアジトから脱出しているだけなのだが。

 手慣れたもので半日とかからずにクロウとオーク神父は救出を完了させた。


「近くに人家が無いのが幸いか。ほれ、花火みたいに上がっておるぞ」

「大惨事っすよ!?」

「帝都は爆発耐性があるから大丈夫だといいなあ……マフィアの偉い人を倉庫に縛って置いてきたけど」

「爆発で死なずとも海に沈みそうじゃなあ」


 港の形を変えんばかりに爆砕音が響く背後をじっと見ながらスフィが呟く。

 長く伸びた耳がびりびりとするので耐爆音障壁になる魔力を込めた音のリズムを口ずさんだ。


(クローと再会するまで何も無かったのが嘘みたいじゃなー)


 スフィはそれとなく薄ら地味だった生活を思い出して胸中で呟いた。果たしてそれが自分の日常だったのか、或いは今のこれが日常として正しいのか。答えは出ないが、自分を抱えて走っているクロウが居てくれるのでいいか、と適当に考えた。

 ──と、その時。薄く白んだ煙の輪めいたエフェクトが倉庫を中心に音速で波紋のように広がった。崩壊したレイズ粒子の予知残光だ。

 クロウはそれを見て、


「む、いかん。どこから発掘したか倉庫にヨグの[草薙剣デイジーカッター]も入っていたようだ。周囲一キロを爆破する対神格爆弾だからのう。早く離れねば」

「神父さああああん! 急いで下さいっすううう!!」

「合点了解。逃げるのだけは得意なんだ、僕」


 そう言って速度を上げる一行であった。

 ──港区の一部が消滅して地形が大きく変わったニュースは、帝都新聞で産卵の為に川を遡上してきたツインバスターローリング油圧式万力蟹の漁獲量が去年の倍に増えたことを知らせる記事の下に小さく乗る程度の騒ぎであった……。





 *****



 今週のダンジョンへ向かう待ち合わせにうっかり早く出てしまったクロウとスフィは、時間を潰そうと入り口酒場の近くにある[魔王資料館~忘れてなるものか残虐記念~]と云う建物に思わず入ってしまった。

 ここは名前の通り資料館で、勇者ライブスに打倒された魔王ヨグの悪行をなるたけこき下ろす形で展示してある、帝都に十箇所はある施設の一つである。

 クロウはスフィと一般料金──夫婦割と云うものをスフィは経済的理由から使おうと主張したが証明書が無かったので無理であった──で入場しておどろおどろしい巨人のパネルの前を通り過ぎ、クロウははたと足を止めて戻った。

 腹のあたりについた半円型のポケットがあるローブと威厳を出すための上着、片手が異形の義手なのは良いとして。

 身の丈3メートル程で牙と角が生えていて肌は深緑色。唇を紫に塗っている邪悪なモンスターだった。

 確認のために腰のあたりにある解説文を読むと、


 [魔王ヨグ<再現図>]


 と、ある。


「……」

「ほーこれが魔王か。凶悪そうじゃのー」

「写真とか残ってなかったのか、写真とか」


 顔体つきに原型が無かった。戦後になり美化と云うか悪化と云うか──ともあれ、ヨグは魔王らしい姿で認識されているようであった。貴様のはらわたを食い尽くしてやろうとか、我が腕の中で息絶えるがよいとか言い出しそうな化け物である。

 本体は調子に乗った女子高生みたいなものなのだが。

 クロウはちょくちょく夢の中で会うのでなんとも言えない気分になったが。


「このローブもなあ……道具作りの作業着みたいなものだし……」

「これこれクロー。入り口で止まっておらんで先にいくのじゃよ」


 イメージとの剥離が著しいクロウを引っ張ってスフィは中へ進んでいく。

 館内では美術館のような雰囲気で再現されたと思しき魔王の所持品、写真や被害者の証言、魔王に射的ゲームとか魔王の頭の形をした卵白卵黄分離器とかのお土産が売ってある。頭の上から割った卵を入れると鼻から卵白だけにゅっと排出される仕組みでとてもえんがちょだ。

 全般的に肯定的な要素はなくいかに魔王がカスだったかを今の世代に伝えている作りだ。

 これにはヨグにかれこれ9回は殺された勇者にして帝王ライブスの恨みが篭っているのであろう。最後の魔王城での決戦で削った命は含まれないが、クロウの聞いた話ではあまりにヨグが楽勝で殺しすぎて一度ライブスは心が折れたそうである。

 流れに沿う形で最初に展示されている、[ワールドデストロイヤー]とペイントされたフラクタル構造物を二人で見ていると、学芸員風の女性がにこやかに解説トークをしてきた。


「こちらは魔王ヨグが一度目の世界崩壊を行ったとされる地球破壊爆弾の復元模型でございます」

「あいつ好きだのう……地球破壊爆弾。何にでも仕掛けるから困る」


 侍女のイモータルにも仕掛けていたが、最後の時に爆発しなかったのは幸運か。或いは作動こそしたのだがより強力な魔女の次元爆砕に飲まれたのか。

 

「魔王はこれを使用して惑星ペナルカンドを何の脈絡もなく破壊し、全生物の99%以上が一瞬で死滅しました。あんまりだったので神々が復活させましたけれどね」


 隣にはそれぞれ蘇生の神(故)や大地の神、死神などの当時のコメントが載せられているがどれもヨグ死ねと云う内容であった。

 無闇矢鱈にインフレした能力者を産出するペナルカンドであるが、さすがに問答無用かつ無意味に星を破壊するのはヨグが初めてだったようだ。

 台に付けられた窓のような画面では再現MG(魔法グラフィック)映像で惑星崩壊のイメージを流している。星の核を丸ごと燃料にした爆弾に変える未来道具により、海は枯れ地は裂けあらゆる生命体が絶滅したかに見えた……まあ実際絶滅したのだが。その後星は破片になり粉々に一度吹き飛び、相互の重力により再びくっつき合うが、ただの星の残骸しか残らなかった。

 怠惰神のリセットが期待されたが、面倒だったからかそれは発動されずに他の神がどうにかしたようだ。

 ヨグと云う存在は鼠が出たとかそう云う雑な理由でいつ地球破壊爆弾を発動させるか不明な倫理観の壊れたネコ型ロボが、全世界に認知されてかつ制御不能だったというそりゃあ神々が討伐神託を出すわってレベルで危険な存在だったのである。


「続けてこちらは、魔王討伐軍を描いた絵です。大陸全土から一騎当千揃いの精鋭部隊が十万人、補給などを含めればもっと集結しました」

「ほうほう。それでどうなったのじゃ?」

「衛星軌道上からの波状ビーム攻撃で大陸の二割程と一緒に焼き払われ壊滅。同時に世界中へ宇宙空間に召喚した超巨大建築物を百同時に投下しました」

「最悪だなヨグ」

「やられて当然じゃのう魔王」


 青空の写真には真っ逆さまにオニールのシリンダー型スペースコロニーが落ちてきている図が映っている。撮影者にヨグのサインが入っていた。

 

「うち21個は二級神や大魔法使い、召喚士などの術者が消滅させましたが残り79個が大陸や海に落下。衝撃と津波で人類の八割が死亡。残りは舞い上がった土砂で長い冬の時代が訪れ弱り絶滅したようです。やっぱり神がマジギレしながら惑星環境ごと復活させましたが」


 再現映像は相も変わらず阿鼻叫喚どころの騒ぎではない。魔女だって隕石を落とす時は一個のみであったそうだが。

 際限の無い異界物召喚能力──その力は理解の範疇が及ぶ範囲ではあらゆることが可能なのである。

 惑星ごと崩壊させてもヨグ本人は空間移動道具[遍在扉]を使用して他の星にでも宇宙空間にある秘密基地にでも逃げることができるので厄介極まりない愉快世界崩壊犯だ。まあ、肝心なときに壊れたと言うか壊されてクロウとヨグはこの世界から一旦逃げる羽目になったのだが。

 ため息混じりに見ていると、柱に掛かった壁時計──魔王城跡から発見された[物の怪ウォッチ]と云う時計で、油すましのベストショットが描かれている──を見るともう集合の時間になっていた。


「続きはまた今度見る……いや別に見たい気もあまりしなくなってきたが、ともあれスフィ。行こうか」

「そうじゃなー」


 こうしてとりあえず魔王資料館から出る二人であった。




 *****




 帝都にある地下迷宮にして魔物の巣窟、ダンジョン。

 その入口にある酒場からやや進んだ最初の休憩所とも言える開拓公社の駐屯地にあるロッカーにはロッカー妖精──名をろっちゃんと云う──が住んでいる。

 魔王が配置したのか自然に住み着いたのかは不明だが、ロッカー妖精は四次元空間にものを仕舞いこむ能力を持っていて、ダンジョンに通う冒険者の道具を預かる仕事をしてくれる。

 なにせ妖精が行うのだから騙して取られることも無く、四次元に収納するのだからロッカーを襲っても奪われる心配もない。

 キャンプ道具や薬の類などはロッカー妖精に預けてダンジョン出発前に受け取る冒険者も多い。また酒場まで戻れば魔鉱もすべて公社に回収される為に、ここでダンジョン内のアイテムを魔鉱と交換したりする辻商売もやっていた。駐屯員もそれには目を瞑っているようだ。

 

「やっせっせー」


 クロウがロッカーを開けると中に詰まった妖精が掛け声のような言葉を発した。 


「うぇげらげらー」

「ああ、荷物を頼む」

「ぽーう」


 言葉は分からないがこちらの意志は伝えられる。ダンジョン探索用の一部道具が入れられたリュックをにゅるりとロッカーの隙間から取り出してろっちゃんは渡してくる。

 なお、以前は言葉を喋っていたのだが妖精の気まぐれか近頃はこのような謎の掛け声で受け答えするようになったのだという。

 変わった時期はクロウがロッカーごと凍りづけにした前後と一致するが恐らくは偶然だろうと気にしないことにしていた。


「ままみあれとぃごー」

「それじゃあのう」


 適当に挨拶を交わしてロッカーを閉める。そう、何も後ろめたいことはない。だってろっちゃんはあんなに楽しそうに笑っているではないか……!


「……クローがロッカーで遣り取りをする度に地味なダメージを蓄積している気がするのじゃが」

「クロウくんは妖精好きだからなあ」

「そうなんすか?」

「……あれ? そうじゃなかったっけ?」

「んん? 知らんが……」


 などと仲間たちが会話をしていると奥のほうから他の冒険者が戻ってくる所だった。

 腰にガンベルトを巻いてヘッドフォンを首にかけているアウトロー風の軽装をした犬系の獣人と、赤銅色で筋肉質な肌をしている棍棒を持った大柄な鬼族の女性だ。

 駐屯部屋に居た社員が声を掛ける。


「もう戻ってきたのか、ルルフとオルガン」

「つーか魔物の数がやけに少ねえんだが今日はよう」


 ルルフと呼ばれた犬系の獣人は舌打ちをしながら応える。


「ったく開拓員になれば食いっぱぐれねえって聞いたのに、こんなんじゃこの雌オーガの餌代だって稼げねえぞ」

「ルルフ。お腹すいた」


 棍棒──のように見えるのは魔法の杖らしい──を持った鬼の大女、オルガンは凛々しく見える無表情のまま明確に要求する。


「うっせ。おかゆでも食ってろおかゆ!」

「お肉食べたい」

「知・る・か! 一日何ガロン肉を啜れば気が済むんだボケ老人かてめえは!」

「郊外に行って狩りをしよう。ルルフ、戦車出して」

「ああもう、一週間分ぐらい捕って保存してろよ面倒臭え」


 などと言いながらクロウ達を押しのけてずかずかとダンジョンから出て行くようであった。

 オーク神父が物珍しげに思慮しながら、


「オーガ族は都会で暮らすと食費が掛かるんだよなあ。肉類をいっぱい食べるから」

「そういえばオーク神父は体の割に食事量は普通っすね」

「僕らは精霊力を摂取してればある程度食べなくても平気だからね」

「エルフもそうじゃなー」

「そういえば己れも体に埋め込まれた不老の術で餓死はしにくいようだのう」

「ダンジョンで遭難したら私だけ餓死する前フリじゃないっすよね?」


 オルウェルのその言葉に一同は「あっはっは」と笑ったあとで特に答えずにダンジョンへ向かった。


「ちょっと待って!? 食料は私が持つっすよ!?」


 慌てて道具の振り分けをするオルウェルであった。

 

 ダンジョン内部は象が二車線で走り抜けられる程度に広い通路が基本となっていて、それらが無数の分岐と数多の小部屋に繋がり蟻の巣穴以上に入り組んだ構造となっている。

 中には扉を開けたらどう見ても青空と砂漠が広がっている空間に出てその砂漠の何処かにある次の扉を探さなければ出れないとか、湿原にいつの間にか迷い込んで出てくるカニみたいな魔物がやたら強いとか、立体映像でプライベートライアンしてる場所に迷い込んで頭にラッキーストライクを喰らわないように逃げ惑うとか様々に魔王が適当に考えたとしか思えない仕掛けが待ち構えている。

 一行は先頭にクロウ、続いて松明を持って照明増幅の秘跡を使っているオーク神父、スフィにオルウェルが並び進んでいる。

 

「しかし本当に魔物が少ないのう」


 拍子抜けした様子で先頭の戦闘役なクロウが云う。

 ダンジョンに入って二時間ほど歩いたが、出てきたのは[鎌鼬長男]と云う魔物がニ匹だけだった。これは名前の通り鎌鼬なのだが、長男の仕事は転ばせることなので鈍器で脛のあたりを殴りつけてくるだけの妖怪だ。二匹出てきたのにどっちも長男でオルウェルの脛が執拗に強打された。

 オルウェルの脛を犠牲にしても進んでいるが、それ以降は魔物を見ていない。


「確かにのー。魔物退治の開拓員ががっかりして帰って行ってるみたいじゃったが」

「宝箱狙いの人は本格的な装備で挑んでるね」

「結構ダンジョンの宝箱って罠多いっすからね。解除しないと宝ごとドカンとか」


 一応クロウ達も、秘宝目的ではないものの見つけたものは何かに使えると拾うことにしている。

 専門的な知識は無いので彼らの解除方法は大きく三つ──クロウがマッドワールドで宝箱の蓋を切り飛ばすか、オーク神父が仕掛けの構造を解析して慎重に開けるか、オルウェルに任せて皆は避難するか──だが、成功率は四割と云ったところだ。

 鍵穴に何か棒みたいなの突っ込んでカチャカチャすると開けやすい仕組みになっているらしいが、そこら辺は専門の技師か盗賊でもなければ方法は不明だ。カチャカチャにはロマンが詰まっている。


「まあ丁度良い。今日は少し奥まで探ってみるか」

「了解。ははは、オルウェルさんも食料はたっぷり一週間分は持ち込むようにしてるから安心してね」

「一週間か……学生の頃に体育倉庫に閉じ込められて三日過ごしたことをふと思い出したっす」

「なんでまた」

「石灰は食べちゃ駄目っすね飢えてても」

「地味に不幸が多い気がするんじゃがこの娘」


 魔物が出ないので緊張感のない話題を言い合う。

 ダンジョン最深部を目指しているものの、急ぎで強行軍して挑むわけではないので今回もある程度までの様子見が目的である。

 今でも時折夢の中でヨグと会い攻略のヒントを──えらく勿体ぶって云うのでややムカつくからそう頼りたくないが──聞いているが、何でも最終宝物庫に行くまでには幾つかの関門があるらしい。

 中ボスの部屋と云うやつだ。それらを突破するには道具やら仲間の成長やら、適当なバランスで考慮されているのだとか。

 ともあれその関門の一つでも見つけられれば良いと思いながらクロウは進むのであった。


「うーん、しかし何度来てもどう部屋が繋がってるのかまるで理解できないなあ」


 空間に投影したマップを調節しながらオーク神父が云う。

 

「距離や構造で繋がっているというより、空間同士をねじ曲げておるらしいからのう」


 来たことがある部屋にしても、前は二日掛かって到達したのが別の道を進むと半日ぐらいでたどり着いたりする。

 三日進み続けたと思ったら入り口に帰ってきていた。

 気がつけば地上帝都の映画館で鮫ゾンビ映画を鑑賞していた。 

 足元がぐにゃりとしたと思ったら帝城の一室で帝王を踏みつけていた。

 など、冒険者が語るダンジョンの不可思議な構造についての話題は半分は与太話かもしれないが枚挙にいとまがない。 

 休憩を挟みつつ一行は進む。 

 やがて。

 見覚えのある部屋へ辿り着いた。


「上級精霊と前に戦った部屋っすね」

「そうだね……クロウくん」

「なんだ?」

「ちょっと変わった道筋を今回は行ってみようと思うんだけど……そこの前触手を投げ捨てた大穴の底が繋がってるか確認してくれるかい」

「わかった。飯でも作って待っておれ」


 指示を出されてクロウは浮遊し、松明を片手に穴の中に飛び込んでいった。

 

「運が良ければ一気に奥まで進めるかもしれないからね」

「下りる道具は大丈夫っすか?」

「うん。ロープも杭も十分だと思うよ」


 道具袋からそれらを取り出しつつ、オーク神父は部屋の中心に何か小さな目印のような旗を立て始めた。

 一方で部屋の隅でしゃがんでスフィがせっせと何かを採取している。

 

「スフィたんは何をしてるっす?」

「見よ。この前まで魔物とはいえ精霊が居た影響じゃろうな。周囲の精霊力が増加して質の良いキノコが生えておるのじゃ」

「へえー食べられるやつっすか?」

「私はキノコに詳しいからのー安心せい。ここで休憩がてらキノコ料理でも作るんじゃよー」


 ウキウキしながら修道服のスカートを広げ持ち上げて取ったキノコを、何やら用事を終えて火を起こしたオーク神父のところへ持ってくるスフィ。

 

「オルウェルもキノコを乾拭きして縦に裂くのじゃ」

「水洗いしなくていいんすか?」

「もともと水っぽいからのーキノコは。更に水を掛けると吸い込んで味が悪くなるのじゃよ」

「さすがおばあちゃん」

「……」


 オーク神父は神妙な顔で、


(野生の場合はちゃんと洗ったほうがいいんだけどなあ。でもお腹壊してもスフィさんの歌でどうにかなるか)


 と、考えて口をはさむのは止めておいた。

 割いたものを並べて、


「鍋にニンニク入りのオリーブ油を入れてー火を掛けて」


 ニンニクは体力増強に使われ、また油で漬け込むことで保存性を良くしている。油もカロリーが高く調理、傷の治療、工作など様々に使えるために野外生活に持ち込むには便利な物である。


「鷹の爪を入れて味を付けてー」


 唐辛子も調味料としてだけではなく塗り薬にも使える道具だ。


「キノコ炒めてショーユで味付けしてー」


 塩分は大事なので塩以外にも醤油を持ち込んでいる。薄口の方だ。料理以外にも一気飲みをして徴兵を免れる効果のあるアイテムだ。

 

「そして今回は生麺を持ち込んでおるからのー、軽く茹でた物をじゃっと混ぜあわせる」


 フライパンに麺を入れて味を吸い込ませる。ダンジョンに潜る際に選ぶ食料は、保存食ばかりでは味気がなく気分も盛り下がる。どうせ食ったら軽くなるのだから最初のうちに消費する食材も用意して行く者が多い。ストイックな冒険者は配給されるおかゆだけで行くが。


「完成じゃー皿に盛り付けるのじゃよー」

「ういっす……美味そうっすね!」

「キノコスパじゃが、うどんの麺でやってもいけるのじゃ」

「女の子って感じだなあ……そろそろクロウくん戻って来るかな?」


 オーク神父が目を向けると、丁度クロウが飛行して下から上がってきていたところであった。

 ふらふらと一同へ近づきながら鼻を鳴らす。


「良い匂いがするのう」

「どうだった?」

「下にしっかりダンジョンの道が繋がっておったぞ」

「そっか。じゃあご飯食べたら降りてみようか」


 言いながら、麺を茹でた茹で汁で作った簡易スープの入ったカップを渡される。


「おう、ありがたい。キノコはスフィか」

「うむ!」

「毒キノコとか取らないようにな」

「私がそんな間抜けをするわけなかろう! もし私が毒キノコを食ったら指をさして笑うがよい!」

「はいはい」


 それから四人で、箸を使って食事を取る。多機能で使えて軽く場所も取らないチョップスティックは冒険者でも一番人気の食器だ。二番は先割れスプーンで三番はミキサーだが。

 オイルにしっかりニンニクと唐辛子の風味がついていて、薄口醤油のやや尖った味わいをキノコがまろやかにしている旨い食事であった。

 食事を片付けてオーク神父は頑丈な杭を地面に打ち付け、きつく結んだロープの端を穴に落とした。


「足りなかったら継ぎ足そう。とりあえずクロウくんは浮きながら降りて貰える?」

「スフィぐらいだったら持てるから背中にしがみついておれ。二人は手が塞がるからちょいと困るが」

「じゃあオルウェルさんは僕の背中に乗っていて。ちょっとリュックの形変えて座れるようにするから」


 オーク神父が手早く背嚢を固定している骨子を組み替えると、要救助者を背負うのに丁度良い腰掛けれる形になった。

 背中にスフィを乗せたクロウがふよふよと穴の上に移動する。

 オーク神父はロープと自分の体に巻いているハーネスを金具で繋げるとしっかりロープを引っ張って安全を確認する。


「それじゃあ降りるから、オルウェルさんはしっかり捕まっててね」

「はいっす──」

「よいしょっと」

「──っすー!?」


 オーク神父はその巨体に似合わぬ軽い仕草ですっとロープを軽く掴んだまま壁面を蹴って自由落下速度に達した。

 数メートルごとにロープを握る力と壁を蹴る動作で落下速度を調整して降りていくが、凄まじく揺れる下方向への高速移動にオルウェルの叫び声が縦穴に反響する。

 ふよふよとそれを追いかけながら移動するクロウとスフィは、


「……オーク神父、崖やら建物やらを登ったり飛び降りたりは経験豊富だからなあ」

「登山も得意じゃしのー」 


 言って、置いていかれないように安全に降りていくのであった。

 幸いロープは継ぎ足さずとも底まで辿り着いた。

 深い地下水脈の川が近くを流れてまた岩の隙間に消えている、ダンジョンの通路である。床に重いものが叩き付けられたようなクレーターがあったが。

 四人はとりあえず警戒して、近い位置に固まって道を進んだ。

 

「……」

「どうしたのじゃクロー?」


 項のあたりを掻きながら神妙な顔で周囲を見回すクロウにスフィが不審そうに見る。


「いや、なぁんか厭な感じがする。スフィ。近くに変な音は聞こえないか?」

「……無いのー」

「敵の匂いもしないっすね」


 それぞれ索敵役が報告する。

 魔物の気配が薄いのは今日はずっとのことだが、どうも静かすぎる。

 それでいて何処からかじっと見られているような気がする。

 この辺りの通路は照明がなくともあちこちが光って照らし、影が見えない程に明るい。逆にその明瞭な視界が違和感を生む。

 虫の知らせに似た感覚が拭えないままクロウ達は先を往く。

 それから一時間進んでも二時間進んでも魔物は出ずに───

 明るいせいか妙な汗を浮かべ出した頃であった。


 通路の途中。直線に進んでいるずっと先に、黒い何かが地面に立っている。

 四人が足を止めると、その黒い物体から白い手が浮き出た。

 最初に形を把握したのは感覚を強化されているオルウェルだ。黒い墓標のように見えるのは、異常に足元まで伸びきったボリュームの多い髪の毛が絡みついている、前掛けまで漆黒なエプロンドレス。女の顔が半分だけ黒髪の間から見えて、薄笑みを浮かべている。

 彼女はそれを、黒いカーテンに巻き付いて遊んでいるようだと連想して、危険とは思えなかった。

 浮かび出たのは半袖から出ている真っ白な細腕で、[ハサミ]が握られているがあまりにもここからは遠い。

 ハサミが動き───


「まずい!」


 クロウが叫ぶと同時に、右側に居たオーク神父を全力で蹴り飛ばし、左側のスフィとオルウェルを突き飛ばした。

 体重が彼の五倍はありそうなオーク神父だが、蹴られて壁に叩きつけられる勢いで吹き飛ぶ。その威力の蹴りを放つ反動として彼の軸足が地面にめり込む。それ程に踏み込まねば退かすことが出来なかった。

 左右を両方退かした反動としてクロウはその場を動けず────


「遠近跳躍……空間裁断鋏[金蛟剪]」


 ぼそりと、黒の侍女が囁いた。

 遥か前方に居るその黒侍女の視点を基準に、彼女が動かした鋏は一枚の写真を切り裂くようにして───遠近を無視し、離れたクロウの左腕と両足を、切断した。

 

「が……!」


 地面に崩れ落ちるクロウ。

 太ももから両足がずるりと落ちて、致命となる太い血管から血が吹き出した。質の悪い冗談のように、足が両断されている。

 一度目の噴出が終わり、再び心臓から送られた血がごぼりと勢い良く流出していく。

 そして左手も肘から切り落とされ、血がじゃばりと溢れでた。骨まで綺麗に切断されている。力は一切入らなかった。


(く、一気に血が失われ……)


 思った瞬間胸がひゅっと冷たくなる感覚と共に、クロウは視界が急速に薄れるのを自覚した。

 そのままにしておけば二度と目覚めぬ事は明らかな出血量である。

 黒侍女──ダンジョンを徘徊する魔王の機械侍女試作型[ミザリー]は笑みを浮かべている。


「足を……失った……ご主人様……ご介護しましょう。あら……」


 彼女は持っていた金蛟剪を掲げると、片方の刃が切断されている異常が確認できた。

 その切り落とされた部分がショートしたようで、出力を食われて完全に機能を停止している。

 遠近を無視してクロウを金蛟剪が切り裂いたと同時に、クロウの方からも右手に持った魔剣でカウンターを仕掛けて──出現した不可視の仮想刃を切り落とすことで因果を遡り相手の鋏を破壊したのである。


(後は……頼んだ……)


 代償として出血死寸前になったクロウは、己の小さな反撃が成功したことを感じつつ──意識を手放した。


「──クロウくん!」


 尋常ではない事態に、クロウへ駆け寄ったオーク神父の叫び声がダンジョンに響く。

 オルウェルは突然の惨劇に奥歯を震わせ──スフィは、微動だにせずに、目を見開いたまま固まっていた。

 死に瀕しているクロウを見て、絶望の表情で。






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