66話『喧嘩相撲』
「辻相撲大会?」
九郎は晃之介と店で将棋を打ちながら、石燕から言われた単語を繰り返した。
盤面は九郎が大いに優勢であり、晃之介の王将はリーチがニマスの攻撃を振るって何とか接近を凌いでいるのみであった。そう云う変則ルールである。
相手から全部奪い取った歩をじゃらじゃらと手で鳴らしながら、長考の合間に九郎は彼女を仰ぎ見て聞く。
「大会とかあるのか、辻相撲に」
「それは勿論だよ。人気のある競技だからね。ま、役人へは許可を取っていないのだけれどその分賞品や博打も行われていて活気があるのだよ」
「ふうむ。辻相撲と云うと夜中の路辻からぬっと現れた相撲取りがつっぱりをしながら迫ってくるという印象があったが」
「それは多分妖怪だよ九郎っち……」
呆れた様子で、石燕の連れである百川子興が云う。
この時晃之介がさり気ない仕草で盤面に指を掛ける。ひっくり返すつもりか。九郎は己の指で将棋盤を抑えてそれを阻止した。
拮抗した力により一瞬軋む音を出して平穏に解決する。そう云うルールなのである。
「それでその辻相撲大会、一等賞品はなんと米二俵と中々に豪気だね」
「お父さーん! お父さん参加するのよー!」
「フサ子が早速反応しておる……」
後ろで騒ぐお房をちらりと見て、再び将棋盤へ視線を戻したら九郎の駒が数体暗殺されて取り除かれていた。しまった。舌打ちをする。晃之介はしれっとした顔だ。ルール上問題はない。
辻相撲と言えばお房の父、六科は一昔前まではそれと知れた男だったようだ。
なにせ雲を突くような巨漢と云うわけではないが、高めの身長にがっしりとした体格はいかにも力が強そうである。晃之介の方が若干背は高いが、骨太さで言えば六科の方が一回り大きく見える程だ。
お房がぱたぱたと走ってきて九郎の肩に顎を乗せて云う。
「九郎も出るのよ。一人より二人のほうが優勝しやすいわ」
「相撲かあ……己れはあまり得意ではないのう……」
「そうなのか?」
対面する晃之介が意外そうに聞いてくる。
「九郎の腕力は大したものだと思うぞ」
と、時折彼と武芸の鍛錬を行っている晃之介の意見である。
晃之介も受け流し方を覚えたからそうそう失敗することはないが、九郎の打ち込みの強さは木剣を爪楊枝のようにへし折り、下手に受けると晃之介でも吹き飛ぶ勢いを持っている。
「確かに力ならそうそう負けぬとは思うが……」
首元に巻いた術符に触れながら九郎は云う。
相力呪符と云うその魔法の術符は、身体強化の術式が込められている。通常、ペナルカンドで一般的に使われる強化魔法[ザ・シング]は強化倍率を上げると脳内麻薬などが大量に分泌され正気を失い、狂化状態になる難点があった。
それを抑えて装着者の精神と同調させて高出力可能かつ必要な分だけ力を増す魔法がこの首に巻かれた術符である。
さすがに百万力の狂勇者には勝てないだろうが、標準的な人体の限界を超えた腕力は出せるが……
「己れは体重は軽いからのう。持ち上げられたり投げ飛ばされたりする分には分が悪い」
「ああ、それは確かに。俺の[駒投げ]で道場の外まですっ飛んでいったな、以前」
「漫画みたいな飛び方をしたが、アレ本当に人間に仕掛けて良い技なのか……」
晃之介から九郎が持っている木剣を軸に投げ飛ばされたことを思い出して顔を曇らせた。
疫病風装の自動回避を対人で使ってみればどうなるかと云う実験であったのだが、間隙の無い晃之介の乱舞に反撃が追いつかない程に振り回された挙句回避の効果対象外から吸い込まれるように捕らわれたのであった。幸い、服の効果で吹き飛び方向を修正した為に壁や地面に叩きつけられることはなかったが。
お房が尋ねる。
「でも九郎、自分より体の大きな人を投げてたりしたじゃない。ちんぴらとか、やくざとか相手に」
「ううむ、まあ持ち上げるコツがあるのだが……角度とか」
「じゃ、そのコツを使って九郎も出るの。ほらほら、肩を揉んであげるから」
「年寄りに無理をさせるのう……」
ため息混じりに呟く。
だって、とお房は洗った皿を棚に並べているタマを見ながら云う。
「タマじゃあちょっと頼りないもの」
「むっ」
その言葉が届いたのか手早く仕事を片付けてタマが近寄ってきた。
「ぼくを甘く見ちゃいけないタマ、お房ちゃん」
「だってタマって同年代の子供に比べても細っこいじゃない。相撲なんか見ただけで力士の圧力に負けて即死よ」
「去年見たよ!」
あんまりな評価に抗弁する。
腕まくりをしながらタマはうろうろと動きまわりながら云う。
「確かにぼくは力も弱いし体も小さいけど、相撲ならある特技で勝てる技を持ってるタマ」
「へえ? 猫騙しじゃないわよね」
「違う違う。まあ、相手が油断して組み付かせてくれなかったら駄目なんだけど……規則の隙間を突いた技でこうして」
と、彼は両手をゆるりとした緩慢にも見えるが抵抗しがたい謎の手つきで、立っていた子興の体に触れるか触れないかと云った動きに出た。
「──とまあ、相手のまわしを剥ぎ取れば勝ちらしいからこんな感じで」
彼が誇らしげに云うその手には、長い帯が握られている。
薄赤色のそれは子興の着物を縛っていたものだ。一切脱がされた感覚を覚えなかったので、ぽかんと彼女も己の体を見下ろす。
はらり、と着物が肌蹴て健康的な肌が見えた。襦袢などの肌着は彼女は着用していない為に、着物のすぐ下は裸である。
真っ先に晃之介が全力で顔面を将棋盤に叩き付けて視線を逸らした。がん、と割れるような音で子興にも羞恥が浮かび上がってくる。
「ふあああっ!?」
横に広がった着物を慌てて前で閉じて顔を真赤にする子興である。女同士か、干物みたいな九郎ならまだしも他所の店で露出するのは嫁入り前の娘としては心に傷を負う。特に二枚目な晃之介の前では。
「ぼくにかかれば誰も彼も薄紙一枚纏っているに等しい防御力! 人は昔皆裸で過ごしていたけど知恵をつけたら服を着たと云う! それならば裸返りする人はもしかしたらとても純粋な心の持ち主なのかもね!」
「ね! じゃねえのよこの助平坊主!」
「覚えていて欲しい。殴られた相手の痛みの分だけ、君の心も悲しんでいることを……!」
お房が例によってどこからともなくアダマンハリセンを取り出して掬い上げる軌道で、それらしい台詞を言いながら覚悟を決めているタマを打撃。
白い水蒸気の衝撃波めいたリングエフェクトさえ出してタマは錐揉み回転で吹き飛んで床に倒れた。そのまま起き上がらないがよく見ればしっかり受け身を取っていたので、死んだふりをして怒りが収まるのを待っているのである。
勢いで空中に投げ出された帯を石燕がひょいとキャッチ──し損ねてわたわたと手を動かしたものの結局床に落ちて九郎に拾って貰い、帯を構えて子興の背後に立った。
「器用なものだね。と言うか体に何周も巻きつけているこの帯をどうやって抜き取ったのだろうか」
「ううう、師匠お願いしますぅ……」
「ふふふ任せたまえ。これでも帯の結び方は二百種程習得している。こうしてくるくると巻き……」
「なあ九郎。俺はもう顔を上げて大丈夫か」
「純だのう……うむ、平気だ」
九郎の言葉でのろのろと晃之介は、将棋の駒を貼り付けたままの顔をあげる。
下心無く、一応確認のような気分で子興と石燕の方へちらりと視線を送ると、
「ほうら、これが[よいではないか結び]だ。よいではないか、よいではないか」
「目が回ります師匠~!」
石燕が独楽回しのように帯を引っ張って子興を脱衣させ遊んでいたので再び将棋盤へ額を叩きつける。
「騙したな九郎……」
「まあ、よいではないか」
「お前はよく俺を騙すから困る。ひょっとしてこの将棋の規則も嘘を教えていないか?」
「いや」
適当な声音でそう告げる九郎であった。なお、晃之介が将棋を打つのは今日が初めてである。
晃之介と云う男、修行と野外生活にこれまで身を置き、技と術を練り上げて鍛えてきたまことに無骨な男なものだから妙齢の女性に対して免疫が低いのであった。
聴覚で子興の着つけ直しが完了したことを確認しようやく彼は顔を上げた。
「しかし、相撲で米が貰えるとはありがたい話だな。俺も参加できるのだろうか」
「えっ晃之介さんそんなうちの店の為に参加してくれるなんて頼もしいの」
「なんで普通に俺が勝ったら米俵はここに贈呈されることになってるんだ!?」
厚かましいお房の発言に驚いて聞き返す。にこにことお房は冷酒の徳利を渡してくるので、それ以上追求できずに晃之介は口を噤んだ。
まあ、自分一人と弟子が時々昼飯を食うとはいえ二俵は多すぎる気がしないでもないが。
「そうだね、なにせ辻相撲だから目玉となる力士は居るが基本的に集まった者で組み合わせが取られる。一つ制限が有るとすれば、背中に刺青を彫ってあることだが……」
と、鵺の刺青を持つ六科へ手を向けてから続ける。
「一晩限りの参加だったら背中に落ちにくい顔料で絵を入れておけば良いらしく、これが絵描き達の副収入になると話が回ってきたのだよ。ま、私と九郎君の仲だ。代金は要らないよ」
「それじゃ小生は晃之介さんの背中に描いてあげる」
絵道具を取り出して笑みを浮かべた二人の女絵師に、九郎と晃之介は同時に嫌そうに体を引くのであった……。
*****
江戸と云う町に人が増えるに従い、衣食住が足りれば後は娯楽を求めるのは当然であった。
その中でも相撲は身体一つで行えて勝負も早く決まり、見た目にもわかり易く親しまれる楽しみであった。
辻相撲と云うのは、夏の夜に四辻や広小路に大勢町人が集まり開かれる相撲のことで、これは実際のところ幕府に禁止令を度々出されていた。
物の本によれば、寛文五年、貞享四年、元禄七年、元禄十六年、宝永四年、享保四年と、年号が変わって毎回のように辻相撲の禁止について町触れがあったそうである。そこまで何度もやらねばならぬほど、実際のところ行われていたのであろう。
禁止される理由は様々に考えられるが、江戸は武士の町であり相撲取りは武士階級についだ特別な身分で、その仕事は武家の邸内で相撲を執り行うことだったことから、それを町人が好き勝手に力士を名乗って興行を行うのは怪しからぬ、と同時に荒くれの相撲取りを無闇に増やせば治安の維持にも関わる問題があったとされている。
しかし辻相撲を禁止されれば辻相撲取りも職にあぶれる。中には以前、九郎の腕をへし折った後に石灯籠で殴り倒された盗賊に身をやつした者も居ただろう。それらを発散させる為にも、あまりにも大規模にならなければそうそう取り締まりにも来なかった。
この日は両国広小路にてそれこそ中々の規模の辻相撲が行われている。
両国は見世物小屋や大道芸の小さな建物が多くあり、それらを幾つか改造して即席の相撲場を作り上げたようだ。
自身番の番人も見に来ている程だから露見することはほぼ無い。篝火は無いが雲ひとつ無い夜空には爛々と月が灯っており、幾つかの提灯とそれで十分な見通しになっていた。
見物人は多く集まり、勧進相撲ならば女性厳禁なのであるが辻相撲な為にけちな事は言わず、女も集まり中には弁当を売りさばいている者も居る。見世物の中には女相撲があるように、正式な場で無ければ特に忌避感は無い。
「しかし結構集まっておるのう」
「うむ」
「遠目だが、本格な相撲取りも居るようだな」
九郎と六科、それに晃之介は並びながらあたりを見回した。
格好はそれぞれいつもの服装に袖を脱いで腰に巻きつけ、上半身裸になっている。町人が参加するものだからまわしも付けておらず、集まった辻相撲取り達も背中の刺青を見せているのは共通して後は思い思いの格好であった。
にわか刺青の者も多いが、それと以前からの有名な刺青持ちとは図柄の隅に掘られた文字で区別が付く。活躍すれば刻まれる文字が増えていくらしい。
九郎の背中には、緑のむじな亭の表に描かれている穴熊のようなデフォルメされた狸が描かれている。最初は石燕が羽根を広げた八咫烏を描いたのだが、
「漆黒の翼を背にぶほっげほっ……男なら黒に染まれっ……くふふふっ」
などと己で描いておいてあまりの格好良さ気な図案に笑いが止まらぬ様子だったのでさすがに気分を害してお房に描き直して貰ったのである。
彼女も彼女で、
「店の宣伝になるもの」
とても実直な理由だったが。
並ぶ六科は相変わらず雷属性の鵺を背中に載せている。こちらは、彼の亡妻が好きな妖怪だったそうだが。実際に鵺──と同一視される雷獣と云う妖怪は江戸では人気が高い。恐らく、格好いいから。
一方で晃之介は、
「しかし刺青も並ぶと色んな模様があるものだな。見ろ、九郎。あの油すましの刺青を」
などと陽気に指差している彼の背中には迫力のある虎の顔が子興の手で描かれている。
体格もよく筋肉も見栄えの良い青年である彼がそれを背にしているといかにもな武侠者であるように見えた。
「昔、そんな感じの金ピカ闘士がおったような……」
「どうした?」
「いや」
男衆の後ろで見物に来た石燕とお房、子興が売っていた飴棒を咥えながら見守っている。
「晃之介さん! 頑張って勝ってね! 小生の絵が有名になる機会なんだから!」
「あ、ああ。なるべくやってみよう」
「今九郎君の願い事が叶うならば翼が欲しいのだろう? 描き足してあげようか」
「いや。全然」
「お父さんも九郎もしっかりお米取ってくるのよ。敵はあたい達が貰って当然な筈のお米を奪いに来た悪党だと思うのよ」
「うむ」
話し合っているとこちらに歩いてくる男から声が掛かった。
「よーう! 皆々様方、お揃いでやる気満々ってか?」
一同が顔を向けるとそちらには軽く手を上げた剣呑そうな目つきをした引き締まった体格の中年──背中に白龍の刺青を持つ、中山影兵衛が居た。
町触れで禁止されていると云うのに火盗改方の同心が堂々の参加である。
彼の背中に刻まれた追加文字は[物半][水倍][二回行動][防御貫通]と多く強力そうなものなので周りからも一目置かれる。
九郎が呆れた様子で告げる。
「お主なあ、もうすぐ子も生まれると云うのに遊び歩いて」
「おいおいおいおい、これはちょっとした願掛けみてぇなもんだからよ。神様は何も禁止なんかしてねっつの」
指を振りながら軽くそう言って影兵衛はじろじろと三人を吟味する。
にやりと笑いつつ晃之介を見て、
「この兄ちゃんとは何回か会ったな。前から思ってたが中々強そうじゃねえか」
「ああ、そっちこそな」
「へっ。この辻相撲はお行儀のお宜しいものじゃなくて、目突きと金的以外は許された喧嘩相撲だからな。精々楽しもうぜぇ……くかははは!」
影兵衛は笑いながら、やる気を出したように肩を回しながら去っていく。
一筋縄ではいかない大会になりそうだ。九郎はできれば晃之介あたりが影兵衛と当たって始末してくれることを祈りながら、肋骨の下の方をべきべきにへし折られた威力の蹴りを思い出して腹を擦った。
当時、相撲と言えば血の雨が降るとまで言われている程に荒っぽく、時には力士と観客で喧嘩が起こるほどであった。取り組みでも人死が出ることも珍しくないまさに暴力と暴力のぶつかり合いなのである。
ともあれ、晃之介を武侠者とするならさしずめ中華マフィアの用心棒めいた影兵衛を二人は見送りながら、表情を厳しくするのであった。
「ちょっと、お父さん。試合の前にそんなに食べて大丈夫?」
「うむ」
六科は握り飯をばくばくと食っていたが。
どれだけの人数が集まるかもわからぬ今回の辻相撲では組み合わせの順番もその場で札を引いて決めることになったようだ。
東西に分かれてそれぞれ呼ばれた相手が試合を行ない、負けた者の札は捨てられる。勝った者は再び呼ばれるまで待機と云う方法な為に、何試合もする可能性がある。
さて、力士が集まったのならば早く試合を見せろと群衆も騒ぎ、すぐに取り組みが行われるようだ。
「西の陣、[虎]の録山~!」
「俺か」
いきなりの順番であったが、落ち着いた様子で晃之介は土俵に入る。
普通の町人よりも頭一つ高い六尺の背丈に鍛えられて傷も多い身体。背中には堂々な虎の顔とかなり、
「決まっているのう」
と、九郎も感心する。観客も期待して野次を飛ばす。
「東の陣、[鼠]の甚八丸~!」
「ううううぅぅぅらあああぁあぁぁぁ!!」
雄叫びと共に土俵入りしたのは更に目を引く相手であった。
背丈は晃之介よりも更に高く、褌一丁でよく見える身体は足から胴体、腕まで分厚い筋肉で覆われている。上腕は普通の人間の胴体程もあり力瘤に血管が浮かび、首など頭が埋まっているが如く太く鍛え上げられて居た。
巨大な熊の全身の毛を剃り上げたかの如き漢である。顔には覆面を付けていて、背中にある鼠の刺青は──●が三つ、逆三角形にくっついている簡略されたもので鼠と判断できるのは、
「いや、薄暗くてよく見えぬ」
九郎が何故か気を使って目元を隠した。こう、版権的な問題で。
ともあれ、相手はどう見ても千駄ヶ谷の地主である根津甚八丸のようであった。
ざわめきが大きくなる。
「虎の兄ちゃんも立派だが相手はよっぽどすげえぞ」
「何を食ってりゃあんなに肉が盛り上がるんだ……?」
甚八丸は手指の骨を鳴らしながら晃之介に正面から相対する。
「いいぃかぁ若造! 世の中なんでも二枚目が勝つと思ったら、おおォォきな間違いだって事ぁ教えてやる!」
褌一丁漢は建物が揺れるような低い声と、大迫力の四股を踏んで云う。
「脈動する筋肉と嫁娘に蹴られてもびくともしない体重、そして母なる大地を耕すこの腕力! 三つを備えた俺様に敵は居ぬぇ! この算数がわかるかぁ!?」
「わかった。俺も本気でいかせて貰おう」
そうして二人は土俵の中心で向かい合い──。
「残った!」
にわか行司がそう云うと激烈な体当たりを甚八丸は仕掛ける。いちゃついている娘とその相手の居る近所の爺さんの家の勝手口だって容赦なく破壊できる威力だ。その後めちゃめちゃ怒られて修理する羽目になったが。
一方で迎え撃つ晃之介は──
「──[昇り竜]!」
六天流拳術の技、昇り竜。
両足を踏ん張りながらのアッパーカットの形に近く、見た目は単純だが身体の捻りと丹田から出す心気を込めた一撃、発生時無敵とも言える超迎撃のタイミングが一朝一夕には会得不可能な技である。
その威力は体重三十貫(112キログラム)はありそうな甚八丸を真上へ殴り飛ばしたことから見ても瞭然であった。
腕を振り上げたままの晃之介の背後で、全身を脱力させたかのように飛んだ甚八丸は落下するときには頭のほうから、ぐしゃりと地面に落ちて沈んだ。
「お、落ち着けぃ……これはわざと飛んで威力を殺す作戦んん……」
「いや、相撲では意味無いがな、それ」
どっちにしろ地面に落ちたら負けだ。見事な飛び方と落ち方をしたのに元気そうに呻く甚八丸に外野から思わずツッコミを入れる九郎である。
晃之介の見事な一撃には群衆も静まり返っていたが、堰を切ったように歓声が上がった。
華麗な初回の決め技に、違法相撲をこっそり開いていると云うことも忘れて割れるように盛り上がった。
晃之介は倒れた甚八丸に近づき、一礼する。
「あの一撃がうまく決まらなければ破れていたのは俺だっただろう。見事な身体の鍛え方だ」
「ぬううう……」
甚八丸は四足歩行で這うように晃之介の前から去る。そして見ていた九郎の近くにより口の端に手を立てて、声を潜め尋ねた。
「おい九郎。あの二枚目で強くて性格も良さ気な兄ちゃんの弱点教えろ! なんかあるだろ。ちんこが小さいとか。夜な夜な褌で外を練り歩くのが趣味だとか」
「後者はお主の趣味だろう……まあそうだのう……金が身につかなくて、あまり良い物を食っておらぬとかか?」
「成る程、ぐふぁははは!」
甚八丸は立ち上がると晃之介へ指を突きつけて高らかに云う。
「憶えていやがれぇ! 今度お前の道場に新鮮な野菜を持ってきてやるけど、別にお前の為なんかじゃないんだからね!」
「あ、ああ? ええと、おう」
「なんの宣誓だ、なんの……」
そう言って会場から走り去っていく甚八丸に、呆れた様子で九郎は呟くのであった。
ともあれ、盛況に始まった相撲の取り組みは次々に行われた。
夜中にやっているとは思えない熱狂である。寺社内で行われる幕府の許可を取った勧進相撲にすら周りの木に登ってまで観戦に来るのだから相撲の人気が伺える。
次々に試合が行われ、様々な絵面の刺青が取っ組み合っては投げ倒され、頭突きや蹴りも飛び交った。
中でも影兵衛は意外に華麗に立ち回り、派手な投技で決めていた。飛び上がって首に足を掛けてからのフランケンシュタイナーはやり過ぎだと九郎も思ったが。
六科は鋼鉄の肉体で相手の攻撃を受け止め、正面から確実に迫り、掴んだと思ったら強引に引き倒す。凄まじく真っ当な戦法だが相手からすれば鉄の塊と戦っているような理不尽な腕力を感じるだろう。
変わった取り組みだと、
「西陣~[河童]の成瀬土左衛門関~! 東陣~[赤河童]の瀬川土左衛門関~!」
行司が呼びかけると二人の、若干白い肌に全身が筋肉の上に乗った脂肪で膨らんだ力士体型な男が現れて立派なまわしを付け、土俵で歩み寄った。
「同キャラ対決か?」
身も蓋もないことを云う九郎に石燕が補足する。
「あれはどっちも本力士の土左衛門関だね。互いに同じ襲名先を選んだ為に名前をわけてしまい、仲が悪いのだよ」
「ははあ。それでこの場で対決に来たのか……しかしなんとも」
土俵ではお互いが啖呵を浴びせ合う。
「今日こそおれが本当の土左衛門だと教えてやる!」
「舐めるな。わしこそが真の土左衛門よ!」
「……言葉ではもはや語るまい」
「良かろう。勝ったほうが[成瀬川土左衛門]……負けた方は河童らしく川に流される。良いな!」
などと言い合っているので、九郎は半眼で見たまま、
「その名前継いでもなあ……どざえもんだぞ……」
「どうしたの? 九郎」
「ああ、まだこの時代では通じぬか……でもなあ」
などと、後に水死体の代名詞となった力士の対決を見守るのであった。
「西陣~[狸]の九郎!」
「お、呼ばれた。行ってくる」
「頑張るのよ、九郎」
「ふうむ、やはり羽根があったほうが」
「どれだけ拘るのだ」
言いながら九郎は土俵へ出る。やはり奇異な彼の風貌に観客はどよめいたりした。
出場者の中でも特筆すべきほど小柄なわけではないが、いかんせんその怠そうな表情以外は十四、五に見える少年型である。血の気の強い鳶職の相撲取りが混ざってると言っても若くて二十前後からが普通なこの業界では幼くすら見えた。
一方で相手は背中に達磨の刺青を入れた、九郎の体重の倍以上はありそうな体つきの男である。明らかに九郎を侮っているが、その体格差では当然だろう。
行司もこの大人と子供の試合に思うことがあるようであったが、とりあえず進める為に、
「残った!」
と、合図を出した。
同時に九郎はするりと素早い脚さばきで、上体を低くしたまま相手の腰へと組み付いて掴んだ。
両足で地面を抑え、足から力の掛かる方向を一定にして腰から上を持ち上げる。
「よっこら」
身体の軽い九郎が相手に投げられないようにするコツは、下から先に持ち上げる事である。そうすれば相手の体重分増加させた自身の重量を確保できて上から引き上げられる事は物理的に不可能になる。
小兵に持ち上げられた相手は慌てるが、相撲の楽なところは投げ落とせばそれだけで勝ちになることだ。
九郎は相手の腰を己の頭上まで持ち上げて体ごと放り投げた。
「しょいと」
相手は尻もちをついて床に落ち、九郎の勝ちとなる。
再び歓声が上がった。あちこちに小さな複数の賭け場があり、試合の勝ち負けに金銭的に一喜一憂している者も多いがこれには影兵衛は嬉しそうに九郎へ笑顔を送った。
「あやつ、賭けておった……」
「おかえり九郎。やっぱりやるじゃないの。それ見たことか。利悟さんは出てないの?」
「町方同心が出てたらさすがにヤバイだろうよ。しかし己れの技などびっくり攻撃でしか無いからのう。対応できるやつが相手なら他の方法を考えねば」
「片翼の八咫烏。ふふふ、どうだね何か力が湧いてくるだろう」
「お主は己れの背中にどうしてそうも羽根を描きたいのだ」
げんなりしながら応えた。
それからも試合は続き、試合中に相手に小判を握らせて堂々と八百長勝利をする力士や全身に油を塗ってぬるぬるの力士など個性豊かな勝負が行われ……。
「西陣~[虎]の録山~! 東陣~[白龍]の三郎!」
両者を呼ぶ声に、強者同士の対決を求めていた観客の熱気はクライマックスに盛り上がる。
三郎は影兵衛がよく使う偽名で、鮪の解体をしている浪人と云う設定である。三男だからだろうか。
土俵へ向かう晃之介に子興が声を掛ける。
「こ、晃之介さん!」
「どうされた、子興殿」
振り返ると彼女は「ええと」と、言葉を詰まらせる。
相手は中山影兵衛。子興も何度か関わったことの有る、江戸でも一等に危険な男だ。
(気をつけて、って何も武芸を知らない小生が云うのも。怪我をしないで……ってのも変。勝負なんだから。それなら……)
「見守ってますからね!」
考えて、そう告げると晃之介は一瞬きょとんとして、おかしそうに、爽やかに笑った。
「有り難い」
晃之介はどことなく背中に熱い力が篭った気がして、闘志も満ちた気分で相対した。
「そんじゃ、遣り合うか兄ちゃん」
「録山、晃之介だ」
「中山影兵衛──参る」
「残った!」
互いに前傾姿勢ではなかったが、射竦められた雰囲気に行司は耐え切れず、開始を宣言して土俵の中央から数歩後ろずさった。
飛び出す。同時だ。
二人は拳の間合いに入ると影兵衛の首筋狙いの手刀と逆方向の脇腹を穿つ左突きが迫る。
晃之介は一寸上体を逸らすことで手刀を避けて突きを右肘で撃ち落とし、同時に右手を振り下ろす動きで相手の胴体を打とうとした。
影兵衛の躱された右手刀は軌道を変えて晃之介振り下ろされた右手の手首を叩く。
が、僅かな接触で即座に影兵衛は手を戻した。瞬間で晃之介の右手が影兵衛の攻撃を掴み掛けたのだ。
半歩前に出た。
どちらかはわからない。誰にも足捌きは見えなかった。
より縮まった間合いで晃之介が掌底を相手の胴体の中心へ入れようとするが、半身になり避ける。
間髪を入れずに反撃の両手がそれぞれ意志を持った鞭のように晃之介の体に迫るが一つは受け流しもう片方は肌を浅く切り裂くに留まる。
指先だけでも人体を切るには十分なのである。
攻撃はそのまま次の攻撃へと繋がる。
反動を生かして左右から襲い来る影兵衛の時に斬撃で、時に打撃な拳をいなして晃之介も反撃をし、無数の拳打が唸る。
影兵衛は数発受け止めつつ、
(防御の上から痺れやがる……!)
削ってくる晃之介の攻撃に笑みを浮かべて野獣のごときセンスでなるべく避けるようにする。
足を止めて近距離からお互いに手が見えぬ程の速度で、上体を小刻みに動かしながら撃ちあう二人である。
時折どちらかの血しぶきが暴風のぶつかり合いめいた戦場から飛び散ってくる。
([昇り龍]……!)
相手の攻撃を左右受け止めて引き寄せたのを確認し──或いは確認よりも感覚に頼って下から上への超反応打撃技を放つ。
しかし一度見た技故に、影兵衛は読んでいた。発条仕掛けでも使ったように背後に飛び間合いを離す。
それも織り込み済みだ。
晃之介は昇り龍を途中で止めて呼吸を変え異なる技に繋げる。
一歩前に踏み出して上段足刀蹴りで追撃を行った。
「そうこなくちゃ───なァ!!」
迫る蹴り足に影兵衛も己の足をぶつけて無理やり体勢を変える。飛び退ったのを片足で跳ねて調節しながら、また晃之介へ向かって飛び上がった。
捻りを加えながら空中で横回転をしてかかと蹴りを打つ。
受け止めれば相手が飛んでいる以上、そこから落とすのは楽ではあるものの──
晃之介は直感に従い[縛捨]の足捌きで避けた。刹那、彼の居た場所を遠心力を加えた蹴り足が通過するが──土俵が踵の軌跡に削り取られた。
当たれば晃之介の人体も似たような被害を受けていただろう。
怯まず、彼は再び接近して掌底と手刀の応酬を行う。
今度は足を止めてではない。
影兵衛から容赦無い近距離の蹴りも放たれる。
足に目でも付いているのかと怪しげに思う程、正確に防御を抜けて狙ってくる。
それと肉を抉る手刀のコンボにより既に晃之介の肌は何箇所も切り裂かれ血と冷や汗が滴っている。
晃之介も反撃を浴びせる。
相手の手刀を敢えて受け、瞬時に手首を掴むと[駒投げ]の要領で影兵衛を天地逆さまにぶん投げた。
更に空中で無防備になった影兵衛の腹部に激烈な掌底を叩き込むが、相手はその衝撃を利用して晃之介から離れつつ更に一回転して着地し勝負を続けた。
「げはあ! 酒飲みにはちっと優しくしろよな!」
「次があったら考えよう」
言いながら遣り合う。
影兵衛の回し蹴りで晃之介はガードした腕の骨を軋ませ──晃之介の超近接からの肘打ちが再び影兵衛のボディを打ちのめす。
掌底からの掴み。
それを弾き崩しての打撃。
いなして体重を載せた肩による体当たり。
軸をずらしての回避と同時に首元を狙う突き。
受け止め、捻り返そうとしての同時にお互いの頬に突き刺さる逆の拳。
息も吐かせず次々に攻防は連鎖する。
僅かな隙を狙い泥臭くも洗練された動きで削り撃ちあう。
どう見ても相撲ではないが目の離せぬ闘いであった。
「……というか完全にあれだな。事実上決勝戦というか」
「うむ」
蚊帳の外にいる九郎は思わず六科にそう呟いた。
九郎は力持ちで奇襲が得意だが、格闘術などは習った事もなくセンスだってそう良くはない。
道具も無しにあの二人と戦いたいとは決して思えなかった。傍から見ていて、互いにとっては牽制か何からしい拳打の遣り取りさえ早すぎて良く見えない。
と、その時。
「……何か行司が騒いでいるな」
土俵でばたばたと軍配を振って何やら二人に叫んでいるようだが、熱狂した周りの声と二人が行司に関わっている余裕が無い為に無視されている。
九郎は少しばかり気になったので目立たぬように回りこんで、行司に話しかけた。
「これ、どうしたのだ」
「この辻相撲の規則の一つで、刺青が消えたら負けってのがあるんだ。ほら、録山の方を見てみろ」
「……おお、気が付かなんだ」
見れば晃之介の汗か熱気で絵の虎がバターになったかのようにどろりと溶けて居た。
「それで二人に勝負ありを告げてるんだが、聞きやしない」
「成る程……ふうむ、まあ勝負がついたのならば仕方あるまい。止めてみるか」
「あれの間に入って?」
「無茶を云うな。水を持ってこい、水を」
云うと大きな水樽が運ばれてきたので、九郎は思いっきり二人に向けてぶちまけた。
だが、戦闘は終わらない。むしろそれを好機として互いにより激しく殴り合い、観客も演出の一つだと思ったか、或いは文字通りの水入りに不平の野次を飛ばしていた。
「終わらんぞ」
「待っていろ……よし、こんな時こそ金星を取るのだぞ」
言いながら腰に下げた術符フォルダから電撃符を、土俵内に薄く水たまりになったそこへ付ける。
発動させた。電撃は水を走り戦う二人へ───
「──ッ!」
「……おっとお!?」
避けた。同時に大きく跳躍して水たまりの無い場所へ足を載せる。電気の伝わる速度よりも先に何かを察知したのだろう。
九郎は哀れんだ顔で今ひとつ強敵に敵わない術符を眺めて、腰に戻すのであった。
勝負は背中の絵が消えた晃之介の負け。影兵衛は不満そうにしていたが、まあ規則なのだから仕方ない。
それよりも、
「小生の絵が溶けたのが悪かったんですよね!? 御免なさい晃之介さん……うう、駄目絵描きですみません……」
「い、いや別に子興殿のせいではなくてだな……泣く程のことでは……九郎! ……助けてくれ」
「頑張って慰めるのだぞ」
落ち込む子興を不器用に宥める晃之介を、微笑ましく眺める九郎であった。
さて、こうなれば優勝にはあの影兵衛をどこかで始末しなければならない。とりあえず水で相手の体が濡れているうちに冷風でも送って冷やし帰らせようかとでも画策していると、不意に会場の提灯が一斉に消えた。
「?」
「おい、誰か点けろよ」
数秒ぐらいだっただろうか。ざわめきが広がる前に、新たな明かりが灯った。
それも前よりも多く、会場を囲むように提灯が闇夜に浮かび上がる。そこに書かれている文字は[御用]の二文字。
「町奉行所である! 前々より固く停止を命じてある相撲を取り行い、また見物に来ていた者共! 神妙にお縄に付けい!」
声を張り上げたのは月番である北町奉行桐生正武その人である。馬上から陣頭指揮を取り盛大かつ違法な博打さえ行っていた辻相撲を取り締まりに来たのだ。
会場に居た影兵衛と九郎は目を合わせて、影兵衛は深く頷いた。
ゆるりと腰に下げていた着物を羽織直しながら、
「残念だぜ九郎。手前がこんな悪行を犯したとはよう」
「一瞬で裏切りおった」
「裏切ったんじゃねえ! 表返ったんだぜぇ!」
体制的にはそうだが、さっきまで全力で楽しんでいた相手の云う台詞ではない。
そもそも町奉行と火盗改では管轄が違うが、立場を生かして自分だけは何事も無かったかのようにする保身へ回ったようだ。何気に問題ばかり起こしても役目を解かれないあたり、保身は上手である。
「いかんな、逃げるか」
「でも囲まれてるの」
「……己れがなんとかしよう。晃之介は子興、六科はフサ子を抱えて逃げよ。石燕は大人しくしておけ」
「うあっ。……九郎君、もっと持ち方があるのではないかね?」
軽く石燕を小脇に抱えつつ、九郎は術符フォルダから[隠形符]を取り出した。
「[隠形符]、上位発動」
魔力を大きく消費する術式を発動させる。
九郎の術符は効果時間が長く安定している通常発動──竈の火を灯していたり、水を冷やしていたりする能力──と一気に効果を発揮させる上位発動──火炎を出したり水を瞬時に凍らせたり──と能力が出力で分けられる。
上位発動を使うと魔力の再チャージまで再使用ができないが、効果は大きい。
隠形符の場合、自分以外の者の姿も消すと云う効果がある。九郎はそれを会場の者全てを対象に発動させた。
身につけているものまですべて、集まった相撲取りと観衆、町奉行の手のものは己と周りの者の姿が消えると云う混乱状態へ陥る。
「なんだこれは!? 妖怪変化か!?」
怒鳴り声が上がる中、周りとぶつかり押し合いながらも外に出て逃げる者多数。効果はわずか十秒程だが場を乱すには十分であった。影兵衛も面倒事から逃げ出すチャンスとばかりに逃げたようだ。
晃之介は五感を研ぎ澄まして見えない人間を避け安全に子興を運び、六科は周りに気にせずに肩にお房を載せたまま周囲を跳ね飛ばして家へ向かう。九郎も腰に巻いていた疫病風装を着直し飛行して逃走した。
「く、九郎君! 空を飛んでいるよ! やはり君には翼が!」
「無いから。もうそのネタは良いから」
「ふふふ。しかし、まるで鳥のようだね───九郎君。重大なことに気がついた」
「なんだ?」
「わたしたかいところだめみたいだこわい」
「今までにない駄目な表情をしておる!?」
「このままではもる」
「何を!?」
震える石燕と、ひとまず安全なところへ着地するのであった。
*****
緑のむじな亭に戻ると、既に晃之介組と六科組は戻ってきていた。
二人して肩に米俵を担ぎながら。
どう見ても辻相撲の賞品をどさくさで持ち逃げしたものである。
「……お主らなあ」
「あのまま没収されても誰のためにもならないからいいじゃないか」
「お房から指示が出された」
「泥棒じゃないのよ。賞品ってあれでしょ? 要はくれる物よね。じゃあ他に欲しいって人が皆逃げた状況なら権利を主張しても問題無いの」
「……フサ子、一応言っておくがお主の周りの大人は反面教師にしろよ。真っ当に育つのだぞ」
自分も含め。
そんな気分で九郎はまだ幼い少女の頭を撫でて言い聞かせるのであった……。
まあ手に入れた米は仕方ないので食べたが。




