外伝『IF/江戸から異世界3:オーク神父合流編』
※江戸からまた異世界に行ったのであるの続編です
ペナルカンド大陸東部に臨海する、帝都。
勇者にして狂戦士ライブスが魔王と魔女討伐の報酬として行われた国造りによって開かれた都市である。
ライブスと云う人間は堕天使の一種で、蘇神に生み出された天使階級元二位の勇天使であり地上に危機が訪れた際に人間化して地上への干渉能力を得て解決する役目にあった。
何度やられても負けない、神の加護に守られた最強の戦士として無数のお伽話にも登場する。
彼はかの世界が危うく虚無へと帰しかけた魔王城の決戦以前にも魔王と戦ったことがあるが、凍てつくような別世界法則の波動により神の加護を失った挙句、彼を媒体に蘇神を引きずり出されて神を電子ジャーに封印され時間も止まった廃宇宙へ投棄された挙句あっさり殺されると云う敗北を味わい、一つは最後の残機が残っていて蘇生したもののもう復活することは出来なくなり、逃げて引き篭もりニートとなった。勇者とは思え得ぬ心の折れっぷりである。
そしてある日に、何らかの思惑があった戦神信仰者の集団に担ぎ出されて[武僧野郎百万人]の強化奇跡を浴びて鉄砲玉として送り出されて偶然それは魔王城を攻める他勢力との襲撃と噛み合い、結果彼が一人勝ちの形になった。
戦後は帝国が誇る最強戦力として喧伝される役目になり、神輿に乗るだけでさほど政治にも干渉せずに親しみやすい帝王の役目を適当にこなしつつ念願のニートな駄帝王となる。
百万倍の能力があった頃とは比べるべくもなく弱体化しているが、今でも数千人力はあり彼を脅かす者は居ない。
はずだったのだが。
「コフー……コフー……」
「なあなんで最近帝王様ガスマスクと防護服着てるんだ?」
「自称ファッションのニューリーダーだから……流行らそうとしてるんじゃないか?」
銀色の宇宙人めいたスーツを着ている帝王を見ながら側近がヒソヒソと話しあう。
近頃は人間ドックだって受けたし健康になる壺だって買った。日に一食はカップうどんだった生活だって改めた。
それもこれも、町中で青白い衣を着た[第四黙示]の姿を発見したからであった。
(復讐に来たのかもしれない……)
と、超警戒しているのである。
何せ百万倍に病も毒も希釈できる決戦時の自分すら命をもりもり削っていった激ヤバ存在である。百分の一以下の能力しか無い今では勝てる保証が無い。あの時の水虫と痔が治っていないというのに……!
いっそ、襲撃を恐れるよりはこちらから打って出るほうがいいかとも思うが、
(隣国の動静が怪しいし……)
魔法大国である歴史ある隣国は建国以来微妙な関係が続いている。露骨に帝都のダンジョンから取れる魔力の篭っていて様々に加工できる[魔鉱]の採掘をしたがっているのである。
今では帝国が開拓公社から全て買い取った後で輸出量にも制限を掛けているが、横流しが横行した時期では明らかに隣国の手が入っていた。
多分そのうち攻めてくる。ペナルカンドの国家はわりと喧嘩っぱやい。よく国は潰れ新しく興るが、その中でも一等に長く続いている隣国は魔法使いを重点的に国家戦略で鍛え上げているのでやたら強い。帝王が不覚になったらここぞとばかりに戦争をふっかけるだろう。
下手に第四黙示に手を出して町中で疫病を撒き散らされるのも困る。
とりあえずは現状待機しか無いのであったが。
「帝王様。先日の国会議事録をお望みの通りラノベ風に訳して来ました」
「コシュー……」
頷き、全身防護服はイラスト付き文庫本になった書類に除菌スプレーを振ってから受け取って読みだした。
「感じ悪っ」
「お前がこの前帝王様の足臭の話をしてたの気にしてるんじゃないか?」
「それはそれで根に持って感じ悪いよ」
やはり、側近らは微妙に聞こえる音量で話し合うのであった。
*****
帝都にあるうどんチェーン店[フラワーサークル]で昼食を取るのは、蒼白の着流しの少年と修道服の少女、それとずたずたになった青紫色のドレスを着て放心している女であった。
茹でたてのうどんを氷水で引き締め、上に葱と温泉卵を乗せて出汁をかけた定番メニューはいつ食べてもするすると喉を通って旨い以上に心地よい。
それまで茹で置きの麺が主流であったうどんチェーン店の中でも、この店はいち早く茹で立てで腰のある麺を出すことで有名になった。
舌鼓を売っているクロウとスフィだったが、いつまで経っても箸をつけようとしないもう一人の仲間、オルウェルに声をかける。
「食わんのか?」
「なら私が竹輪の磯辺揚げは貰うんじゃよー」
ひょいとスフィがオルウェルの前に置かれた小鉢からちくわ天を奪い取る。
食欲旺盛な彼女にクロウも微笑ましくなりながら、
「こっちのげそ天も旨いぞ。足を一本やろう」
「にょほー」
などとしていると、オルウェルがどんとテーブルに拳を叩きつけ怒鳴った。
「うがああ! もう嫌っす私ダンジョン行きたく無いっす!」
「まあまあ、ほらうどんでも食べて」
「元気を出して次頑張るのじゃよー」
「容赦なく次も行かせる気だー!?」
ダンジョン開拓公社人事部平社員のオルウェルは、容赦なく命懸けのダンジョン潜りに付き合わされている現状を嘆いた。
通称冒険者となりダンジョンへ挑む開拓業務を、他部署の社員が協力するのはわりと簡単な書類一つで許可される。自身ではなくクロウとスフィが適当に作った書類をなんと彼女の上司があっさり受理しちまったのであった。
結果、ここ最近のオルウェルは魔剣士クロウと歌司祭スフィに付き合い、襲い来る魔物の脅威に怯えつつ荷物を持って後ろをついていく羽目になっているのであった。
公社の社員には冒険者あがりで知識豊富な者や低階層に常駐する戦闘能力のある者も居るが、オルウェルは魔法一つ習っておらずそもそも新卒で経験も浅い。身体能力は成人女性の平均程度だが……
「なんでそんな私が壁役なんすかー!?」
「他におらぬからじゃろー。私は補助役でクローは攻撃役。するとお主は必然的に壁になるのじゃー」
「別の開拓員を雇ってくださいっすよう!? ほらメンバー募集の広報誌あげるから!」
「そうは云うがのう」
クロウは夢の中で見せられた魔王直筆、ダンジョン攻略ガイドの内容を思い出しつつ唸る。
それはマップや敵、アイテムの種類などが書いているわけではなく漠然とした攻略の姿勢が記されていた。
曰く、焦って連日ダンジョンに行き過ぎるのも余計回り道になるのでダンジョン外でもイベントをこなそう。
曰く、期間限定のCGは回収するといいことがある。トロフィーコンプを目指そう。
曰く、初期メンバーは大事にしよう。
などである。
はっきり言って具体性はまるで無いのだが、誰一人最奥まで辿り着いたことのない不思議なダンジョンを進むには製作者である彼女の方法論に従うしか無いだろう。
と、云うわけで荷物持ちも必要なのでオルウェルを雇い続けているのであった。
「まあ今回お主が危なかったのはモンスターハウスにうっかり遭遇したからで、普段はどうってことなかろう。それにしっかり攻撃を盾で防げたではないか」
「魔物のソニックブラストマーマンに[良いジスの盾]は殴り壊されるわ衝撃波で全身ズタボロになるわ散々っすよ!」
苦情を云う。
ダンジョン内は通路のみならず多くの部屋が連なっており、中には入って進むと周囲で活動休止していた大量の魔物が突然襲い掛かってくる部屋──通称モンスターハウスだとか、スローターハウスだとか呼ばれる罠もあるのだ。
さすがに複数の方位から攻撃を受けたならばクロウも守りきれず、スフィもバインドボイスなどで対応したのだが格闘家風の外見をした半魚人がオルウェルを襲ったのである。
瞬時に三連打を受けて彼女の装備していた盾は破壊された。ジス材という木製の盾であるが対魔法効果がある便利なものだ。グレードによって[ジスの盾][良いジスの盾][すごく良いジスの盾]と分けられる。
更にふっ飛ばされたオルウェルが無事だったのは、体に着ている青紫色のドレス──ダンジョン内の宝箱で見つけた[半生体武装幻裳ヴァオウドレス]の防御力によってだ。軽く破れているが、オルウェルの生命力に寄生して次第に修復されるだろう。
「まあまあ、今度はすごく良いジスの盾を買ってやるのじゃよー」
「そういう問題じゃねっすー!」
「オル……オルル? ちょいと聞け」
「名前覚えられてないし!?」
うがあ、と叫んで頭を抱えるオルウェルである。
クロウは彼女を宥めつつ、
「よいか、己れらとてお主を命の危険に晒してまでついてきて欲しいとまでは云うつもりはないのだ」
「はあ」
「つまりなんというか……命の危険はあるけどついてきて欲しいだけなのだ」
「どっちすか!?」
説得に失敗。中々に強情である。
「もう嫌っす魔物と戦うなんて脳味噌がおかしいっすよ開拓員とか社会不適合者の集まりっすよー!」
「まあ今はお主もそうなんじゃがのー」
「ふぎゅうう!」
喚く彼女に仕方なくクロウは、開拓公社から届けられた封筒を彼女の前に差し出した。
「ところでこれはお主の今月の給料だが」
「ううう……なんでクロウさんが持ってるっすか……?」
受け取り、中を開いて額面を見ると同時に彼女のヘタれていたアホ毛がぴゃっと跳ね上がった。
目は大きく広げられ瞳孔は開き、口元が震えだしたので慌てて手で隠す。
会社から支給される給料が二倍に増えていたのである。
これは、正社員が開拓員に異動した場合はその社員が含まれるパーティの魔鉱納付量によって特別金が上乗せされていくシステムによってである。更に収めたその場で変換金も貰えるので報酬の二度取りにもなる。
クロウ達と組んできっかり3分の1の儲けを貰っているオルウェルは実質この一月でそれまでの月給の数倍稼いだ事になる。
これもまた、魔物に特攻能力を持っていて強力な敵を次々に倒しているクロウのパーティゆえの収益であったが。
(お茶くみで小銭稼いでたのが馬鹿みたいになる額っす……!)
果たしてそれが命と天秤に掛ける価値が有るのか、いやそれでもここまで高級取りにはさっぱり為れそうにない。
オルウェルの目元が揺らぐと同時に、クロウが懐から取り出した銭に紐を括りつけた振り子式マインドコントロール装置を彼女の前で揺らす。
ぼそぼそと声をささやいて聞かせた。
「ダンジョンに潜って大儲けー魔物なんて怖くなーい」
「儲けー怖くないー」
「これからも?」
「頑張るっす!」
しっかり洗脳が効いてぐるぐると濁った目になりぐっと拳を握ってやる気を出したオルウェルに満足そうにクロウは頷き、装置を懐に戻した。
何故かジト目でスフィがクロウを見ながら、
「妙に効果が高いのうそれ。ところで私には使っておらぬじゃろうな?」
「使ってないぞ? 全然使ってないぞ? なんでそんなこと聞くのかのう」
しかも使われている間、被験者の記憶は曖昧になるという便利さである。どこか疑わしげに首を傾げるスフィにげそ天を一本追加してやり、誤魔化した。異世界に来て彼女と再会し一月ほどだが、簡単に誤魔化せて逆に心が痛む。
とりあえずパーティ崩壊の危機は脱して、クロウはぶっかけうどんを啜ることを再開する。
彼は確かに、オルウェルの他のメンバーを誘えという言葉にも一理あることは認めている。
オルウェルが戦いに向かないのもわかることであった。
だが初期メンバーを大事に、という意味不明なアドバイス以上にクロウはオルウェルについてきて欲しい理由があった。
(ツッコミ役とリアクション役を兼ねてるんだからなあ)
そんな理由であったが。
*****
「他メンバーか……」
夜。
スフィの教会に戻ってクロウは一応渡されたダンジョン求人情報誌を眺めていた。
今回は事なきを得たが、確かにパーティには防衛力が欠けている。現状ではスフィとオルウェルを守るためには最速でクロウが敵を仕留めるという方法しか取れない。
クロウ自身は自動回避の疫病風装をつけているので滅多に攻撃が当たることはないのだが、先制で広範囲に爆炎を投射されたり不可視の衝撃波を打ち込まれたりすればスフィらに被害が及ぶだろう。
司祭としての能力は非常に高いが、体の小さいスフィの身体強度は決して高く無い。オルウェルより低いだろう。
(むしろオル子は怪我に妙な補正でもかかっておる気がするが……)
彼女がふっ飛ばされるのは今回が初めてではないが、当たりどころがいいのか運がいいのか、或いはその両方で重傷に至ってはいない。
とはいえそのような不確かな要素に頼り続けるわけにもいかない。彼女を外す選択も選びたくないが。賑やかしとして非常にありがたい。が、このままでは賑やか死してしまいかねない。
しかし、と求人を見つつため息をつくと紅茶を淹れたスフィが持ってきた。
「どうじゃー?」
「ピンと来ぬなあ。自分のパーティに入らないか、といった広告が多い。よく考えればしっかりダンジョン攻略をしようという冒険者は最初から効率のよいメンバーを揃えておるし、魔鉱で日銭を稼ぐ者は配分を嫌って一人で行くからのう」
と、クロウは紅茶を受け取って飲みながら言った。果実のジャムが入っていて甘みが口を潤した。
自分らが他の組に入るのは目的が異なるので面倒な事になるから却下として。
スフィはクロウの隣に座って広報誌を覗き込みながら云う。
「こう、特に目的も無くこっちの方針に従ってくれて、気遣いが出来て頑丈で荒事慣れした者とかおらぬかのー」
「それは望み過ぎな気も……うむ? 待てよ」
ふと思いついたのでクロウは顎に手を当ててスフィに確認を取る。
「なあ、オークもエルフと同じ長命の種族だったよな? 昔に傭兵仲間だったオーク神父はまだ生きておるか?」
「おお! あの神父じゃな! だいぶ前に一度お主の墓参りに来たが……あやつはそうそうくたばらんじゃろう」
「うむ。戦場で敵に捕まって監禁されていた建物が大爆発してもハリウッドダイブで助かっていたからな。それも己れが見ただけで二度も」
懐かしい友人を思い出して顔を綻ばせる二人である。
オーク種族で旅神の神父をしている彼は心優しく力持ちだが、事件に巻き込まれ体質をしていてかなりの修羅場を潜っている男だ。
クロウが、
「友人のよしみで手伝ってくれんか、明日手紙を出しに行くか」
「そうじゃな。クロウが生きておることを知ったら、あやつも喜ぶぞ」
その夜は二人して、オーク神父に送る手紙を書くのであった。
*****
「──ふう、なんとか無事に辿り着いた」
でっぷりとした巨体を動きやすい上下に外套を重ねたようなデザインの旅神用司祭服に包み、広い背中にあった大きなリュックを持ったオークは徐々に建物が増えだした町並みを見回しながら呟いた。
帝都と云う都市は全体を囲む壁や検問所も無く、臨海している中央街から大陸方向へ放射状にどんどん広がっている。
建国時に流行した移民ラッシュこそ落ち着いたが未だに人口流入は多く、街を広げて居住区を増やし成長していく。
実際に彼が前に訪れた時よりもずっと手前から既に帝都らしい町並みになっていた。
「上手いことサイスノスケさんは撒けたみたいだなあ……もう、本当になんでああしつこいかな」
言いながら帝都の中央へ向けて進む足を止めない。
ここに来る少し前に巻き込まれた事件で関わった裸ニンジャの少女に追いかけられていただが逃げ切れたようである。旅神の神官が秘跡術を利用してまで本気で逃げたならば、ニンジャでも秘密警察でも捉えるのは困難だろう。
帝都を進みながらはたと気づいて彼は立ち止まった。
「しまった。そういえば訪ねるってスフィさんに手紙で連絡するの忘れてたな……ちょっと前の街でやろうと思ってたのに慌ててたから……」
目的は観光とクロウの墓参りなのだが、彼女に会わずに墓だけ行くというのもおかしな話だろう。
「いきなり行ったら迷惑かもしれないし……まずはここから手紙を出して二日後ぐらいに行こうかな」
そう小さく口に出して伝神の教会を探して歩くことにした。独り言は一人旅をしているとつい身についた癖であった。
ペナルカンドで離れた場所に手紙や言葉を届けるのは主に[伝神]と云う神の教会で行われる。
伝神は世界中に拡散し無数に実体化している二級神格存在で、手紙や伝話器を持って常に走り回っている。必要なだけの人員を自在に増やし、受け取り手が明確に居るならば中央樹海でも手紙を配達する。
司祭や修道者は窓口になる教会の運営を行っていてどこの町にも一箇所は建てられ、帝都では区画ごとにあり連日人で賑わっている。
手紙を送るには窓口で料金を払い秘跡スタンプを押してもらうか、切手を購入してポストに入れる方法がある。他にも割高だが小さな定形外物品を送れるサービスもある。荷物、と言える程の大きさになると伝神の対象外になるが。
なお、配達サービスに於いて人件費のほとんどは神自らが行っている為に料金での教会が儲ける分が多いが、それらは土地の維持管理費用や窓口要員の生活費、余った分は炊き出しなどの慈善活動で消費している。
オーク神父は途中に喫茶店で、旅先で買った景色の描かれた絵葉書に時節の挨拶と帝都の近くまで来ているので二日後ぐらいにスフィを訪ねる旨を書いて教会に持っていった。
人混みになると体が大きい自分は、どうも人の邪魔をしているようで苦手なのだが隅を歩くようにして賑わっている窓口へ向かう。
その途中、
「オーク神父さんですね?」
と、声をかけられて見下ろすと、帽子を被った制服姿の男──伝神が居た。
「はいそうですが」
応えると伝神は営業スマイルを浮かべて封筒を差し出して渡した。
「お手紙が届いてます」
「え。誰からだろう」
「あちらの方から」
そう言って伝神が振り向くと、頭二つは周りより高いオーク神父を見ている人が居た。
小柄なエルフのシスター、スフィと──
「え、もしかして……クロウくん!?」
随分と若くなって見えるが──昔に亡くなった友人の姿であった。
呆然と、窓口に出したばかりの封筒が同じ教会内のオークに渡されるのを見ていたクロウは苦笑いを浮かべて軽く手を上げて、歩み寄ってきた。
「なんとまあ、速達で出したのではなかったのだが……久しぶりだのう」
「本当にクロウくんなのか。でもその姿は……ああ、魔女に何かされたって話だったっけ……」
「これこれ、二人共」
腰に手を当てたスフィが云う。
「積もる話もあるだろうが教会の中でするものじゃなかろ。とりあえずどこか店にでも行くのじゃよ」
「ああ、そうだね」
「わかった」
頷いて三人は教会にほど近い珈琲喫茶チェーン店[怒涛の竜]に入った。が、注文のメニュー名がやけに複雑で老人二人はついていけなかったのでオーク神父が三人分頼むことになった。
「最近のコーヒーはハイカラだのう……なんで大中小じゃなくてトールだのなんだのと……」
「きゃ、きゃらめるまきあーとってなんじゃろうか?」
「時代に馴染めてないすぎる……」
ともあれ、奥まった席についてクロウは久しぶりに再会したオーク神父に話をした。
魔王城での決戦の後故郷に戻っていて蕎麦屋で居候したりして日常を送っていたこと。
友人の魂が悪魔に囚われたのでそれを開放する為の道具を探しにまたここに来たこと。
聞くと、しみじみとオーク神父は呟いた。
「そうか……クロウくんは元気でやってたんだな……」
云うと、安心して──彼が死ななくて日常に戻れていて、スフィとクロウがまた出会えた事が良かったと思い、顔を抑えて鼻を啜った。
(己れのことで泣いてくれてるのか……)
友達思いのオーク神父が久しぶりにあっても良い奴だったので、クロウも目元が熱くなる。
湿っぽい雰囲気になっている男二人を見て、スフィは穏やかな声音で言った。
「ほれクロー。頼みがあるのじゃろ」
「ああ、そうだった。神父よ、そんなわけで己れらは今ダンジョンを攻略しておるのだが、どうも己れだけではスフィも危なっかしくてな」
「それは大変だね……うん、ぼくで手伝えることがあるならやってみるよ」
クロウが要件を言っている途中で、あっさりと神父は頷き協力を申し出た。
まだ正式に頼んだわけでもないのにそちらから手伝うと言われれば、どうも誘導したようでクロウは申し訳ない気分になり確認をする。
「魔物は己れが倒せるがダンジョンはわりと危険が多いぞ。それに、もしかしたら何年か掛かるかもしれぬが……」
「いいよ、急ぎの旅でもないし、友達じゃないか。頼ってくれよ」
「……ありがとうよ、神父」
なんとも言えない、泣き笑いのような顔でクロウと神父は握手をするのであった。
*****
既に開拓員である社員からの推薦があれば社員登録は簡単に済む。
特に旅神の神官である場合はより歓迎されて入社できる。ダンジョン探索に適した資格であるからだ。中層以降を潜るパーティでは一人は必要にしている。
その日、オーク神父を加えた四人はダンジョン内でキャンプする準備を整えて潜っていった。
大きな背中に大量の荷物を軽々と背負っている神父を後ろから見ながら、オルウェルは感嘆の息を吐いた。
「ふはー、なんとも頼もしい助っ人っすねえ」
「新人なりに頑張るよ」
「あははそれを云うならこのメンバー自体も初めて一月のニュービーっすよ」
明るく応える。自分の持つ荷物も軽くなって、新しい[すごく良いジスの盾]も購入し機嫌の良いオルウェルである。
新しく入ってきたメンバーはいかにも頑丈そうな巨漢のオークで、少なくとも見た目は女子供であったクロウやスフィとは段違いに安心感がある。
今は楽になったと喜んでいるが、もはや自分の荷物持ちの役目すら薄くなっている事にまだ気づいていない。まあ、クロウからしてみればツッコミリアクション係は大事なのであるが。
「しかし便利だのう、お主の術は」
「そうだね。ひょっとしたら魔王も旅神司祭が居ること前提でここを作ったんじゃないかな」
と、クロウが見上げながら云うのは彼の秘跡術[マップオブザワールド]によって作り出されたダンジョンの地図である。自分たちが歩いた周囲一定範囲を自動的に地図に記録していくと云う便利な能力であった。
拡大や縮小も可能で、範囲を変えれば名前の通りオーク神父がこれまで旅をした世界地図を示す事も出来る。旅神の司祭はいつかこの秘跡で世界地図を埋める事を夢見て旅を行うという。
更に後方には、メンバーのみに見える薄く光る神父の足跡が残っている。こちらは[ウォークトゥリメンバー]と云う秘跡で足跡を残す為に来た道を迷わない効果と、足跡の通りに道を戻ると普通よりも倍の早さで帰れる術であった。奥地まで探索して戻るのに便利だろう。
ダンジョンを作った魔王、となるとクロウは軽く引きつった顔で笑いながら、
「てっきりゲームか何かと思ってのう……ファミコンで操作しておったし……」
と、殆どは魔王作だが少しばかり手伝った記憶があるのでバツが悪かった。
ゲーム機をテレビに繋げた画面でダンジョンを作っていたので勘違いしてクロウも幾らか仕掛けや小道具、謎解き要素を担当したがまさか自分が挑む羽目になるとは思わなかった。
「──っと、魔物が来ておるようじゃ」
スフィがいち早く音を探知してクロウに伝える。
腰に帯びた無骨な木鞘から魔剣マッドワールドを抜き放ち、空中を疾走する。
接敵。
色艶の良い毛並みをした熊が唸りを上げている。ベジタリアングリズリーと云う種類の猛獣だ。名前はあれだが、実際は雑食性で勘違いして近づいた人間も餌食になることが多い。
二足に立ち上がって両腕を振り上げる熊だが、クロウはその隙に懐に入って魔剣は突き刺す。普通の剣ならば肉に挟まり熊が死ぬ前にベアハッグを受けて重傷を負う可能性があるが、魔剣は込められた吸収の能力を発揮して一瞬でベジタリアングリズリーの体を消滅させ、魔鉱に変えた。
回収する。本日何度目かの戦闘だがいずれも即座にクロウの先制攻撃で終わっていて、まだ目を丸くしているオーク神父が言った。
「なんというか、クロウくんが一番凄いんじゃないかなあ」
「己れじゃなくてこの魔剣が凄いのだよ」
「いやいや、結局は使い手次第だと思うよ、本当に。ぼくだったらその剣を持てたとしても、クロウくんみたいに戦える気がしないし」
オーク神父は己の武器である多目的スコップを見ながらそう言った。自分はこれで充分だ。
別段、彼が戦えないわけではない。穏やかな性格をしているが臆病と云うほどではなく、これまで何度も危険を乗り越えてきた実力もあるし、オークの腕力は先程の熊にも劣らない。だがまあ、わざわざ自分が前線に出なくても良さそうなのは彼を少し安心させた。
(せめて女の子は守らないと)
と、スフィとオルウェルの防衛がいざというときの役目であると認識するのであった。
暫く進むと開けた小部屋に出た。
天井が高く樹木も含んだ植物が繁殖していて、以前に誰か使ったのかそこらの木を使ってクラフティングした椅子や台が置かれている。
四人が入ると同時に再び妙な敵に襲われた。頭は濃いオレンジ色をした巨大な果実に劇画タッチの顔がついており、首から下は全身タイツを着たような人間型の体であった。
「変態だー!」
まず慌てるのはオルウェルである。とりあえずクロウは相手に社員証がついていない事を確認して近づく前に電撃符から雷を発生させて打ち込んだ。魔剣を抜くより素早く対応が出来るのが術符の利点である。
ジグザグに空間を縫って這う稲妻に直撃を受けて敵は倒れる。が、魔鉱にはならなかった。
魔物図鑑の類は大抵目を通して記憶しているスフィが云う。
「植物系の魔物、[キラーたんたんころりん]じゃな」
「たんたんころりん……なんだろうこの実物を見て残念感は。いや或いはそのままなのか」
江戸で聞いたことのある妖怪の名前に、クロウは打ち倒した魔物を剣先で突っつきながら云う。
オーク神父がそれを見下ろしながら、
「あれ? 消えない魔物も居るんだね」
「うむ。ダンジョン内で自然発生したり住み着いたりした害獣じゃのう。スライムなどの魔法生物系や、ゴーレムなどの鉱石系、そして植物の変異系などは繁殖しておるのじゃよ」
「へえ……他に魔物は居なそうだからここで休憩していこうか」
「そっすね!」
見回しながら神父が言うので、オルウェルは即座に賛同して近くの椅子に座り込んだ。
ひとまず皆も腰掛けたのを見て、神父は荷物を下ろしてから云う。
「消えないんだったらおやつ代わりに、キラーたんたんころりんでも食べようか」
「食べるっすか!? え、えええあの全身タイツ系のものを!? さすがオーク……」
「いや、見た目が変なだけで要は柿なんだから。あれ」
顔を歪めて畏れを抱くオルウェルに諭すようにオーク神父は云う。
姿こそ人間の体めいているが、例えば足っぽい形に育った大根が動いたようなものである。オルウェルは想像するとそれも食品としては微妙に思えたが。
明らかにゲテモノを見る目で解体に行った神父を見ている。
「ううう、やっぱりその頭を食べるっすか?」
「いや、この頭部の果肉は栄養を顔に取られてるからね。可食部はこっちなんだよ」
言って、ナイフでキラーたんたんころりんの腹部を切り開くと人間で云う腸のような部分から果肉を取り出した。
どう見ても臓物を漁っているように見えて、
「ふぐううう」
と、口元を抑えて青ざめるオルウェルである。
異世界人であるクロウも少しばかりどうかと思う光景だが、すぐ近くに若い者が自分より先にビビっているものだから平静が保てる。
(そういえば、たんたんころりんは熟した柿の妖怪で何故かケツの穴を舐めさせてきて、その味は甘い柿だとか……あいつが言っていたのう)
尻から甘い柿を出すという事は、尻に繋がる部分にその柿が詰まっているわけだ。
せっせと掬い出した柿の実を、オーク神父が荷物の中から出した鍋に入れていく。
「キラーたんたんころりんで作るジャムは美味しいんだけど……」
腹から取り出す柿の実は既にいい感じに潰れていて、細かく切る必要も無い。また、糖度が普通よりも高いので加糖しなくても良いのである。
手慣れた様子でファイアスターター・メタルマッチを使い小さな焚き火を起こして煮込み出す。食品の保存や疲労回復に効果がある為に持ち込んできたレモン酢をふりかけて発色をよくさせた。
次第に温めた柿の甘い匂いが出てくる。
水分がある程度飛ぶまで煮ると、神父は硬いバケットを取り出して切り、匙で掬ったまだ熱いジャムをパンの上に乗せて更に軽く火で炙り、携帯皿に何枚か焼いたのを乗せてテーブルに置いた。
原材料こそ奇妙だが、見た目は美味そうである。オルウェルが躊躇と食欲の板挟みになって、じっと見たまま動きを止めていた。
クロウとスフィの二人はあっさりと手を伸ばし、
「そういえばオーク神父の野外食を食うのも久しぶりだのう」
「じゃな。傭兵団の頃は楽しみにしてものじゃ」
昔からの縁と、神父が料理上手であることを知っているのでジャムを載せた焼きパンを口に入れる。
熱いからであろうか、口の中いっぱいに甘い香りと頬がとろけるような糖分でじんわりと顔を綻ばせる。
「こりゃうまいのじゃよー疲れが吹っ飛ぶのう。甘いのにちっともしつこくないから幾らでも食えそうじゃ」
「菓子を持ち込むぐらいはしておったが、作りたては一等に違うなあ」
「う、ううう」
うまそうに食べている老人二人の様子を見てオルウェルも恐る恐るパンを手にとって口に入れる。
その瞬間、ぴゃっと彼女のアホ毛が揺れて目を細め、脳が喜び物質を分泌しまくり多幸感マシマシになった。
「おいしー! これ凄くおいしー!」
「旅番組とかで脳のないタレントのコメントみたいなこと言っておる」
「酷い!」
クロウの辛辣な評価に文句を云うが、やはりジャムの味にはかなわないのか頬張る事に集中しだした。
ダンジョンの中で温かい菓子を食べれるというのはそれだけで驚くほど元気が出てくる思いである。冷えたジャムも旨いが、作りたても風味が良い。
彼女は尊敬の眼差しでオーク神父を見る。
「神父さん凄いっすねー!」
「煮込むだけだから誰でも出来るよ。余った分は瓶に保存しておこうかな」
旅で水や物質の採取など様々に使えるので持ち歩いている空き瓶にジャムを積めているそれを見て、
「一個ください! あ、ええと幾らっすか!?」
「ははは、ただであげるよ」
「本当っすか!? 『オークックック食ったら代金は体で払うオーク』とか言わないっすか!?」
「そんな語尾じゃないから。風評被害だからそれ」
ジト目でオルウェルを見る三人であった。
その後もオーク神父が淹れたハーブティーを飲んで休み、再び冒険を再開した。
ダンジョン内部の部屋や通路の材質は通常の洞窟や建物ではあり得ないほど様々になっている。石畳で出来ている道を歩いていたと思ったら木造の通路になったり、金属質の部屋に出たかと思えば足を取られやすい砂場が続いたりする。
四人が進んでいるのは乾燥してぼろぼろとしている明るい土の道であった。ダンジョン内はあちこちに光源があるが、全く無い通路もあるので開拓員は用意しておかねばならない。
鼻を鳴らしてオルウェルが云う。
「なんか焦げ臭いっすね」
「うん、そうだね」
彼女の言葉に、嗅覚の優れているオーク神父も頷いた。
普通人であるオルウェルだが装備しているヴァオウドレスの効果によってある程度の身体能力や五感──特に嗅覚が強化されているのである。中々にレアで良い効果がある装備品なのだ。
進んで行くと気温が上がって行き、通路の上には煙が見えた。風の動きもあり土埃も目に見える程度に舞い上がっている。
「誰か居るぞ」
と、クロウが前方を指さして云う。
そこには地面に座り込んで、火傷をしている味方を治療中の開拓員であった。胸元に光る社員証が首からかけているのですぐにわかる。
二人ほど、金属鎧と軽鎧を外して地面に置き焦げ付いた衣服も剥がして、味方の魔法使いに氷を出してもらいながら回復薬を染み込ませた包帯で抑えている。
彼らは近づいてくるクロウらに気づいて顔を上げた。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとかな……この先に魔物として出てきた高位の火精霊が居て、近づいたら……通路ごと燃やされかけたぞ、気をつけろ」
普通この世界で精霊と云うと、自らは殆ど人間に危害を加えたりはしないものだが魔物としてダンジョンで生み出されたそれは容赦なく牙を向いてくるらしい。
しかし広範囲の火炎放射を使う相手となると、一方向の通路の先に陣取られては確かに脅威であった。
クロウが困り顔で云う。
「さすがに空間埋め尽くすような炎に突っ込むのはこの服でもどうかのう……」
風を利用した自動回避機能付きの疫病風装であるが、空気を吸い込み焼きつくす炎と相性はそう良くない。汚物は消毒に弱いのが常である。
さてどうしたものかと作戦を考えていると、オーク神父がふっと息を吐いて笑った。
「どうしたのじゃ?」
「いや、昔さ。傭兵してた頃も炎使ってくる精霊召喚士と皆で戦ったのを思い出して、懐かしくって」
「あったあった。というかあの時は相手が神域召喚士で地表ごと蒸発させてくる[怒りの炎精]使ってきてヤバかった」
「クロー達が囮になってる間に魔法使い何十人か集めて勝ったのだったのう。一瞬で広範囲に水の結界作り出して茹でたやつ」
随分と昔を思い出して三人の友人達は笑いあった。
ピンチや危機などいつものこととして対応してきたのである。
今回もなんとかなるだろう。
「それじゃ、各々出来ることをやろう。己れが突っ込んで行って仕留める」
「私は炎を声で消し飛ばしてやるのじゃー」
「ぼくは煙と埃で視界が悪いから、敵の位置をクロウくんに教えるよ」
「私は何をするっすか?」
「決め台詞を考えておいてくれ」
「なんで!?」
言い合って、不安げにこちらを見てくる開拓員に軽く手を上げて頷き、クロウはまず一人で通路を進んだ。
先の部屋に居る魔物の火精霊がクロウに気づいて早速大気を燃やし尽くす炎の奔流をぶち撒けて来る。質量こそ無いが全身を包まれれば最悪死ぬ熱量は充分にある。
クロウの後ろ、曲がり角から姿を出していたスフィが大きく息を吸い込み口を開いた。
叫ぶ。
「このぉ、朴念仁がー!!」
歌神司祭による声の波動は叫びとともに音速で空気を振動させクロウを飛び越え炎にぶつかる。炎上している大気は振動波を受けて押し戻されて掻き消えていく。
魔力を込めた叫びは威力を持つ。まあ、叫ぶ内容は何でも良いのだがなんとなく叫びやすい言葉になったようだ。
炎が消えるが早いかクロウは高速飛行して一気呵成に突っ込む。
近づくに連れて水蒸気と埃が入り混じった空気と煙で、ほんの一メートル前も見えない視界状況となる。炎の赤色が周囲にちらちらと見えるが、本体の火精霊の位置がわからない。
そのためにオーク神父が、
「秘跡術──[センスオブワンダー]」
宣言すると、視界の先で毒々しい赤色に光る空間をクロウは捉えた。
これは敵対する相手を感覚の目で光って見えるようにする、野生動物の集団に襲われたり野盗が隠れてないか警戒するための旅の術である。
位置を把握したクロウはそちらに飛翔する。
熱を感じた為に片手で氷結符を取り出し、体にかすめる炎の砲弾を無力化して更に前進──斬撃をすれ違いざまに火精霊に浴びせると、魔物は蜃気楼の如く消え去って魔鉱を落とした。
周囲に敵の反応は無い。
「勝ったぞー」
クロウが呼びかけると仲間たちが通路から部屋にやって来た。
敵を倒したことで仕掛けが動いたのか、天井に設置された空調設備が動き出して充満していた水蒸気と煙を吸い込み空気を清浄化する。
視界も開けた小部屋に皆が集まって、別段大変だった様子も見せずに肩を竦めあった。
「こんなもんだな。あ、オル子よ、決め台詞」
「え? あーえーと……だがこれが最後の精霊とは思えない……この先に第二第三の精霊が待ち構えているっす」
「それ決め台詞か?」
疑わしげだがとりあえず良しとして。
「ところであそこに宝箱置いてるっすよ! お宝っす!」
「よしよし、開けてきて良いぞ」
「わーいっす」
目ざとく見つけたオルウェルを向かわせる。
ダンジョンに連れてきて初めて宝箱を見たオーク神父も物珍しげに近づいた。
「本当にこんな風に宝箱が置いてるんだ……」
「何が入ってるっすかねー」
わくわくしながらメガネを抑えて、宝箱の蓋を開ける──
「ってうきゃああ!? 中々ぬめぬめ触手が大量に飛び出てきたーっす!」
「うわあああ!」
手首程の太さの触手が、その質量を小さな宝箱のどこに収めていたのかわからない量が出てきて自在に意志を持ったように獲物に絡みつく。
罠だったようだ。このままでは触手と分泌されるぬるねば物質を使ってエロ系になってしまう……!
「──ってあれ?」
「いゃああ!!」
オルウェルには何故か触手がいかずに、ガッチリとしてたくましいオーク神父の体を触手が這いまわって手足を拘束し服の内側に入り始めていた。
エロ触手に無視されてた二十のうら若い乙女は、別にエロ系に願望があったわけではないのだが妙なショックを受けて項垂れる。しかしやはり一本の触手も彼女に向かおうとしない。
これは身につけているヴァオウドレスが持つ生体電流が電磁波となり触手を遠ざけているのだが、彼女が知ることではなかった。
さすがにオークの触手姦な状況になっては気まずいと、クロウが何本か触手を魔剣で切って神父を開放してやる。
彼は酷く嫌そうに宝箱から離れて体についた粘液を拭った。
「この触手も魔物というより普通の生き物っぽいのう。切っても生きてるし、なんか切り口から生えてきておる」
「ううう、もうあれ捨てていい? クロウくん」
「そうだな」
確認を取ると、オーク神父は持っていたスコップをかちゃかちゃと組み替えて柄を伸ばして、地面から宝箱ごとスコップの先で救い上げて持ちあげた。
ちょうど、入り口と出口の通路以外にごつごつとした大きめの縦穴があった。誰か降りた形跡も無いので、そこに捨てる事にした。
一応落とす前に下に向けて、
「フォール!」
と、警告の声を響かせてから触手宝箱を放り捨てた。
「ダンジョンでは何があるかわからんから気をつけねばな」
「魔物そのものより罠が怖いなあ」
言い合って、またダンジョンを進む四人である。
こうしてオーク神父を加えたクロウのパーティの冒険は続くのであった……。
*****
ダンジョンを迷子のデュラハン少女、イートゥエは考えた。
「理屈の上では、ダンジョンは地下なのですから上に向かえば出られるはずですわ」
しかし通路を進んでいては登ったと思ったら降りたり橋を渡ったと思ったら川に流され滝に落ちたりと、迷っている現状では効率的でない。
そんな時に彼女が発見したのは垂直に切り立った縦穴であった。
もうオチたようなものだが、これ幸いとばかりにイートゥエは頑丈でスパイクもついた鎧の手足を駆使してロッククライミングで穴を登っている。
疲労に強い体を活かしてかなりの距離を登った感覚があるが、やがて上から、
「──朴念仁がー!」
と、声が響いてきてイートゥエは目を輝かせた。
「やっぱりどこかに繋がってるのですわ! 人が居るのですわ!」
うきうきとして穴を登りまくる。
もうどれだけの間ダンジョンから出られてないかわからない。とりあえず外に出て、美味しいごはんとお酒を飲んで休憩しよう。税金だって納付延滞で利息がついてるかもしれない。ただでさえ不死人は税率が高いのだ。早く帰らないと。
更に上ると、
「───ォール!」
下に向けて声が響いた。ひょっとして登ってきている自分に気づいたのかもしれない! 心なしかさっきから、どこかで聞いた気がする声だ!
「わたくしはここですわー! 上に誰か居るならロープか何か投げてくださいませー!」
そう叫んだ彼女の願いは一部叶った。
ロープ状に伸びた──触手の入った宝箱が降ってきたのだ。
見上げていた体の胸元に直撃。掴んでいた岩の窪みが崩れて、イートゥエの体は仰向けになり重力加速を受けて下に向かった。
(ああ……お父様お母様お元気ですか? いえ、お二人もわたくしも死んでるのですが)
達観したような顔で下に引っ張られながらイートゥエは落下していく。
(ダンジョンは時々残酷ですの。上から触手宝箱が直撃してくるトラップなんてどこの馬鹿が考えたのでしょう。でもお父様。家宝の鎧は頑丈で、首元から関節まで隙間が無く触手も入れないようでちょっと勝った気分で……)
「んああああ! 鼻に入ってこないでくだざいまじいいい゛!!」
体に這えないので彼女の生身な頭に、切り口から再生したてで細くなっている触手が絡みつきながら何度か壁面に叩きつけられつつ凄い高さを地面に激突するまで、触手との空中戦が行われた。
それでもデュラハンなので死なずに、また出口を探して彷徨うイートゥエであった。
こんなんでも元お姫様なのである。




