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51話『うっかりお八』

 その日は、いかにも春らしい陽気と涼し気な風の吹く心地よい日和であった。

 四ツ半(午前十一時頃)に店を開ける緑のむじな亭に通い慣れた足で来客したのは、茜色で動きやすくしている小袖を着ていて短めの髪を変わった簪で纏めている姿の少女──お八であった。

 妙な簪、と言うのは仕込針になっていて、捻り開ければ中に畳針ほどの長さの鉄芯がいれられているのだ。縫い物のみならず、それを投げれば二間ほど先の板に刺さる技術を彼女は持っている。これは、師匠である晃之介が投擲用の小刀を頭に巻いた手拭いにも仕込んでいるのを真似して作ったものであった。

 ともあれ、その日のお八は九郎に用事があった為に、


「ようお房。九郎は居るか?」

「おはようなのお八姉ちゃん。九郎なら二階で何かしてるの」

「何か?」

「掃除とか。あたいがお布団の綿抜きしてあげたんだけど部屋がやたら塵々(ごみごみ)してたから片付けなさいって言ってやったの」

「ったく、九郎は駄目だな」

 

 言いながらもどこか嬉しそうにお八は二階へ上がっていく。

 男というものは少しだらしないぐらいが面倒見甲斐があっていいと彼女は思うようになってきたのである。駄目な男に捕まる傾向のある女の思考だが、無意識的に。

 二階は三つある部屋の襖も窓の雨戸も開け放たれていて緩く風が通っていた。一室は物置で残り二つを九郎とタマが泊まり住んでいる。ちらりとお八はタマの部屋を見たが綺麗に布団は畳まれていて部屋の物も少ないが丁寧に整理されている。小さな机には春画が重ねて置かれているが。

 

「九郎ー? ……なにしてるんだぜ?」


 一方で彼の部屋はものが多く床に並べられていて、元より狭い部屋なのだが足の踏み場に困る様子であった。

 壁には謎の服が何枚か掛かっているし、短冊のような紙が床に敷かれていて、角には真っ二つになった猟銃などのごみもある。窓には半生体寝袋と背嚢が干されていた。携行食料の魔法うどんパックはまだ賞味期限を迎えていない。目には見えないがステルス漬物石もその辺に置かれている。旅用の背嚢にそれが入っていたのは明確な嫌がらせだと思う。

 座っていた九郎は顔を上げて呆れた様子のお八に声をかけた。


「お主か。いやな、江戸に来て一年ほどになるのだが、まともに道具の整理もしていなくてな」

「一年も放置してたのか?」

「うむ。こういうのは初期に何を持ちこんだか[りすとあっぷ]しておかねばいかんのだが、何かしらの事情があって特に確認もしないままだった」

 

 その何かしら、というあたりでやや口を濁したが、要するにあまり使わないものが詰まっていたので面倒だったというだけであった。

 九郎という老人、他人の面倒を見たり仕事で雑務をしたりするのは平気なのだが、自分のことに関してはやや物臭になる性分がある。特に掃除などは、


「散らかっているのではなく、自分の手に届きやすい場所に配置しているのだ」


 と、開き直る。掃除に関しては若い時から友人などに注意を受けているのだが、文句を言いつつ代わりにやってくれる相手が昔から居た──スフィ、クルアハ、イモータルなど──ので[散らかっている]状態にはなっても[汚い]と云う程に環境が悪化することはなかったのである。

 結局そのお節介を受け続けていたせいで片付け能力は低いままであった。

 しかし曾孫のような年の娘に叱られてはさすがに彼も片付けをしなければならないと思い、押入れに仕舞い込んでいた背嚢をひっくり返して中身を虫干ししているのであった。

 

「この紙はなんだぜ? 何度か見たことあるが」


 お八が並べられた短冊形の術符を指さして尋ねる。


「これは妖術の篭った札でな。己れの孫のような奴が作ったものだ。己れに使えるのはあやつが作った中でも簡単なものしか無いが。持ってはいるものの全然使わん符もある……」

「ふうん。札の色は八種類か」

「ああ、単属性符と言ってな……」


 と、九郎は何気なしにお八へと術符の解説をする。フォルダに入れて持ち歩いているが、ほとんど使わない物に関しては存在を忘れ去ってしまいそうなので自分でも確認するように、まずは朱と薄青色の術符を摘んで名前を口にした。


「火属性の[炎熱符]──湯を沸かしたり火をつけたりできる。氷属性の[氷結符]。これで水を凍らせたり部屋を涼しくしたりする術が使える。この二つはよく使うな」

「へえ。確かに便利だな。今年の夏は九郎の部屋に入り浸るぜ」


 特に炎熱符は便利なので三枚程重複して持っている。二枚は店の竈に使っていて、一枚は冬場のこたつに固定されていたが。

 火属性の魔法と言うものは基本的に熱量の増幅や発火現象の操作を司り、氷属性は逆に分子運動の停滞と、それによる気体や流体の状態変化を操って効果を出す属性である。術者の出力や構成精度次第ではこの二つの基本的な符だけで相当応用を効かせて使える。

 九郎が使えば煮炊きや冷房、冷蔵程度の効果だが、魔女が作って効果を試した時は水平線の先まで海が凍りつき、それを溶かすための熱波は海岸線から海を蒸発させていった。当然環境への被害甚大で懸賞金が上がった。

 思い出しつつも二枚を置いて、茶色と紺の術符を取る。


「土属性の[砂朽符さきゅうふ]。石を砂に変える魔法だが使い道は少ないな。こっちは水属性[精水符]。茶碗一杯ぐらいの水が出る。まあ漂流でもしていたら使えるが……」

「なんか紙から滴った水をわざわざ飲みたくは無いな」


 と、日常では役に立たない二つを九郎は微妙そうな顔で見る。お八も今ひとつぱっとしない効果だ、と首をひねった。

 土属性では鉱物の変化や操作を行う魔法で、[砂朽符]に込められた術はそれらの粒子化である。九郎の能力では土壌を掘りやすい砂にすることができ、秩父山中で穴を掘る際に利用可能なぐらいであった。

 異世界ペナルカンドの大陸南東で魔女がこの術符を実験した結果、ゴールドラッシュに燃えていた鉱山地帯は広域な砂漠に姿を変えた。さらに[精水符]により約十立方キロメートルの水塊が精製されて砂漠の真ん中に巨大な湖まで生まれた。その後砂金などの資源開発で盛り上がったようだが勿論容赦なく魔女の罪状は重くなった。

 なかなか使わないのは嫌な思い出があるからではないかと九郎は苦々しい顔で、次に緑と紫の符を取る。


「風属性の[起風符]……そよ風を出せる程度だな。己れも使い難い。雷属性の[電撃符]は電気を操る。力を込めれば雷も打てる強力なものだが、加減の効かない雷なんぞ人間にそうそう打てるわけもなし、使えん符だ」

「その割にはタマの心臓が止まった時に気軽に使ってた気が」

「ギャグ補正で治るかと思ったが本当に治って驚いた」

「……」


 真顔で云う。

 風属性では気体の操作を行う魔法が基本なのだが、どうも文字通り雲を掴むような感覚を覚えなくてはならないので九郎は殆ど使えない。扇風機程度の風が起こせるぐらいだ。

 例によって魔女がこの符で世界中の大気圧を同じ状態にしてしまい、風は殆ど吹かない為に雨も降らず内陸は乾き、海上は蒸発した水蒸気が濃霧となり留まる異常気象を巻き起こしたのだった。懸賞金を出している一番大きな組織は国の連盟だが、二番目は農協だったことから迷惑さがわかる。

 雷はそこらの人間に当てると死ぬ割に鬼には効かないし影兵衛には斬られる程度である。多分晃之介にも武器を避雷針にされて避けられる。将翁にも陰陽術とか風水的な謎パワーで効かない。六科は刺青が雷無効属性だ。

 名有りの相手に即死攻撃は通じない法則か。失望したように符を落として、床に置かれた最後の二枚──極薄い黄色と黒色の符を拾う。


「黄色が光属性で[隠形符]……光を操作し見えにくくなる迷彩術式だな。黒いのは闇属性[快癒符]で疲れを吸収して眠くなる。起きたら元気すぎて次の日は寝むれん」

「そりゃ便利だ」

「とは言ってもこう体が若いと、こんなものに頼らんでも寝れば疲れが残らんからのう。それに石燕に使ってから魔力切れで使えんし」


 ひらひら、と符を振って見せる。弱い出力では使えるのかもしれないが、九郎の術式理解力では効果に実感があるレベルではない。

 この二枚に関しては魔女も然程騒ぎを起こさなかった──と、云うよりもイリシアが魔女化する以前に作り出していた術符なのだった。

 闇属性で回復、というのも変わっているが闇の特性は吸収を主体とした術式な為に対象者の疲労を吸収と、相手自身の体内にある必要な栄養素の吸収効率を増幅させる事で点滴を受けているような体力回復を齎すのだ。

 重度の外傷や臓器が損壊する病気には効果が低いが、風邪などはすぐに治る。

 これらの八つの属性と無属性で便利な魔力運用魔法がペナルカンド世界では魔法属性の分類として分けられる。普通の魔法使いは一種類か二種類の属性を得意として、ほかは二段三段劣る習得度しか得られないのだが、魔女イリシアは全属性の使い手という異例の能力だったのである。

 なお、当然のことであるが異世界では魔法使いが魔女だけというわけではないので、彼女が広域に凄まじい被害を齎した時には魔法使いや神官らを送り復興業務を行わせる派遣会社がある。彼らには給金として支払われる魔女被害国際支援金や魔女被害保険会社もあって地味に経済を回していた。これだけやっても歴代の魔女に比べてやっちゃった人数は最低なのだから中々にガッツのある住民たちである。

 あの世界で彼女に並ぶ魔法使いとなると、闇属性のみの限定的だが百億の昼と千億の夜を過ごした老吸血鬼ぐらいだろうか。魔王城でその二人の戦局では最も戦闘力のインフレが進んで宇宙規模に被害が広がっていた。他所の銀河系が幾つ消え去ったかはその後有耶無耶になった為に誰も観測していない。

 ともあれお八がじっと黒の術符を見ながら九郎に言った。


「ふーん。いらねえならあたしにくれよ、それ。師匠と稽古したらまだ体中痛くてさ、次の日の針仕事の練習なんか震えちまう」

「若いもんが情けない」

「だってよ、鉛を巻いたしないを千回素振りとか、重り付けて神社の境内を十周全力疾走で休んだら矢が飛んでくるしよ……いや、しんどいってわけじゃないぜ! いけるいける! でも体の疲れを親父達には見せたくないからさ」


 少し愚痴っぽく言った後、慌てたようにそれを否定して顔を上げて手を振った。

 親に頼み込んで晃之介の道場に通っているお八だが、練習がつらいと弱音を吐いたり、家での修行に支障が出るようでは認められないと最初に言われているのだ。

 晃之介が教える六天流の鍛錬は門人が居着かないことからもわかる通り、大の大人がやっても厳しいものである。一応彼も多少はお八に考慮しているのだが、師匠としての経験も少ないので加減は難しいのだろう。

 ともあれ九郎は、このもはや効果を発揮するかわからぬ術符だが、


「気休め程度だが、そうだな、餞別も渡してなかった」


 と、お八に手渡し言った。 

 九郎からの贈り物に、彼女はぱっと顔を明るくする。

 ちらちらと彼の首元を見ながら、


(こいつみたいに首にでも巻こうか……)


 思っていて、ふと気づいた。


「九郎の首に巻いてるのも妖術の札か?」

「ああ、そうだな。こっちは[相力呪符]と言って勝手に発動している代物だな。魔女の奴も作るのには頭を悩ませた複雑な術が込められている」

 

 軽く手で触れながらそう言った。

 身体強化魔法の一種であるが、使用者の認識と体にかかる負荷から最適量の強化を行うスマートな術式が込められていて、大出力魔力を運用する魔女ではなかなか発想出来ない繊細なものであったようだ。 

 元は魔力の暴走爆発しか使えなかったような娘である。要求されるのが破壊力ではない術式を正確に組み立てるのはジョン・マクレーンが液体混合爆弾を解除するぐらい難しかっただろう。つまりはまあ、爆発寸前だったがなんとか出来たレベル。

 それでも術符自体は体が縮んでいる九郎には最も役に立っているともいえるのだった。

 

「色々あんだな……ん? 見たこと無い服もあるな。なんだこれ柔らか。綿でも絹でも無い肌触りだけど……」

「メイド服か。侍女のやつのだが……なんで紛れ込んでいるのだろうなあ。確か材質は[疑似科学繊維]とか云うので固体化マイナスイオン糸や波動染料で作られ、仕上げにサブリミナル加工されてるとか」

「……なんだそりゃ? この青白い布も変な感触だな。なんで染めてるんだこれ」

「さあ知らぬ。青白い服なんて知らぬ。あれは確かこっちに転移する前に魔剣で鎌ごと消し飛ばされたしのーう。己れはさっぱり知らーぬ」

「なんで必死に見ないようにしてるんだぜ……」

 

 [疫病風装]から目を逸らす九郎。物騒な名前は付いているがこれ単独では何かしらの疫病を撒くことは無いので無害といえば無害なのだが。

 

「そのメイド服もやるよ。どう考えてもいらんからのう」

「そうか? 妙な意匠の衣装だけど……珍しい服だからありがたく貰うぜ」


 お八は受け取って服を広げながら、精巧な作りのそれに感心しながらあちこちを眺めた。黒のロングスカートに長袖なエプロンドレスなので着物には見えないがぎりぎり江戸でも変わった服として着れなくはないと思いつつ、


(あたしに似合うかな……いや、微妙か?)


 と、頭を悩ませるのであった。

 そういえば、と彼女はフリルに目を落として唸りながら九郎に尋ねる。


「これは九郎の知り合いが着てた服なんだろ? どんな奴なんだ?」

「女中のようなおさんどん仕事をしていた女だ。まあ……仲は良くも悪くも無かったな。他のやつに比べて迷惑はかけてこないが時々いい性格をした行動をしてくるところが……む?」


 言って、九郎は首を傾げる。確かその侍女は魔王曰く、破壊されたらしい。

 ペナルカンドでは魂無き人型の意思疎通可能存在は消滅すればその記憶を忘れられる。その分類は失われ次第忘れられるのだから認識が曖昧なのだが、喋らない命令に従うゴーレムが壊れてもそれを覚えては居るけれど、術者から離れて自由意志で行動をしているゴーレムが破壊されれば忘れられるという具合になっている。

 かの侍女イモータルは魂の無い機械人形だったが、それが失われてもまだ覚えているのは破壊され尽くしていないか、機械に魂を宿らせる方法を魔王が知っていたか、別世界の材料で作られたためにあの世界の魂循環の法則から外れているのか……

 そのうち夢で魔王に聞いてみるか、と思って九郎は思考を戻した。


「ふーん。美人だったか? どんな感じだ?」

「そうさな、一般的に見れば容姿は整っていたな。背丈はお主ぐらいで髪が長かった」


 ロボなので人形めいて美しい顔立ちなのは製作者の趣味からしても当然だったが。九郎はどうも魂を感じない冷徹なキラーマシーンめいた雰囲気で従順に仕事しているのがちぐはぐに見えていたせいか少し苦手だった。人を模して作られた機械は人類にいつか反逆すると云う九郎の確信めいた考えには魔王も大いに同意するところがあるらしく、当然のように侍女にランダムで起動する人類反逆回路を搭載しやがったことも不安の種である。

 話を聞いたお八は自分の肩までで切っている髪の毛の端をつまみながらやや拗ねたように、


「……あたしも髪伸ばしたほうがいいかな」


 と、いうので九郎は、


「いや? そのままでいいと思うぞ。似合ってるしな」

「そ、そそ、そうかよ! だよな! えへへ……」


(伸ばしたら晃之介のところの訓練に支障が出るかもしれないからのう)


 九郎はやけに喜んでいるお八を微笑ましく見ていた。

 術符を伸ばしてフォルダに戻しながら、九郎はふと彼女に尋ねる。


「そういえばお八は何をしに来たのだ?」


 メイド服を丁寧に畳んでいたお八は、はたと気づいてそれを脇に置いて要件を話す。

 

「ああ、忘れてたぜ。牡丹でも一緒に見に行かねえかって思ってさ。ほ、ほら今が季節だしよ」


 お八から、そう誘われた九郎はやや悩みながら、部屋の角に置いてある銃の残骸を見ながら呻く。


「ううむ、しかし猟銃はこの前影兵衛に斬り壊されたからなあ。晃之介みたく棍棒一つで挑みたくはないが」

「なんの話だよ!」

「……? いや、猪狩りに行こうという誘いではないのか?」


 牡丹鍋を思い浮かべながらそう尋ねると、お八は睨み上げながら、


「花だよ花! 春牡丹を見に永大寺まで! あたしが花を見ちゃ悪いか似合ってねーのか!」

「い、いやすまん。勘違いしていたようだ」


 誤魔化すような引きつった笑いで九郎は両手の平を向けて怒鳴るお八を宥めようとした。

 とはいえお八自身も、自分のガサツというか質実(自称)な性格は認めているので普段ならば九郎を花見に誘うという考えは浮かばなかったのだが……

 お八は先日のことを思い返す。実家の母親及び女中らを交えたお八と九郎の[関係進展会議]を開いた所、


「ざっと私達が調べた結果、現在での九郎さんの親しい人間関係はこんな風に……」


 紙に書いて示した表で、特に親しい順番に、


[石燕:現金自動払込友人(げんきんおのずからうごきはらいこむゆうじん)]

[お房:娘]

[タマ:弟]

[お八:孫]


「──なります」

「孫!? あたし孫扱いだったのか!? いや石姉が何気に酷い位置だけど!」

「というわけでお八、女の子らしい所を見せて一つ上の立場を目指さなくてはなりません! いいですね! 母的な藤壺から娘並の紫の上までよっしゃしてしまう光源氏より孫とか酷い難易度なのですから」


 そう母に言われて、とりあえず花を見に行ったり一緒に簪などを買いに行ったりするなどの行動を取るべしということになったのである。



 *****



 深川永代寺──富岡八幡宮の別当寺として江戸では栄えているその寺に牡丹園はあった。

 別当寺と言うと、神仏習合の令を受けて即ち、祭る神は仏の権現であるのだから神社も寺と同じであるとされ、神社を管理するための寺を置くべしと云う流れで作られたものであった。

 明治に廃寺になった深川永代寺であるが、江戸時代は深川でも広い寺院の面積を誇り、その中にあるのが牡丹園である。

 一説によると牡丹は永代寺の宗派でもある真言宗空海が、薬として唐から持ち帰った花だと伝えられている。

 牡丹園では冬牡丹から春牡丹まで長い期間咲き誇っている。

 お八が植木を覗きこんで赤みがかった白牡丹をじっと見ながら九郎に声をかけた。


「でもよ、牡丹って今ぐらいに咲く春の花じゃなかったか? なんで冬にも咲くんだ?」


 九郎が以前読んだ園芸の本の知識を思い浮かべて応えた。園芸は江戸でも長い流行であったために指南書や塾なども多くあったのである。


「確か……春先に出た蕾を落として、夏は葉を切りあたかも枯れたような状態にしておくのだ。そして冬に霜や雪がかからないようにしてやれば春夏で出せなかった勢いを無理やり冬に発揮して気合で花が咲く……と、書いてあった」

「そこまでして冬に咲かせたいかって感じだけど、それで気合を出す牡丹もすげえな……」

「うむ。そんなことから牡丹は綺麗だが男らしい花だと言われているらしい」


 お主のようだな、と笑いながら九郎は軽くお八の肩を叩く。

 喜んでいいのやら複雑な気分に、


「むー」


 と、微妙な気持ちの混じった唸り声を上げるお八であった。

 褒められている気もするが、自分が連れてきたというのに九郎のほうが牡丹に詳しいようで少しばかり悔しい。

 言われて花見を思い立ったものの、お八としてもどちらかと言えば……


「そう物欲しげに見ずとも買ってやる。ほら、牡丹餅を食いに行こう」

「ベッ別にあたしはそんなあれじゃ……」


 茶屋をちらちらと伺っていたのを見透かされて、如何にも保護者のような言葉をかけられてしまうので不満を覚えるのだった。

 九郎からしてみればお菓子が欲しそうな相手の雰囲気はすぐにわかる。魔女は変装して世界中を買い食いして回る甘党で、魔王は何故か九郎の膝に座って自慢気に菓子を食べさせて貰い、魔女はぐぬぬと恨みがましく睨んでいた。

 彼としては、あまり食べ過ぎると血糖値が気になるという嫌な年寄りの思考が浮かんでくるので沢山は食べれぬのであったが。

 当然だが牡丹園を見に来る者というのは、男女の逢引や家族連れなどが殆どだ。

 だがその茶屋に居た女は一人、足元にいる子犬を白い脛で撫でながら暇そうに団子を食べている。頭に手拭いを垂らして乗せて顔を隠しているが、人懐こそうな顔立ちをした二十前後に見える、牡丹模様の着物の人物であった。

 九郎とお八が緋染の布が敷かれた椅子に座り茶と牡丹餅を注文すると、ついと細い顎を向けて九郎を見る。


「……おや? 君は九郎くんじゃないか」

 

 落ち着いた調子の女声で話しかけられて、九郎はその女に向き直り首を傾げる。

 一見、知らない女だ。

 江戸で出会った全員を覚えているわけではないが、自分の名前を名乗った知り合いの女にこのような奴は記憶に無い。


(つまり、女ではない……?)


 乱暴に見える発想の飛躍をして、九郎はその線の細く人当たりのよい顔のつくりを思い出して応えた。


「もしかして、同心の」

「そう。僕は同心二十四衆が一人、[犬神]の小山内伯太郎だよー。こっちは愛犬の[玉鬘たまかずら]」


 稚児趣味に定評のある知り合いだった。そんなん知り合いたく無かったのだが。

 子犬を足で撫でて仰向けに転がしながら、ぱっと笑顔を作り頭に被った手拭いを取る伯太郎。髪の毛を長く女性風に見せているのは、かもじという付け毛を被っているのだろう。

 元が童顔気味なので顔立ちとしては女性に見えるのは良いとして、声音は普段の胡散臭い優しさを感じる男の声から、やや低めだが充分女に聞こえる声に変わっている。

 声音、と呼ばれる変声の技術は当時、芝居をする者が身につけている珍しいもので、これで物語を読み上げるなどの芸だけで座に呼ばれるほどのものであるのだが、彼はそれを遣えるようだ。

 それにしても前見た時は普通の男だったというのに、九郎は若干身を引きながら、


「……女装趣味があったのか?」


 九郎の中の評価が稚児趣味でホモ野郎というあたりに固まりつつあるのを苦笑で返して、


「やだな。仕事のおとり捜査の為だよ。町方で女に変装できるのは僕と隠密廻の藤林さんぐらいしか居なくて駆り出されたんだ。まあ、藤林さんの場合はもっと本格的なんだけど……」


 と、言った。

 [無銘]の二つ名を持つ忍びにして同心、藤林尋蔵は奉行所内での職務以外では良く顔を覆面頭巾で隠しているが、変装となるとまるで中身が入れ替わったかのように顔を化粧で変えてしまえるという。

 女装、僧体、出入りの張替え屋、植木屋、とび職、雰囲気の悪い素浪人、盲、旗本のバカ息子などその手持ちの変装ネタは様々にあり、それと尾行術においては同心与力手先含めて最も能力が高いとされている。


[撹やまこ]の一角って名乗って、女を攫っては他所に売り飛ばす悪党一味でね。上州あたりで知られた奴らが江戸に来てるみたいなんだ」

「ふむ。それで女装して誘き出そうと」

「これ以外でも他の同心達は別の方法で捜査してるんだけどね。勿論僕は衆道趣味なんて無いよ? 女の子は七歳から十二歳まで。そして自由恋愛で手を出すのが最高だね」

「……良かったなお八。範囲から外れておるぞ」

「おう……としか言い様がないぜ」


 小学生は最高だと言い放つ爽やかな女装青年にドン引く二人。 

 伯太郎の場合、液体系の雰囲気で真剣すぎて気持ち悪いと評判の利悟に比べて、人懐っこい子犬を連れていて本人も優しげな風貌をしている為に女児が懐きやすいという犯行の手腕があるのが厄介な所であった。

 勿論無理に迫ったり怖い目に合わせたりはせずに女児にモテまくり時には「伯にぃとはあたしが遊ぶの!」と取り合っている少女を見るのが至上の幸せだという異常性癖者であった。

 彼は己の欲を批判されようとも気にせずに彼は云う。


「女装ってのもね。犬塚信濃も女装してたと思えばそう気にならないものさ」

「……誰?」


 お八から出た疑問の言葉に彼は小さく溜息混じりに、


「やっぱり広まってないよなあ。八犬士って云うんだけど」

「八犬士……ああ、里見八犬士か?」


 話の内容は詳しくは覚えていないけれども、[南総里見八犬伝]という物語に出てきた主要登場人物であったと九郎は古い現代の記憶に残っていた。

 感心したように伯太郎が、


「へえ、槇島さんも里見のそれを元に考えてみたって言ったけど……有名な話だったりするの?」

「槇島? いや、あれの作者は……確か滝沢馬琴じゃなかったか?」

「……誰それ?」

「あたしも知らん」


 伯太郎とお八が顔を見合わせて首をひねるので、九郎も「勘違いだったか」と誤魔化すように顔を落として茶を飲んだ。

 それもそのはずで、[南総里見八犬伝]という物語が発刊され完結するのは天保十三年(1842年)であるので享保に生きる彼らからしてみれば先の話である。

 九郎もそれが出ていた詳しい年代などは覚えていなかった故の勘違いと云えよう。


「槇島さんってのは國學者で、古い戦とか武将とか地名とか物知りな人なんだ。それで最近は節用集まで出して、ちょっとだけ紹介されてたのが八犬士。

 ほら、僕って犬好きだから気になって話を聞きに行ったら殆ど創作で作った集団だって言われてさ。頭はいいんだけど自分設定の用語とか集団とか節用集に盛り込んじゃうんだよね」


 槇島さん──と呼ばれる槇島昭武という学者が出した節用集とはいわゆる辞典のようなもので、それに名だけ記されていて実在が疑わしい武士も多く存在している。節用集自体には名前しか載っていないので確かめようが無いのである。

 上方から江戸の文化に詳しく様々な歴史、言語を学んでいる高名な学者だけあって、思わず信じこませる自分設定を混ぜ込むのも容易い。

 伯太郎は「そういえば」と云い、


「[同心二十四衆]って広めたのも槇島さんだったなあ」

「適当に決めすぎるのう……」

「それで、節用集には文字数制限の都合で載せてないけど、設定帳とか作っててさ。運命の宝玉に導かれし八人の戦士とか伝説の剣とか。後世発見されたら素晴らしい才能ですって言われそうだね」

「多分発見されて連載のネタにされてる気がするが……」


 未来を思いつつ九郎は呟いた。どうやら、未来において紡がれる物語だが基本設定の幾らかは歴史に知られぬ設定帳から取られているようである。犬塚信乃は女装しているし、犬山道節は火遁術の使い手だ。

 話していると伯太郎は己の牡丹餅を食い終わり、指についた餡を子犬に舐めさせると立ち上がり、


「じゃ、そっちのお八ちゃんも気をつけてね」


 そう言って手拭いを被り歩み去っていった。

 足元に妖怪すねこすりのように子犬が纏わりつきながら進むその姿は到底同心に見えない。

 お八が茶請けの梅漬けを尖った歯で齧り取りながらぽつりと疑問を口にする。


「……二十四衆って今だけの存在なんだろーか」

「さあのう。代々続くとかなってたら嫌だが」


 満開の椿の花の匂いが、風で薄く広がっている……。



 

 *****




「あだっ」


 花見物も終わり、お八の腹の音が鳴ったので飯屋──回向院の裏手にある旨い軍鶏屋にでも行こうかと歩き出した時であった。

 お八が軽く躓いた。下駄の歯が突然折れたのである。

 地面に倒れる前に九郎がひょいと肩を持ったが、どうやら足首を捻ったようである。

 暫く近くの川べりに座って居たが、少しばかり腫れている。

 

「ふむ」

 

 僅かな出力にして[氷結符]を巻いて冷やし、九郎は背中を向けた。


「おぶって行こう。とりあえずむじな亭に帰るか」

「ええ? お、おぶるったって、町中だぜ?」

「あー、嫌なら駕籠でも呼ぶことにする」

 

 お八は恥ずかしく思ったのだが、駕籠に乗るか九郎の背中に乗るかをふと頭の中で比較して──、


「い、いや……九郎の背中でいいぜ。その……金も勿体無いしな!」

「そうかえ」


 そう言って、両手を九郎の肩に回して彼の背中にしがみつく。

 普通和服は股が開かないからおんぶは難しいのだが、お八の場合動きやすく、またこのままでも晃之介の鍛錬が行えるように自分で縫い直して袴のように広がる仕組みにしてあるので両足を九郎の体に回せた。

 目の前に九郎の後頭部とうなじが広がり、何故か慌てながらお八は尋ねる。


「重くない……よな!?」

「おう軽い軽い。担いだまま箱根だって越えられそうだ」

「そ、そうか」


 気負わない口調でそう言って九郎は重さを感じさせない足取りでひょいと進んでいく。 

 じっと背中にしがみつきながらお八は考える。

 見た目は同じぐらいの年頃の少年に見えるのに、やたらと強くて面倒くさがりな癖に頼み事は引き受けて、商売や料理にも詳しく孫まで居たという自称九十五歳の男、九郎。

 はっきり言って謎の変人である。

 しかし一つわかるのは、


「九郎って良い奴だよな」

「うむ? ……いや、そうでもないぞ。年を取ればそれまでに人間良いことも悪いこともするものだ」


 適当に応える。悪いことだってしてきたし、悪い奴の仲間になっていた時期もある。お八は九郎の肩に顎を起きながら、耳元で眠そうに呟いた。


「いいんだよ。あたしとか、他の知り合いにとって良い奴ならお前は良い奴なんだ」

「そうか。じゃあ、お主らにとって悪い奴にならんようにせねばな。子供に嫌われるのが老人は一番応える──」

「あー! それだ!」


 突然耳元で叫んだお八に思わず九郎はよろめいて、危うく彼女を落としかける。

 なんとか体勢を整えて、耳を抑えようにもお八をおんぶしている為に出来ずに顔をしかめて肩越しに振り向き尋ねる。


「どうした」

「ったく、いいか九郎。あたしはお前の娘でも孫でもねーんだからその辺気をつけろよ! 見下してるのか!?」

「ぬう……そうだったな、すまん、ついな」


 これが反抗期か……! などと場違いな感想を覚えつつも、見下していたつもりはないが、襟を正される思いであった。

 完全に身内扱いしていたイリシアなどは一言も文句を云わなかった為に──家族に捨てられたのが理由かも知れないが──ずっと孫で問題は無かったのだが、お八と自分は知り合って一年の関係なのだ。

 

(孫扱いされたら怒るわな……)


 反省していると、お八が咳払いをしながら、


「だから、あたしと九郎は対等なんだ。恩人かもしれねーけど、それはそれとして肩を並べる……と、友達、なんだからな」

「わかった、わかった。一緒に遊びに行くしのう。お主は小さくとも大の親友だよ」

「なら……いいぜ」


 そう言って彼女はそっぽ向き、九郎にしがみつく力を強めた。

 平坦な胸が九郎の背中に押し付けられて鼓動が伝わりそうだった。お八は己の平坦を恨みつつも、くっついたままだった。


(あたしばかりどきどきするのは、ずるいぜ)


 拗ねた気分になりながらも、古びた畳のような九郎の体の匂いを顔を押し付けてふんすか感じる。

 言葉では訂正させたもののまだ九郎にとっては、自分など子供なんだと思っているのだろうとはわかっている。

 わかっているけれど、やがていつかは──。


 背に揺られて暫く進んでいると、彼は小名木川にかかる高橋の上で立ち止まった。

 

「おう、お八や。今日はここから富士山が見えるぞ。──いい天気だのう」

 

 彼が仰ぐ先にやや白んだ山が見えている。

 お八は九郎と同じ方向を見て、同じように「いい天気だな」と呟いた。




 *****




 伯太郎は深川から足を伸ばして四ツ木のあたりへ向かった。普段から犬の散歩と火消しの見回りに慣れている為に好天の中歩き続けても汗も掻かない。

 この辺りは農村と川しか無い田舎村であるが、舟の便が良くまた神社仏閣へ参拝する者が多く横切る場所でもある。

 街道筋の怪しげなところは他の同心仲間が張っている為に、このような小さいところを回るのが伯太郎と尋蔵の役目であった。

 

(田舎のほうがやりやすいしね)


 小さく口笛で拍子を作りながら女装をした伯太郎は歩む。

 あたりは人通りが無く、方方に伸びた林で囲まれた道であった。

 すると、足元の子犬[玉鬘]が喉を強く鳴らして唸る。


「僕のほうにかかったか。ちょうど良いや」


 伯太郎は歩みを止めて周囲を見回す。[撹]の一味は何人居るのかさえ正確にはわかっていないから、とりあえず捕まえるだけ捕まえて残りを吐かせることが解決への糸口となる。

 麻袋と棒に縄を持った三人の男が垢にまみれた顔を笑みに浮かべながら林から姿を表す。

 いかにも、な誘拐目的の悪党である。

 伯太郎自身は、風烈見廻という火事や大風を注意して見まわる職業な為に、特に剣術などを習っては居らず、精々が縫い物の範疇で縄を縛ることが得意な程度である。女と見間違えられる程度の優男であるのだが──、

 彼は唇に指を当てて小さく音を鳴らす。


「一気に決めよう。おいで[雲隠くもがくれ]」


 彼がそう言うと、膝ほどの高さをした草むらからぬっと立ち上がる影があった。

 [撹]の一人がそれを見る。まるで、馬の子供のような大きさをしたそれは大きく成長した山犬──いや、狼である。威圧を覚える大きな姿が地面から生えて現れたように思えたが、遠野物語に曰く狼は三寸の高さがあれば草に隠れ、その体毛の色を地面に馴染ませて潜むのだという。

 小山内伯太郎が飼っている犬の中でも最も強力な一匹──源氏物語で記されざる四十一巻[雲隠]の名を持つ猛獣であった。

 伯太郎は己の強さは持たないが、飼っている犬と心が通い己や子供の身を護らせるのである。雲隠は、彼の祖父の代から町に入らず小山内家の近く野山に住んでいるという。狼の子が代替わりしているとも、経立ふったちになったとも伝えられている。

 経立とは寿命を越えて長い年月を生きた動物が妖怪化したもので、猿や犬などの経立は日本各地でも様々に話が残っている。

 雲隠は飼犬には鳴らせぬ暴威を持つ獰猛な声を上げ、捕食者としての尖った目付きで男達へ飛びかかった。


「ぎゃあ!」


 と、悲鳴を上げて得物を捨て逃げようとするものの、明確に襲いに来た狼から逃げられる術も無い。

 そのあぎとが一人の男の足に突き刺さる。すると、全身に痺れが疾走った男は激痛に悶えて口から泡を吹き意味の分からぬ叫びを上げながら倒れてしまう。甘咬みではなく、犬歯持つ獣が本気で噛み付いたならば人間などその痛みと衝撃に体は動けなくなってしまうのだ。

 次々に男達を引き倒す雲隠。牛や馬を噛み殺す野獣の力に耐え切れるはずもなく、噛まれた足を血で汚して地面に伏した。

 捕縄を持ちながら伯太郎がゾッとするような冷たい目で見ながら、男の声に戻して告げる。


「僕は女を襲う奴が嫌いだ。それが少女でなくとも。君達はかつて少女だった女を、いつか少女を育てる女を攫っては不幸にした。少女の過去と未来を穢しやがって──馬鹿野郎が」

 

 彼の言葉に呼応して、雲隠は遠吠えを上げた。

 そのごわごわした毛皮を撫でてやると、狼は再び草むらに消えていった。

 やがて同心の応援が訪れる……。




 *****




 九郎とお八が緑のむじな亭に帰り着いた時は昼営業も終わり店員三人が遅い昼食をとっている時間だった。

 おんぶしたままなのは特に気にせずにお房が、


「そういえば先生が来て九郎の部屋に上がっていったの」

「石燕が? 散らかしたままだったのだが」

「早く掃除しろなの」


 ジト目で言われて九郎はお八を背負ったまま、二階へ上がっていった。ついでに同じく二階に住んでいるタマも付いていく。

 

「石燕、なにをして……」


 九郎が己の部屋に入ると──

 特に胸元がぎちぎちのメイド服を無理やり着込んでいた荒ぶる石燕が居た。

 アラサー眼鏡ボサボサ髪メイドの誕生である。ローズウォーターさんと彼女に神のお恵みを。さあここに神社を立てよう……!

 彼女は見られた羞恥と、いやまだ自分いけるってこれという無駄な自信に挟まれたような、やや紅潮したぎこちない笑みを浮かべて、


「ふ、ふふふ──冥土っ☆」


 と手を上げて挨拶のようなポージングをした。

 

「ぎゃあ!」お八は己の物となった服が酷使されていることに叫んだ。

「いける……いやきつ……ううう……」タマは痛ましさに目を背けた。


 一方で九郎は、


「……意外と似合うのう」


 よく年齢的無理をするアラサーでアル中後家という事実を無視し、客観的に見れば胸以外はイメチェンした侍女イモータルのようにも見えたので率直な感想を口にしたら、


「ええええ」


 と、子供ら二人が心底不平そうに呻くが、


「やはり九郎君はわかっているね! 照れ期来たのかね! 生き延びた甲斐があった……!」


 などと調子に乗った石燕が新たなポーズを決めようと足を動かしたら、床に置かれた見えざるステルス漬物石に小指を打ち付けて涙混じりに倒れ伏すのであった……。

 

 




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