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15話『忍び屋開業~何メインで売ってるんだこの店~』

店を考えるとあれも売れそうこれも売れそうって思えてくる

現実だとそんな試行錯誤してたらお金幾らあっても足りないけど小説だったら幾らでも事業を広げられる!





 千駄ヶ谷村に突貫工事で建てられた[忍び屋]の作業小屋と宿舎。更には倉庫も作られていった。

 給料こそまだ支払われていないものの、自分らが仕える城を作るのだと言わんばかりの士気の高さで大工仕事に道具の運び込みを忍び達は行っていく。

 

「思ったより早く出来上がったのう」


 工事の殆ども済み、少なくとも建物のガワと作業場は整えた。後は細かな内装が残っているが、それは仕事を始めながらでもなんとかなるだろう。

 昼間の作業中は暇なときか、昼飯の握り飯作り要員として少し顔を出す程度だった九郎であるが、その夕方に作業員らの晩飯を作りに来た際には作業も殆ど終わりかけているのを見て感心した。

 メシ作りに関しては九郎の嫁らも手伝おうかと言っていたのだが、彼女らは彼女らで大家族の家事があるのだし、既婚者に手を出してはいけないという掟があるとはいえ独身の男らには優しく食事を作ってくれる女は甘い毒のようなものだ。下手に惚れられて話がこじれても面白くない。なので、九郎が九子に化けてやるしかないのであった。

 しかしながら初期は宿舎に泊まり込みをしている二十人ばかり──それ以外の従業員にも、町の長屋から通いの者も、甚八丸の家で空き部屋を借りている者も居る。宿舎は限りなく簡素で雑魚寝なので、かなり貧しい者たち用であった──が晩飯支給の対象であったのだが、話を聞きつけた他の忍び達も作業に加わって食事を痩せ犬のように待ち構えるようになったため、作るメシの量と材料が増えた。

 

「九子様のあざといサービス精神が功を奏したようだと判断致します」

「まあ、あやつらチョロいからのう。女への耐性が無い」


 千駄ヶ谷村へ向かって歩く九子の隣に、食事の材料を笊に乗せてついていくイモータルも居る。

 彼女ならば他人との色恋沙汰は無縁だしそもそも江戸に住んでいるわけでもないので惚れられてもバッサリと振ってくれるのである。これまで何人も玉砕していった。


「チヤホヤされるのが仕事なら魔王様もお連れしたらどうでしょうかと提案致します」

「ヨグのやつはどう考えても目立ちすぎだからのう。頭と目が虹色だぞ。スフィに貸してる『よく馴染む』の装飾品付けても召喚士の虹色魔力で無効化されるし」


 むしろこの時代ではそんなに目まぐるしい色合いをしている彼女は、正直に言って一般人からは美少女とは見られず単なる気味の悪い妖怪扱いになるだろう。

 以前に僅かな時間、吉原に花魁コスプレして現れて九郎と飲んでいたときでも何か怪談話がその店には残るほどだった。頭が虹色の妖怪女郎が出るとかで。


「……あの世界でも魔王様は誰にも好かれなかったから拗らせた事情がありますので。たまには構って頂ければとお願い致します」

「わかったわかった。今度江戸の見回り観光にでも連れて行ってやると伝えておけ。天狗なら妖怪虹色女と歩いていてもただの怪奇現象にしか思われんから大丈夫だろう」

「……はい」


 イモータルは静かに返事をして、少しだけ口の端を上げて微笑んだ。

 彼は相手が異なる種族でも異常な人格の持ち主でも同じ高さの目線から接してくれる。体の大きくならない長寿のエルフも、無感情無表情の妖精も、嫌われ者の世界の敵な魔女も魔王も、そういうところで好きになったのだろう。

 まあ逆に、女体化しても情けない男を甘やかす態度を取るもので異様に好かれたりして結果男を騙しまくることになっているのだが。


「ほれ。さっさと行こう。今日はメシと味噌汁だけではないのだからな……といってもイモ子がいれば手際よくやってくれるから任せるだけだが」

「了解致しました」


 九子の催促にイモータルは頷いて足を少し早めた。


 

 従業員の宿舎は最初こそ屋根のついた東屋といったレベルの代物に、むしろを敷いて雑魚寝をするという路上生活とそう変わらぬ惨状であった。宿舎の建築は作業小屋のついでだったからだ。

 しかしながら作業人員が増えたことで宿舎も徐々に改築されていき、どうにか煮炊きも出来る山小屋程度には設備も整っていた。

 昨日まではそれで飯と味噌汁を簡単に九子が用意して振る舞っていたのだが……

 その日は手際が良すぎるイモータルが調理を担当するために九子は彼女の簡単な手伝いぐらいしかすることはなかった。

 なにせ手にした大根や蓮根、筍などがまな板を使うまでもなく空中で分解していく。包丁ではなく、極細の糸を指先から伸ばして切り裂いているのだ。 美人さんが追加されて晩飯の用意をしてくれるというので見守っていた新入り忍びらは軽く引いた。一応、切る前に指先から伸ばした糸を九子に説明していたので理屈はわかる。だが硬そうな野菜が一瞬で抵抗もなくスパスパ切れていくのを見ると、明らかに危険物を扱っているようにしか思えない。

 

「な、な、なんですかいあの無表情で材料切りまくってる美女は……」

「あれは九郎さんの知り合いの芋子さんと言ってな……雪女みたいに綺麗な見た目だが、どうやら大天狗の天魔様だかの女中をしているらしい。まず九郎さんと同類の妖怪だろうなあ」

「うへー……」


 九郎がイモータルのことを紹介する際に知り合いの女中だと言っていたし、彼女も魔王に仕えているとは公言している。

 さて九郎の正体が天狗であることは間違いがないと彼らは考えている。

 昔は天狗の別称は魔縁(まえん)とも呼ばれていて、さらにその魔縁の間で魔王と呼ばれるのは第六天魔王に違いないという関係性が浮かんでくるのであった。

 なのでイモータルは天狗の首領格と見られる天魔に仕える女で、時々九郎の手伝いに山から降りてくるという存在だと見なされていた。


「美人だけど手を出したらおっかなさそうだ……」


 江戸住まいのシティ派忍者ですら九郎天狗という妖怪に畏れを抱いているのだから、田舎で遥かに天狗妖怪とは身近に接していた新入りらは無機質な表情をしているイモータルに怯えるのであった。


「っていうかお前らが盛り上がってる九子ちゃんも九郎さんの妹だから天狗だからな」


 実際そう紹介されているので、彼女も人外の一種であるはずだった。同じくお九も。しかしファンの忍びらは、


「九子ちゃんは! 可愛いから!」

「おっかあになって欲しい!」

「ばぶー! だー! まんまー!」

「早速ややこ弁の練習かよ……業が深いな……!」

 

 一方で九子の方は新入りたちにとっても憧れの女の子になっていた。

 なにせ中身が対人能力の高い上に誑し込んで働かせようと企んでいる九郎なのだ。親しく接してくれる美少女ならば童貞でこれまで一度も女にモテたことの無い彼らは一瞬で心を奪われていた。

 イモータルは遠くから見ている分には綺麗で完璧な美女だが、なにせ表情も態度も素っ気ない。その点九子は接することができるのが大きい。

 またある程度可愛ければ──そして怖くなければ──人外でも構わないむしろいいというそういった性癖の男が、何故か忍びには多いようであった。


 さてもはても男らが話し合っているうちに料理はみるみる完成していく。具材を切りながら大鍋に放り込んで薪を一瞬で燃やし煮立てて、魚を細切れにしてすり潰し加工し、それぞれを無造作とばかりに味を調整する。淀みもなく同時進行で右手左手が異なる調理過程をしていることが基本で、まるで奇術でも見ているかのように完成していく。

 あっと言う間に野菜たっぷりに豆腐の入った栄養豊富なけんちん汁と、完成祝いのめでたい鯛のすり身を使った魚そうめん、九子が六科に頼んで搗いてもらった紅白モチなどが出揃った。それに酒もある。

 男らは感動で目頭を押さえた。独身の男連中からすれば、正月か祭りのご馳走──いや、そういった日ですらまともな料理を食ってない者も大勢居るぐらいだ。

 持ってきたモチと酒を並べたぐらいで殆ど仕事をしていない九子がひと仕事終えたように汗を拭う仕草をして朗らかな笑みで皆に呼びかけた。

 

「さあ今日は記念すべきハレの日だ。明日からは本格的に仕事が始められるわけだが、そのために栄養を取って元気を出しておくれ」

「うおおおお!!」

「あとまあ、明日から給料出るので己れが晩飯の炊き出しに来るのも今日までだから」

「あああああ……」


 男らは泣き崩れた。


「なんで……なんで俺らは仕事を急ぎでやり終えてしまったんだ……」

「仕事は明日からだと言うとろうに」

「別れが来るなんて……こんなことならズルズルと引き伸ばしていれば……」

「いや多分そんなことしてたら己れ……の兄からぶん殴られて追い出されるぞ」

「へへっ……この仕事終わったら九子ちゃんに告白するって約束……守れなかっ……後は任せた忍び(乙)……ぐはっ」

「忍び(甲)ー!」

「死ぬなー!」

「だから仕事は終わってなくて明日から始まるのだと言ってるであろう!」


 大げさに崩れ落ちる男らに九子は呆れて怒鳴る。まるでこの世の終わりのようだった。


「とにかく! 明日には兄から生活支度金が渡されるからそれで米なり味噌なり買うように」

「はあ~……」

「作るのが大変なら、共同で金を払って近くの農家の嫁にでも通いで作りに来てもらえ。もしくは新宿の宿場町まで行けば安い飯屋もある」

「ああ~……」

「……女にちやほやされたければ金を貯めて飯盛り女の居る宿にでも泊まれ。不倫や寝取りはいかんが遊女を買う程度は構わんだろうしな」

「ふう~……」

「……わかった。わかったわかった。はいはい。たまに仕事場に差し入れ持ってきてやるから、やる気を出して働くのだぞ!」

「おおー!」


 単純である。色気を使ってやる気を引き出していたら、それが無くなるとやる気も失せていくのは当然とは言えるかもしれないが……九子はため息をついた。

 酷い環境で育ってきて一念発起し江戸に嫁を貰いに来た彼らにとって、女から受ける優しさはカンフル剤のようなものである。だが常用すればそれもまたあまり良くない結果をもたらすだろう。

 九子はたまには来ると言いつつ、彼らに合う頻度もそう多くは無いだろうとは思っていた。そもそも普段は別の仕事で忙しい。歌麿に嗅ぎつけられたら厄介でもある。(歌麿と仲の良い忍びの助蔵には口止めしている)


「もし己れが来たときに怠けていたら秩父山地に埋めるからな」

「怖っ……」


 一応釘を刺しておく。経営者から怠けたら始末すると宣言されると非常に感じが悪いが、向こうが一方的に好意を持っている女からそう言われれば油断も出来ないだろう。

 そんな九子の妥協を見て、イモータルは無表情のまま考えた。


(誰にでも親しく接してモテない相手を勘違いさせるのも考えものだと判断致します)


 本人が意識的にたらし込む部分と無意識に押しの弱さで妥協するところが合わさり、凄まじくチョロい女に思えてしまう危険性があった。

 やれやれと腰に手を当ててため息をついている九子に一応イモータルは言う。


「九子様。──もし土下座されたからといって簡単に体を預けてはいけませんと忠告致します」

「そんなに尻軽に見えたか!?」


 心外そうに九子は顔を歪めた。

 さておき、ささやかながら開業祝いの宴が始まる。近所の甚八丸も酒と煮しめを持って来て、集まった関係者一同は大いに飲み食いをした。

 やはりイモータルの作ったけんちん汁と魚そうめんは絶品で、食った貧乏舌の忍びらですら悶絶する程に美味かった。非常識な美食はやはり彼女が天魔の女中だという説に信憑性すら加えたという。

 

 九郎天狗兄妹に妖狐将翁、不老の歌巫女周布院(すふいん)。虹色天魔に天魔の女中。

 後に妖怪画として描かれることになる、江戸に実際居たであろうと記録に残る人外連中である。ただその絵には隅っこに、幽霊鳥山石燕も加わっているのだが、果たしてそれは願望だろうか……



 


 ******




 翌日からようやく、[忍び屋]の本格的な仕事が開始された。

 とはいえまずは売り歩きよりも商品を揃えるところからである。甚八丸の備蓄していた小麦を買い取り、水車小屋で挽いて粉にする。麦殻の混じったその粉を篩に掛けたり、扇いで飛ばしたりしてふすまをなるべく取り除く。

 ふすまを取り除いた後の粉を今度は人力の石臼で再度挽いてより細かい粒子にしたら出来上がりだ。


「おお! なんじゃ、結構本格的な製粉機じゃのー」

「うむ。構造は単純なんだが、忍びの中に絡繰工作が得意な者がおってな、己れと試行錯誤して作ってみた」


 と、スフィに見せるのは麦粒を一次製粉するための仕組みである。

 せっかく一から作るのだからとあれこれ技師と考案しあって水車動力に歯車や滑車を組み込み作り上げたのは、二本の円柱状に加工した石柱が横に並び、それぞれが内側へと回転する仕組みのロール式製粉機である。

 石柱が接している内側に麦粒を注げば中に巻き込まれながら粉砕し下に落ちる単純な仕組みだ。歯車によって左右の石柱では回転数が異なるため、しっかり挽けるようになっている。

 引っかからぬように真円に石を加工したのは石工の技術を持つ[降石(ふりい)明蔵(めいぞう)]は石で美少女を掘っていたら咎められた挙げ句にマリア観音を信仰してると疑われたので出奔してきた経歴で、絡繰が得意なのが[鳴台(なたい)鋳実(いるみ)]。二つ名の通り、歌舞伎舞台で音を鳴らす仕掛けを作っていたが歌舞伎座が潰れて無職になっていた。


「最初は石臼でやろうかと思ったのだが、水車動力だと加減が効かぬからのう。ふすままで粉々になって外に押し出されるもんで、後からふすまを分けるのが難しかったのだ。そこで昔に工場で見た記憶があるやつを作ってのう。まあ、二本の丸い石柱を回転させるだけなのだが」

「なるほどのー……これなら一瞬だけしか砕かぬから、ふすまなんかも粉々にならず残るわけじゃな」


 理屈は単純だが案外に近世まで発見されなかった方式でもある。

 現代の製粉や物を砕いたり伸ばしたりする工場でも使われているローラーなので、九郎が見覚えがあっても不思議ではない。


「結構流通しておる小麦粉よりサラサラして白っぽくなるもんだのう」

「うみゅ。ケーキの食感も良くなるのじゃよー」


 品質を確認するためにスフィも小屋にやってきて満足そうに言った。

 なにせ江戸時代、小麦粉といえばうどん粉。粒は荒く色も茶色がかっていた。それが今のような白い小麦粉になったのは明治時代、アメリカから機械精製された小麦粉を輸入してからと言われている。つまり──一部の地域で食されたり、手間を掛けて特別な料理に使われたもの以外は──殆ど製粉技術は向上していなかったのだから、九郎の指示したような原始的かつ初歩的な方法でも目に見えて質が変わった。

 実際、当時のうどん粉で作られたパンを振る舞われた外国人の中には日記に不味かったと残している者も居たほどだ。

 特殊な製粉機も使用していることもあり、上質な小麦粉を卸売りしていることが知られても他の石臼を使う業者では再現が出来ないものを九郎は作っている。

 

「粉が違えば作り方のコツも変わってくるから、また私が店で指導すればいいのじゃろ?」

「頼むぞスフィ。昔からお主の菓子の腕前は頼りにしておる」

「にょほほほ! そんなに褒めるでない。そうじゃ! なんなら久しぶりにゴーダー風アイス棒も作ってやろうかの? 材料はところてんとシロップと梅干しとにんにくとウナギ……おっ偶然江戸でも揃うものばっかりじゃ!」

「うむ。それは止めてくれ。クルアハですら食べた途端に時間が停止したかのように気絶したからなそれ」

「……イモータルに食わせたら面白い反応しそうじゃないかの?」

「……それはそうかもしれぬ」


 菓子作りの腕前は確かなのだが、歌神信仰の由緒正しいゴーダー風と呼ばれる暗闇のような味がする料理を作成するのが難点であった。ちなみに他人にとっては暗闇のような味だがスフィは普通に食べる。

 とりあえず試作の小麦粉を紙袋に詰めてスフィは[慶喜屋]で女らに作って見せるために持っていった。

 

「作れば作っただけ店に卸せるし、作業場で焼いて売り物にも出来るからお主らは増産に集中して頑張るのだぞ」

「へい旦那!」


 威勢よく返事をしたのはこの製粉工場で一応の頭に任命した忍びで、竜造という男だ。

 忍びの技術としては火薬の調合を代々受け継いでいて、鉱石などを粉状に加工することもやっていた。多少は業務に近い技術だったので数名を纏める代表に選んだ。

 ただしいつも胸元に焙烙玉──火薬を埋め込んだ陶器製の爆弾──をしまっていることは若干九郎も引いたが。彼はこっそり[マイトの竜造]と心の中で名付けていた。


「麦の調達は甚八丸が他の農家も仲介してくれるから、そっちから仕入れるように」

 

 甚八丸はここらの地主である上に、この水車小屋などの土地も借りているため利益を回さなければならない。

 とりあえずは土地代に差し引き、麦の買い取り、肥の売買、ふすまなど鶏の肥料を納めることなど幾らか話は付けてある。甚八丸とは共同事業のような関係だから、そう土地代も高いものではなかった。

 小麦粉生産用作業場の水車小屋を出て、九郎は次の建物へと向かった。


 むっとする磯の匂い。ここでは魚市から仕入れてきた若芽や魚を処理し、加工をしている。 

 これまでは夕鶴とせいぜい家族が手伝う程度で、家事の合間に作っていたのを専業で作るようになったのだからその量も半端ではない。

 特に若芽は季節のものを乾燥させて使うので、家庭で作る程度では品切れになれば来年まで持ち越しであった。そうならないように、市場から消えるのではないかと言わんばかりに大量に若芽を仕入れて干す。


「この仕込みが年間の飯のタネになるから頼むぞ」

「へい兄貴!」

「誰が兄貴だ。まあ、一度干した後も時々は黴が生えぬように天日に干し直すが」


 若芽だけではなく赤紫蘇も網に入れて乾燥させる。赤紫蘇の仕入れは薬用の取引先として将翁が知っていたのでそこから購入してきたが、栽培もそう難しいものではないので畑を作るか、千駄ヶ谷村の農家に頼んで換金用に作ってもらってもいいかもしれない。

 若芽と赤紫蘇とゴマに塩。それが基本のふりかけの素材である。

 また、物のついでに魚も購入してきて干物にしたり酢じめにしたりする。これらを市場から運搬するのには甚八丸が馬を貸してくれたのでそれを使っていた。

 これらの小屋関連の頭は助蔵、営業部門と全体の頭は朝蔵がそれぞれ担当することになっている。


「ああ、居た居た。九郎先生」

「ん? おお、どうした小唄や」


 視察をしているとここで昼飯作りなどの手伝いをしている小唄に話しかけられた。

 

「実はだな、地元の女房さん達が、干物でもなんでも取り扱っている魚を幾らか売ってくれないかと云うのだ」

「魚を?」

「そうだ。ほら、ここは海から結構離れているじゃないか。それに魚売りも新宿の宿場までは来るがここまでは来ない。買いに行くのも日頃の農作業の合間では大変だ。そこに九郎先生の店は村にあって魚もあるだろう? ここで買えると便利なのだが」

「ふむ……なるほどな。売り歩きと卸売りばかり考えて店舗販売は考慮しておらんかったが……やっても良さそうだのう」


 地元との協力も大事なのがこの仕事である。千駄ヶ谷では現状、店らしい店はなく行商に来る者から買うか町まで買いに行くかであった。

 それに始めたばかりの今は行商に出す商品を生産中で、せいぜいがすぐには小麦粉を卸せるかどうかといったところなので収入が入るのは嬉しい。

 銭の流れとしても、


 九郎が忍び屋の従業員に給料を払う。

 従業員が金を出して地元の人を雇って飯を作ってもらう。

 地元人が金を出して九郎の店の商品を買う。


 という風に循環するのでそうそうに需要が無くならない商売相手でもある。地元民の好感度も稼げて一石二鳥だ。なにせ怪しい覆面独身男集団がヤクザ天狗資本で始めた店だと思われては困る。まあ、地主のお墨付きはあるのだが。


「わかった。とりあえずいきなりは難しいので店の者に説明をして、それ用の帳簿も作らねば……」

「ああ、なんだったら私が暫く販売の取り仕切りと簿記をやっておこうか。父のところで経験があるからな」

 

 小唄は薄い胸を張って任せろとばかりにそう告げた。

 確かに彼女に手伝ってもらうと楽であるし、元来より人を纏めることや教えることを得意としているのが小唄である。


「いいのか? うちは給料安いぞ?」

「なに、九郎先生の店の人に教えて、覚えるまでの間だよ。女房さん達も最初のうちは私が間に入った方が買いやすいだろうしな。父から九郎先生を手伝うように言われているし、靂の背中を押してくれたのも九郎先生という話ではないか。恩返しをさせてくれ」

「背中を押したというか突き落としたというか沼に引きずり込んだというか……ま、まあとにかく、経験者なお主が指導に回ってくれるのは助かる」


 特に小唄は従業員と同じような性質の忍び集団を率いていた甚八丸のところで育っているので、そういった相手への対処方法もこなれている。 

 まあつまりは惚れられても後腐れなくズッパリと断り、場合によっては正論で説教までしてくるのでこれまでにアタックした忍び達は皆撃沈していった。

 ついでに言えば晃之助のところで武芸を身に着け、小刀と体術、投擲に関しては目録免許を貰える程度に腕前があるので下手な男の忍びより大分強い。 

「頼んだぞ小唄」

「そのかわり……今度ほら、あれ……例のお酒を少しだな」

「わかったわかった。分けてやるから。店舗の工事は甲と乙というやつが得意としているから、そやつらに相談せよ」

「任せてくれ!」


 胸を叩いて小唄は快諾をした。例のお酒とは九郎秘蔵の[波布名腎(はぶめいじん)・竜王]である。夫婦関係にスパイスをもたらす。

 気分良さげに小屋のどこで売り買いをするか見て回っている小唄に、九郎は少しばかり複雑そうに息を吐いた。


「なんかこう、ヤバ気なヤクにドハマリさせて身売りをさせたのと雇用条件はあんまり変わらん気がするが……気の所為だろうかのう」


 ともあれこうして、忍び屋は千駄ヶ谷では魚と干物も店頭販売する店としてスタートを切ったのであった。




 *****



 その夜、とりあえず初日で生産できた小麦粉を持ち帰り、スフィと石燕にケーキを焼いて貰ったのだが、さすがに味が違った。

 玄米と白米ぐらい味が違うのだから当たり前だ。健康志向ならば前者でも構わないという人もいるかも知れないが、一般的に考えて相当に美味くなっていた。

 

「前までので十分美味しいかと思ってたら凄いわ……変身を後二回残してたって感じなの……」

「いや、二回は残しておらぬが」

「うますぎるぜ……ううっ、親父とお袋にも残して持っていかねえと……」

「普通に食えお八。ちゃんとそっちに持っていく分は用意するから」


 豊房とお八は感動のあまりに悶絶していた。

 ふわりとして口の中で溶けるように甘いケーキは麻薬のようで、サツ子など子供らが一瞬で平らげるのを見て恐ろしそうに云う。


「こぎゃんまかーもんこまかこっからやっと舌がやっせんごつなっちなか」

「……ええと、スフィ翻訳を」


 動揺のあまりか薩摩弁が全開になっているので、声のニュアンスから解読できるスフィに頼んだ。


「こんなに旨いものを小さい頃から与えていたら舌が慣れて悪影響が無いだろうか、と心配しておるのじゃよー。まあ、この家のメシに慣れたら外食してもイマイチに感じるかもしれんのー。私やクローは雰囲気重視だから別に気にせんが」

「ありがとう翻訳スフィ」

「私じゃなくてお主が同郷なんじゃろうに」

「薩摩は同郷とは言わぬ」


 しかしながら確かにこの家で育ったら基本的に嫁は全員料理得意なので、味の基準が相当上がりそうではあった。

 一概に良いこととは言えない。なんでも美味く感じられる貧乏舌の方が生きるに不便は少ないだろう。やはりゴーダー風料理で食育が必要なのだろうか……!


「いやはや、しかしこいつは痩身薬ならぬ、太身薬になりそうですぜ。食事の後でもぺろりと食って太っちまう──おっと、そうだ。確か恋の病で飯が喉を通らないという商家の娘さんが居たから、それに売りつけて見ましょうかね──特価で」

「まあ、薬ということなら値段も跳ね上げていいかもしれんが……それっぽく形を変えて作れよ?」


 地味に将翁も九郎の商売に絡んで薬売りもしているので興味深そうに言った。

 薬ということならば値段のふっかけ方は原価の百倍以上は当たり前の世界で小判が飛び交う。九郎以外の稼ぎ頭が彼女である。

 夕鶴が期待に目を輝かせて聞いてきた。


「ご主人様! 自分のふりかけは完成まだでありますか?」

「明日から調合に入るからまあ待て」

「売れると良いでありますなー。自分も売っている人を遠くから見て『わかめしそがこれだけ人気商品になって自分も鼻が高いであります……』って後方製作者面したいであります! あれに最初に目を付けてたの自分なんだよなーとか周りに言ってみたりしたいであります!」

「なんだその微妙な趣味は……後方に出らんでも、ふりかけ売りは一応形の上ではお主が雇ったということになっておるから、しっかり[夕九屋]の女主人はお主なのだからな」


 などと日暮れ前に家族でまったりとしていると、屋敷に駆け込んでくる音がした。


「大変です九郎さん!」

「む。助蔵か。どうした?」

「新宿のやくざ者が店に因縁付けてきました!」

「早くないか!? 今日開業したばかりなんだが!?」


 やくざは拙速を尊ぶ。

 というわけではなく前々から目を付けていたのだろう。確かにやくざからすれば他所者が店を作ろうとしているのだ。カモにならないか様子を見てみることもするかもしれない。


「俺らでとっちめてもいいですけどとりあえず判断仰ごうと思って……どうします!?」

「待て待て。下手な対処をするとそれこそ逆恨みされて面倒なことになる。ここは穏便に行くぞ」

「と云われると?」

「己れが十手をちらつかせてしょっ引き、仲間まで全員火付盗賊改方に招待して何か吐くまで爪に竹串とか刺してみよう。もう関わって来ないように」

「穏便!?」

「ちょうど今、犯人が見つかっておらぬ強盗殺人事件があってなあ」

「冤罪ですよね!?」


 言い合い、九郎は皆に「少し出てくる」と告げて助蔵と共に店へと向かっていった。

 もはやいつものように嫁たちは見送る中、茶を啜っているスフィがしんみりと呟いた。


「何故か知らんが、若い頃からクローがコンサルとかで店に関わると、必ずヤクザが店を襲うんじゃが……そういう呪いが掛かっておるのかもしれんのー」

「……確かにわたしのお父さんのお店でも何度かあった気がするわ」

「うちの呉服屋なんか盗賊が三回来たぞ」

「ふりかけ屋やってたら悪党に攫われたであります!」


 口々に身に覚えのある話を彼女らはするが、真顔でサツ子は否定した。


「うちの店はよう関わっちょるが、そげん危なかことは起きてなか」


 事件自体は起きているが、やくざに狙われることは無い、と彼女は云う。

 皆は気まずそうな顔をして頷いた。


「……うん。まあサツ子のお店はね」

「店員自体がちょっとアレだから」


 薩摩隼人が店員をしていて、藩士も御用達で通いまくる薩摩の店に因縁を付けてくるヤクザも居ないだろう。

 サツ子以外の心はそう一致した。



 これまでも、これからもヤクザに絡まれまくる九郎は家族の身の安全のために徹底的に叩きのめすか従えるかをしていくのだが──

 そんなことをしているのだから、江戸でも怪物のようなヤクザとして名が売れていく九郎であった。

 




よく考えたら九郎が関わった店はヤクザが暴れすぎである

まあ名前を知ってる土地のヤクザだけじゃなくて、関東一帯の流れ者が来たりしますしね

現代知識でローラー製粉機を作成!むしろ忍びが高スペック


あとノクタの江戸の人が更新されてて九子ちゃんがこの雇われ忍びにスケベな目に合わされてたりするけど

これは二次創作薄い本展開であって本編で起こったとかそういうアレじゃないです。別の世界線です

※当然ながら作者は別人です

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