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36話『心中物の話/怪奇! 人魂を食らう天狗の話』



 紙屋の靂は二人の子供と女房がありながら、深川の遊女にして幼馴染お遊の馴染み客になっていた。

 お遊と靂の仲はもう誰にも止められぬほど深いものになっており、見かねた店の者が二人の仲を裂こうとあれこれ画策する。

 離れ離れになるのを悲しむお遊と靂は二度と会えなくなるようならその時は共に死のうと心中の誓いを交わした。


 ある日お遊は侍の客と部屋にいた。話をしようにも物騒な事ばかりを口にするお遊を怪しみ、侍はお遊に訳を尋ねる。

 お遊はその侍に、


「幼馴染の靂と心中する約束をしているんだけどそれじゃあネズちゃんに悪いからなー。だからあたしの元に通い続けて靂を諦めさせて欲しいんだー」


 と頼む。

 開け放しておいた窓を閉めようとお遊が立った時、突如格子の隙間から脇差が差し込まれた。それはお遊と心中する為に脇差を携え、店の人々の監視を掻い潜りながらこっそり色街に来た靂だった。

 窓明かりからお遊を認めた靂は窓の側で話の一部始終を立ち聞きしていたのだ。


「お、お遊から離れろ! 僕は彼女と死ぬんだ!」

「立ち聞きとは無礼千万以上に、情けないことを。その性根を叩き直してやる」


 侍は靂の無礼を戒める為に靂の手首を格子に括り付けてしまう。

 すると間が悪いことに靂の恋敵である助屋の九郎が部屋に来て、靂とお遊を争う九郎は靂の不様な姿を嘲笑した。


「はっはっは。だらしないのう。そこで縛られたまま、己れがお遊とイチャコラするのを眺めているがよい」


 すると靂を格子に括った侍が今度は間に入って靂を庇い、九郎を追い払った。実は武士の客だと思ったのは剣術道場の師である録山晃之介だったのだ。


「九郎! お前も嫁が何人も居る身でありながら色街に通って……!」

「いやその現実設定を今出すなよ……」


 晃之介は商売にまで支障を来たすほどお遊に入れ揚げている靂に堪忍袋の緒が切れ、郭通いをやめさせようと会いに来たのだった。話を知った靂はきっぱりお遊と別れる事を決めてお遊から起請を取り戻した。


「わかった……心中の約束は取り消そう。お遊……」

「あはは。ネズちゃんと仲良くなー」


 その中には靂の妻・小唄の手紙も入っており、真相を悟った晃之介は密かにお遊の義理堅さを有難く思うのだった。


 それから10日後、きびきびと働く小唄を他所に靂はどうにも仕事に精が出ず、炬燵に寝転がってばかりいた。

 その時晃之介がお遊の身請けの噂を聞いて靂に尋問しに紙屋へやって来た。ここ10日靂は何処にも行っていない、身請けしたのは恋敵の九郎だという靂と小唄の言葉を信じ、晃之介は念の為と熊野権現の烏が刷り込まれた起請文を靂に書かせると安心して帰っていった。


 しかし晃之介が帰った後、靂は炬燵に潜って泣き伏してしまう。心の奥ではまだお遊を思い切れずにいたのだ。そんな夫の不甲斐無さを悲しむ小唄だが、「もし他の客に落籍されるような事があればきっぱり己の命を絶つ」というお遊の言葉を靂から聞いた小唄は彼女との義理を考えて九郎に先んじた身請けを靂に勧める。


「やっぱり私達でお遊ちゃんを身請けしよう。そうしないとお前まで死んでしまいそうだ」

「いいのかい? 小唄……」

「良いも悪いも、お前を助けるためだ」

「でもお金が……」

「私が用意する!」


 商売用の銀四百匁と子供や自分のありったけの着物を質に入れ、お遊の支度金を準備しようとする小唄。

 しかし運悪く小唄の父・甚八丸が店に来てしまう。

 日頃から靂の責任感の無さを知っていた甚八丸は直筆の起請があっても靂を疑い、小唄を心配して紙屋に来たのだ。


「バァァァァキャロウ!! 遊女を身請けするのに商売道具まで売り払う夫が居てたまるかああああ!! 断じて許さんクソガキが!! 小唄と孫は実家に連れて帰る!!」

「ああっ靂……!」

「小唄……」


 当然父として憤った甚八丸は無理やり嫌がる小唄を引っ張って連れ帰り、親の権利で靂と離縁させた。

 靂の折角の犠牲も全て御陀仏になってしまったのだった。


 望みを失った靂は虚ろな心のままに深川へ赴く。お遊に会いに来たのだ。


「靂ー、どうしたー? もう会わないって約束しなかったかー?」

「うん……でももういいんだ。疲れた……小唄も子供も居なくなってしまった」

「そっかー……じゃあ、代わりにあたしが一緒に往ってあげるよー」


 もう何にも縛られぬ世界へ二人で行こうと靂は再びお遊と心中する事を約束した。


 お遊と予め示し合わせておいた靂は、富岡八幡宮から多くの橋を渡って熊井町の正源寺に向かう。

 そして夜明け頃、二人は俗世との縁を絶つ為に髪を切った後、靂はお遊の喉首を刺し、自らも喉を突いて死んだ。父親の元を抜け出して二人が行きそうなところへ駆けつけた小唄は心中した二人を見て、首を吊り後を追った……



 ──完──




 *******




「……」

「あら? 九郎、何を読んでいるの?」


 屋敷にて微妙そうな顔をして紙束を眺めていた九郎に、豊房が彼の肩に顎を載せるようにして覗き込んできた。

 密着してきた少女へと九郎は紙束を突いて説明する。


「靂に頼んだ仕事のあらすじだ。歌舞伎芝居の書籍化だな。近松門左衛門の心中物で、元々の舞台が大阪かどこかで馴染みが無いというので手頃に江戸近辺にさせて人物名も適当に変えさせたのだが……」


 出版統制はされているが歌舞伎の書籍化は許可が降りることが多く、登場人物の名を変えたりした二次創作めいた作品も多く出されている時代であった。

 難しそうな顔をして眺める。


「何も実在の、自分の周りの人物名にせんでも良かったろうに……靂とお遊が心中するそれっぽい話になっておるぞ」

「あら、本当だわ。九郎は結婚してるのに女遊びをしている駄目な恋敵ね。しかもお遊を狙っている」

「風評被害だ。晃之介は普通に晃之介っぽい役割なのに……」


 自分が完全に嫌な奴であったことに九郎は眉を顰めた。そんな彼の様子に、豊房は僅かに笑いをこぼす。


「まあいいんじゃない? 駄目って言ったら作中の靂が一番駄目だわ。しかも何か現実っぽい駄目さだわ」

「天然で書いているのか知らんが、同居している幼馴染と子供作ったり遊郭に入れたりして案外酷い設定ではあるな」


 下手な関係だとドン引きされるかもしれないが、そこは彼の問題である。案外彼の女性関係からすれば、周りの娘が引くぐらいで丁度いいかもしれないと九郎は思った。

 実際読んでいて九郎も情景をイメージはしやすかった。特に小唄。ダメ男に貢ごうとして親に叱られるのはかなりありえる。

 九郎とくっついて隣に座り、流し読みをしていた豊房が気づいたかのように言う。


「あら? そういえば茨が居ないわね。幼馴染三人娘の中で」

「ああ……『茨はそういうドロドロした世界に居る子じゃないんです。純粋で優しい子なんです』だと」

「それはそれで女の子に夢見すぎよ」

「酷いのう……しかし小唄まで死んで誰も幸せになっておらぬ……」

「そういうのがウケるのよ。……でもまあ」


 豊房が原稿の最終頁を取って、文机に載せた。

 自分の筆を取り出し、靂の書いた最後のあたりを線で消してサラサラと書き換えていく。


「心中って公方様とかお奉行様とかが今は厳しく取り締まっているのよね。この歌舞伎も一昔前だから良かったけど今じゃ江戸でも上演できないわ。同じく、出版物も心中モノは駄目なの。だから適当に最後を改変しておきましょう」

「ふむ……」


 豊房が書き足す話に目をやる。



 *******




 靂とお遊の二人が思い詰めて正源寺へたどり着いた際に、ふと気配に気づいて顔を向けると寺の墓地に食人鬼が出現していた。

 体型は人に似ているのだが頭から腹まで縦に裂けた巨大な口には、血のこびりついた犬歯が並んでいる。手足には人を捉える鉤爪が付いていて、目が外側に長く飛び出ている。

 仏教における悪鬼の一種毘舎遮(ピシャーチャ)だ。いまいち姿が想像できない時は妖怪画図を購入して確認しよう。


「危ない靂ー!」

「なっ!? お遊!?」


 呆然と食人鬼を見ていた靂を突き飛ばしたお遊は、振り袖の一部を鉤爪で引っ掛けられてあっという間に引き寄せられ、肩から腰までをその食人鬼の凶悪に開かれた大口で噛まれ、足元には血溜まりができた。


「お遊!!」

「靂……お嫁さんは大事になー……戻って謝れよー……」


 血まみれで涙を流しながらそう告げて、次の瞬間にはお遊は食人鬼に全身を飲み込まればりばりと音を立て咀嚼された。

 靂は持っていた短刀を構えて声もなく叫んで接近した。

 頭の中は真っ白だったのだが以前に道場で鍛えていた通りに、短刀を食人鬼の頭に刺してからその柄に蹴りを入れて深々と突き刺すという行動を流れるように行い、怪物を絶命させる。

 嗚咽をこぼしながら大きな口をこじ開けて中を見るが、吐き気を覚えるような原型をとどめていない赤黒い固まりしか無かった。ただ、いつか送った簪が残されていた。

 このまま自分も死のうか、と思ったときに靂は深川中で悲鳴が上がっていることに気づく。江戸の町を見やると火の手もあちこちに上がっているようだ。食人鬼が大量に発生して江戸は大混乱に陥っている。

 靂はお遊の後を追う前に……義理堅かった彼女が最後に残した言葉。

 小唄の元へ戻り、謝らねばならない。そしてこの混乱の中で、彼女の元に食人鬼が現れていないか心配でもあった。

 靂は一度だけお遊だった肉塊へと振り向き、涙を拭って食人鬼が跋扈する町へと戻るのであった。小唄の元へ行くために……



 ──続く──




 *********




「別の物語始まってるぞ!?」

「これで違和感無く妖怪モノに展開を変えられるってわけよ。宣伝も入れておいたし」

「違和感無いかなあ……」


 豊房が毘舎遮のグロテクスな絵もサラサラと描いて付け加えている。

 あっという間に心中話がモンスターパニックに変化した。両方の客層を取り込もうとする算段かもしれないが、心中恋愛が好きな層はこの引きで購読を止め、妖怪話が好きな層はまず本を手に取らないのではないか。そんな気もする。

 

「それにしてもお遊は結局死ぬのか……」

「まあいいじゃない。近松門左衛門が残した言葉にこういうのがあるわ。『物語の中でぐらい不幸にさせよう』」

「物語の中でぐらい幸せにさせろよ!?」


 豊房は怪物を書き終えてから筆を置いて、九郎の方を向いた。僅かに皮肉を含んだような笑みを浮かべて説明を加える。


「不幸な物語を人が読むのには色々と理由があるわ。こういう結末にならないように日頃から正しい生き方をしようとか、物語の人物は可哀想だけどそれに比べれば自分は恵まれているとか、そういった理由ね。

 だから本来心中物も、こうしてお互いに死ぬしか無いような状況になるのではなく真っ当に付き合えるようにしようって意味では人に伝える目的のある物語だと思わない?」

「そう云うものかのう」

「地獄絵や死体絵なんかも同じようなものね。怖がらせることで戒めにするのよ」


 などと話をしていると、襖が開いて小さな気配と共に足音が近づいてきた。

 朗々と、それでいて少女らしい僅かに舌っ足らずな声が響く。


「九郎くん、世間で面白いものが……と、おや? 心中物の話をしていたのかね?」

「石燕」


 中に入ってきた幼女石燕は、広げている原稿と『心中天網島』の題字で話題を把握して語りながら九郎に近づいてきた。


「そう、心中物も戒めより何より売れる名作にしなければならないからね。感動させる為に物語の中で心中話はどんどん美化されていったのだね」

 

 ぺたぺたと歩いて九郎の前に回ってあぐらを掻いている彼の前に座って体重を預けた。

 猫のようだ。九郎はなんとなく腹を撫でてやると石燕はくすぐったそうに身をよじった。


「おほん! それで、当初はその近松門左衛門の作品[心中天網島]のように無様を晒して死ぬだけだったのだが、そのうち演出過剰になっていってね」

「どんな風に?」

「例えば死んだ瞬間に仏様がやってきて極楽に連れて行ってくれるとか、生まれ変わりを信じて心安らかに死ぬ二人は幸せそうだったとか、二人が死んだことで関係者全てが深く反省をして手厚く供養されたとか……」

「それじゃあ教訓にならないわね。むしろ憧れて心中する人が出ちゃうわ」

「ふふふ、似たような事例として欧州では、銃で頭を撃ち抜く自殺に至るまでを書いた名作小説が大流行してね。若者が憧れて次々に銃で自殺を試みて社会問題になったという!」

「ふうん、そうなの。奥州(・・)って大変なのね。寒いからかしら」


 微妙に奥州で自殺率が高いと勘違いする豊房であった。石燕が言っているのはゲーテの書いた『若きウェルテルの悩み』によって起きた騒動なので、以前に彼女が未来視で見た50年程先の未来の話でもあるのだが。

 

「江戸幕府では心中を取り締まっており、死んだ場合は死体を晒し者にして埋葬も禁止される。片方が生き残れば死罪として鈴ヶ森に首を置かれ、二人して心中未遂で生き延びれば身分剥奪だよ。中々面倒だよね」

「心中する前の手順も面倒なのよね。お互いに死ぬのを誓う血判書を書いたり、指を切ったり、入れ墨をいれたりするの。指切りげんまんってのはそこから来てるのね」

「吉原の遊女などは何人も申し込んでくるもので、騙して送る用に山田浅右衛門から死体の指を酒に漬けて購入していたりするのだ」

「……なんというか、お主ら詳しいな」


 次々に語られる江戸の心中知識に、九郎が微妙な気分になりながら問いかけた。

 無言。

 が、彼女らからは返ってきて、何故か九郎の顔を二人してじーっと見てくる。

 嫌な汗を浮かべながら九郎は苦しげに顔を逸らした。


「な、なんだ?」

「ううん。別に何でもないの」

「ふふふ。何でも、ね」


 ずい、と近づいてくる二人に気圧されるように、九郎は座った姿勢を崩して仰向けに倒れ込んだ。

 それに左右から豊房と石燕が伸し掛かって来た。なんとも言えない圧迫感に、九郎はとりあえず対応策として両手を二人の背中に回して抱きかかえるようにした。


「よ、よし。大丈夫だ。心配するでない」

「良いかい房。細くて長い縛るあれな男性の言い訳その一。抱きしめて誤魔化そうとする」

「なるほど」

「お、己れはお主らのことを大事に思っておるからその」

「その二。好意を仄めかすけれど決して夫婦になろうとは言わない」

「へえ」

「い、いつかはちゃんと……」

「その三。やがてとか、いつかとか、そのうちとか、絶対とかよく使う」

「ふぅーん」

「こら! 石燕! 人の手口を明かすでない──じゃなくて、人聞きの悪いことを云うな!」


 苦しそうに九郎は云う。若い頃に責任を取らないため、色々と使った手法ではあったが。

 豊房は九郎の手を取り、爪のあたりを撫でながら思わせぶりに告げる。


「九郎だったら、わたしに心中しようかなんて思わせたりなんかしないわよね」

「あ、当たり前だろう。ちゃんとお主は、生きている間幸せに……己れが……ところで石燕!」


 九郎は目を泳がせた末に唐突に石燕の方を向いた。


「何か用があってやってきたのではなかったか?」

「露骨に話を逸らしたね!」

「……いっそ本当に起請文でも書いてもらおうかしら」

「豊房。そんなことをせずともお主が好きだから、そう心配するでない」

「……!?」


 暗黒の色を見せかけた豊房に不意打ちにで九郎が告げると彼女は僅かに硬直し、そして顔を赤くして熱を出したように九郎からやや離れて恥ずかしそうに顔を押さえた。

 なんというか、彼女からしてもそうハッキリと言われるのは初めてであったのだ。


(違う違うのいや九郎もなんとなくわたしの事好きでいてくれるのは知ってたけどそれは娘とか妹とかそんな感じだから敢えて言葉に出していなかったんだけどこうして普通に好きって言われるとううう、わた、わたしも好きって伝えたかしらどうだったかしらなんか一方的に押しかけ求婚しただけでちゃんと伝わってないかもしれないのだけれどもおおおおお)


 思考がまとまらずに固まる豊房である。彼女はしれっとした顔で攻めてくるのだが、反撃に非常に弱い。

 九郎は「やってやったぜ」とばかりに汗を拭うのを半眼で石燕が見ている。危うく文書に残されそうになったところを、口頭のみの甘い言葉で懐柔したヒモを見る目だ。まあ、そのままであるが。

 拗ねたように口を尖らせてぶつぶつと石燕は云う。


「我が妹分ながら単純な……九郎くんのような人種が云う『好き』とかまったく信頼できないというのに」

「お主は擦れ過ぎだ」

「『石燕。好きだ。だから金を貸してくれ』と何度云われたことか!」

「云っておらぬから」

「本当に?」

「……何度も、と言われるほどの回数は云っていないと思うのだが……」


 急に自信を失ったように九郎は考え込んだ。非常に気まずそうな顔になる。記憶に残るそんなセリフ、あれは果たして石燕だっただろうか。若い頃に付き合いのあった誰かだっただろうか。

 ふと九郎の記憶の片隅にあった、この前蘇った古い友人とのやり取りが彼の脳裏に浮かんだ。

 異世界に居た三十代半ば頃、


『しまった……家賃の支払いが今日までなのに財布を落とした……アパートを追い出される……』

『……はい、これ』

『クルアハ? 金を貸してくれるのか……ありがとう! 愛してる!』

『……?』


 きょとんと首を傾げる告死妖精。感情の薄い相手だからこそ冗談めかして云ったのだが、九郎はありがたく5万ほど借りた。

 その後、貸してくれたクルアハに返さないままだったことを今更思い出して頭を抱えた。


(己れはあんな、純な妖精からすら軽薄な言葉で金を借りパク……!)


 罪悪感に悶える九郎に、石燕が冷たく告げる。


「まあちなみに私には一度も云っていないがね。似たような言い訳でお金を借りていったことはあるが」

「引っ掛けか!」

「心当たりがありそうになる時点でどうかと思うよ。元大人として云うが、ちゃんと言葉の責任は取りたまえよ」

「むう……わかっておる」


 近頃は九郎もちゃんと責任を取る覚悟が、油粘土程度には固まってきているのだが。


「それはともかく。石燕。何かあってここに来たのだろう?」

「そうだった。『人魂(ひとだま)』が現れて見世物になっているらしくてね」

「人魂? あの……人の魂のか?」

「そうだとも。とはいえ、もう死んだ人魂らしいが」

「人魂にも生き死にがあるのか?」

「空中に浮いていなくて地面に落ちたのは死んでいる人魂だよ。一説には体の持ち主が供養されなかった為に、魂も成仏できずに留まってしまったと言われているが……」

「それが見世物か。死んでも浮かばれんのう」

「まさに浮かんでいないのだからね。まあ、とにかく見に行こう。ほら房も、いつまでもいい気分になってないで。縁起の悪い腐れかけの人魂でも拝みに行こう」

「凄い気分を壊す誘い文句だな」


 そんな縁起の悪そうなものを見世物にしている江戸もどうかと思うが、九郎と妖怪絵師の二人は屋敷を出て見世物を見に行くのであった。

 



 ********





 両国橋付近の川沿いにある小さな見世物小屋にてそれは晒されているようだった。

 噂が既に広まっているようで行列ができている。小屋に貼られた紙には、人魂の来歴を恐らく勝手に書いている。


『島流しになった天一坊事件の一味・常楽院天忠が移送中に船から飛び降り逃亡を図ったが縛られたまま溺死した。その魂、人面となりて江戸に流れ着く』


 その隣に『なお逃亡されたことを幕府は隠蔽している。これは幕府の陰謀である』と書かれていたが墨で縦線を引かれて消されていた。さすがに幕府批判はまずいと誰かが判断したのだろう。幕府を揺るがしかけた天一坊事件の関係者の魂というだけでグレーゾーンだが、それ故に客入りも多いようだ。

 

「天忠か……天一坊の近くにおった、大柄な山伏だったかのう」

「そういえば九郎は事件に関わっているのよね。九郎への恨みが篭ってないかしら」

「その時は焼いて供養してやろう」


 しかしながら、見世物小屋の出口から出てくる人の顔は真っ青で、怖い怖いと口々に云って離れていっている様子だった。

 余程のものがあるのだろうか。石燕と豊房はわくわくと目を輝かせている。


「房! 筆と紙は持ってきたね!」

「勿論よ。それより先生。先生、小さくて見えにくいだろうから九郎に肩車して貰ったら?」

「それはいい考えだ! 九郎くん、持ち上げてくれたまえ」

「あいよ」


 両手を上にばんざいと上げる石燕の腰を持って九郎は肩車してやった。

 そして豊房と並んで順番を待っていると、ふと気づく。

 何気ない調子で彼は特に意識せず、口にした。


「親子連れみたいだのう、己れら」

「~~!?」


 冷静さを取り戻していた豊房の顔に赤さが戻る。石燕は九郎の頭上から冷めた声で、


「私ぐらいの子供が居たら房はいくつで孕んだというのかね。犯罪だよ犯罪」

「うむ。そうだのう。精々が兄妹だろうな」

「おにーちゃんお菓子食べたーい」

「はっはっは。良いぞ良いぞ」

「おにーちゃん私無職で実家寄生するから養ってー」

「働け」


 などと軽口を言い合っているのだが、豊房の熱がある耳には入っていないようだ。

 彼女は何度か口を開閉し、やがてもじもじとしたが意を決して、九郎の手を握った。

 

「その……いつかきっと、本当にそうなるわよ」

「ああっ! 九郎くんの口から人魂が出かけている! そんなになるなら話題を振らなければいいのに!」


 そんなことをしながら、見世物小屋に入るとすぐに甘い空気は消え去った。

 具体的に云うと小屋の中が生臭い。磯臭い。冷え臭い。そのような三種類の臭さが、濃厚ではないが薄っすらと気分を害する程度に漂っていた。

 中は薄暗く、正面に暗幕があってあちこちには行灯の明かりが灯っていた。魚臭くむっとするのは、その鰯油の行灯による煙と熱もあるのだろう。

 九郎達は正面にある暗幕の前に立ち止まり、目を凝らして正面を見ていた。


(まさか適当に行灯の明かりを使って光る人魂を出したりはせんだろうな)


 果たして、オカルトな現象の見世物とはどういうものかと九郎が考えていると、興行主の聞き取りづらくおどろおどろしい口上が上がる。恨みだとかつらみだとかそういうのが篭った人魂なのだという。

 暫く待っていると、暗幕が落とされて目の前にある白くて一抱えほどの物体が、行灯に照らされて見えた。

 息を呑む音。悲鳴と腰を抜かしたようで倒れる見物客。豊房は手早く紙を取り出してさらさらとその全体を模写しているが、九郎もひと目見て顔をしかめるような気色の悪い物体であった。

 表現するならば、限界まで肥満にさせた坊主の生首を餅になる呪いで変えたものだろうか。弛んだ頬、肥大した鼻。だらしなく開いて口角も垂れ下がってる口。まぶたが潰れている虚ろな目。人間の顔にそっくりだ。どてりと潰れるように台に置かれていた。

 色は全体的に白っぽいが、僅かに赤みがかったところと、影になっている部分は青白く見える。気味の悪い臭いが僅かにして、冬だというのに蝿が何匹か周囲を飛んでいた。

 

「人魂というか……生首にしては変な形をしているが、あれが人魂か?」


 九郎がぱっと想像するのは、墓場などに浮いている火の玉に似た形をした鬼火や狐火と呼ばれるそれである。

 それ以外と云うと球形に光の尾を引いているゲゲゲの鬼太郎に出てくるみたいなものであった。

 血色の良い腐りかけの生首と云う他はない物体に、嫌悪感すら覚える。

 集中している豊房に変わって石燕が解説をした。


「ふむ。まあ、あれは落ちた人魂だからね。人面付きというのは珍しいかもしれないが、理屈で考えればあり得ないことではない」

「人魂とは落ちるものなのか?」

「正徳二年に出版された[和漢三才図会]には人魂についてこう記述されている。


『頭は丸く平たく、尾は杓子に似て長く、色は青白でかすかに赤みを帯びている。地上三、四丈ばかりを静かに飛び、遠近定まらず、落ちると壊れて光を失う。煮ただれした麩餅のようで、落ちた場所には小さな黒い虫が数多くいる』

 

 尾は魂と体の繋がりと考えれば無くなっていてもおかしくはないとして、後は大体合っているだろう。如何にも煮ただれした麩餅のようではないか」

「人魂って落ちたら腐ったモチみたいになって虫がたかるものなのか!?」

「いっそ、人は死ぬと口からモチが飛び出す暗喩ではないかと疑いたくなるね。九郎くん、私の死に様はどうだった?」

「普通に詰まっておったよモチが喉に!」


 色々とツッコミを入れつつ、不気味な顔をした人魂を見る。

 あんなぶよぶよになっている坊主頭が落ちる前は光って浮いて尾を引いていたかと思うと、悪夢のような妖怪だ。

 

「──?」


 と、九郎は目を凝らして、その人魂に付いている一部分に注目した。

 てっきり薄暗い中では、伸びた耳か何かかと思っていたのだが……それに気づくと、九郎の記憶にその人魂と一致する存在が浮かび上がってきた。


「おい、随分昔に見たっきりで、生で見るのは初めてだがあれは──」


 と、声を出すと同時に、外からがやがやと声がして見世物小屋の小屋が大きく開け放たれ、中に複数人の男が押し入ってきた。


「御用だ御用だ! 人の死体なんぞ見世物にして金を取ってやがる、悪徳香具師はどこだ!」

「ご無礼」


 言いながら入ってきたのは黒袴に巻羽織と身なりの良い格好で二本差しをした侍二人と、その小者が数名。小銀杏に結い上げた町人と武士の中間のような髷とその格好で身分はすぐに分かる。

 町方の同心だ。入ってきた二人と、九郎は面識があった。[青田刈り]の菅山利悟に、[美食同心]歌川夢之信である。


「あ。お主ら」

「あ゛~~!! また九郎が幼女を肩車してる!! 幼女の股間を首に擦りつけてる! ずるい!!」


 九郎はひとまず石燕を肩車から降ろすと、包帯を巻きつけている利悟の胸元へ容赦なく手刀を落とした。

 言語化不可能な悲鳴を上げて激痛に悶え転げ回る利悟。彼はつい先日、勘違いから九郎と喧嘩になり鎖骨をへし折られたばかりであった。なおその際に九郎も肋骨が折れたのだが回復力が魔法で高まっている九郎はその程度の怪我ならば、まだ僅かに痛むが殆ど治っている。

 踏み込んできた同心と騒動に、見物していた客は九郎達三人を残して慌てて外に出る。夢之信配下であるらしい小者らはどうしたものかと九郎を遠巻きに取り囲んでいた。

 夢之信は、九郎もそう会話をしたことがある相手というわけではない。単に彼は変わった料理好きで、萬屋万八楼という料理バトルを度々開いているところで審査員などをしているので、それに参加した九郎と顔を合わせたことがある程度だ。

 また、時々だが蕎麦屋[緑のむじな亭]にも立ち寄ることがあるらしい。中々手に入らない素材を使った創作料理などのときに聞きつけてやってくるとか。

 美食同心は晒し者になっている人魂を興味深そうに見ている。


「あれですか」

「スゥーッ、ハァーッ……と、とにかく仕事だ! 興行主! 顔を出せ!」


 涙目で呼吸を無理やり整えて立ち上がった利悟は仕事を再開したようだ。

 

「どうやら、人魂で商売していたのが死体を見世物にしていたということで通報されたようだな」

「ふむ……基本的に、江戸では死体で商売していいのは山田浅右衛門ぐらいだからね」

「でも人魂って体から抜けてるのよね。死体と言ってもいいのかしら」


 同心の呼びかけに、顔を曇らせながら奥から興行主がやってきた。苦虫を噛み潰したかのような顔をしながらも、顔色は青く敗色濃厚といった雰囲気である。

 彼は揉み手をしながら同心に告げる。


「へえ、お役人さま。あたしらはこの哀れな人魂を供養するための金を稼ごうとこうして町人の皆々様からおぜぜを集めさせているので、決して仏様を辱めようなどとは……」

「ええーい黙れ黙れ。いたずらに町人を恐怖に陥れ、あたかも幕府こうぎのお裁きに罪人が恨みを持っているかのように煽り立て、こうして妖かしの類を見世物にしているとは怪しからぬとお奉行様の仰せだ! っていうか本当に怖いなあれ!」

 

 利悟が言いながら人魂に目を向けてすぐに逸らした。余程不気味なのだろう。

 興行主は冷や汗を掻きながら言い募る。


「ま、待ってください! あの人魂は……実は単なる珍しい魚なのです! 尾びれも付いておりますし! 魚を見世物にしてはならぬということは無いはず!」

「魚だぁ? あのような、醜悪な面の魚が居るものか! 居たとしても絶対怨霊の篭った人面魚だろう! なあ九郎」


 利悟が九郎に振ってきた。同時に、興行主からも熱い視線が九郎に注がれる。

 よくよく見ればいつか見たことのある見世物小屋の主であった。確か、ずっと前に石燕へ送った鮫皮の財布をくれた相手である。

 どうにかして欲しいという願いが伝わり、九郎は頭を掻きながら頷いた。


「うむ。利悟よ。あれは魚なのだ」

「は?」

「ぶろぶふぃっしゅ……ええと、日本名はなんだったかのう。入道(にゅうどう)(かじか)というやつでな。ずっと海の深いところに生きておるから滅多に見れぬが」


 九郎も現代日本に居た頃にニュースでちらりと見たことがある程度だが、世界一醜い動物に認定されて実際に見た目のインパクトもあったので記憶に残っていたのだろう。

 ブロブフィッシュ。ウラナイカジカ科の深海魚であり、全身がゼラチン状の物質でできている。深海の高水圧下ではゼラチンも引き締まってまともな魚に見えるのだが、陸に上げると一気に弛んで不気味な姿へと変貌する。

 主な生息地はオーストラリア付近だと言われているが、日本近海でも網に引っかかっている事例もあった。深海魚は謎が多いのだ。

 この個体も何らかの原因で海面近くまで打ち上がっていたのを漁師が取ってきたのだろう。


「ま、まっさかー。あんな爛れたおっさんみたいなのがまともな生き物なわけないじゃないか」

「そうよ九郎。絶対これは前世にやらかした系よ。息をするのも面倒臭いとか文句を言ってたら暗殺拳で殺されたみたいな」

「何だその具体的な例は……ほら、お主らも横に回って見てみよ。胸鰭と尾鰭があるだろう」


 客を進ませないための柵を乗り越え、人魂に近づくと不気味さはより増したが九郎が示した場所には、耳のような胸鰭と後ろにぼてりとしただらしない尾鰭があった。

 とはいえこれだけ見ても、人魂から人面魚にクラスチェンジしたような感じにしか思えない。

 まじまじと見ていた夢之信が顔を上げ、鋭い目を九郎に向けて疑問の声を放った。


「で、味は」

「たっ食べる気か!? 歌川!?」

「味はどうなんだ?」


 ドン引きしている利悟だが、気にせずに夢之信は聞く。

 

「己れも食ったことなど無いが……一応それなりに旨いとは聞いた覚えがある」

「なあ止めとけよ。あんなもの食べたら、来世はあれになるぞ?」


 ぱちんと指を鳴らしてから夢之信は人差し指の先を利悟の鼻先に突きつけ、言葉を止めさせる。


「一つ教えておいてやろう菅山同心。醜い魚は旨いことが多い」

「し、しかしだなあ、証拠品を……」

「じゃあこうしよう。美味しければ無罪。まずければ死刑」

「ヒィーッッ!?」


 いきなりの──なんの裁判権もない──宣告に、興行主は震え上がる。

 そして彼は真剣な顔で九郎の手を取って、


「ど、どうにかあの人魂魚を、美味しく調理してあのお役人さんに食べさせてください!」

「いや己れも食ったこと無いんだって」

「お願いします! あたしには病で苦しむ妹が……!」

「居ないだろうが適当に抜かすな。はあ……で、あの魚、まだ腐ってはおらぬよな?」


 蝿が飛んでいるが、蝿は新鮮だろうが腐っていようがたかるものなので目安にはならない。


「今朝までは氷のように冷たい水桶に漬けておりましたし、この寒さですから一日程度では腐らないと思いますが……」

「ううむ、しかしどう調理したものか。石燕、良い案があるか?」

「ふふん。私に任せておきたまえ」


 幼女は力強く、ぽふりと胸を叩いて張り切った。久しぶりに九郎から頼られて嬉しいのだろう。

 



 *******




 入道鰍の大部分はぷるぷるとしたゼラチンで構成されているので、熱を加えると溶けてしまう。

 なので鍋でまるっと煮ることを石燕は提案した。

 塩水で魚の体を丁寧に洗い、内臓を取り除く。包丁を使う仕事は石燕には危ないので九郎と豊房が行った。


「切っている間中、この物悲しげな顔が気になるの」

「うむ……二つに割るか」

 

 落とした首を出刃包丁で目と目の間からすっぱりと切る。顔にもたっぷりと肉というかゼラチンがついているので鍋の具であった。

 取った内臓に毒がないか九郎が調べて、問題ないことを確認する。

 鰭を落としてぶつ切りにした肉を鍋に敷き詰めた。

 その周りに大根、根深葱、春菊、人参を入れて、味噌を酒で溶いたものを僅かに鍋底にたまる程度に注いで、火に掛ける。具材は夢之信の部下が買ってきて用意させたものだ。九郎が捌いている間に、鍋に程よい大きさに夢之信が包丁で切っていた。

 入れた水分は少ないが熱が加わるとあっという間に魚の身であるゼラチンが溶け出して水分となり、ふつふつと鍋は煮える。

 そこに切り身と内臓を追加しつつ、刻んだ生姜をたっぷりと入れた。臭み抜きのためではあるが、


「味噌鍋に生姜はべらぼうに合うよな……」

「九郎くん。お酒ちょっとだけ呑みたい」

「こうしてると美味しそうに見えてきたわね……」


 というわけで更に小者に追加で近所から酒を買ってこさせる九郎であった。

 暫く煮立てて、出来上がりだ。

 

「わぁー」


 石燕と豊房が目を輝かせて、もうもうと湯気を放つ大きな土鍋を見ている。

 味噌色に染まっている鍋は香ばしい味噌の香りに、僅かに甘い匂いもしていた。

 鍋を玉杓子でかき混ぜると、とろとろとした葛湯のような緩さで野菜などが煮込まれている。

 あんこうのゼラチン部分をかき集めて鍋にしたような雰囲気であった。


「ふふふ、名付けて人魂鍋! さあ何か悪いことをしている気になって食べようではないか!」

「ご無礼」


 真っ先に夢之信が玉杓子から自分の椀に注いだ。

 魚の身は殆ど溶けて見えづらいが、僅かに筋のような肉があったり、骨の隙間にゼラチンが付いていたりして残っている。

 彼に続いて九郎達三人も鍋から取り分ける。利悟と興行主は気味が悪そうにやや離れて見ていた。どう見てもゲテモノ食にしか思えないのである。彼らが四人を見る目は妖怪を見るそれだった。

 薄切りにされた大根を九郎が噛みしめる。ほろりと口の中で崩れて、染み込んだ鍋の汁がじゅわりと出てきた。


「旨っ……出汁も入れておらぬのだが、味噌にやたらとコクがあるぞ」

「ふむ……カニ鍋に味噌を入れたような風味だが、溶けた身の濃厚さがたまらないね……いや本当に鍋の汁だけでも飲めるよ」

「美味しいわ。だって美味しいもの。お酒お酒♪」


 大喜びして三人で鍋と酒を楽しみ始めた。石燕の酒は幼女に害が少ない程度に水で薄めている、気分だけ味わうものだが。

 グロテクスな外見からは想像できない変わった味であった。カニに似た甘みを感じる味をしている身が味噌を引き立て、生姜のアクセントも聞いていてどんどん体が温まる。

 恐らく作者が参考に作った、カニ鍋の素スープで小さいあんこうを煮てコラーゲン玉をぶち込んだ鍋よりは旨いはずだ。


 延々と四人で食べて締めに飯まで入れて雑炊にし、無駄なく溶けた入道鰍を食べきるのであった……





 *******




 

 見世物になっていた人魂は、成仏して消えていった。

 そういうことになり、報告に頭を抱えた利悟と共に夢之信は、満足そうに帰っていった。

 見世物は無くなったが奉行所に引っ張られることもなく、興行主は胸を撫で下ろして九郎達に礼を告げるのであった。


 さてはて解決したが、その後に奇妙な噂が流れた。

 恨みを持って人を怖がらせていた悪い人魂を、天狗がぱくりと食べてしまったという話である。

 噂好きの江戸庶民達、三日で千里を駆け抜けて──いつしか、人魂退治には天狗がご利益あると、元々はどうだったかも忘れられてもそういう話だけ残るようになったという。

 夫婦縁組に天狗。

 商売繁盛に天狗。

 幽霊退治に天狗。

 随分と江戸は、奇妙な迷信が増えてきている……


 当の本人はまったく噂を気にせずに過ごしているのだったが。


「やはり寒いと鍋が旨いのう。今日は烏骨鶏を貰ってきたぞ。今晩鍋にしよう」

「ふふふ、烏骨鶏は身の色があまり良くないから若干部屋を暗くして食べるのが趣があるのだよ」

「闇鍋でありますな! 各々材料を準備するであります!」

「薩摩ンつけあげを入れっとうまか」

「じゃあ、あたしは豆腐にお揚げさんでも買ってくるぜ」

「お酒のつまみにいいわね、それ。裏庭から椎茸を取ってくるわ」

「あたしゃ、野菜を準備しましょうかね。漢方も良い」

「うみゅ! 任せておけお主ら! 私がばっちりと材料を集めて来るのじゃよ! まずはジャムづくりからじゃな!」


 得意げに主張するスフィだけは皆から止められた。

 騒ぐ皆を横目に、豊房は隣へ座っている九郎へ微笑みかけて云う。


「こんな毎日が続けばいいわね、九郎」

「うむ、そうだのう」


 皆に見えないように、豊房は小指を九郎の小指に絡ませた。



 指切りげんまん、指切った。




おまけIF。多分夢です

九郎が皆に好きだと告げて見よう!(好感度一定以上キャラ


九郎「お八。好きだ」

お八「おう! ……うぇええ!? へ!? あう、ええええ!?」

大混乱


九郎「石燕、好きだ」

石燕「ふふふ、幾らだね?」

金を払う


九郎「将翁……いやまあ、なんというかお主も好きだからな」

将翁「くくく、布団の外で聞くと照れますね」

照れる


九郎「夕鶴。好きだ」

夕鶴「自分も九郎君のことは大大大好きでありますよ?」

九郎「……」

九郎が照れる


九郎「イモータルを好きになったのだがどうしよう」

イモ「結婚致しましょう」

即結婚


九郎「うううう、ヨグかぁ……」

ヨグ「しぶりすぎじゃない!?」

九郎「こんなのを好きになるとか己れの正気度チェッカーどこだよ」

ヨグ「嫌がりすぎじゃない!?」

いちゃつく


九郎「イツエさん、己れはお主が好きだったよ」

イト「あら、ありがとうクロちゃん。でも、私より貴方を想う人がおりますわ。きっと貴方を幸せにしてくれますもの。だからごめんなさい」

爽やかに振られる





九郎「スフィ」

スフ「うん?なんじゃ?」

九郎「寿司だ」

スフ「おお、これが噂の」

九郎「うむ。お主食べたがっておっただろう」

寿司(最悪)

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