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31話『とある山奥での宝探しの話』


 みだら(・・・)な宿にて、肌蹴た女を侍らせて男は脂ぎった肉をかじり、酒を煽った。

 その隣に座っている大柄な青年も、娼婦の指にもたせた果実を舐めとるようにして食べながら楽にしている。

 宿場街で一番高い宿でのことだった。並の役人では泊まれず、大名行列の殿様が利用する──それも、大大名ぐらいでなければ利用できないというど偉く高級なそこにて。

 金にものを云わせて宿場中から綺麗どころを寄せ集めた天狗は、女の胸を揉みしだきながら下品に笑っている。


「九郎さン!!」

 

 僕はそんな彼に大声で呼びかけた。

 もう2日もここに留まり、金にものを云わせて酒池肉林の饗宴を開いている姿は目に余る。

 江戸にいる彼の家族に見られでもしたら、なんと言われることだろうか。

 更にもう一人、武道の師匠である男はあからさまに阿片煙管を吹かしてとろけたように座敷で女の膝に寝ていた。


「せンせいもッ!! 何をやっとるんですか! 立山にはいかンのですか!!」

「おい、おい。そんなに興奮するな、こンな(・・・)よ」


 口の端から酒を滴らせながら九郎さンは云う。


「折角、そうじゃのう、折角こうして所帯じみた江戸から離れてるンじゃないの。ほれ、一人ばかり真面目腐って無いでこンなも遊んだらいいじゃないの」

「僕らは遊びの旅に出たわけじゃないでしょう!」

「くっそ真面目じゃのう、われ。よいか?」


 九郎さンが阿片臭い息を吹きかけながら告げてくる。


「江戸じゃあ七面倒なおンな共に見張られて羽根も伸ばせないのはこンなも同じじゃろ。違うか? え?」

「僕は真面目に暮らしとりますよ! 乱痴気なことなンてしようとも思いませン!」

「乱痴気ではない。これは精進落しじゃないの」

「旅に行く前に精進落としする人がどこにいますか!」


 説得をするが、怠惰と薬物に浸かった二人はびくとも動こうとしない。

 路銀をここで使い果たすつもりだろうか……明らかに不必要な、数百両も家から持ち出していた時点で怪しいと思っていたのだが。

 佐々成政の埋蔵金を探しに行くと理由づけてこの二人はとんでもないことを────





 ********





「捏造をするでない!」


 九郎は宿場でつらつらと恨みがましい顔をしながら書き物をしていた靂の頭を背後からハリセンで叩いた。

 何を書いているのかと聞いたら旅の記録だと返され、こっそりと覗き見たところ自分と晃之介が酷いことになっていたのである。


「こんな記録を人に読まれたら誤解されるだろうが! 大体なんで己れが小池一夫風ヤクザみたいな口調なのだ!」

「俺は変な薬やって朦朧としている……」

「い、いえですね? 豊房さんとかから報告書を頼まれてまして……」

「余計悪いわ! 確信犯か!」


 スパン、と再び叩くと靂はぐったりと座敷に横になったまま呻く。


「突然呼び出されて儲け話があるからと乗ったら、まさか毎日三十里(約120キロメートル)も走らされれば恨み言も書きたくなりますよ……!」

「いやまあ」

「善は急げというしな?」


 三人は既に加賀藩の宿場町に入っていっている。

 江戸を出発して中山道を進み、北国街道へと分岐して一旦加賀藩に入ってから回り込むようにして裏参道から立山へ向かう計画であった。そのルートならば、晃之介が一度温泉に立ち寄ったことがあるので土地勘があるという。

 当初はいっそ、九郎が飛んで二人を運ぼうかとも思ったが細身の靂はともかく、大柄な上に背中に重たい荷物を背負っている晃之介はとても持って飛べない。

 晃之介の技術で体重を感じさせなくする軽功の技があるが、これは瞬間的に重さを誤魔化す能力なので長時間の使用は不可能なのだった。

 なので素直に街道を進むことにしたのだが……


「先生は涼しい顔して延々と走り続けるし、九郎さんはしれっと低空飛行しているし! 僕ばっかりメッチャ必死で走ってたんですよ!?」

「なあに、全力疾走しても疲れない術符を付けてやったろう」

「云っときますけど疲れないんじゃなくて、疲れが深刻にならないだけで延々苦しいままなんですからねあれ!」


 九郎の快癒符による自動回復で疲労困憊して倒れること無く走って追いかける羽目になった靂であった。

 

「まあいいじゃないか。冬なんだから旅人も少なくて走りやすかっただろう」


 特にズルい術符など使わずに走破した晃之介は爽やかな笑みでそう告げた。

 九郎から見ても異常な体力であった。何度か休憩は挟んでいるが疲れた様子も見えない。それどころか、途中に出てきた山賊を返り討ちにして路銀を補充するという余力すら見せていた。

 一方で何の労力も掛けずにフワーっと浮いて移動していた九郎はうんうんと頷きながら同意した。


「中山道は川の渡しも少ないしのう。足止めを食らうことも無かった」

「ああ、それで何とか四日目にはここにたどり着いたしな」

「無茶な工程すぎる……」


 ちなみに中山道と北国街道は現代の上信越自動車道とそこまで離れていないので、そこを通ったことにして大雑把に現代で距離を出すと……

 中山道の出発地点である日本橋から立山町まで約420キロメートルほども離れていることになる。

 走り過ぎである。マラソンの語源になったマラトンの戦いで、アテネからスパルタまで走った伝令のペイディッピデスですら246キロメートルぐらいの距離であった。

 

(一応走りきる靂にも軽く引いたがのう)


 現代人の九郎はそんなことを思った。さりとて、江戸時代の人間というものは交通手段が無いものだから旅人となれば移動速度が早いものも珍しくない。それこそ飛脚は、宿場ごとに交代する場合もあるが一日に150キロメートル以上走ることもある。

 とはいえ今回の旅程だと、夜は野宿だがしっかり寝ていたので休憩時間を挟み一日に10時間走ったとして時速12キロほど。マラソンランナーの半分程度の速度だが、四日連続でそれだけ走らされれば靂も嫌になるのも当然だろう。


「とにかく。無事に上市かみいちに着いたんだ。ここで食料などを買い揃えたいところだが……」


 登り口は更に南西に行ったところにあるが、立山参道の入り口としてはそこそこの大きさの街である上市が使われているのでここに留まっているのだ。

 晃之介は座敷の窓に掛かった木戸を開けると、外の空気が灰色になっているかのように細かい雪の粒子が舞い散っており、誰も外を歩いていたなかった。


「……売ってるのか? 食料」

「俺が前に親父と立山に行ったときは、現地調達だったからなあ。熊とか羚羊かもしかとかを捕まえて」

「お主いつもそれだな!」

「羚羊の毛皮は防寒着にも良いんだぞ。見つけたら狩って置こう。靂にでも簡単に狩れるはずだ」

「そうなんですか?」

「羚羊はとにかく弓を向けても姿を見せあっても動じないというか動かないというか……通称、バカシシというぐらいでな」

「うっかり天然記念物にもなるはずだのう」


 とにかく、山の麓だというのに既に雪景色なのである。

 険しい山に踏み入れば更に酷い状況であることは火を見るより明らか──いや、雪を見るより明らかであった。

 しかしながら窓も開けているというのに室内は不思議な温かさに包まれている。


「九郎のそれはやたら便利だな……今までお前、江戸の暮らしでそんな便利なやつ使っていたのか。ずるいぞ」

「うちにも一枚欲しいぐらいです」


 羨ましげに、部屋の中央で僅かに赤い光を灯しながら室内を温めている炎熱符を二人は見た。 

 この冬場に旅で野宿ができたのも、周囲を問答無用で温めるというこの魔法の術符があればこそであった。

 特に江戸時代、18世紀からは小氷期のどん底にあり全体的に冬は現代より寒く、雪が多かったとされている。東京品川で積雪が一メートルを越えた記録もあった。

 更に日常でも隙間風が現代と比較にならない暮らしが普通なのであるが、そこを九郎という妖術使いは暮らしに便利な冷暖房完備生活を送っているのである。

 九郎は肩を竦めながら、


「便利な生活に慣れると無くなった時が辛いぞ。日々修行だと思って耐えるのだな」

「それはそうだがお前に言われると釈然としないな!」

「大体、晃之介はなんか体内の気を溜めて熱くなる変態技があっただろう」

「変態技とはなんだ! 大体、あれは結構疲れるんだぞ。俺はともかく子興殿が寒がっていてなあ。この前、湯たんぽを布で包んで腹に入れていて妊娠したのかと思ってびっくりしたら笑われた」

「さりげない惚気に入るな」


 靂も手を軽く挙げて自宅の寒さ対策を述べる。


「うちでは炬燵布団を出しているんですが、炭代が結構かかって……そもそも炬燵も一つしか無いし」


 当時の炬燵は現代のように広いテーブル式ではなく、大雑把に言えば小さな火鉢の周りに木組みを被せて、その木組みの上から布団を被せて抱え込むという一人用の形である。


「そこで茨が考えまして」

「ほう?」

「炬燵布団の中に火鉢じゃなくて茨が丸まって入ることで二人の体温でお互いに温まるという方法を取ったんです」

「ふむ……」

「そしたら隠れんぼと勘違いしたのか、お遊が突然包丁で炬燵布団を切り裂いてきて『中には誰が居るのかー?』って笑いながら……」

「狂気のバッドエンドに片足突っ込んでおるぞ!?」


 ハイライトの消えた目で笑いながら包丁を腹に刺してくるお遊の姿を幻視して、九郎は叫んだ。

 だが靂は気づいていないのか「危ないですよね」と真面目な顔で頷くばかりであった。


「勘違いに気づいたので今では三人で布団を被って温まってますが」

「よかった。微笑ましい図に戻ったぞ」

「……ちなみに小唄はどうした?」


 晃之介が新たに弟子になった少女のことを聞くと、靂は首を傾げた。


「その間に張り切って家事をしてくれてます」

「お主大分女に頼っておる生活だよな……」

「まったく九郎さんに言われたくないなそれ……洗濯とか寒いのに頑張ってくれてますよ、小唄」

「大丈夫か? その、盗難とか」

「僕の服なんか盗んでどうするって云うんですか」

「……」


 余談だが、時折ランダムで甚八丸により靂の褌に唐辛子塗りのやつが混ぜられるのだが。

 何故かピンポイントに小唄が引っかかって、口やらナニやらを唐辛子で腫らして父親に殴り込みを掛けているという。


「……とにかく。九郎の術は便利だが防寒装備はしっかりしていこう。というか九郎。山ではある程度調整して程々の寒さにしておいてくれ」

「む? 己れらだけ南国気分で探索してはいかんのか?」

「来る途中から思っていたが、そんな勢いで使うとお前の周りで雪が即溶けていくんだ。背丈ほども雪が積もる山の中にそれで入ってみろ。沈んだり崩れたりするぞ」

「むう……」

「だったらかんじき(・・・・)が要りますね」


 かんじきは雪に足が沈まないように木や藁などを編んで作った歩行具である。

 忍者の装着する水蜘蛛のようなものだ。山になれば足並みを揃える必要があり、そして不意の突風などで九郎が飛んでいかないように地に足を着いて歩く必要がある。

 

「だが山の中で自由に湯が沸かせられるとなると、食料も案外適当でも良いかもしれないな」

「干し飯に味噌ぐらいでいいか……一応多めに持っていこう」

「埋蔵金が何処にあって、どれぐらい探せば見つかるかはまだわからないですからね……」

 

 靂が地図を広げながら難しげに呻く。

 話の概要は既に彼にも伝えていて、地図にある一本の線を辿るのが今のところ唯一の手がかりなのである。

 わかりやすいように地図にはそれに上書きして、地形に詳しい阿部将翁が周辺の山を記している。


「七姫平から次の曲がり角が立山温泉だとして、鍬崎山を回り込むようにして南へ向かっている。とりあえずは立山温泉から進めばいいだろう。靂、地図の見方は大丈夫か?」

「はい。磁石を持ってきているのでそれを見ながら進みましょう」


 木片に磁石を埋め込んだ道具を取り出して見せた。これを水に浮かべれば印のついた木片は南を向く、原始的な方位磁針だ。


「そんなものあったのか?」

「千年以上昔の唐でも使われている道具ですよ。本にあったので再現しました。日本で使われないのが変なんです」


 十一世紀に羅針盤として西洋に伝わり大航海時代が始まったことで有名な磁石だが、中国では更に千年ばかりも昔から方角を示すものとして使われていた。

 ところがどういうわけか日本では殆ど使われていた記述が見られない。

 日本では長らく磁石というのは「よくわからないけど鉄とかくっつく変な石」でしか無かったようである。誰も学問として取り組もうとはしなかったので、靂が古い道具として再現したものすら晃之介は珍しそうにしげしげと見ていた。


「雪の中は方角を見失いやすいからな……ただでさえ知らない山の中だというのだから」

「目印が温泉という方向で探す予定だが、違ったら一旦考え直さねばならんだろうのう。雪で埋まってなければ良いのだが」

「あと、立山のあたりで出てくる妖怪の話も聞いておきました」


 情報担当な靂が眼鏡を正しながら続けて云う。


「河童やら山童やら、沢山の妖怪が居るみたいですがその中でも親分格なのが[薬師岳の白狸]というらしいので、将翁さんは狸と相性が悪く行きたがらないらしいですね」

「狸の妖怪か……本当に居るのか?」


 なお薬師岳からカベッケに掛けて居ると言われる白狸は、佐々成政の頃から昭和まで目撃談があるという。


「捕まえたら狸鍋にでもしてやろう」


 と、二人は笑いながら云うが靂はあくまで真面目に云う。


「この白狸はうちの爺さんが書いていた狐狸妖怪の記述にありました」

「天爵堂のやつ、儒者なのに結構妖怪とか真面目に考察する方だよな」

「ええ、趣味なんでしょう。で、それにあった中では『立山の連なりにいる白狸とは銀角なり』とありました」

「? 銀の角でも付いておるのか?」


 角のついた狸を想像してもイマイチしっくり来ないと思った九郎だが、否定される。


「いえ。西遊記に出てくる銀角大王のことです。名前を呼んで返事をしたら瓢箪に入れられることで有名な」

 

 いきなり隣の国の、モンキーマジックが大活躍な冒険譚に出てくるオーガクリーチャーの名を出されて九郎は首を傾げる。


「……なんで富山なんぞに銀角がおるのだ?」


 靂が眼鏡を正して立て板に水を流したように語りだす。


「はあ。そこを簡単に説明すると道教は仏教に様々な要素が取り込まれたり下位に置かれたりする文化的侵略を受けたわけですよね。そもそも西遊記という物語がまず過剰に道教内で強くて手がつけられないという設定にした斉天大聖を仏教に帰依させるための物語なわけですから。それで仏教に取り入れられたときに道教の仙丹、煉丹づくりの関係者などは仏教の薬師如来の弟子になったという話があるわけです。さすがに道教の主神格である太上老君は下におけなかったけれど、その部下である金角大王と銀角大王はそれぞれ薬を煮立てる銀炉と金炉の番人でしたので二人を取り入れることで道教の橋掛かりを作ったんですね。そう、薬師三尊で有名な脇侍がそれです。金角大王は日光菩薩に、銀角大王は月光菩薩になったと云う説があります。そして銀角大王でもう一つ有名なのは山を司る妖術でした。斉天大聖を山で押しつぶして封じようとしたんですね。だから日本の山岳で、薬師如来の信仰を集めている薬師岳の守護を銀角が行っていると恐らく爺さんは考察して……あっ!! 二人共寝てますね!?」

「長い」

「聞いた己れが悪かった」


 げんなりした様子で喋る二人に、靂は大きく溜息を付いた。


「……とにかく、そこの妖怪が銀角と言われるのはもう一つ。紅葫蘆べにひさごに似た妖術で人を取り殺すからです」

「紅葫蘆というと……あの呼びかけに返事をしたら吸い込まれる瓢箪か」

「ええ。なので、山の中に居て遠くから何か声や狸囃子が聞こえても返事をしたらいけませんよ。魂を抜かれてふらふらと迷い込んでしまうらしいので」

「確かに山ではそのような怪異の話はよく聞くな」


 晃之介が頷いて見せた。野外生活で旅をしていただけあって、憶えのある話のようだ。


「前に山中で寝泊まりしたときは夜中に遠くから『オーイ』と何度も呼びかけられてな。うちの親父が煩さに苛立って声の発生源に向けて矢を撃ちまくったことがある」

「どうなった?」

「翌朝、矢を回収に行ったら狸が串刺しになっていてな。あれだろう」

「ほう……」

「まあその狸の近くに、足を怪我した遭難者がギリギリ当たらなかった矢に気絶して倒れていたが」

「それ遭難者の呼びかけの方がメインだっただろ!?」


 決死の思いで呼びかけたら矢を射掛けられた遭難者に同情する九郎であった。

 実際、山中で怪しい行動を取ったら妖怪の類だとみなされる時代である。

 『遠野物語』でも山の中で着物の女を見つけたので、とりあえず妖怪だと判断して猟銃をぶっ放す話などがある。山はそれだけ異形の住処として見られていて、[里山]と区別されていたのだ。

 

「一人なら怪しいが、三人も居れば誰かが異常に気づくだろう。不審なときは殴ってでも目を覚まさせる方針で」

「わかった」

「ううう、解決法が暴力だよなあ」


 それにしても、と九郎は物静かな宿場街を見下ろしながら呟いた。


「江戸でも冬場は活気が無くなるが、ここはとみに静かだのう」

「余程の用事が無い限りは雪の日には出かけないのだろう。江戸はまだ行商が多いが」

「百年以上も前にこんな寂れた土地で、一族を再興させるだけの埋蔵金が捻出できたのだろうか」


 と、首を傾げる。

 一説によれば百万両の金を壺に入れて隠したという。

 この場合は、当時は江戸時代に流通した金貨ではないので重さの単位としての両だろう。一両は十匁であり、約37.5グラムに相当する。

 それの百万倍なので3750万グラム=37.5トンになる。大体74式戦車の重量と同じぐらいだ。

 靂は考える仕草を見せながら告げる。


「百万両というのはハッタリを効かせているだけかもしれませんが、当時は埋蔵金を作る方法があったんですよ」

「というと?」

「金山です。ここの近くにも金山があり、丁度埋蔵金伝説が生まれる十数年前に採掘が始まりました。また、立山連峰から飛騨、木曽などの山脈には隠し金山があると噂されています」

「ほう。金山から直接黄金という形で取り出したのであれば、金の含有量次第ではありえなくも無いのう。ちなみに近くの金山とは?」

「天正二年(1574年)に金山となったから、佐々成政がここを離れるまで10年の採掘期間があったと思われる場所ですね。今は減産して殆ど使われていないみたいですが……下田ゲッター金山と云います」

「ゲッター!?」

「ドワオドワオと落盤していく坑道の奥で坑夫が見たものとは……! いざ廃坑へ……!」

「目的が変わっておる!」


 絶対金以外の何かが取れるだろその鉱山……と思いながらもとりあえずの目的は埋蔵金である。

 下田鉱山が最盛期には下田近辺だけで千戸の家があったというから、その時ならばこのあたりも栄えていただろう。

 埋蔵金だけではなく木曽・飛騨・赤石山脈には金山の噂が昔からあり、山師が実際に掘ったり或いは詐欺に使ったりしていたという。

 ひとまず埋蔵金の出処が判明しただけでも信憑性が出てきた気がする。


「さてと。それでは明日の朝出発するとして、荷物を整えておくか。晃之介は防寒装備を編み笠や手ぬぐい、綿入れなどを買ってきてくれ。靂はかんじきと、はぐれぬようにほらお互いの体を結んでおく細長くて縛るアレなど」

「紐ですね」

「靂……己れが折角お主に気を使ってやっておるのに」

「僕が!? 僕が気を使われる側なんですか!? なんで!?」


 時折物語本を出すだけで定収入は無く、家事も買い物も同居の女に頼んでいる少年は存外だとばかりに聞き返した。

 

「己れは食料を買っておく。では各方、準備をしようかのう」

 



 ******




 食料は泊まっている宿に頼んで金を払い買い受けることにした。

 宿の主人へ素直にこれから立山に行こうと思うという事情を話すと、目を丸くした後気遣ったような表情で諭される。


「それは、そのう……この時期に山に行くのはお止しになったほうが」

「大丈夫だ。問題無い」

「立山の宿坊に住む修行僧や修験者の人たちでさえ、厳冬期には山を降りるのですよ?」


 当時の立山は岩峅寺と芦峅寺の衆徒が管理しており、五十戸を超える宿坊を立てて来訪した信仰者などを泊めたり案内していたのであったが、冬場は違う。

 完全に雪に閉ざされて、山に向かうことも修行することも困難になるので衆徒は山を降りて布教活動を行っていたという。

 

「冬の立山は地獄の鬼すら寒がりますぞ」

「そりゃあ腰巻き一枚ではなあ……とにかく大丈夫だ。うちの、ほらあの図体のでかい先生がおったであろう。変な箱担いだ。彼はさる高名な修験者でな。ギアナの高知で修行を積み、印度の山奥で悟りに目覚めるほど過酷な場所を点々としておる」

「なんと。近頃評判の魔境、あの土佐にあるぎあな(・・・)高知でですと?」

「うむ」


 迷いなく頷く。なんか評判になっていたが気にしない。四国の風評被害が飛び散っていそうだが、恐らく自分のせいではないだろう。

 衆徒が全国各地に広まりまた帰ってきたり、日本国内から信仰者がやってきたりするのでこういう場は噂話が集まり易いのである。


「そう云うことでしたら……」


 ということで納得した主人から味噌と米、それに塩漬けの大根菜や干した野菜などを分けて貰えた。

 靂と晃之介もそれぞれ道具を購入してきたようで、ひとまず明日の出発に向けて体を休めることにした。

 夜、横になっているとドワオとかズワオだとかそう云う山鳴りのようなが聞こえてくるのも富山ではよくあることだ。

 余談だが、下田ゲッター金山とは関係ないものの富山では恐竜の足跡などがよく見つかり、多数の恐竜が生息していたと見られている……



 江戸時代の小氷期は一説に、気候の影響から気温の低さよりも雪の多さが現代よりも激しかったという説がある。

 街に残る記録でさえそうなのだから、冬山はより酷く雪で覆われていた。

 

「むう……視界が悪すぎるが、脱いでも同じだのう」


 九郎は顔半分を覆う深編笠を被りながら首を動かして周囲を見回した。

 編笠の目元部分だけ編み目を荒くしており、その隙間から見える景色は灰色でぼた雪が風に吹き付けられており、全体的に灰色な山の景色は代わり映えしないように見える。

 先頭から晃之介、靂、九郎の順番で縦に並んで進んでいる。この雪が降る山中で、編笠まで被っているとなれば背の高い晃之介が目印に一番良い。

 全員、それなりのゆとりを持って縄を掴んでいる。それぞれの体には緋色の布を目印に巻いて雪の中でも視認性を良くしていた。

 

「晴れたとしても、この雪景色だ。直に見ていると目が潰れるぞ。どちらにせよ編笠は必要だ」


 先頭を行く晃之介の声がびゅうびゅうとした風と共に流れてくる。

 

「脱いだら脱いだで、びちゃびちゃ顔に水が掛かってきますし……」


 靂は眼鏡を正す仕草をしようとしたのか、編笠の目元に触れて濡れた感触に顔を顰めた。

 真ん中に居る靂に炎熱符を渡しており、三人の周囲の空気を温めている。炎熱符はやろうと思えば炎を飛ばせるように、札自体が燃えるのではなく、ある程度の距離の温度を操ることもできるのだ。

 その結果、マイナス10度以下で雪風が吹く山の中でありながら、彼ら三人の周囲だけは20度前後の気温を保っているのだ。

 するとどうなるかと云うと、水分を多く含んだ雪が吹き込んでくるとあっという間に溶け出して体に降りかかるという嫌な現象が起きているのである。

 かと言って冬山で水を浴びせかけられているのに、精々が秋口に雨の中歩いている程度の涼しさという奇妙な感覚であった。


「とにかく早く進むぞ。下手に立ち止まると足元から溶けていく」

「昔そんなゲームがあった気がするのう」

「中途半端に温かさを調整しても、吹き付ける風の影響で寒すぎることが判明しましたからね」


 そうして二人は立山の参道を、ひたすら突き進む。

 手には縄と、手頃な木を切って作った杖を持っていた。蓑笠がどんどん濡れて重たくなっていくのを感じる。

 雪道は辛うじて参道のところが窪んでいて、晃之介が見極めて迷わないように先へ行かねばならない。

 灰色の空と雪、それに落葉して骨のようになっている樹木が立ち並ぶばかりで、恐らく空に浮かんで見渡しても道は見えないだろうと九郎は思った。

 

(晃之介は迷いなく進んでおるがちゃんとわかっておるのだろうか)


 不安に思うが、山歩きに誰よりも慣れているのが彼な為に頼る他は無い。

 遭難した際は一応飛んで周囲を確認できるというのだけは命綱であるようにも思える。


 三刻も歩けば雪の重みで潰れそうというか、半ば埋まっているようにも見える建物が見えてきた。

 温泉近くの宿坊である。どうやら無事に立山温泉へとたどり着いたようだ。

 麓の宿屋が云っていたように、冬場は無人になっているようで人の居る温かさが無いまま廃村になったように宿坊がぽつぽつと存在していた。

 

「ここでひとまず昼飯にでもしよう」

「そうだのう。これから先、屋根があるとも限らん」


 適当な宿坊の一つを開け放ち、中に入る。

 寒々しく暗い雰囲気で囲炉裏があるだけの簡素な建物であるようだった。薪の数も少ない。

 当然のように晃之介が一通り室内を物色して、食料の備蓄などが無いことも確認した。

 晃之介は憮然と言い放つ。


「もし遭難者がたどり着いたらがっかりするだろうな」

「まあ……この冬場では食料の補給も大変だろうですから」


 靂もすっかり凍りついている水瓶を見ながらそう云った。 

 街から雪道を歩いて六時間だ。往復も考えるととてもではないが、ひと冬過ごすには厳しい環境である。


「とりあえず温まるか」


 九郎が靂に渡していた術符を使い、室内の温度を二十五度程度にする。

 ついでに湿気た薪を囲炉裏に放り込んで、火も付けた。

 ぱちぱちとすぐさま乾燥して火を燈す薪に、靂は一息ついて当たった。いくら周囲の温度を上げていても、濡れたまま進んでいては微妙に肌寒かったのだろう。

 宿坊には鍋があったのでそれを拝借して、溶かした水に味噌と乾燥野菜を入れて煮込む。 

 干し飯も入れて雑炊のようにし、椀に掬って適当に食べ始めた。

 

「……苦っ。うっ、やけにエグいぞ味が……」


 九郎が顔を顰めると、きょとんと汁を啜っている靂が見てきた。


「そうですか? 確かに苦いけど、わりと美味しいですよ」

「お主は微妙に味覚がなあ……音痴というわけではないのだが、許容範囲が広いというか」


 唐辛子やわさびを食べても涼しい顔をする靂はあまりあてにならない。

 本草学書を見ながらそこらの野草で食えるものを探したりするのもよくやっているのだ。舌が苦味には強いのだろう。

 同じく野草料理には慣れていそうな晃之介が解説をする。


「これは臭木くさぎの葉を干したものだな。この辺りじゃ春に取って干し、一年中食べるそうだ」

「ううむ、食えなくはないが人を好む苦味だ……」


 富山では江戸時代から干した臭木を戻して、打豆と一緒に味噌で煮たりして食べられていたという。 

 畑で育てる野菜ではなく山菜の類なので晃之介も何度も食べたことがあることを思い出しながら、


「汁に肉を入れると旨くなるぞ。肉の臭みを臭木が取り、臭木のえぐみを肉の脂が和らげる。猪なんかは最高だな」

「肉を先に探すべきだったか」


 惜しそうに言いながらも我慢して食べていると次第に慣れたのか、全員で六合ほどの味噌雑炊を平らげた。

 そして明かりを灯しながら再び地図を広げる。[∫]のような形に線が引かれており、鍬崎山を西に抜けて南へと向かう方向を示しているようだ。


「──さて、ここが七姫平を起点とした第二の地点ということだが、次からはわかりやすいところには無いだろう。山の中を歩くことになる。靂、磁石の用意はいいか?」

「はい」

 

 と、小さな桶に磁石のついた木片を浮かべると、やや頼りなく動くが印を付けた方は南を示した。

 このような太陽の浮き沈みもわからない曇り空の雪山ではそれだけが頼りだ。


「基本的に地図の線にしたがってまっすぐ進もう。それがわかりやすいしのう。崖などがあったら……まあ晃之介なら大丈夫か」

「気楽に云ってくれる……」

「いざという時は助けるから」


 とはいえ晃之介は軽功で垂直の壁でもスイスイと登れるし、九郎は靂程度ならぶら下げて空を飛べるのだ。

 寒さ対策は万全で冬山に野宿することになっても、術符の出力を上げて周囲を寝ても平気なぐらい温めれば良いというのだから、晃之介と九郎ならばある程度余裕がある。九郎も一人旅や魔女と二人旅などをして野外活動には慣れているのだ。

 靂のみは不安そうにしているが、いっそ割り切り二人に頼る形で彼も「頑張ります」と諦め気味に声を出した。





 ********





 曲がりなりにも道であったところと比べて、きつい勾配に伐採されていない樹木が密生している道なき道を進むとなると進む速度はどうしても遅れる。

 それは九郎にも晃之介にもわかっていたので、逆に彼らは方位を定めてからは慎重さよりも軽快な速度で、磁石を頼りにまっすぐと目標へ向かうことにした。

 

「早い早い早い!!??」

「お主は方向がズレていないか気にしておれ」


 雪山を晃之介が足跡も浅く跳んで走り、その後ろに靂を担いだ九郎が低空飛行して追いかけていく。

 ゆっくり進めば滑りそうな傾斜も走り抜けることで危なげなく通過していった。 

 道があるならばそれに沿って歩いて進めば良いのだが、道なき道を進むにはいっそ強行突破が必要なのである。

 実際、線の先は極楽坂山が立ちふさがっている。その上り坂を警戒に晃之介は登っていく。

 その時、進路を見ていた靂が叫んだ。


「先生! 前方から雪塊が転がってきてます!!」


 水分を多く含んで固まった雪庇などが崖から落ちて、雪玉になって転がり落ちてくるのである。

 

「任せろ!」

 

 と声を出して晃之介は持っている、戦闘用の八尺棒を構えた。

 それで迎撃に殴りつけるようなことはせずに、近くにあった太い枯れ木を雪塊の進路上になぎ倒した。 

 さすがにこの質量には雪の固まりも負けて崩れ散らばる。

 

「見ろ晃之介!」


 今度は九郎が叫ぶ。

 彼はなぎ倒された木の根本を指差して興味深そうに云う。


「この枯れ木、クワガタムシが越冬しておったぞ。でかいやつ」

「しまった。悪いことをしたかな……」

「そんなの気にします!?」


 ともあれ三人は極楽坂山を越えて谷へ。

 その途中で岩陰に隠れるようにして、この寒さでも凍りついていない湧き水のような場所を見つけた。

 手で触れると大分冷やされているが僅かに温かい。近くの動物も寄っているのか、足跡が沢山あった。

 鼻を鳴らすまでもなく温泉の鉱水だ。三番目の場所を確認して次の方角を靂が慎重に磁石を水平にし、測る。


 次は谷間を進んで西南西へ。完全に深い山の中に入り込み、一町置きに谷と尾根が連なるような険しい地形となった。

 山の中で看板も何も無い温泉を探すというのは大変なことであると九郎は思った。これが夏ならば更に草木によって隠され、発見は困難になっただろう。冬場にアルプスを越えつつ温泉に入った佐々成政が考えた目印だけはある。

 順番に探していかねば、ただでさえ曖昧な地図なのだから混乱してしまう。方位を決めて距離を詰めるのは急いだが、温泉探索に時間を掛けた。

 そこで役に立ったのが九郎である。先程見た通り、山中に居る動物が温かさを求めて温泉の湧いている辺りに近寄ることが確認されている。

 この極寒の世界で、温かいそこだけに繁殖している細菌類が居ると踏んだ九郎の疫病風装を使ったサーチ能力で温泉を探していったのだ。


「……うむ、これで見るとレジオネラ菌とか見えてくるから温泉に入る気が失せてくるのう」

「いいから行くぞ」


 そして何度かチェックポイントを抜けて鍬崎山の南西へ出ると、やがて平べったい土地が現れた。

 四方を山に囲まれ、道らしい道も通っていない平らな土地である。

 そこに、遠目に見ても二十か三十ほどの家が建っている。


「家……? こんな山奥に」

「何だここは……隔絶された集落だのう」

「宿坊ともまた違うのか?」


 九郎が進み出て見回すと──その時。

 ぐるん、と九郎の体が空中に浮いて錐揉みに回転した。

 意識していない動きに九郎の息が詰まる。そして同時に、大きな矢が近くに突き刺さった。

 九郎めがけて飛んできたそれを自動回避で避けたのだ。固く凍った地面に深々と刺さるその矢は、小さな銛ほどの大きさもあった。

 

「ちっ……!」


 晃之介は舌打ちをして靂を掴み、近くの岩陰へ身を隠す。


「九郎! 大丈夫か!? 村の方から狙撃だ!」

「ああ、なんとか……ええい、いきなりなんという挨拶だ」

 

 九郎も滑るようにして近くへ隠れる。

 そして晃之介と靂へ聞く。二人共、目が良いという能力を持っている。


「狙撃者の姿を見たか?」

「いや。だがあの大きさの矢を飛ばせるとなると、相当遠くから撃てる強弓だぞ」

「警告にしては狙いが正確ですよね……」

「この村に入るなということか?」

「単に妖怪と間違えて撃たれている可能性もあるがな」

「地図の最後は多分、この村にあると思うんですけれど……」


 顔をそっと出して村を見ると、全体的に地熱で温まっているのか雪がそれほど積もっておらず、川が勢い良く流れている。

 何処かに温泉地があることも充分に考えられるだろう。

 九郎は二人に視線を向けて、術符フォルダから新たな術符を取り出す。

 

「己れが姿を消して偵察してくるから、お主らはここで隠れておれ」

「わかった」


 隠形符を使い透明化し、九郎は空を飛んで村へと向かった。

 上から見れば畑らしき耕作地も見えるしっかりとした村のようだ。やはり、この雪では誰一人として外を歩いている者は居ないが。

 まずは狙撃しそうな高所に狙撃者の姿が居ないか確認し、見つからなかったので村に降り立つ。

 音もなく家に近づくと、中からは人の気配がする。やはりここは誰かしらが住んでいる村のようである。 

 話を聞けば埋蔵金の情報が得られるかもしれないが、先程の歓迎から見るにそう単純には行かない可能性も高い。

 よそ者を見れば泥棒だと思えとは昔の田舎社会でよく言われたことだが、実際この付近にある埋蔵金を探しに来た彼らはそれに近いとも云える。

 再び空を飛び、屋根に降り立つ。

 そっと隠形符の効果を高めて、ほんの少し覗き見できる穴ぐらいの範囲を透明化させて屋根から中を見た。

 室内は大人が三人、子供が四人。一人は老人のようだ。

 

「む……」


 九郎は何人かの特徴を見て僅かに顔を顰める。そして次の家の屋根へ移り、同じように中を覗き見る。

 そこでも住人は囲炉裏を囲む寒村の一家といった風で、とても侵入者に気づいて殺害の相談をしているようには思えない。 

 ただ──


(あまり関わり合いにならん方が良さそうだ)


 と、九郎が思うのは住人の三人に一人は、異形の姿をしている不気味さを感じたからだ。

 異形、と云うのは、手足が異様に短かったり、顔の目鼻の位置が妙であったり、表情から生気を感じなかったりといったものである。

 隔絶されて他と関わらない村などで起こることだが──近親婚を繰り返した為にそのような者が増えているのだろう。

 事情はあれど、どこか恐ろしさを感じる。

 九郎は村の住人を探ることを止めて、目的の場所を上から探した。しかし、温泉らしいものは村に見当たらない。

 一旦二人のところに戻り、見てきたことを説明する。

 やはり難しそうな顔をして、


「かなり排他的な村かもしれない。下手に住人の誰かを敵に回したら恐ろしいな」

「うむ。こっそりと埋蔵金の手がかりを探らねばならぬのだが、温泉が見つからぬしのう」

「九郎さん。今度は僕を連れて飛んでみてくれませんか」


 靂が提案するので頷いて、今度は靂と飛行することにした。

 村の側には川が流れていて、川を挟んで向こう岸には誰も住んでいないように見える。

 

「……あそこに目立つ木がありますよね」

「ああ、高さ十間(18メートル)はあるかのう」

「ちょっと気になります。近づいてください」


 指示通り、枯れたように見える大きな落葉樹へと二人は近づいていった。

 木の根本で靂を下ろして、彼が幹を眺めていると、気づいて手を叩いた。


「九郎さん、これは桑の木ですよ!」

「桑? こんなに大きくなるのか」

「百年以上は経っているのは確かです。思い出してください、あの手がかりの歌……『くわさきに』と、ありましたよね。あれは鍬崎山のことだと思いましたが、もしかして最後の場所はこの桑だということでは?」

「ふむ……たしかに周りに生えてもおらぬのに、ここだけ桑があるのは怪しい」


 九郎も頷いて、


「よし。もうすぐ日暮れだからそれからこっそりと根本を掘り起こしてみよう」

「わかりました」


 そう決めて再び晃之介のところへ戻ることにした。

 ひとまず三人は狙撃を受けない場所まで戻り、岩陰で腹ごしらえをする。

 温泉探しの最中に捕まえた兎を捌いて、干した臭木を混ぜた味噌を塗りつけて焼いたものだ。

 

「うむ。旨い。苦さとしょっぱさが肉によく合う」

「だろう」

「暖かいけど座っている岩は冷たいなあ」


 などと過ごしながら交代で休憩を取って一眠りし、夜中に出ていくことにした。

 明かりは狙撃者のことも考えて灯さない。あれ以降矢は飛んできていないが、警戒はしなければならなかった。

 夜になると雲が晴れてよく星が見える空になっている。夜目の効く三人はそれで何とか行動することが出来た。

 

「砂朽符」


 術符を発動させて桑の根本を砂地に変える。そして三人は鍬などを使って穴を掘り始めた。

 だが──


「何も出て来ぬな……」


 何箇所も周囲に穴を広げて掘り、汗を拭いながら呟く。

 掘れども掘れども埋蔵金どころか壺すら出てこない。何か間違っているかもしれないと思い始めたとき、東の空が白んできた。


「いかんな。もう夜明けか」

「ここからだと東の山がよく見えるな……あれは薬師岳と、奥に見えるのは水晶岳か」

「水晶岳?」

「名前の通り、水晶が採れたらしい」


 晃之介の解説を聞きながら、靂は体力勝負を既に諦めてぶつぶつと暗号をつぶやきながら考えている。


「くわさき……くわのさき……朝日差し……夕日輝く……もしかして……」


 靂は顔を上げると、九郎に告げた。


「この桑の天辺に連れて行ってください!」

「何かわかったのか?」


 言いながらも靂を抱えて飛び上がり、桑の木に立つような位置に留まる。

 そして朝日が差し始める水晶岳を靂はじっと見つめていると、慌てて指を向けた。


「見てくださいあれ! 朝日の光線が一筋だけこっちに流れてきています!」

「むう……スポットライトのような感じだのう」

「恐らくあの山で水晶に何らかの加工をして、光を向けさせているんです……そしてその光が向く先は、」


 現在居る地点からほど近い、西の山麓を示して説明した。


「あそこは[つべた谷]という地名です。漢字で書くと[冷夕谷]……朝日が差して、夕日が輝く場所ですよ!」

「でかした!」


 云う間に光の筋は太陽の角度が変わり消えていく。朝日が水晶岳に掛かるほんの一瞬、見るべき場所で見てわかる仕掛けであった。

 地面に降りて晃之介と合流し、三人は急いで冷夕谷へと向かっていく。



 太陽光が照らしていた地点を探り、九郎が術符で土を取り除くと岩戸が見つかった。

 明らかに人工物である。巷説によれば、金の壺を隠すための穴は二十人の坑夫によって掘られたが秘密を守るために一人残らず作り終えた後で斬首されたという。

 そこまでして隠したお宝がまさに目の前にあると思うと、宝探しに出た男としては胸が震える想いだった。

 

「よし……やばいな。本当に見つかるとは」

「武者震いが止まらんぞ、九郎」

「黄金かあ……何処の藩でも幕府でも重要な品だし、いきなり一般人が市場に流したら怪しまれて捕まらないかなあ」

「夢のないことを云うでない、靂」


 そして九郎が岩戸に手を掛けて、思いっきり力を入れて踏ん張る。


「むぐぐぐ……! お、重たいぞこれは」

「手を貸すぞ、靂!」

「はい!」


 そして三人で力を合わせて岩戸を押したり引っ張ったり持ち上げたりしようとするが、びくともしない。

 何らかの仕掛けがあるのだろうか? 靂がそう思い始めていると、後ろから声が掛けられた。


「おーい。手伝ってやろうか?」

「え? はい」


 思わず。

 気楽なその声に靂が返事をした瞬間に彼の目から光が消えた。

 手をだらりと下に垂らして振り向き、歩き去ろうとする靂の異常にすぐさま二人は気づく。

 あれほど返事をしてはいけない妖怪が居ると云っていた本人がこのザマだ。


「いかん! 行かせるな! 気絶させろ!」


 九郎が慌てて云うが早いか、晃之介が手を伸ばして首の血管を絞めて昏倒させてやった。

 二人は周囲を見回しながら武器を抜き放ち、警戒をする。


「何か……」

「居るぞ」


 言い合っていると、声が再び聞こえた。

 男の声とも女の声とも、知り合いの声とも家族の声とも聞こえる不思議な音響だ。


「おーい」


 返事を誰もしなかった。すると再び。


「おーい」


 声の出処は掴めない。九郎は術符にどうたぬき、晃之介は槍と刀を持って背中を守りつつ気配を探る。


「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」

「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」

「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」……


 不気味に呼びかけの声が響き続けた。

 だが二人はそれを無視して、互いに喋りかける。


「これは何時まで続くんだ?」

「さあな。だが呼びかけの変化に気をつけろ。己れらの名前を呼んでくるかもしれんから、不意に応えるなよ」

「金角銀角の話か。わかった」


 すると九郎の説明通り、女の声が聞こえた。


「晃之介さん?」


 それは子興の声に似ているように思えて、反射的に口が開きかけるがぐっと堪える。

 狸囃子という妖怪は音の再現、或いは音の記憶の再現を司る。あくまでその声が似ていると思うのは、聞き手の錯覚でしかない。

 

「九郎」「クロー」「九郎くん」「くーちゃん!」「九郎」「九郎」「え? くーちゃんなんでシカトしてるの? いじめ?」「九郎」「九郎」「へいへいくーちゃん!! おーしゃーべーりーしようよー!」


 呼びかけにうぜえのが混ざっている気がしてならない九郎だったが、同じく無言で耐えた。

 いっそ無視してこの場で飯でも食ってやるかとも考え出す。妖怪の多くは無視されることに堪えるはずだ。

 暫く無言が続き、やがてポツリと聞こえた。


「チェスト関ヶ原」

「チェスト関ヶ原!?」


 突然聞こえた謎のワードに九郎が思いっきり反応してしまった。


「しまっ……」


 脱力する間もなく、晃之介が首を絞めて寝かしつける。

 残るは晃之介一人──謎の存在はまだ姿すら現していない。

 彼は槍を背中にしまいながら、朗々と声を上げた。返事ではない。彼から周囲に語りかける形だ。


「一つ云っておこう──喋りかけるだけならば、俺を止めることはできない」


 彼は九郎の腰から取り出した術符を岩の壁に貼り付けて術を発動させた。

 土や岩を砂に変える砂朽符である。

 縦穴を掘る分には良いのだが、横穴を掘るのに使うと崩れる可能性もあるので使い所が難しいのだが、敢えて無視。

 ざらりと周囲を埋めるように砂が溢れて、内側の空間に落ち込んでいった。

 晃之介は両手に九郎と靂を抱えたまま岩戸の中にあった空間に入ると、背後から獣のような叫び声が上がった。

 肩越しに背後を見て総毛立つ。そこには異形の男が居た。上半身を露わにして異常に発達した筋肉をしている男は、両方の肩甲骨から腕が生えている四本腕の奇形であった。

 あの村の者か。或いは妖怪か。

 その腕に鉄弓と大鎚を持ち、晃之介を追いかけてくるようだ。金の守護者とでも云うのだろうか。

 どが、と晃之介を掠めて奥に大きな矢が突き刺さり、脆くなっていた壁を突き破る。


「銀角どころか両面宿儺じゃないか!」


 かつて飛騨に現れたと云われる八本の手足と二つの首を持つという異形の怪物である。

 それと戦ってみるのも良いかもしれないが、生憎と気絶した二人を巻き込まずに要られるかは不明なのが一つ。

 もう一つは適当に岩戸を砂にして入ってみたが、今にも洞窟内は崩れそうになっている。

 両面宿儺が壊した奥の方にどうやら狭い道が続いているようだ。晃之介はそこに両面宿儺が入ってこれないことを祈りつつ、二人を肩に担いで駈けて行く。


「行き掛けの駄賃だ!」


 と、晃之介は砂に埋もれかけた壺を一つ引っ張り出した。

 それは壺自体が黄金で作られているものであった。実際かなりの重さがあるが、ただで逃げるわけにはいかない。

 更に突っ込んでくる両面宿儺にもう一つ壺を掴んで投げつける。そちらは陶製の白い壺だったが、両面宿儺の槌で薙ぎ払われると中から金粒がこぼれ出た。

 思わず口笛を吹きつつ、二人と黄金の壺を担いで晃之介は奥へ奥へと進む。

 坑道になっているそこは元来、晃之介のような大男では行き来しにくいのだが何とか進めるようだ。

 背後から崩れる音が聞こえる。岩戸の周囲が崩落したようだ。閉じ込められたような気分になりながらも晃之介は何処かに続いていると信じて、先へ進んでいく。

 恐らく佐々成政は以前から山のあちこちに掘られた廃鉱山を隠し場所として再利用したのではないだろうか。

 そんなことを思いながら、やがて背後から音も聞こえなくなったところまで進んで晃之介は座り込み、まずは九郎と靂を起こすことにした。





 ********




 

 ──佐々成政は金の隠し場所近くに家来を住まわせることにした。


 一説によれば、さらさら越えの際に五十人連れて行った家来が到着時には数人にまで減っていたのは途中で何らかの任務を与えて置いてきたからだという。

 家来をその山に囲まれた地に住ませて、金を守らせた。

 時は過ぎて成政への恩も金の本当の隠し場所もその地に住む者にはわからなくなっていたが。

 それでも村に一人は常に、その金を守る為の役目を持つ者が居たらしい。

 今は残っていない村の伝説である。





 ********





 その後坑道の中で二人は目覚めて、なんとか脱出しようと探索をしていたら靂が地下水脈に落ちて行った。

 意を決して助けに飛び込んだ二人は共に流されに流された。まあ、途中で三人がはぐれないようにくっつき、地下水の温度は九郎が強制的にぬるま湯にしていたので後は壁などにぶつからないようにしていたが。

 この時地味に頑張ったのが晃之介である。彼は水に流されつつ、黄金の壺を手放さなかったのだ。普通なら沈んでいくところだが、普段から重りを持って泳ぐ鍛錬をしていた成果だろう。中身は諦めたが、壺本体はどうにか保持していた。

 そして地下水脈は北の方へたどり着き、どうにか三人は下田金山の廃坑道の一つから這い上がることが出来た。下田金山は一説に八千箇所も穴を開けているので、ひと目につかない場所もある。


「あの鉱山の地下、ドワオドワオと音が鳴っていたのだが……」

「風が色んな穴に反響していたんだろう?」


 ともあれ金の壺を持って生還した三人である。大きさは一抱えほどもあり、目立つので布を被せて土を塗りつけて運ぶことになる。

 重さからしても純度の高い金であることは間違いなく、これだけでもお宝である。

 一同はくたくたになりながら上市の宿へ戻り、休息を取った。

 

「後はこれを持って帰ってどうにか換金するだけか……」

「しかし下手なところに流すと噂が出るんじゃないか? あそこの家には金があるぞと悪党の間で有名になられても困る」

「甚八丸さんならどうでしょうか?」

「甚八丸か……一旦あやつを経由させれば、忍びの裏ルートから換金してくれるかもしれんのう。とにかく話をしてみるか」


 などと今後のことはあるが。

 ひとまず彼らの宝探しは佐々成政の埋蔵金の一部、金壺を手に入れて成功したのであった。

 




 翌日。

 江戸に戻る前に、九郎が空から再び冷夕谷を見に行ったら見事に山崩れをしていて、とても簡単には掘り起こせない状況になっていた。

 頑張ればどうにかできるかもしれないが……

 呼びかけて気を失わせる妖怪に、両面宿儺の怪物。

 そのようなものが居る場所で再び採掘を行う気には、とてもなれなかった。

 欲を掻かないことを肝に銘じて、九郎はその場を去っていくのであった……



 薬師岳の山頂から、飛んでいく青白い影を見ながら白い狸は大きな欠伸をしていた。


 




 

 *********






 西暦19XX年。


 とある夏、飛騨山脈に一人の男がやってきていた。

 精悍な顔立ちをした、野外活動慣れをしているじゃっかん汚れた服に身を包んだ男である。

 彼はある筋から手に入れた、かなり古い宝の地図を片手に佐々成政の埋蔵金を求めてやってきたのだ。

 場所は富山県山中、有峰湖。

 有峰ダムを作ったことで1960年に生まれたダム湖であるが、丁度今は降雨不足で干上がっている。

 それを狙って彼はやってきたのである。


「うーん、どう見てもこの地図通りだと有峰の集落近くなんだよなあ……」


 ダム湖の湖底に残る廃屋を見回しながらため息を付く。

 湖底には昔から山に囲まれた集落があり、一説によれば平家の落人の末裔とも、佐々成政が住まわせたとも云われていたがダム開発に伴い僅かに残っていた村民も散り散りになり、今は誰一人として所在が知れない。

 かなり古い地図が示している上にダム開発という環境の大変化が起きたのだ。ヒントを示すものが無くなっていてもおかしくはないだろう。実際、桑の木などは痕跡すら残っていなかった。

 水晶の仕掛けも数百年も立てば劣化したか、誰かが持ち去ったかして光は指し示さなくなっているだろう。

 だが、何気なく彼が歩いていると、陶器の欠片が湖底の砂から出てきたのを偶然見つけた。


「これは……棕櫚の家紋の陶器?」


 自然に割れたものと槌で砕いて割ったものの違いがある。日本の遺跡などでも、わざと槌で叩いて砕き墓などに陶器を入れる場合が多々あるからだ。

 様々な遺跡を見てきた彼には感覚的に理解できて、首を傾げた。


「誰かが埋蔵金の壺を割った……このあたりで何かあったんだろうかなあ……」


 男は過去に思いを馳せながら、その陶器の欠片を土産に持ち帰ることを勝手に決めるのであった。


  

 

 


  

そうか、わかったぞ! 富山とは! ゲッターとは!



ヨグ「……立山温泉で待ち構えてるのに来ないねくーちゃんたち」

イモ「やはりこの温泉に仕掛けた『男同士で助平なことをしないと出られない亜空間の罠』作戦は問題が存在致します」

ヨグ「なんで? 我はそういう趣味の女……って感じでナレーションいれる準備もしてるのに」

イモ「クロウ様が確実に怒って、嫌われると判断致します」

ヨグ「……撤収ー!」

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