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1話『──そして数年の月日が流れた』

第二部とかそんなの

前話から数年後ですが半分サザエさん時空入ってたのもあり、若干の時間軸のブレがあります

外伝イベント『江戸から異世界』達成済み


 ──その日、江戸の夜空には月が二つに見えた。


 一つの月はゆっくりと動き、光の尾を曳いている。 

 それは一つの天体が、地球へと光芒を残しながら近づいてくる動きであった。

 激突すれば地表の生命は九割以上死滅するだろう。

 神楽坂にある屋敷の屋根から、男はをそれを見上げて不敵に笑った。


「やれやれ、真逆予言通り、本当に隕石が降ってくるとはのう」


 刀を持ってゆっくりと立ち上がり、青白く光る衣を風ではためかせた。


「よしここは一つ年寄りが、若い者たちのために張り切らせて貰うとするか」


 ふわりと浮遊した男は一瞬の停滞の後に、青い光の筋となり天へ向かう風に乗って一直線に落ちる星へと向かう。

 刀を鞘から引き抜く。鏡に光を当てたように光り輝く刀身をさらけ出した。

 五芒星の黒い光がその刀身を鍔元から撫でるように蠢くと刃の金属が爆発しそうな程に震えだす。

 付与された魔力に追加し、鉱物を支配する魔王カラビアの職能により強化されたのだ。

 あらゆる悪魔の派閥から独立した五芒星という特殊な形態を持つ孤高の悪魔は、異界の金属刃に秘められた能力を強制開放する。



「さてと、滅びの因果を残らず消し飛ばすぞ──『アカシック村雨キャリバーンⅢ』……凌駕発動」



 ……彼が江戸を去る前の日に、江戸の街は誰も知ること無く滅びに瀕して、そして異世界からやってきた男によって防がれた。

 そして何もなかったかのように、世界の日常は続いていて──






 *******





 ──立春は迎えたとはいえ夜ともなれば身も凍るような風の吹く夜だった。

 その夜、提灯も掲げずに月明かりのみを目印に川越街道を下る男が居る。

 江戸と川越を結ぶ行程は長く、旅人は中途に幾つか点在する旅籠で休みを取るのが常である。

 其れもなしに黙々と歩く男は青白い月光に顔を照らされた、厳しい顔つきの大柄な中年であった。簡素な荷物袋を背負っている一見旅人風であるが、このような夜中に提灯もつけずに足早に歩いているのを見ると、


「まるで野盗か幽霊のような……」


 と、他人から思われそうな風貌である。

 ただでさえきつい行軍をわざわざ危険な夜に行うというのは、酔狂というよりもはや異常のようであったからだ。

 男は川越城下である高澤町にあった実家を訪ねて江戸に戻る途中であった。菓子職人をしていた老齢の父親が、いよいよ体調が悪くなり危篤になったというので、会いに行っていたところである。

 なんとか死に目には間に合ったものの、


「孫を連れて来いよ馬鹿!」


 と、布団に寝ている父に言われてしまった。

 男の名は六科という。

 彼の娘は二人居て、更に嫁のお雪がもう一人身籠っている。

 連れて行こうにも、大きい娘の豊房はあまり出かけたがらないし、下の娘のお風はまだ小さく母親と離れたがらない。

 そもそも身内だろうが、別の街に居る相手が死にそうだからといってホイホイ行けるのは健康な成人男性ぐらいである。交通網の発達していない時代なのだから仕方ない。

 

 そうこうして、六科と菓子屋を継いだ兄夫婦の家族に見送られて父は息を引き取った。

 

(安らかな最後だった……)

 

 と、六科は思う。

 天寿を全うしたと感じた。

 六科は自らが死ぬときをこれまで想像した場合、どこかで娘などを庇って死ぬように思っていた。

 例えば火事に巻き込まれたとか、川に落ちたとか、暴漢に襲われているとかそういう事態が起きたら、自分の命など勘定せずに助けただろうし、その結果に死ぬ姿は想像できた。そうすればあの世で亡妻にも胸を張って会えるのだと。

 だが、いつか自分もああして家族に見守られて死ねたら……と、考えるようになった。


 そんなことを考えながら、夜の街道を進んでいる。

 身重な嫁を放っておくわけにはいかないので強行軍で急いで家に帰っているのであった。

 まあ家には、しっかり者の娘豊房と、息子同然なちゃっかり者の歌麿が居るので心配は無いのだが。

 店だって開くのに問題はない。なんとか包丁捌きこそは一流を保っているものの、味つけに難がある癖は治りそうになかった。

 

(そういえば、こうして川越街道を夜に進んでいるとあの時のことを思い出す)


 もう、七年ほど前になっただろうか。

 そのときも六科はこの街道を、江戸に向けて急ぎ進んでいた。

 途中で焚き火を見つけて、六科はとある男と出会ったのだ。


 奇妙な男であった。

 格好も、言葉も、発想も、行動も、何もかもどこかずれたような、そんな男だ。

 仙人、と最初は名乗っていた記憶がある。

 そう言っても信じられるぐらい、当然の物事は知らないのに周りの誰もが思いつかないことを提案する男だった。

 

 名を、九郎と言った。

 

 九郎は六科の店に二年と少しばかり居候して、店を繁盛させたり同心の手先になったり道場に通ったり絵師と付き合ったりしながら過ごしていた。

 楽しい日々だったと思う。

 特に、幼かった娘は九郎が居たおかげで随分と明るく活発に育ってくれた。 

 新たな家族の一人であるタマこと歌麿も、九郎が連れてきた少年である。

 六科のみならず、九郎によって様々な出来事をもたらされた者は江戸に多く居て、皆から頼られ、好かれる謎の男であった。


 それが、ある日旅に出た。

 彼と懇意だった絵師の鳥山石燕──お豊が死去したことが原因だろう。

 出て行く前に彼はこう告げた。


『帰って来るとお房に約束させられてな。しかし、正直どうなるかわからぬ旅路だ。戻る努力はするが、五年経っても帰らぬときはお房に謝っていてくれ。待たせっぱなしではいかぬ』


 そう言って、彼は江戸から忽然と姿を消した。 

 

(もうそろそろ、五年目になるか……)


 思い出しながら道を進むと、少し先で焚き火の灯りが見えた。

 ぎょっとしながら足音を殺す。

 夜中に街道にて野営するなど常識ではなく、恐らくは野盗か妖怪の類。

 一気に駆け抜けて逃げるか、遠回りするか。

 六科は一応相手の人数を確認しようと忍び寄った。

 荷物の中には形見分けで貰ったすりこぎ棒がある。小さい猪ぐらいなら、殴り殺せる自信はあった。


 焚き火の周りには、三つの小さな影があった。

 子供のようだ。

 一人はどこか印象を薄く感じる少女で、銀色の髪の毛をして橙の火灯りを肌に映す、色白の妖怪みたいだった。

 もう一人は五歳ぐらいの幼い、黒髪を長く伸ばした少女で童顔に眼鏡をつけている。

 そして最後の一人は──青白い衣を身につけた、眠そうな表情をしている少年であった。

 三人は焚き火に鍋を掛けているようだ。鍋の中ではふつふつとうどんが滾っていた。


(何故、うどん……)


 そう考えると、ぷんと香ってくる出汁の匂いに六科の腹がぐうと音を立てて鳴った。


「誰だ」


 少年の声がする。

 六科は踵を返してダッシュで逃げようとした。恐らくは妖怪だ。

 踏み出した所で、背中に飛びつかれたような衝撃が走り足を払われて地面に倒される。

 慌てたような少年の声がした。


「待て! 待たぬか! おいこら六科だろうお主! どうして己れの顔を見て逃げようとするのだ!?」


 首を曲げて、自分を引き倒した少年の顔を見る。

 六科センサーが作動して顔を上から下まで眺め回し、相手の虹彩パターンなどをチェックドゥーンしようやくその少年を認めた。


「九郎殿……か」


 前と変わらぬ容姿をした、やや癖毛の髪の毛の眠たげな眼差しの少年は呆れたように言う。


「なんだ今の間は」

「顔を忘れていた」


 正確には、脳内にある彼との肖像データの照合が遅れたのであったが。

 一度見たものは忘れない。ただし、思い出すことに時間が掛かるだけである。

 それに唐突に旅に出た彼がいきなりこのような、街道沿いに焚き火をして再会するなど思ってもみなかったのだ。


「……そんなに年月が経ったのか?」


 六科の指摘に、九郎は彼の顔をじろじろと見回して聞き返した。

 若干の白髪と目元の皺が増えた感じはするように思えたが、体はまだ壮健である。


「四年と少しだ──九郎殿、いきなりで悪いが頼みがある」


 六科は引き倒された彼に近づいてくる、二人の少女を気にせずに九郎へ告げた。




「一刻も早く娘に顔を見せてやってくれ。ずっと待っている」




 それから、夜の川越街道を青白く光る影が一つ。

 江戸の街へ向けて、空を駆けて往く。






 *******




 江戸の街、通りに面する蕎麦屋の二階。

 窓を開け放ち、満月の光を手元の盃に灯しながらゆっくりと酒を飲んでいる少女が居る。

 名を、佐野豊房──画号を鳥山石燕という娘であった。


「もう……随分経った気がするわ」


 彼が居なくなる前に、空が光っていたのを豊房は覚えている。

 自分がまだ十一歳で、人から守られてばかりの子供の頃の話。

 誰も覚えていないその出来事を、豊房は記憶に残していた。


 自分の師匠であり半身とも言える従姉が亡くなった日。


 空が光って星が落ちてきた日。


 九郎がそれをどうにかして皆を守った日。


 何も出来なかった少女のお房は覚えている。


 そして彼が、命を失ったお豊のために旅に出ることを止められなかった。


 ただ、必ず帰ってくるようにと約束させたのだが──


「帰ってこない、わね」


 ほう、と溜息をついて酒を呑んだ。

 彼女が飲む酒は自家製の焼酎である。九郎が残していった、原始的な蒸留器を使って安酒を濃くしているのだ。

 不思議なもので一度蒸留したものを水で薄めた場合、元の安酒よりも味がすっきりとしている。不純物が取り除かれるからだろう。それに、彼が残していった水壺から取れる冷水も江戸では一財産になるぐらい貴重だ。

 大人になれば帰ってくると思ったからか。

 大人になれば諦めがつくと思っていたからか。

 豊房はそうして、彼女が追う大人の──あまり良い印象ではなかった──飲酒という癖を自ら身につけたのであった。

 ベロンベロンに酔っ払って絡むお豊はだらしなく見えたが。

 自分もいつか九郎と酒を飲みたかった。

 

「お八姉さんはすぐ酔って寝るし、歌麿はざるだから相手に向かないのよね」


 九郎もどちらかと言えば強い方だったが、何か楽しいことがあったりしてペースを乱して飲めば酩酊することもあったことを覚えている。

 彼女が最後にそれを見たのは、父親役として百川子興を嫁に送り出したときだった。

 そういう時はどこか疲れているいつもの彼の笑みが、嬉しげに変わっていた。

 

「娘も放り出して、友達も置いて、どこをほっつき歩いているのよ……」


 待っているのは豊房だけではない。彼の知り合いの多くは帰ってくるのを心待ちにしている。子興などは生まれた子供の顔を見せていないのを気がかりにしていた。

 帰ってくる場所。

 そう豊房が考えると、不安になることもあった。

 九郎の話を半信半疑で聞いていた昔だが、彼には本当の家族が居る世界と、冒険をした仲間が居る世界があるらしい。

 そのどこが彼の帰る場所なのか。

 ほんの、数年だけ過ごしたこの街がその場所といえるのか。

 

「……でも、帰ってくるって言ったもの」


 ぐい、と再び酒盃を口に注ぐ。

 くらりと脳髄に染み入るような酒の感覚に、眠気を覚えていた。

 欠伸をしながら目を細めて、心地よくも涼しい夜風に髪を揺らしながらぼんやりとつぶやく。


「早く帰ってこないと、わたしが一人で呑んだくれて死んじゃうんだから」


 ──それはいかんのう。


 そう云って困ったように笑う九郎の顔が見えた気がした。

 酔いから見た幻聴と幻覚だろうか。

 明々と輝く月光の降る夜だ。そんな幻も生まれるだろう。

 豊房は酒を入れた徳利を、目の前の彼に差し出すような仕草をしながら。

 半分寝入りつつ、まだ酒を飲む。

 幻が相手でも、それなりに楽しく。

 




 *******





 朝、目が覚めた豊房は二日酔いの頭痛で半眼になりながら、眼窩がしょぼしょぼと痛むのも押さえていつもと同じ時間に起きた。

 途中から記憶が曖昧になり、昨晩どれだけ呑んだか覚えていない。見ると、一晩で半分呑むのが限度の徳利が二本空いていた。

 起きた彼女は雑に布団を被っていた。

 

「寝ぼけながらもお布団だけは出したみたい……」


 だるい体を起こして、顔を洗い髪の毛を整え無くてはならない。

 そろそろ歌麿も店に顔を出している頃だ。また彼に小言を言われる。吉原によく絵描きの仕事で通っているだけあって、女性に関しては無駄に目が肥えている歌麿の評価は全然聞きたくない。

 彼は数年前までは隣の部屋で寝泊まりしていたけれども絵師として金を稼げるようになったあたりで、裏の長屋へ移り住んだのだ。

 喉の渇きを感じる。蒸留酒はよく効くのはいいのだが、起きたときに喉が乾くのが難点だ。

 豊房は階段で起き上がろうと決めた。つまり、階段まで四つん這いでズルズルと移動する。

 

 ──すると、階下から陽気な歌麿の声が聞こえてきた。


(お父さんでも帰って来たのかしら)


 今日の朝か昼には帰ってくる予定だったが。

 耳を澄ませると、


「兄さん! いつの間に帰って来てたマロ!?」

「おお、タマや。なんだお主、大きくなったのう……はっはっは。メガネ男子か。女にモテそうな顔をしておる」


 誰かの。

 声が──


「そりゃもうモテモテマロ~! 吉原でも二枚目の人気絵師としてきゃあきゃあと黄色い悲鳴を」

「むっ! ちょいと待て……うわ。お主、股間にヤバイ病気の菌が」


 階段で立ち上がれずに、前のめりになって這いながら豊房は気を逸りながら下へ向かおうとする。


(まさか……)


 いや。

 だが、そんなはずは。

 しかし待ち望んだ相手を求めて豊房は。

 ただ急いだ。


「マロオオオオオ!? 病気!? ボクのマロ棒が絶対絶命!?」

「遊びすぎだ馬鹿者。まったく。まだ発症前だからどうにかなるものを……ええい、ブラスレイターゼンゼよ、吸い込め」

「うわあ便利凄く便利」


 蕎麦屋『緑のむじな亭』一階にて。

 並んで立っている二人の男。一人は眼鏡を掛けた、髷を結っていない書生風の青年だ。スラリとした優男で、役者ででも食っていけそうな容姿をしている。彼は目に涙を浮かべながら両手を上げて喜んであいた。

 名を、喜多川歌麿。江戸でも評判の美人画を描く絵師だ。元々はタマという猫のような名をしていたが、北川麻呂という絵師に手ほどきを受けて鳥山石燕に技術を学び今は独り立ちをしている。

 彼の目の前に居る少年は青白い着流しに洋風のブーツという少し変わった格好をして、寝癖のような頭と眠そうな目をしているが彼も嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 階段を降りている最中であった豊房は彼を見て、


「くろ──」


 手を伸ばし、階段を踏み外した。

 ごん、がん、という鈍い音を立てて風に転がるタンブルウィードか地獄車のように豊房は一階に向けて階段を転げ落ちていた。


「ふ、フサ子ー!?」

「豊房ちゃん!?」


 階段の下に崩れ落ちた彼女に慌てて近づいて九郎が抱き起こそうとする。

 そして、


「し、死んでおる……」

「うわあああ!! 再会そして死!?」


 佐野豊房。二代目鳥山石燕。九郎を待ち続けた少女、お房は。 


 階段から落ちて首の骨を折って死亡した。






 *********






「死んでたまるかっ!?」


 そう叫んで跳ね起きる。そんな豊房の様子を見て、九郎と歌麿はほっと胸を撫で下ろした。


「異世界から持ち込んだ秘薬、『オッサンーヌの体にできた石』が無ければ危ないところであった……」

「豊房ちゃんが胆石的なもので復活したマロ」


 首を力強く振って豊房は周囲を確認し。

 改めて、九郎の姿を目にした。

 四年ほど前に旅に出たときと少しも変わらない、相変わらず年を食っていない姿の少年老人。

 昨日ぶりのような当然みたいな顔で豊房を見ていた。


「く───っろう!」

「お、おう?」

「なんで普通にここで歌麿と雑談してるのよ! もっとこう……早くわたしに会いに来なさいよ!」

「いや昨日の晩に真っ先に再会したであろうお主と」


 九郎は半眼で指を二階に向けて云う。

 そういえば。

 夢の中で九郎の幻が、豊房の独酌に途中から混ざった覚えがあったが。

 正夢を指摘されたような、酔っ払った勢いで変な愚痴をつぶやいていたような、見に覚えのない羞恥を感じて豊房は頭が真っ白になった。

 九郎は腕組みをして告げる。


「昨日の夜中に川越街道のあたりまで来てな。そこで六科のやつと行き合ったら、お主が毎晩呑んだくれて待ってるから早く会わねば悪い姉のようになるというので急いで来たのだ。まったく、服装は真逆だがああなってはならぬぞ」


 いきなりの再会から親戚のおじさんめいた説教に豊房は顔を引きつらせた。

 なお九郎が云うように、二代目鳥山石燕こと佐野豊房は先代がいつも真っ黒の喪服だったことに対して、殆ど白で僅かに赤い衣装の入った縁起のいい柄の着物をいつも身に纏っている。

 そして形見の眼鏡は歌麿が着用したり、屋敷の管理はまだ住み着いている夕鶴に頼んでいる。仕事場として通いで豊房は使っているのだ。

 

「まったく、あんたってやつは……全然変わらないのね」


 それが嬉しくもあり、豊房は自らの細めた目に涙が溜まっていくのを感じた。


「お主らは大きくなったのう。うむ。フサ子もタマ──歌麿も立派になったなあ……いかん、涙が」


 異世界行き数年は冒険の生活であったのだが。

 そこで主に行動を共にした懐かしい仲間達は、寿命が長いか不死だったので姿も殆ど変わらなかったので、こうして大きく成長している子供を見ると感動さえ覚えた。

 ……一部、自分の子供だと主張する少女が異世界に居たがそれは断固無視をして。身に覚えがないから当然ではある。


「ボクも絵師として頑張ってるマロー! 美人画を描くのが上手いと色街でもモテモテで──あ、でも豊房ちゃんとかお八ちゃんは凄い勢いで行き遅れ路線を」

「うーたーまーろー?」

「はい怖い!」


 睨みつける豊房の視線から、身を縮こませて自分よりも小さい九郎の背中に隠れようとする歌麿であった。

 そんな様子を見て九郎は愉快そうに笑う。

 体は大きくなったものの、豊房は姉のように歌麿に接しているようだ。

 そうしていると店の奥から、腹の膨れた前髪の長い女がやってくる。


「お久しぶりです、九郎おじいさん」

「おお、お雪かえ。息災であったか。確か二人目の子だったな」

「ええ。上の娘はまだ眠っていますけれど」

 

 口元を緩めて、六科の嫁である盲目の女は云う。

 九郎が江戸に居た頃には六科と正式に祝言を挙げて夫婦となったのだ。彼女の両親を江戸に連れてくるのに九郎も一役買ったこともあり、その夫婦仲が睦まじいのは嬉しいことであった。

 

(というかちゃんと子も作れたのだな六科)


 あのマシーンだかロボットだかダダッダーだか、そんな雰囲気の男でもしっかり夫としての、つとめを果たしたことに感心をする。

 いや実際のところは積極的であったお雪が頑張ったのだろうが。

 九郎が数年ぶりに帰ってきた蕎麦屋で家族同然の皆との再会を懐かしんでいると、店の裏口ががらりと開けられる。


「朝っぱらからうるせーな。どうしたんだぜ?」


 頭を掻きながら店に入ってきたのは、九郎の記憶よりも着ている衣が若干見窄らしくなっているが茜色の着物の女性だ。

 短めの髪の毛とやや吊り上がった目つき。それに背が伸びても平面な胸。

 お八であった。


「あー!!」


 彼女は九郎の姿を認めて指を向け大きく叫び、よろよろと近づいてきた。


「あ。お八ちゃんそこタライが」


 歌麿が指摘をしたもののそれを聞かず、足元不注意後悔一生。


「おわっ!?」


 床に無造作に落ちていたタライに足を踏んで滑らせてお八は転んだ。

 ついでに転んだ拍子に柱の角で側頭部を打ち付け、血を染みつけながら床に崩れ落ちた。


「ハチ子ー!?」

「また死んだー!!」


 お八。頭部挫傷により死亡。





 *******





「死ぬかあああ!!」


 叫んで蘇生するお八。

 がばりと起き上がったお八を見て九郎は額に浮かんだ汗を拭った。


「ふう……『オッサンーヌの膝に溜まった水』が無ければ危ないところであった」

「九郎兄さんが現れただけで死亡者続出マロ……」

「っていうか何なのそのおっさん臭い薬。わたしにも使ったの?」


 微妙そうな表情をしている三人にお八は指を向けて口を開く。


「く、九郎が帰ってきてるじゃねーか!」

「うむ。昨日の夜遅くにな。久しぶりだのうハチ子や。お主も大きく──」


 改めて彼女を見る。背はこの時代の女性にしては高い方だろう。今の少年形態の九郎とほぼ並ぶぐらいで、お雪よりも身長がある。

 ちらりと視線を豊房にやる。お八より低いが一部は少女時代から成長している部位もあった。房が豊んで来てる感じはする。だがお八は……

 歌麿が肩を竦めて皮肉げに笑った。


「──大きくなったのう」

「なんだよ今の間は!! 人の胸が育ってないのがそんなに面白いかタマ助!」

「い、いやあ……成長する時期を晃之介さんのところで体壊すぐらい鍛えてたから育たなかったんじゃないかな。腹筋割れてるし」


 歌麿が叱られながらヘラヘラと云う。


「おう。今も晃之介のところに通っておるのか。感心感心。しかし、なんでハチ子が裏から?」


 九郎の疑問にお八はどこか怯んだように顔を歪めた。

 それに答えるのは妹分の豊房の方である。


「お八姉さんはいい年こいて嫁にも行かずの実家暮らしが針のむしろみたくキツかったみたいで、裏長屋に引っ越してきたの。今は蕎麦屋の店員をしたり、晃之介さんと狩りをしたり、わたしの妖怪探しの手伝いをしたりして生活してるわ」

「あと時々、影兵衛さんの捜査協力とかしてるマロ」

「ま、こっちの方が性に合ってるっつーか。お嬢様ってガラじゃなかったんだよ、そもそも」


 強がるように云うが本心でもあるのだろう。 

 実家を離れたといっても、この長屋の大家がそもそもお八の父親なので目の届く範囲だ。そこまで心配は掛けていない。嫁に行かない以外は。


「元気に過ごしているのならいいわな。実家の皆は元気かえ?」

「まーな。……実家に居るともう手前は諦めて縁談をしろだのうるせえから出てきたんだけどよ」


 顔を逸らして口ごもるように小さな声で云う。

 そもそも彼女の両親は九郎とお八をくっつける気満々だったのだが、突然九郎が出奔して帰ってこないのでやむを得ず、娘が行き遅れる前にと他の相手を見繕って来ていたのである。

 それに堪らず実家を飛び出したというのが事実であろう。


「で、だ! 九郎! お前帰ってきたんだよな!?」

「ああ」

「もうどこにも行かないよな!?」

「未来のことはわからんが、行く予定は今のところ無いのう。伊勢参りぐらいはともかく」

 

 この江戸世界に戻ってくる前に、転移術式を掛けてくれる魔王ヨグに聞いた話であるが。

 九郎が元々生まれ育った地球世界とは位相がかなりズレてしまっているので戻すことが面倒──つまりやれないのだという。

 異なる歴史世界である江戸世界で、九郎という存在が歴史の流れに関わってしまったので座標が変更されたことが原因である。

 それならそれで構わない、と九郎は思っている。彼が居なくとも、弟や母はそれなりに普通に生きて、不仕合わせなことも無く死ぬことはなんとなく理解していた。

 ともあれ九郎の返答で、お八も豊房もホッとした様子である。


「そっか。ならいいんだ」

「九郎が帰ってきて何よりだわ」

「はっはっは。いや、実はもっとさぷらいずも用意してあるのだがな。空気を読めと言われて先に来たが。そろそろ六科と一緒に到着するはずだが……」

「兄さん?」

「信じられぬかもしれぬが、良いことがあるぞ」

 

 悪戯っぽく九郎が笑いながら云うと、まさにその時、店の入り口からぬっと金剛力士のような男が雨戸を外して入ってきた。

 店主である六科だ。夜通し川越街道を歩いて九郎に数時間遅れて到着したのだろう。

 

「あ、お父さんお帰り」

「旦那さまお帰りなさい。あら? 誰かお客さんですか?」

「うむ……九郎殿が連れてきたのだが」


 そう言って、六科は入り口をあけると彼のずんぐりとした体に隠れて、その後ろに居た一人の少女が進み出た。

 年の頃は四歳か五歳ほどだろう。黒い長衣を身に纏い、物心もはっきりするかどうかの幼さを感じさせる体とは裏腹に、顔は自信に溢れた不敵な笑みを見せて、腰に手を当てながら仁王立ちしている。

 長く、真っ黒だというのに光の当たり具合で油膜に似た虹色が僅かに浮かぶような妙な髪色をした幼女は「ふふん」と鼻を鳴らしながら店に入った。


「やあやあ諸君元気にしていたかね? 房よ! 私の形見の眼鏡をタマくんに譲るとは! お前も眼鏡は負け組属性だというのかね! そして眼鏡男子は勝ち組属性だと誰が決めた! タマくんも眼鏡男子なら『眼鏡? 視力が悪いからつけているだけだが』という態度で無くてはいけない! 伊達眼鏡は死罪に値する! おやおやはっちゃんは相も変わらず嘆きの平原! 可哀想に! 行き遅れ臭がするよ! ふはははは!」


 高笑いまでかました幼女は皆が口を半開きにして見ている。

 皆はその幼女を知っている──いや、彼女に残る面影を。喋り方を。雰囲気を覚えている。

 唖然としている豊房らに、九郎が紹介した。


「石燕──いや、お豊と呼ぶべきか。旅に出た先で生き返らせて来たぞ」

「ええええええ!?」

「ちょっ!? なんでだぜ!?」

「しかも若返ってるの!?」


 仰天。 

 成長した子供らは、自分達よりも小さい体で蘇生し返ってきた先代鳥山石燕──お豊を見てひっくり返らんばかりに驚いた。

 さもあらん。

 実際に九郎が旅に出る前には、彼女の葬式をして白装束に着替えさせ、桶に詰め込んで寺に埋めたのを見ていたのだ。

 それが生き返ったなどとはにわかには信じられない。しかし目の前にいる幼女の雰囲気は、どう見てもお豊自身であった。


「なに、珍しいことではあるまい。例で言えば耶蘇教に出てくる大工の息子は、死後生き返ったものの姿が変わっていて弟子達は初見では信じなかったというしね」

「宗教的に面倒な復活例を出すな」

「私は神だ!」

「いきなり悟るな」

「他にも神聖ローマ帝国の赤毛な変人皇帝フリードリ2世でも、死後四十年後ぐらいに本人を名乗る男が現れたり」

「いかにも別人の騙りであろうそれ」

「割りと周囲は信じたのだが当時の皇帝に街を攻められた時人々はこう思ったそうだ。『あれ? フリードリヒ2世が生きていたら今は90歳以上なはずなのに妙に若くないか?』と。それで怪しまれて火炙りに」

「何がしたかったのだ……」

「私の場合はさしずめ死後の世界で閻魔様が『ごめんこっちの失態で死なせたから特典をあげて転生させよう』とか言い出したことにしておくかね! 閻魔様転生! 特典は地位と!」

「閻魔じゃなくて魔王の仕業だ」


 冷静にツッコミを入れていく九郎とのやり取りで、豊房らは確かにこの幼女がお豊本人か、或いは生まれ変わりで記憶がある存在だと納得しつつある。

 というか、散々九郎やら石燕やら将翁やらの胡散臭い妖術めいたことをこれまで見てきたので。

 にわかには信じられなかった転生も、よくよく考えればあり得るかと思い至るようになった。


 さてこの元鳥山石燕。

 神楽坂の屋敷にて、下女として雇っていた夕鶴が居ないうちに彼女のおやつであったモチを一気食いして喉に詰まらせて死んだわけだが、その魂を悪魔カラビアと仮契約して現世に留まっていた。

 だが江戸に隕石が落下してくる際に、己の魂を使ってカラビアの職能を使い九郎を援護し、魂はカラビアの所有となるところだったのだがそこを九郎がヨグに頼んで彼女の固有次元に留まらせ。

 異世界ペナルカンドで契約破棄の指輪を入手してきたことで魂を解き放ち、ヨグが気まぐれに作っていた幼女ボディへと詰め込んで連れてきたのである。

 肉体年齢が4歳から5歳程度なので、まさしく死んですぐに生まれ変わったようなものだ。生き返ったならばまだしも、生まれ変わったということならばお豊の知り合いにも時代柄信じられそうである。


「確か私の生前に出された奇譚を集めた書物にも、とある藩の家老の奥が亡くなったが数年後夢枕に立った幽霊に導かれて近くの漁村に行くと生まれ変わった奥が少女として過ごしていた、という話もある」

「ほう」

「てっきり合法的に幼女と再婚する方便かと思っていたが案外本当かもしれないね」

「穿って見るのう」


 オカルト肯定派だったろうに、と九郎は半眼でお豊を見た。

 そして、豊房がお豊の前で膝をついてしゃがみ、小さな体をぎゅっと抱きしめた。


「……お姉ちゃん、お帰り」

「ただいま、房」

「わたっ、わたしっ、頑張って……絵師、やってるからね……!」

「ああ、私の自慢の妹分だ」


 涙ぐむ豊房の背中を、お豊は軽くぽんぽんと叩いた。

 二人は師弟で、従姉妹同士で、また同じく鳥山石燕であった。

 別れたくて別れたわけではないずっと一緒だった二人が、生まれ変わりという手段ではあっても再会したのだ。

 歌麿もお八も九郎もお雪も、見ていて目を潤ませる。

 豊房はかすれる声で続けた。

 

「だから──」

「だから?」

「──成仏してなの」

「ええええ!?」


 さっきまでの感動はどこへ行ったのか。渋面を作り幼女の肩に手を置いてガンを付ける豊房。


「っていうかモチで喉を詰まらせて死んで生き返るってどう考えても怨霊系じゃない。しぶといわ」

「酷いな! いや確かにちょっと我ながらなんでこんな予定調和的な死に方をしたのだろうと未練を残したけれど!」

「しかも若返っちゃって……人が大人になったと思ったらそうやって自分だけ若くして九郎を引っ掛けるつもりなの」

「お肌つるつるで水を弾くのは嬉しいけど人聞きの悪い!」

「鳥山石燕はわたしの画号なの。返さないわ」

「露骨に警戒されてる! ええいこうなったら絵で勝負だ!」


 ……なんで?と周りの皆が思ったが二人して筆と紙を用意してさらさらと妖怪『油すまし』の絵を描いてバトルを開始した。

 判定は歌麿と九郎である。


「うーん……絵の構図はまるっきり似てるけど『めぎゃっ』とした感じで豊房ちゃんの方がいいかな」

「フサ子の方がベストショットだのう」

「この勝利のために再会したようなものね」

「ぐぬぬ! くそう手指も子供化してるから技術がついていかない……! とうとう房に負けた……!」


 勝ち誇る豊房と悔しがるお豊である。

 ひとしきり、冗談交じりの軽口を叩いてから豊房は再びお豊を抱きしめた。


「よかった。やっぱり、ちょっと駄目で意地っ張りで、ちょっと駄目ないつものお姉ちゃんなの」

「駄目言い過ぎじゃないかね……まったく、見ない間に生意気に育ったものだ」


 安心したように九郎が頷き、歌麿とお八が続く。


「ああ、フサ子のは冗談だったのか」

「兄さんが居ない間に豊房ちゃんアレだからね。結構口が悪く育ったからね。子供なのに大人社会な絵師の世界に入ったから」

「まあ元からズケズケとモノを言う方だったと思うぜ」


 もう十六ぐらいになる豊房を改めて上から下まで眺め回し、子供の成長の早さに九郎は溜息をついた。

 どちらにせよ、今度は体格差から豊房にいじられるようになったお豊ではあるが連れて来て良かったと思える。

 そんな九郎の袖が後ろから控えめに引っ張られた。


「なんかのー……感動の再会で私が出るのがアレなんじゃが」


 その声に一同が視線を向ける。そこには六科とお豊についでこっそり店に入ってきていた女が居た。

 身の丈は九郎より二寸ばかり小さく、艷やかで僅かに青みがかった銀髪を腰まで伸ばしている。服はすっぽりとした貫頭衣の修道着で、ピンと伸びたエルフ耳には小さなピアスが付けられている。

 

「そちらは?」

「美少女発見マロ!」


 九郎は豊房と歌麿の指摘を受けて、朗らかな雰囲気で彼女を自分の前に出して紹介した。


「こやつはスフィ。己れの古くからの大事な友達でな。旅先から連れてきたのだ」

「クローより年上じゃからな。もう百五十歳は越えておるのじゃよー」


 ペナルカンドの仲間、スフィである。

 ダンジョンを攻略し悪魔契約破棄の指輪を得て、江戸世界に戻る際に意思確認を行って彼女は九郎についていくことを選んだのだ。

 元より九郎が居なければ毎日後悔して墓を眺める生活を送っていたスフィからすれば、行く先が異世界だろうが地獄だろうが望んだ選択であった。

 異世界を結ぶ中継地であるヨグの固有次元より、『よく馴染む』という特殊効果のついたピアスを渡されて身に着けていることで、伸びたエルフ耳や目立つ銀髪、北欧風の容姿などは江戸でも馴染むという特典付きであった。 


「今後は己れが面倒を見ることにしてな。旅先の国では長い間世話になったし、心配も掛けたからのう」

「まあ寿命は500歳前後じゃから気の長い付き合いになると思うがの。にょほほ」


 長命種であるエルフは個体寿命にかなり差があるのでスフィもはっきりとは、自分が何歳で死ぬかはわからないのだが。

 殆どのエルフは老衰では死なず、長生きしている間に発生する病気や事故、怪我などで死ぬ。エルフに限らず人間でも百年生きれば生き死にに関わる事は数回起きるし、それを更に五倍生きれば何らかの拍子で死ぬことが多いのだ。


「年上……?」

「五百……」

「ええと、ひょっとして妖怪の人?」


 子供らが目を白黒させながら聞いてくるが、お豊が適当にフォローを入れた。


「仙人の如き長生き九郎くんの友人なのだから彼女は仙女といったところなのだろう。大体、あの阿部将翁など千年は生きていると自称しているではないか」

「なるほど……」

「別に長生きって珍しくないのね」

「それで納得するのもどうかと思うが」


 存外にあっさりと、生き返ったお豊やスフィの寿命について受け入れられているので九郎は肩透かしを食らった気分であった。

 スフィの方も、この世界には基本的に人間(ペナルカンド区分。様々な人種の中間ぐらいという意味の呼び方)しか住んでいないので長耳長命種の彼女は奇異に思われるであろうことは前もって告げられていたのだが。

 

(これも『よく馴染む』マジックアイテムの効果なのじゃろーか)


 耳に感じる僅かな重さに任せるように首を傾げた。


「それにしても兄さんもやるこたやってるマロ。旅先で昔なじみの嫁さんを連れてくるとは」


 何気ない歌麿の一言に、びしりと空間が固まった。

 豊房が、お八が、お豊が、スフィが、六科まで険しい顔で凍りついている。お雪は「まあ」とつぶやき、九郎本人は変わらず眠たげな顔つきである。

 

「嫁」

「嫁……」

「嫁て」


 一斉に平坦な声で皆が呟いたかと思ったら、


「か、勘違いするでない! 別に私とクローは夫婦とかそんなのじゃないんじゃからな! ま、まあ昔から夫婦コンビとか呼ばれたりしたこともあるけど実際はそんなのじゃなくてその……大切な友達なんじゃからな!」


 超速急でスフィがヘタレた。

 いや、単に事実を口にしただけなのだがここで強気に、或いはからかうように肯定できないのがスフィの性格である。

 当然ながら迂遠に仲は良いものの夫婦恋人ではないという事情を察して、女衆はこう思った。


(恋愛弱者の気配を感じる……!)


 百年以上もあと一歩踏み出せない状態が続いてるガール。微妙に歌麿は哀れんだ目線を向けた。その歌麿の前世である魔女が肝心なところでヘタれる呪いを掛けたのも原因ではあるのだが。

 一方で九郎は、


「ふむ……これから一緒に暮らすからまあ似たようなものだが、精々己れとお主では老人仲良しクラブといったところかのう」

「むー……」

 

 若干、平然とそう言い切る九郎に不満はあるものの別離しないという現状を思えばスフィも別に構わないか、と妥協する。

 もう二度と墓を見つめて一人で生きるのは嫌だったのだ。

 ふと、豊房が思いついて尋ねる。


「一緒に暮らすって、どこで? うちだと手狭なの」


 九郎が以前から暮らしていた緑のむじな亭では、現在六科にお雪、豊房と妹のお風、それにもうすぐ更に子供が生まれてくる。 

 大人になった歌麿が長屋に移ったぐらいである。

 九郎は平然と告げる。


「その辺りはお豊と話をしてな。神楽坂の屋敷はまだ残っておるだろう?」

「ええ。夕鶴さんが管理しているわ」


 飯に混ぜ込む調味料、萩のしそわかめで収入を得ている夕鶴である。

 売り始めてから数年が経過し、飯を大盛りで食べる習慣な江戸ではかなり売れて類似品も出回るようになったが、九郎が販路を作って火付盗賊改方や町奉行所などで夕鶴の品を買ってくれるので他店に押されることも無かった。

 噂によれば将軍の食卓にも上がったとか。とはいえ、質素倹約な徳川吉宗の食卓では庶民が食うような雑魚さえ食しているそうなのでそこまで箔が付くものではないが。

 

「そこにスフィとお豊と住もうかという話になった」

「……」

「……」

「……」

「なんだお主ら。その意味深げな目線と沈黙は」

「いや、兄さん。旅先から帰って来たら引っ掛けてきた女の子と一緒に、堂々と細長い結ぶアレってた女性の家に連れ込むとか」

「ギリギリ、石姉とは同居してないから細長い結ぶアレじゃないって主張も出来てた気がするのだぜ……」

「人聞きが悪すぎる!」


 邪推というものだ、と九郎は叫んで否定したが客観的に見ればそんな感じだった。

 とはいえ細長い結ぶ道具のような関係だった相手は、今は幼女になっているので九郎も助けがいると思っての提案ではあったのだが。

 

「ちなみに強盗に狙われまくりだったあの屋敷は、今は夕鶴さんの手によってわかめ屋敷になってるからまず狙われ難くなったわ。まあそれでも一度盗人が入ったけれど」

「私の屋敷が!」

「わかめ屋敷……住む場所に文句を言うつもりは無かったがなんかアレじゃのー」

「仇討はどうしたのだ、仇討はあやつ」


 呆れて九郎は背の高い長州人を思い出した。旅に出る前からそうであったが、徐々に仇討よりしそわかめのふりかけ販売に力が入っている気がする。

 

「ま、なんだ。そんなこんなでまた江戸で厄介になるから、スフィ共々よろしく頼むぞ」

「頼むのじゃよー」

「ううむ、鳥山石燕は譲ったから今度は画風を変えて写楽とでも名乗ろうか……」


 気の抜けたように。

 感動の再会というよりは、日常の一部に溶けこむようにしてそう言う九郎たちに毒気を抜かれた皆は。

 ともあれ、こう云った。


「──おかえりなさい」


 生まれた場所と時代ではなかったが。

 そう云ってくれる誰かが居ることは、自分にとって幸いなのだと。

 

 異世界から帰ったら江戸であった男は、そう感じて微笑んだ。それは諦めや妥協ではなく、そういう幸せな微笑みだった。 

 

 

 



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[一言] 石燕さん本当に死んじゃったのかと悲しんでたらサラッと復活してて一安心。
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