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108話『掌編:九郎に抱かれて眠ってみよう~その2』

※それぞれの話の時系列はバラバラです

 浅右衛門の場合。




 山田浅右衛門の仕事は死体を扱う。罪人の首を切って胴体を運び、大名や旗本の予約を受けていた順に刀の試し切りを見せてその刀への折紙(証明書)をつける。時にはナマクラの刀ではあるものの、下賜されたものなのでどうか良い折紙を付けてくれとこっそり頼まれる場合ではコツを使って上手い具合に胴田貫する。

 江戸でも有数に人体を斬った経験のある浅右衛門ならば、刃が潰れた刀でも胴一つぐらいならば切断可能だ。

 ともあれそうして試し切りを終えた後は再び死体を運びだして自分の屋敷に持っていく。身分は浪人なので従者はおらず、年老いた腑分け役の老人を雇っているぐらいの手伝いが普段である。


 彼の屋敷──とは云うが、がらんとしている住居は回向院近くにある。回向院は無縁仏や、刑死人、遊女など身分が悪い者を供養してくれるので浅右衛門もよく頼んでいる。

 屋敷に入れた死体は腑分けされ、使える部位を剥ぎとって保管する。肝臓、胆嚢などは焼いて薬に使われ、太腿の肉は削いで塩漬けにすればこれもまた病気に効くとされる。指も遊郭で使われるので、取って塩を入れた酒に漬けておく。

 死体を切り売りすることに関しては浅右衛門は一切、悪いことをしているとも、儲けようとも思っていない。ただ、死人が生きている人の役に立てば来世での徳になるだろうか、とは思っている。

 こうした作業を終えて死骸は寺に葬り、解体した屋敷の離れを掃除する。血腥ちなまぐさい臭いは染みこんで取れないが、水と塩で丁寧に清める。

 

 そのような作業をするのだから、一体捌くのにも一日がかりで大変な作業であった。

 ある時。盗賊団の大捕り物が行われて、斬首刑の罪人が八人も発生したので浅右衛門は手が追いつかないとして、九郎に処理手伝いを頼んだ。

 清掃の労働経験で死体に対して、嫌な気分は散々するものの泣き出す程ではない抵抗感なことと、病気に掛からないし魔法の道具が便利なのでとても助手として役立つのである。

 一体一両という価格で請け負い、なんとか死体を処理して疫病が蔓延しないように解体部屋の病毒をブラスレイターゼンゼに固定した。


「ふう、終わったが……もう暗くなってしまったのう。湯屋ももう閉まっただろうか」

「そだね」


 じゃぶじゃぶと桶で手を洗って、九郎は自分の身体の臭いを嗅いでみたが鼻の中にまで死臭が詰まっていて、とにかく臭いということしかわからなかった。

 げんなりとした気分で食欲も無い。こんな状態で家に帰って、お房に鼻でも抓まれたら心が折れそうであった。


「なんなら九郎氏、今日泊まっていく?」

「ああ……そうしよう」


 溜め息混じりに返事をした。というか、気分が下がりすぎて家まで帰るのも億劫であったのだ。

 こういう仕事が社会に必要であるというのも理解はしているのだが、専門職でもない九郎が耐えられるからというだけで手伝うのは、彼の人生経験からしてもそれなりにしんどいものではあった。

 

「お泊りだー」


 相変わらずのほほんとした、ハッパでも決めたかのようにふらふらとしたまま笑みを浮かべている浅右衛門が、ぶらりと手を上げて喜んだような仕草を見せた。


 浅右衛門の屋敷はがらんとしている。

 刀の鑑定や試し切りで有名だから飾ってでもあるのかと思ったら、整備道具しか家には置いていないという。

 折紙と薬の販売で利益は得ているはずだが、


「大金を持っていても仕方ないから。生活費以外は、知り合いの道場に寄付したり、寺に寄付したり」

「清貧だのう」

「使いどころが無くって、さ」


 にへらと笑ったまま、彼は寝床に座って九郎と対面し酒を飲んでいる。

 夕飯は出なかった。九郎も食欲は無く、だが酒で空いた胃袋はあたたまるので丁度いいが。


それがしも解体した日の夜は食べないようにしてるんだ。食べれないわけじゃないんだけど、さ。ほら、なんて云ったっけ? 黄泉のご飯を食べると帰れなくなるって」

黄泉竈食よもつへぐいか」

「そう、それ」

 

 頷いて酒のおかわりを呑む。


「死体を扱ったこの晩は、この屋敷の中は死者の世界に近い気がして、もし幽霊が居るならご飯を食べてたら未練が出るかも、と思って」

「意外に信心深いのだのう」

「成仏するか輪廻して今度は善人になって欲しいねえ」


 しかし、と九郎は目頭を揉むようにして、浅右衛門の背後を見やる。

 幽霊妖怪を見ることができる石燕に云わせれば。

 浅右衛門には既に何百の怨霊が取り憑いているというのだが。

 それは彼の切った者だけではなく、悪い霊が更に怨念を引き寄せて雪だるま式に膨れ上がっているのだという。

 だが彼生来の徳の高さか、善行による神仏の加護か、殆ど影響は及ぼせていない。


「明日の朝になったら食べに行こうか。近くにさ、手打ちのうどんに、けんちん汁を掛けた飯を出してくれる店があるんだ。染み染みとした味でお腹に貯まる」

「そうだなあ。ではもう今晩は寝るか」


 油皿に灯る灯芯を、浅右衛門は指で摘んで消した。

 一瞬九郎の視界が真っ暗に染まり、それから薄ぼんやりとした月明かりが障子を蒼白く染めるのが目に入る。

 完全な闇より寝やすい、そんな明るさだ。

 香の匂いがする。浅右衛門の屋敷には、血の匂いが染みつかないように香木が炊かれているのだという。

 

(そういえばヨグの固有次元の[知恵館バイトアルヒクマ]は香木でできた建物の名だったな……)


 などと思い返しながら、血の匂いで眠れないということは無さそうだったので、用意されていたせんべい布団に入って息を吐いた。

 

「この布団、死人を寝かしたりするやつじゃないよな」

「大丈夫。っていうか、うちは首なしの死人しか来ないから、さ」


 ひとまず安心して──安心していいものか一瞬悩んだが──まぶたを閉じていると隣からわくわくした声が掛けられる。


「ね、九郎氏って好きな子とか居るの?」

「予想以上に鬱陶しいな、その話題」

「やは。ほら、某友達とか居ないから、こうして寝るときに語り合うのちょっと憧れてたり」

「三十も後半の男が……いかんブーメランになる」


 自分も似たような話題をお八に振ったことがあるのを思い出して、やや自己嫌悪をして額に手を当てた。

 天井を向いているので浅右衛門の表情は見えない。そんな彼に問い返した。


「お主こそ、嫁も見つけねばなるまいよ。いい年なのだから」

「うぅん、一寸難しいような……死体を斬るのが生業で、家に金は碌に無いから、さ」

「まあ、確かに」


 少なくとも女が好き好んで恋するような男ではない。

 顔立ちだって並だし、立ち振舞いは酔っぱらいか低血圧のようにふらふらとしている。


「それに──こんな某に好かれても、女の人も迷惑だろうし、さ」

「……」

「この仕事は辞める積もりは無いんだ。もし某が嫌になって辞めたりしたら、これまで斬り捌いた人達が怒り出すような気がするから。俺達の臓物を売った金で飯を食っていたのに、真人間になれると思うのかって、云われたら困る」

「……そうか。だが、な」


 九郎は、口がもごもごと動いて、頭もやけにもやもやとして抗弁しようと唸った。

 死に関わる仕事の者。

 本人は一切悪くもなく、ただ己の果たす役目として受け入れた仕事で生き方の自由を奪われている。

 それを良いと思うも、悪いと思うも他人の勝手なのだろうが。

 どうも、彼をずっと孤独にしているのは、嫌だと思った。


「もし、お主が誰か女を好きになったとして。その相手がお主を受け入れるか、受け入れぬかを確かめもせずに……諦めたりするなよ。嫌がられたなら、酒でも奢ってやる。勇気が出ないなら、なんとか取り持つ。だから、その……」


 なぜこうも、云い難い言葉があるのかと九郎は不思議になりながらも。


「……人は誰でも、自分を幸福にする権利がある。夜空に自分だけが見出す幸せの星があるものだ。それを忘れるな」


 浅右衛門の方は向かなかった。

 ただ、


「ありがとう」


 と、消え入るような声がして、彼は布団に入ったようであった。

 静かな夜に、屋敷の庭では鬼火が踊っていた。





 ******





 お七の場合。




「というわけで泊まらせて貰うぜ」

「なんでまた己れの布団に……」


 唐突に窓から入ってきた少女お七は、その唐突さのまま九郎の布団を占拠してそう言い放った。

 身軽なところと、気まぐれなところは猫のようだと九郎は思う。その辺りは見た目がそっくりなのにお八と違うかもしれない。お八はどちらかと云うと子犬系だと九郎は考える。

 晃之介の道場へ居候しているお七が何故か九郎のところに泊まりに来たのだが。


「なんつーの? こうして時々は師父と子興のねーちゃんとの二人っきりの夜を作ってやるのが? できる居候気遣いかと思ってな」

「それでその気遣いは実を結んでいるのかえ?」

「いや、まだ別々の部屋で寝てる」

「奥手だのう」

 

 お互いに憎からず思っている男女が、同じ屋根の下で住んでいるというのに健全この上ない。

 勿論、晃之介が軽はずみに知人から託されて泊めている女に手を出す男ではないというのはわかっているのだが。

 単に童貞処女をこじらせた青臭いカップルなだけである。


「つーわけで野宿でもいいんだけど、泊まるところ師父に教えとかねーと外泊許可でないからな。九郎の兄ちゃんのところに泊まることにしたぜ」

「己れのところで無くとも」

「雨次師兄のところなんざ泊まったら面白いことになりすぎるだろ。それに師兄も居候身分みたいだし。お八のところは論外。あいつの両親、変な勘ぐりしてやがる」

「まあ確かに、ハチ子の親は妙なところがあるな。己れとハチ子の布団を並べたり」

「ぷっ。笑えるぜ」


 にたにたとお七は笑って、布団の中に潜り込む。


「まあいいや。さっさと寝ちまおうぜ。どうせやることもないだろ。あれ? あるのか? やること」

「別に無いが」

「そっか」


 布団を九郎が寝るスペース分、広げて開けてくるので仕方無さそうに九郎はお七の隣に入って、並んで寝ることにした。

 品のないお七の大あくびが聞こえる。


「そういえば最近どうだ。生活は」

「そこそこ。ま、良く云えば安定悪く云えば退屈ってとこか。大丈夫、悪事はあんまりやらねえよブルル」

「いきなり震えたな」

「師父と善悪の議論もさせられてな……『あんまり酷い悪事を働くと、世界の果てに居ても俺が仕置きに来るからな』……だそうだぜ」

「あいつらしい、理屈じゃない説得だのう」

「でも金目の物を拾ったりするぐらいはいいって」

「あいつもあいつで、微妙な倫理観だよな」


 お七はもぞもぞと九郎の方を向きながら云う。


「師父が子興の姉ちゃんとくっつくまでは居候するさ。面白そうだしな。それを見届けたら、邪魔になるから出て行くけどよ」

「……それからどうするつもりだ?」


 問いに、お七は無邪気な笑い顔のまま屈託なく応える。


「旅に出るぜ! 世の中にはまだ見たことが無い、面白いこととか変な物とか笑える何かが沢山あるだろ。それを見て回らずに死にたくはないな。

 やりたいと思うことを何でもやるんだ。船に乗ったり山に登ったり、阿蘭陀人を見に行くのもいいかもな。子供もそのうち作って楽しく生きるさ」

「明るい人生計画だのう」

「この先何があるかわからねえのが一番楽しいのさ。九郎の兄ちゃんも、楽しんで生きるこった。長生きしても飽きが来ちゃ人生台無しだぜ」

「そうだな」


 しっかりとした子供だと、九郎は感心しながらも少し寂しい気分になった。

 独り立ちしていく子を見ると時の流れを感じるからだろう。

 が──。


「おい。人のちんちんを引っ張るな」

「んー……やっぱ不能って話は本当っぽいな。宿の礼として楽しいことでもしてやろうかと」

「これ」

「あ痛っ」


 面白半分で興味深げに股へと手を伸ばすお七にデコピンをして叱りつつ、やがて二人は眠りについた。




 翌日の朝。

 九郎が目覚めたら既にお七は居らず、窓が開きっぱなしであった。

 帰ったのだろうと思いながら一階に降りる。珍しく、朝から石燕と──服装で判断するに、お八が店にやってきていた。 

 二人は降りてきた九郎を見て、ぎょっとする。


「く、九郎くん……?」

「うむ?」

「むむむむ虫刺されだよなそうだよな?」

「何がだ」


 首を傾げていると、お房が近寄ってきて九郎の首元を触った。


「なんか首のあたりに赤い痣が沢山できてるのよ。病気かしら」

「むう?」


 云われて、鏡の前に向かい確認すると──吸い付かれたような痕が、幾つも残っている。

 あの悪戯娘のにんまりとした顔が浮かんだ。


「もう泊めてやらん……」


 そうげんなりと呟きながら、寝ているときに付けられたお七の吸い痕に手ぬぐいを当てるのであった。





 ******




 晃之介と雨次の場合。



 

 とある冬の日のことである。

 年一番の寒さが訪れ、北風が粉状の細かい雪を砂嵐のように吹き付けている。江戸でもこの日は北国めいた雪が降っていて、人々は外に出ないか暖を求めて湯屋のラウンジなどで過ごすという日である。

 六天流道場にて、その日は雨次と九郎が訪れていた。

 昼間の雪が晴れた僅かな時間に、もう大丈夫と見誤って雨次は稽古に、九郎は晃之介が凍死していないか酒を片手に出てきたのである。

 結果。


「……凄い吹雪いてきましたね」

「寒っ」


 雨次と九郎は道場に入った途端に、天候は悪化。

 風が強まり外では目を開けるのがつらい程になってきたのである。

 晃之介は苦笑しながら、


「まあ、仕方ないな。身体でも動かして温まるとしよう」

「はい」

「ううむ、己れもたまには参加することにしよう。今日は、店の暖房に炎熱符を取られてしまってな、持ってきていないのだ」


 そうして三人は、道場の中で鍛錬を始めることにした。

 入念に体を伸ばして手足の動きを滑らかに、柔らかくする準備運動から始める。 

 六天流は咄嗟の判断による武器の持ち替えなどで背中に手を伸ばしたり床に落ちている道具を蹴りあげたり拾ったり、体を様々な方向に使うので硬いと支障が出る。

 大人になってから体を柔らかくしようとするのは中々難しいので、やはり子供の頃から体づくりをしなくてはならない。

 

「あだだだだ」


 前屈運動で雨次に背中を押されながら九郎は苦痛に呻いた。


「九郎さんはなんでこんなに体が硬いかなあ……」

「こいつは背中も丸まってるからな。年下のお房ちゃんに、『背中! 背中!』ってよく怒られているぞ」

「お雪にいっそゴリゴリと按摩してもらうかのう……この前、タマが肩甲骨はがしをされていたのだが」

「肩甲骨って剥がせるの!?」


 ※マッサージ名称の一つである。

 そうして準備運動を終えた後は、体を温める為に歩法や走法の鍛錬を行うことになった。

 基本は、上体を揺らさないようにしながら重心移動と足腰の力で前後左右に移動するだけだ。一歩ごとに地面を足裏で蹴りつけつつ、その衝撃を膝ではなく体内に循環させて次の一歩の力にするというのが理屈なのだが。

 

「すぐにはできないだろう。とにかく雨次は反復で練習しながら無駄な動きや力みを徐々に削っていこう」

「はい」

「走るのは相手の間合いを詰めるにも、広げるにも、そして逃げるのにも使えるからな」


 晃之介が雨次の限界速度を見極め、それより僅かに早い速さで先行して動きそれに雨次が付いていく。

 そして九郎は、


「できたぞ! 唐辛子を入れて酒を燗してな、これを飲めば温まる」

「うん。俺は早速修行じゃなくて唐辛子酒を作り出したお前の飽きっぷりに驚くよ」

「大丈夫大丈夫、飲んでからやるから。ほれ、お主らも少し呑んで温まれ」

 

 そうして九郎の作った、刺激的な酒を雨次も少し呑んでから鍛錬を再開するのであった。

 呑むことで胃の腑が温まり、血行も良くなった。九郎も晃之介に渡された重りをつけて走法の鍛錬に参加する。

 唐辛子と運動の効果で汗ばむほど体が温まってきた。


 それから暫く。

 曇天の空では、暗くなるのもよくわからないまま夜になり。

 一同は九郎、晃之介、雨次と並んで一枚の布団を羽織って震えていた。全員が、褌一丁である。九郎はトランクスだが。


「さささささ寒い……」

「服が汗で濡れて着れなくなるとは……」


 そう、夢中で鍛錬をしていた三人は汗びっしょりになって、運動を止めたときにその汗が冷えだしてオマケに着替えも無く、濡れたままでは凍傷に成りかねないと脱いで一塊になり寒さに震えているのだった。

 薄暗い部屋の中で僅かな行灯の灯りがぼんやりと照らす中、なんとか解決策を探る。前述した通り、炎熱符は無い。

 

「こ、晃之介予備の道着とかは……」

「数日の雨で全部乾いていなくてな……朝方確認したら凍りかけてた……」

「僕らの服もそのうち凍りそうだ……」


 肌と肌がくっつくのさえ恐るべき冷たさを感じるものの、触れ合っていればギリギリで体温を感じられる。

 男同士の密着がどうとか云っている場合ではない。

 超寒いのである。

 車座りで晃之介を挟んで男触れ合いランドである。


「た、確か晃之介、七輪を持っていなかったか……」

「あるが……この寒い中で誰が用意をする」

「すみません僕眼鏡なので」

「理由になってない!」

「待て。ここで争っていても仕方がない。こうしよう」


 晃之介は指でそれぞれの方向を指して告げる。


「俺が七輪を取ってくる。九郎はさっき酒を燗した火種が竈にあるだろう。それを持ってきてくれ。雨次は土間にある炭を取ってこい」

「仕方ないのう……こうなれば三人協力するか」

「ううう……」

「行くぞ! 散開!」


 晃之介の指示と同時に布団は跳ね上げられ、三人はそれぞれの目標物を確保に向かった。

 しかし七輪を入れていた押入れを開けた瞬間晃之介は、乱雑に積んでいた[膝茂君]の膝雪崩が降りかかり埋もれた七輪を探すのに手間取った。

 九郎は竈まで一直線だったものの、火箸と取り皿を見つけるのに時間がかかった。

 雨次はまず炭を置いてある土間が凄まじく冷たくて、かじかんだ手で炭を拾うだけで手足の指先から血で出そうなぐらい痛かった。

 三人はヤケッパチのような速度で戻ってきて、七輪を床に叩きつけてその中に炭を叩きつけて火種を叩きつけた。

 そして布団に同時に潜り込む。


「寒っ! 温まっておった布団の温度が全部逃げた!」

「雨次、足が冷たいぞ!」

「ああああ、足っていうか全身が……ふぐりが梅干しの種みたいに縮こまってる……」

「凍傷でもげるなよ」


 再びガタガタと震えながら寄り添って温まるのを待つ。

 九郎が起風符で七輪に適度な風を送りながら、ぽつりとつぶやいた。


「一人ずつ順番に行けば、布団が冷めないで済んだのではないか」

「それを早く云え九郎」

「後の祭りになってから思いつかれても」

「……」


 何故か非難されたので、二人の背中に冷えた手を当てると「うわっ!」と師弟は声を同時に上げた。

 

「ええい、それにしてもほら、晃之介」

「なんだ」

「お主の得意な謎の技で暖まれんのか。拳が燃えたりぐるぐる回ったり」

「人を何だと思っているんだ……」


 呆れたように云う晃之介だが、考える素振りを見せて、


「自分の体を低体温な仮死状態にして雪の中でも一晩過ごせる呼吸法ならあるが」

「一人だけ冷たくなろうとするな」

「全員で温まりましょうよ」

「むう……」


 晃之介は組んで姿勢をあぐらに替えて、云う。


「仕方ない。また運動をするか」

「一晩中は無理だぞ」

「七輪で部屋が温まるまでだ。いいか、手順を説明するぞ」


 晃之介が提案したのは単純な運動で、部屋の四隅にそれぞれ分かれ、隣の角にいる相手のところまで走って肩を叩く。

 叩かれたのはまた次の隣の相手へと向かい、肩を叩いた者はその場に留まる。

 それを続ければぐるぐると部屋の周りを走り続けることになるという運動であった。

 三人は配置について、寒さに震えながら行った。


「ふう、これは己れの居たところでは[スクウェア]という遊びでのう、冬の山小屋などで行われたのだ」


 九郎が前の相手にタッチする。


「六天流では走りと休憩、暗闇の中での相手の把握などに効果があるとされている」


 晃之介がどこからか、走りながら応えた。


「うむ。こうして暗闇でやるのが本流だのう。己れの居たところでも、最近のスクウェアはグラフィックばかり拘っているとか、複雑なシステムを追加しすぎで駄目だとか云われておったから、懐古趣味と云われるかもしれんがこういう単純なものでなくてはな」

「この部屋を走る遊びのことですよね?」

「そうだが?」


 不思議そうに雨次の疑問に九郎は返事をする。横文字を使ったから通じにくかったのだろう。

 そうして──。

 四半刻もすれば、走り回った熱気と炭火で部屋もかなり温まった。


「いやあ、今日はさっさと疲れていて暖かいうちに寝るとするか」

「そうだな」

「うん……」


 布団に潜り込んでから、雨次が頭を抱える。


「どう考えてもぐるぐる部屋の中を廻るには二人足りないじゃないかあの運動……五人中二人をこの場に居ないはずの誰かに頼ってる……せめて一人足りないとかにしろよ……」


 若干理不尽を感じていたが、確かめるのも怖かったので頭を布団に入れたまま眠りに付くのであった。



 翌日の早朝──。


「うー寒い寒い。朝っぱらから晃之介さんのお家に御札を届けにくるボクは、蕎麦屋の店員のタマ。強いて云うなら、男の人にも興味があるってことかなー」


 謎の説明セリフを吐きながら、雪が止んでいる外から道場へタマが入ってきた。

 昨晩帰ってこなかった九郎を心配して──とはいえ、外泊はよくある話なのだが──朝早くに、タマが炎熱符を持って迎えに行かされたのである。

 かなり寒いが手に持つ術符から熱が発せられているので、他の人よりは平気である。

 寒気が入らないように、玄関に入ってぴしゃりとすぐに戸を閉める。

 そして道場を見回すと──布団が一つだけ敷かれていた。


「あれ? 兄さん泊まらなかったのかな」


 疑問に思いながら近づき──その布団から三人分の膨らみを見て、思わず白目になるタマ。

 そっと炎熱符で部屋を暖めつつ──寒さで起き上がらないように──掛け布団を慎重にどけてみると。 

 半裸な男三人が、寝相でからみ合って寝ていた。

 

「ほむぉ」


 鼻息が吹き出した。危うく血も出るところであった。

 タマの脳内に選択肢が浮かぶ。


 ・起こす。

 ・混ざる。

 ・食べる。


 ──急急いそいそとタマは己の服を脱ぎ始めた!





 その日の朝。

 裸で簀巻にされて道場の軒先に吊るされている少年が一人、悲鳴をあげていたという。

  


 





 ********





 お房の場合。




 六科とお雪が祝言を挙げて、夫婦水入らずな空気を読み娘のお房は二階の空き部屋に移ってきた。

 それを夫婦は喜ぶというより、寂しがるので時には三人で眠るときもあったが、しっかりもののお房は一人部屋にも憧れがあったようである。

 それから、時々。

 月に一度程の頻度で、お房は九郎の部屋にやってきて、一緒に寝ている。

 最初は一人が怖いとか、寂しいとかそういう理由だろうと九郎は思っていたのだが。

 九郎の胸に顔を押し付けて、不安げにお房が独り言で自分を納得させているように呟く言葉で思い至った。


「あたい、頑張ってるよね……」

「ああ、そうだなあ」

「先生みたいに綺麗な絵を書きたいから……上手くなってるよね」

「勿論だ」

「お父さんも、お母さんも褒めてくれるよね……」

「あやつらもちゃんと、お房の頑張りはわかっておるよ」


 お房はしっかりした娘だ。

 それは、そうしよう、そう見せようと本人が努力をしているからだ。

 父親に褒められたい。母親に認められたい。師匠に近づきたい。他人に馬鹿にされたくない。自分を誇りたい。

 つまりは、一人前になりたいと思っている。

 だけれども、それが上手く行っているか不安になるときがある。

 躓いて立ち止まったときに、腕を引いて起き上がらせて欲しいわけではないが。

 ただ話を聞いてくれる九郎がありがたかった。


「いつも頑張ってるから……今は頑張らなくていいよね……?」

「ああ。いいんだ。ゆっくり休め。己れがついている」

「うん……」


 お房は日々の不安や、疲れを涙に替えて九郎に抱きついたまま眠る。

 そんな彼女が寝入るまで、九郎は優しく背中を撫でていた。


 お房にとって九郎はよくわからない他人であった。

 それは次第に店の一員となり、頼れる兄貴分になって、今では家族も同然だ。

 兄であり、父であり、祖父のようでいて、その誰でもない。そんな不思議な距離感でいる。

 とにかくお房は九郎は九郎として、他の形容もできない特別な何かとして。

 父や母や姉達に見せたくない、自分の弱いところを受け入れてもらっている。


 その感情を、お房は自覚していない。

 だが、無意識の寝言で僅かに言葉に出した。


「九郎……好きだから……」


 苦笑して、九郎も抱きついているお房を軽く抱き返して云う。


「己れも好きだよ」


 この子がいつか嫁に行くときに。

 自分は絶対に泣くだろうと思いながら、九郎もまた実の娘のように大事に想っているのであった。

 

(それよりまず、思春期になって洗濯物一緒に洗わないで!とか云われたら泣きそうだ)


 どうでもいいことを考えながら、九郎は子供の温かな体温に眠気を誘われて、目を閉じた。




 翌朝になればお房はいつも以上に元気であり。 

 寝坊すれば布団を引剥がされ、朝食もばっちりと作り上げてテキパキとタマに指示をやり開店準備を整える。


「それじゃ、今日は先生のところに絵の稽古に行ってくるの」

「お、おお」

「ほら、九郎も行くわよ。どうせ暇なんでしょ。今日はいい絵が描けそうだわ」

「わかった、わかった。慌てるな。雨が降っておるのだから、濡れるぞ」


 九郎は蛇の目傘を用意して、お房と並んで温かい雨の降る外へと出て行く。

 子供の成長は早い。いつかは自分が手を握らなくても、夜に添い寝せずとも彼女が平気になる日が来るだろう。

 

(だがまだ暫く、頼られていたいと思うのは保護者の我儘なのだろうなあ)


 二人手を繋いだ相合傘の下で、そう思ってゆっくりと歩いて行った。






 ****** 






 玖音、ちーちゃんの場合。





 眠い。

 とにかく九郎は眠かった。平日、高校での四時間目である。


(今何の授業しているんだっけか。声がさっぱり頭に入ってこないな……)


 何の変哲もない、中学時代の同級生が半分以上同じく進学するような公立高校に九郎は通っている。

 中学時代から生活費を稼いでいる中での進学だが、一応高校は出たほうがいいとは九郎も納得してのことではあった。

 ともあれまだ怪しげな事務所のアルバイトは続けている。

 義務教育を終えてむしろバイトの幅が広がったぐらいであり、ここ数日は特に忙しかった。睡眠も数時間はとっているが、疲労が抜けずに眠気が昼食前の今まさに襲ってきていた。

 教師の言葉が、目頭を揉みながら堪えている九郎の耳を刺激して、意味は入ってこないのに眠気だけは誘う。


「──それで神聖ローマ皇帝フランツⅠ世はフリーメイソンだったわけだ。当然、プロイセンのフリードリヒ大王もフリーメイソンだ。スウェーデンでは国王が無能なのをいいことに国内のフリーメイソンがメイソン建築を行い、ロシアもエスカチェリーナ女帝の愛人にはフリーメイソンが居た。その時期イギリスでは丁度ケルト系のエンシェント派閥スコットランドフリーメイソンと、ノルマン系のロンドンフリーメイソンに分離した。それに呼応してフランス国内の聖堂騎士団残党系フリーメイソンが……」


 なんで十八世紀のフリーメイソンの話をしているのかまるで意味はわからなかったが、そのゲシュタルト崩壊しそうな連呼も九郎の意識剥奪への一助となる。

 僅かに開けた視界が二重三重にぼやけて見えた。

 眉根を押さえて首を振る。頭も鐘を鳴らすように音が響いていた。あの鐘を作ったのもフリーメイソンだ。奴らは円形塔と鐘を使って自然エネルギーを集めている。そう洗脳されてしまいそうだ。

 がたり、と九郎の隣の席から音がした。片目をちらりと向けると、見知った女子が手を挙げて席から立っている。


「先生ー」

「どうした、千早宮ちはやのみや

「九郎くんが気分悪そうなので保健室連れて行っていいですか?」

「なるほど……フリーメイソンの暗躍を認めない気持ちはわかるが歴史は直視するべきだぞ。まあいい、連れて行ってあげなさい」

「はーい。……大丈夫? くーくん」

「うう」


 なんとなく呻いて、九郎は隣の生徒──千早宮千紘ちはやのみや・ちひろと云う中学からの同級生に引っ張られて、教室の後ろから出て行った。

 その様子を女子生徒の一部が、「出た! ちーちゃんの正妻アピール!」「効果は今ひとつなのが特徴!」「頑張れ!」と小声で応援する。クラスの女子派閥でも純情こじらせている上に報われていないのがちーちゃんの人気の原因だ。

 二人が出て行ったあとで、九郎から離れた一番後ろ側の席に座っている地味な眼鏡の女子がおずおずと手を挙げて、


「あ、あの、せんせ、い。わた、しも、ちょっと……」

「それで各国で影響力を付けたフリーメイソンは時の教皇クレメンス12世に危険視されて、かの有名なフリーメイソン排斥令[イン・エミネンティ]が出された。これセンター試験にも毎年出るから覚えておけよ」

 

 眼鏡の女子──晴井玖音の挙手は誰にも気づかれなかったという。



 廊下に出て、ふらつく九郎を横から支えるようにして千紘は歩いていた。

 中学からぐんぐんと背が伸びている九郎は、触れながら並ぶと千紘の方に寄りかかるようになって、どきりとする。

 赤くなりそうな顔を振って、目をしょぼしょぼさせている九郎を覗き込み云う。


「大丈夫? くーくん」

「ああ、寝不足気味なだけでな。おっと、悪い遊びじゃないぞ」


 昔から姉御肌というか頼ら委員長気質のようなものがある千紘に突っ込まれないように訂正した。

 

「わかってる。アルバイトだよね」

「どうしても雀荘で人が足りないと云われて行ったら朝まで付き合わされて……」

「悪い遊びじゃん!?」

「仕事だ、仕事……ふああ眠い」


 一昨日は夜間工事の仕事をして夜に体を酷使して以来、纏まった時間眠っていないのが疲れが色濃い原因だろう。


「生活費稼いでるのはわかるけど、無理しすぎないでよ。そんなに苦しいの?」

「いやあ、実はそうでもない。この前、海外に居る親父がナチスのUボートを引き上げる仕事を成功させたんだ。ネオナチと色々争ったらしいけど、とにかく生活費は送ってきた」

「……じゃあちょっとは休みなよ」


 怪しげな仕事をしている高校生も高校生だが、その父親は輪にかけて謎の職業であるようだった。

 

「一時的に楽になったからといって仕事を辞めれば復帰するとき大変だろ。貯めれるときに貯めておかないと」

「はあー……立派だよくーくん。高校卒業したらうちに就職すれば? 寝不足にならなくても、家族を養える程度にはお給料出るよ」

「考えておく……眠い」


 千紘の実家は土建屋をしているので誘ってみたが、気のない返事というか眠気で碌に考えてい無さそうではあった。

 溜め息をついてとにかく保健室に行く。

 グラウンドに近い校舎棟の一階角部屋に保健室はある。そこに入ると、担当の保険医は居ないようであった。

 

「まあ、寝るだけだからいいかな……あれ、くーくん?」

「……」


 もう殆ど立ったまま寝ている九郎を引っ張って、なんとか真っ白なシーツのベッドに寝かせた。

 頭の下に枕を入れてやり、学生服の胸元のぼたんを苦しくないように外した。かなりどきどきしたので二回ぐらい触れて躊躇したが、それでもやりきった。

 

「よ、よし」


 九郎はもう寝息を立てている。念のために彼の背中や肩に触れて僅かに位置を正すようにして揺らしてみたが、起きない。

 これならば、計画を実行できると強い意志で千紘は拳を握った。

 中1で九郎に初恋して4年目。一歩進んだ関係になるには遅く、同じく中学時代から付き合いのある女子達も「遠回しに諦めてるのかと」「かなり取られそう」「っていうか私が九郎っちに告っていい?」などと散々な云われようだったが。

 

「進むは今──!」


 千紘は寝ている九郎の手を取って、自分の頭を抱かせるようにして彼の体に顔を押し付けた。


(うわ凄い今わたし百歩ぐらい進んだこれとんでもないリードだわすんすんすん超幸せっていうか気持ちいいっていうか首! 首に手がある安心感。いっそ首輪つけて散歩して欲しいぐらいで……いやいやわたしそんなヘンタイじゃないけどくーくんがそういう性癖持っていたとしても受け入れる度量の大きいお嫁さんというかできれば特殊な方がいいというか彼の良さをわかっているのはわたしだけみたいな感じなるから嬉しいんだけどああもうこれ毎日してくれないかなお金? お金払えばいいの?)


 彼女はこじらせていた。


 がたん、という音がして至福の時間が破られる。

 ベッド近くの窓の外から、瞳孔の開いた目で玖音が見ていたのである。

 挙手しても気付かれないという特性を活かして、教室からこっそり抜けだして来たのだ。最短距離を進んだので外から目撃してしまったようだ。


「あ、ああ、ああ……」

「は、晴井……ちゃん?」


 彼女の手には、注射器が持たれていた。

 シャブだ。


「ゆ、ゆ、ゆるせない。九郎、くんの、抱きしめ童貞を、奪う、なんて……」

「抱きしめ童貞!?」


 云いながら窓を乗り越えて保健室の中に入ってきた。  

 原作版のコロスケのように正気を失った目が左右別方向を見ながらふらふらと注射器片手に玖音が近寄ってくる。

 ふわふわでボリュームのある髪の毛がオーラのように広がっていて、異様な雰囲気をしていた。


「高校生だからもう……イメージビデオじゃなくていいよね……オブデマンドでいいよね……!」

「ちょっと!? なにか知らないけど駄目だからっていうかうわっくーくんに抱かれてて動けない!?」

「全身ラバー!」


 謎の叫び声を上げて襲い掛かってくる玖音。絶体絶命の千紘。 

 と──その時。


「ううーん……」


 九郎が伸ばした手が、近寄ってきている玖音の手に触れた。

 寝ぼけているから自宅ですぐにぐずる弟と勘違いでもしたのか──。

 玖音の手を掴んで、ベッドに引っ張りこんで添い寝させるように片手で抱いたのである。


「───みゅーん」


 玖音の理性が消滅したが同時に意識も因果の彼方へ吹き飛び、ビクンビクンと背筋を震わせてだらしない幸せそうな顔を見せたまま九郎の隣で気絶した。


「ああっ! くーくんの添い寝童貞が!」


 謎の単語で張り合う二人である。

 こうなればとばかりに、九郎を挟んで千紘もベッドに入り込む。


「凄い体温がエロい」


 間に居る九郎がかなり寝苦しそうな寝顔を見せているが、女子二人は満足な人生をやり遂げたかのような安らか顔で眠ったという。

 

 だがここは学校の保健室。

 暫くして不機嫌な保険医が帰ってきた。口にシケモクを咥えている三十路の男で、学校内に喫煙所の設置要望を蹴られたばかりである。ちゃんと教師用と生徒用分ける案を出したというのに!

 そんな気分のときに、職場である保健室に入ると。

 ベッドで男子が女子二人に囲まれて寝ている。

 彼は携帯電話を取り出して110番にプッシュした。


「もしもし警察? リア充罪で死刑にして欲しいやつが居るんだけど、警視庁の必殺部隊とか送ってきてくれねえ? え、駄目? クソが!」


 携帯電話を忌々しそうに切る。そして入ってきたばかりの保健室に背を向けて、


「帰ってクソして寝る! 今日の利用者全員重傷になれ!」


 呪いのような捨て台詞を残して、帰って行ってしまった。


 こうして少し長く、三人のお昼寝は続いたという……。



「うわなんでこいつら隣で寝てるんだ。もう昼休み終わりか。まあ、疲れてるなら寝かせておくか」


 

 昼休み終わりに一人だけ起きた九郎が、自分が抜けた隙間を縮めて、玖音と千紘を抱きつかせて放置し保健室から出て行くまで。



 それが他の生徒に目撃されて二人がレズ疑惑になるのは、また別の話。







 *********




 石燕とタマの場合。



「こうして予め相手の布団の中に隠れておく術、布遁の術を習ってきたよ!」

「これで兄さんもイチコロタマー!」


 九郎が冷たい目で、もぞもぞと布団の内側で待ち構えている二人を見ていた。 

 というか布団の隣に、二人が入る代わりに抜いた綿が置かれているのでバレバレである。


「九郎ーウナギ二十匹ぐらい買ってきたのよー」

「よし、入れるか」


 とりあえず、足元からウナギを大量に投入してみた。

 嬌声と悲鳴が部屋から響いたという。


 なお使われたウナギは後で知り合いにも分けて皆で食べた。


 



九郎「どうしようか……このぬるぬるになった布団」

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