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外伝『IF/江戸から異世界挿話:虫召喚士ノウェム』

 

 ペナルカンド大陸南西部の位置する大きくも小さくもない街が俺の故郷だ。別に郷愁にふけることは無いだろうが。


 自分を育てていた男女二人が、実のところ両親でもなんでもない他人だったということをある日聞かされた時の正しい反応はどう云うのが正しいのだろうか。

 取り乱してその知らない男女を罵りながら神に祈りを捧げてガソリンとかに火をつける。勿論邪魔されないように、家族だった者達は棍棒か、それに類似した硬い棒的な何かで殴って寝かせておく必要がある。

 或いは感動的なフィナーレを迎える。自分の人生はそれを知るための物語だったのだと悟り、涙ながらに僕のパパとママはユー達だけだ! オーマイディアファミリーと謎のテンションで抱きついて刺してガソリンとかに火をつける。

 どちらにせよガソリンは必要だ。大体告げられるのは手が掛からなくなった十代後半から、成人した直後が多いと思われるのでガソリンの用意を怠るとこのように対応に困ることになる。

 街の片隅にある小さな屋敷。金持ちな暮らしというわけではないが、どこからか用意されたのが実家とも云える住居だった。

 そしてある日、その言葉は響いた。

 

「ノウェムちゃン! 実はママとパパは貴方達の本当の両親じゃなかったのヨォ~!」

「ごめんねー、今まで黙っていてっさー」

「……」


 とりあえず、俺は応えるのが面倒になった。ガソリンを用意していなかったからだ。

 目の前で申し訳なさそうな仕草──演技だ。ほぼ確実に間違いなく──をしている、これまで自称両親であった二つの存在を睥睨しながら、自分で淹れたコーヒーがまだ半分は残っているカップにだけ未練を残しながら俺は身体の主導権を妹に譲って引っ込んだ。

 すると足元の影が一瞬で全身を包んで、漆黒の人型になった──鏡で見て確認したことがある──かと思うと、次の瞬間には俺の身体はまったくの変貌を遂げていた。

 背丈は頭一つ分下がり、顔も骨格も肉付きも性別も──まあつまりは別人になるのである。


「それって本当!?」


 互いの口から出てくる発言に感じる境界は薄い。例え、男の身体でも女の身体でも、お互いに口だけは出せるようになっている。妹との話し合いの結果、俺の身体のときに妹はあまり喋らないことになっているが。気持ち悪いから。

 

 俺と妹は、二卵性の双子であるというだけでそれぞれ別の存在である筈なのだが、面倒なことに互いの存在が重なりあっている。わけが分からないかもしれないが、俺が出ている時は妹は影になり、妹の身体の時は俺が影になっているのだ。

 意識の共有も脳内会話もできるのだけれども、二人の姿が別れることは無い。中々珍しい、厄介な事情である。具体的には公衆便所とか、公衆浴場とかが互いにどっちを利用するにしても気まずい。

 名前は同じだ。

 二人で一つの名前がノウェム。

 どこかの国の言葉で[九]と云う意味らしい。それ以外を名乗ることも無かった。

 

「そんな……どうして今まで黙ってたの!? わたし、アバドンとベルが本当の両親だってずっと思ってて……!」

「ごめンなさいィ~だァって云ったら傷つくと思ってたンだもの」


 と、アバドン。


「それにすっかり本当の親子みたいだったからねー。我様もこの関係が崩れるのが怖くてっさー」


 この白々しい言葉を吐くのはベルゼビュートだ。


「二人共……わたし達のことを思ってくれて……!」

(馬鹿か妹)

「酷い!?」


 心のなかでツッコミを入れると、それに律儀に反応した。

 糾弾される側──と云っていいのか微妙だが、両親役であったアバドンとベルゼビュートと云う存在は表情の読み取れない顔で佇んでいるだけである。

 そいつらにも聞かせるように、妹の口を借りて声に出す。自分の口調で高い声が出るのにはもう慣れた。逆は慣れないというのに。


「そもそもだな……ひと目でこいつらが俺らの生みの親なわけが無いってのはわかるだろ」


 俺が相手にするのが面倒になったのは、ひとえに知っていたからだ。

 だが残念な妹は露骨に動揺して疑った。


「え!? そ、そうかな……」

「よく見ろよ」

「……あっベルの髪の毛金色なのに、わたし達は虹色だ!」

「そんな細かいところじゃなくてだな……」


 妹のポンチっぷりには時々心配になる。


 両親役の二人?とカウントしていいのか、それぞれは特徴的な姿であった。

 まず父親役のベルゼビュート。どう見ても妙齢の女である。見た目は貴族風の女が父親っぽい服装であるステテコにYシャツに腹巻きをしている。と、主張していた。確か幼少時に一度ぐらいはその糞ださい格好を見たことはあるのだが、いつの間にかステテコはドロワーズに。Yシャツはキャミソールに。腹巻きはレース生地に変わっていた。これではただの痴女である。あと、背中に薄羽が生えていてドクロマークが付いていた。

 次に母親役のアバドン。これがまたキツイ。等身大の二足歩行をしているバッタが、ハートマークでフリル付きのエプロンをつけているのである。二足歩行している後肢以外に四本の手があり、それを器用に動かして家事をしていると非常に気持ちが悪い。腹とかもよく見ると気持ち悪い。餌というかサラダを食べているのも目を覆いたくなる。この前尻からハリガネムシを出していた。意思疎通は可能で、渋い男の声を出す。

 

「とりあえず、父役と母役の配置が初期からおかしいだろ」

「性同一性障害的な何かかと思って……」

「それに種族も明らかに違いすぎる。ハエ女とバッタ男の間に人間が生まれるわけはねェよ」

「ベルって蝿なの!?」

はねみりゃわかるだろ。どう見ても虫の翅だし、あの形態で二枚しか無い虫は蝿の仲間だ」


 大抵の虫は翅を四枚持っているのである。蝶も一枚に見えるが分類上は前翅と後翅に分かれている。

 一応これでも虫には多少詳しい。ベルは妖精や天使、鳥人には見えない。彼女は俺の考察を楽しそうに邪悪な笑みを浮かべながら見ていた。気味が悪い。あの女、俺を見て一日一度は舌なめずりをしている。

 

「大体、俺達は召喚士なんだ。親も召喚士じゃなけりゃおかしいだろ」

「そうなの?」

「ちっとは一般常識を勉強しろ、妹」

「だ、だって学校とかもう通ってないんだもん!」


 俺達は今年で十五になる。幾つかの文化的な国ならば、義務教育を終えている年齢だが学校には通っていなかった。

 いや十二ぐらいまでは通っていたのだが、授業参観にバッタか痴女が来るわ妹が虐められるわ(恐らくは前者がイジメの理由の一つだ)で、中等部に進学しなかったのだ。いわゆる小卒である。

 元より学校での授業は妹に任せて、俺は夜学をして知識を取り入れていた。だから小卒でも最低限の生活に必要な知識は妹に与えられている筈なのだが。知識や記憶は共有しているのだから。


「まあ、俺も召喚士の常識なんてのはこの前来た召喚士のおっさんに聞いて知ったことだが」

「あ! ドラックンさん! おいしい飴くれたおじさん!」

「お前も話聞いてただろ……」

「途中で眠くなって……難しいんだもの」


 この両親役の二人が打ち明けたのも、同族である竜召喚士のドラックンと云う男がたまたまこの街を訪ねてきて俺らに色々吹き込んだからだろう。

 自称・最強の召喚士であるそのドラックン曰く。


・召喚士は召喚士からしか生まれない。両親のどちらかが召喚士である場合に、素質がある子どもが生まれる。

・それぞれ召喚士は別の召喚属性を持っているのだが、ノウェム兄妹のみは二人とも虫召喚士の能力を持つ。

・召喚士は世間体や倫理観より己の性格を優先して生きる。だが、同じ召喚士一族の者にのみ敵対しない程度には仲間意識がある。

・だからおじさんはこんなに優しいんだよフヘヘ解剖していい?


「途中で追い払ったな……アバドンを使って」

「いやー向こうも本気じゃなくてよかったぁー……後で魔界通信で確認したら[星魔竜ルキフェル]とも契約してやンの、あの竜召喚士」


 気持ち悪い母親口調を辞めて、素の声音でアバドンは四本の腕を組みながら頷いた。


「世知辛い世の中よねー、折角異世界くんだりまで遊びに来たのに同窓会気分ってさー」


 ぼりぼりとレースの腹巻きに手を突っ込んで陰部を掻いているベルゼビュート。自分で用意したのだが、レースが痒いらしい。

 見た目は痴女だというのに仕草だけは時折父親というか、どの父親をイメージしたのか不明なのだがおっさん臭い。枝豆とビールを愛するところも。

 妹が首を動かしてベルゼビュートとアバドンを見回した。首の動きは俺が動かせる部分ではない。


「両親のどちらかが召喚士って……じゃ、じゃあアバドンかベルが召喚士なの!?」

「察しが死ぬほど悪いなお前!!」

「あうう」


 三人で一斉にツッコミを入れた。もう話の最初あたり忘れているようだ。


「つまり、こいつらじゃなくてちゃんと虹色頭の親父だかお袋だかが居るんだが、それを拉致るか生贄にするかでこの虫怪人が浚って親の振りしてたんだよ!」

「まってそれは誤解よ!」

「女ことばやめろ!」

「反抗期ねー、母が鬱陶しく感じて父親の静かな接し方に愛を感じる時期……愛を感じる時期っさー」

「二回云うなハエ女。いや二度と云うな」


 くねくねとキャミソール姿で蠢きながら恍惚と告げるベルゼビュートの顔面にハエ取り紙を押し付けるように妹に指示を出して、妹もそれに従った。

 口のあたりを塞がれてハエ取り紙を外そうと苦戦しだすハエ女に変わって、アバドンが云う。


「拉致とか偽親とかは誤解だ! そもそも我輩らは、二人の母親に世話を頼まれて育てていたンだ」

「お母さんに!?」


 妹のトートロジーに、二人の虫怪人は何度か頷いて思い出すようにして、突然頭を抱え出した。


「うごごごごあの女……いきなり呼び出したかと思ったら強制契約で縛りやがって……絶対いつか地獄に放り込んでやる……」

「魔王をなんだと思っているのかねー……あの忌まわしい本が無ければっさー」

「そもそもあンな本に契約署名しまくりやがって! 誰だ責任者は! バエルか! アスタロトか!」

「ヤー公は契約下ではねー、全能に近いから厄介ってさー」


 苦悩して愚痴りだした虫怪人を奇妙そうに妹は見ていた。

 

「ど、どうしたの二人共……」


 おずおずと告げた妹に、ずいと二人は詰め寄って両手を取って涙と怒りにこらえた言葉を吐く。そしてアバドンの手がキモい。


「ああ、いやねー、我様達は行動規範を縛り付ける契約を無理やり結ばれててっさー」

「ノウェムの母親が[シャロームの書]と云う悪魔の書で呼び出して、子供に危害を加えないようにそして世話をするようにと、我輩ら高位の悪魔を遣わしたンだ……かなり無理やり! 対価ゼロで! 酷い女だ!」

「え、ええ? どんなお母さんだったの?」


 その問いに、がらがらと何処からかバッタがホワイトボードを持ってきた。

 白い板にすぐ消せるインキでさらさらと無駄に上手い絵を描く。

 ツインテールに髪の毛を編んだ、眼鏡の女である。ややデフォルメしてあるが。


「これがノウェムの母親、異界物召喚士の外法師ヨグだ」

「へぇーお母さんが召喚士だったんだ……」

「……いや、待て」


 素直に感心している妹の口から俺の言葉が漏れる。

 

「ヨグ……って云うと、五十年近く前に滅ぼされたこの世界の魔王じゃなかったか……」


 学んだ一般常識で知っている。

 世界を幾度も崩壊させた──崩壊の危機ではなく、絶滅災害を引き起こした──特級犯罪者。

 神殺しの罪で世界中から呪われた邪悪な徒。

 万の軍勢を指一本で消し飛ばしたことから一子相伝の暗殺拳の使い手との噂あり(魔導装置のスイッチを入れて消し飛ばしていたのが指一本と曲解された説あり)

 世界最大の異端者。世界法則の外に居る者。故に、外法師。そんな呼び名の女だ。

 だが数十年前、ついに魔王は魔女と共に義憤に狂う勇者に討伐されて世界はめでたく救われた──そんな、誰でも知ってる話である。


「んー魔王というか異質な魂を持つ人間風味な超能力者なンだけど……我輩らと相性が最悪なンだよな」

「神や悪魔でも守るルールをねー、容赦なく無視してチート使ってくる女でっさー」


 嫌そうな顔をして言い合う二人に、俺は問いただした。


「いや、待て。計算が合わんぞ。俺達は十五ぐらいでその魔王が死んだのは五十年前だろう」

「死んだふりして固有次元にねー、隠れるって他の魔王や邪神も使う手口なんだけどっさー」

「そのこことは違う世界でこさえたノウェム達を、我輩らに預けてこっちの世界に送り込ンだんだ」

「じゃあお母さん生きてるんだ!」

「食いつくところがずれてるんだよなあ」


 嬉しそうに妹の口から発せられる言葉に、俺は呆れの声を続けて出した。

 とんでもないことを聞いたというのに、こいつは一度も会ったことがない上に恐らく捨てまくった母親が実際存在しているということの方が大事らしい。

 世界をスナック感覚で滅ぼせる魔王が生きてるってことの方がオオゴトだと思う。

 妹は急にしゅんとした。


「あ……そうか。お母さん、魔王だったりアバドンやベルに酷い契約したりで……悪い人なのかな」

「そうそう! あの女のせいで悪魔としての能力は限定的にしか発揮できないし、ノウェムに危害が行くような悪徳は広められないし!」

「ノウェムの魂をねー、美味しそうに育てるしかさー……じゅるり」

「二人とも可哀想……」

「おい。悪魔に同情すんなよ」


 育ての恩は……まあ、無くはないが。ガソリンを用意していない程度には。

 これまでの暮らしからでもわかったことだが、別にこの両親モドキは善人でもなんでもない。自称の通り本質は悪魔なのだろう。単に契約で縛られているから夫婦っぽいフリをしているだけで。

 だがアバドンは露骨にオーバーな感じで四本の腕を上げて、


「そうなンだ! 我輩らも被害者なのだ! ……ところでノウェムは実の母親に会いたくない?」

「……会えるなら会いたいよ。聞きたいこととか沢山あるし……わたしとお兄ちゃんの身体のこととか、どうしてアバドンとベルに預けたのかとか……」

「そこでねー、丁度いい方法があるがっさー」

「アルガッサー!?」

「いや、なんだよそれ」


 鸚鵡返しにしたのは妹だ。ベルゼビュートの変な言葉尻は時折鬱陶しい。

 ベルゼビュートはホワイトボードに簡易的な世界地図を描いた。海老が背を丸めて横たわっているような形の大陸。その海老の背あたりに丸をつける。


「ここにねー、ヨグが居城にしていた魔王城ヒポポタマスアングリーがあったんだけどさー」

「名前だけは我輩も評価してる。で、あの女は別次元に居るわけだけれど魔王城跡にならば次元渡りの道具か装置が残っている可能性が高い!」

「幸い今は、地下に沈んだ魔王城をねー、潜って探索する仕事があるみたいでさー」

「母を求めたければそこに向かうンだノウェム! そしてついでに、その城にある筈の道具も探してくれればなって思う!」

「道具?」


 アバドンは頷いてホワイトボードに三つの道具を描いた。


「我輩らを縛っている契約を破棄するための道具だ。ノウェム達はそろそろ一人前……育ての親の役目も果たしたからな」

「そんな! わたしに取って、アバドンはお母さんだしベルはお父さんだと思っているよ! 本当のお母さんが居ても!」

「嬉しいねー、だけどこのままだと永遠に縛られたままだから助けると思って開放して欲しいのっさー」

「……うん! わたし、絶対二人を助ける道具も見つけるよ!」

「その意気だ! ダンジョンで探すのはこの三つのうちのどれか一つでいい!」


 指し示して名称を書いた。

 [シャロームの書]……悪魔との契約書束。強制契約内容はノウェムが破棄できる。

 [シャロームの鍵]……次元開きの鍵。これを使えば魔王ヨグのところに直接乗り込めるのでそこで直談判。

 [シャロームの指輪]……契約無視の指輪。つけている間は悪魔を自在に使役できる。勿論他の契約を上書きもできる。

 それの何れかがあれば、アバドンとベルゼビュートは開放されるらしい。


「……なんか隠して俺らにやらせようとしてねェか?」

「ピッピリッピリー」

「あ、バキューム馬車さー」

「露骨にそっぽ向きやがった」


 口笛を吹いたり窓の外を通る肥を積んだ馬車に意識を向けて回答を避けているようだ。

 怪しい。どう考えても怪しい。

 わたくしめは綺麗な悪魔でございます。あくどい契約者に縛られているので、どうか救ってくれないでしょうか。

 そう頼まれて疑わねェやつはアホだろ。

 絶対後で「くくく……よくぞ我が封印を解いたな」とか裏切るだろ。


「お兄ちゃん! アバドンとベルをそんなに疑っちゃいけないよ! 育ててくれた人達なんだから!」

「人っていうか虫っていうか悪魔っていうか……兄ちゃんはな、妹よ。お前の呑気で察しが悪くてその場のノリで生きている性格が心配でならない」


 召喚士ってのは大なり小なり変な性格をしていて矯正不能なのだという。

 となると妹のこのポンチも直せないわけで、暗澹たる未来が見えてくるような気がして、叫びだしたくなる。

 だが。

 

「……はあ。妹よ。母親だか云う女のことを調べに行きたいか?」

「うん」

「どっちにせよ、互いに同じところにしか行けねェから仕方ない。その……確か帝都だったな、そこに探しに行くか」

「頑張ろうね、お兄ちゃん!」


 正直に云えば、母親のことはどうでもいい。

 だが、問題はこの身体だ。

 十中八九、自然に生まれるはずがない二人で一つの存在となっている状況は──何かしら魔王とかいうやつの仕業な可能性が高い。

 ならばその魔王のことを探れば、二人が分離する方法も見つかるかもしれないのだ。

 このままでは非常に面倒な事になるから、早急に別れなくてはならない。例えば妹が誰かと結婚するとかになると、俺の存在ごとお嫁さんになってしまう。小学校に通っていたときに同級生のクソガキから告られてる妹を内側から見ていたらこれがもう鳥肌だった。二度とごめんだ。

 

「じゃあ、旅の準備をするか。こんな街、何の未練もねェよ」


 俺の雑な決定に。

 アバドンとベルゼビュートがハイタッチをして喜んでいてムカついた。



「……ところでお父さんって誰なの?」

「さあ?」

「見たことねー、さー」

「魔王とガキこさえるとか相当趣味の悪い碌でもねェやつだろどうせ」





 *****




 決めたはいいものの、俺達の住んでいた街から帝都までは数千キロの距離が離れている。

 そもそも旅は何度やってもさっぱり計画は立てられねェし、ろくすっぽ旅費も持ってねェ。

 ドラックンのおっさんみたく、空飛ぶドラゴンに跨って世界中を自在に移動できるならまだしも、俺達の召喚属性は虫だ。

 大型の飛行可能な虫も居ないではなかったが、そういうのは得てして狭い生息域に餌が豊富だから巨大化したのであって、長距離移動に適しているわけではない。いつだって遠くまで移動できる虫は小型なものだ。

 或いはこの広い世界には乗り物に適したのが居るのかも知れねェが、生憎と契約していなかった。


 召喚術って云うのを使うには、呼び出す相手と召喚登録をしてなけりゃいけない。

 その登録リストは親か別の召喚士から受け継ぐか、新規で自分が開拓するか。

 ちなみに召喚士は生まれつき頭が虹色なわけじゃなく、召喚術を覚えた時点で一人前の証として虹色になる。同時に、他人に自分の召喚術を受け継がせた召喚士も力を失って虹髪虹眼を失う。

 俺達は物心付いたときから虹色だったが、それは恐らくアバドンとベルゼビュートを契約していたからだろう。

 ともあれ、他に虫召喚士の居ない俺達は自力で幾つか使えそうな虫を集めて契約した。時には図鑑を読んで、近場に居る便利そうな虫は出かけて見つけた。

 見つけた相手と交渉するか、魔力で強制契約するかは召喚士次第だ。まあ、概ね後者でも成功はする。

 

 そんな小旅行とも云える召喚術の研鑽に出かける旅のときも、身体は男の俺を本体にしていた。

 今は帝都を目指してある街間の道を歩いている。その間には乗合馬車などの交通機関が存在せずに、やむを得ず徒歩であった。

 数千キロの道のりを全て歩くのは狂気の沙汰なので、陸路で行くか海路で行くかを選び結果陸路で進むことにした。海を勝手に進む船より迷いにくそうだと思ったからだ。

 

(はぁー……ちょっと退屈かなー)


 心のなかで妹の声が聞こえた。妹はなるべく俺の口を使って喋らないようにしている。何故なら気味が悪いからだ。ぶっきらぼうな男口調で話す少女はセーフだが、ゆるふわ少女っぽく喋る男はアウトだ。

 年齢は同じなのだが、もし兄妹並んで立っていたら──今のところ不可能な仮定だが──確実に、妹より三つ四つは年上に見られるのが俺の身体だった。

 

「子供の一人旅とか面倒事が舞い込むだろ」


 この場合の子供とはつまり、少女である妹のことだ。ふらふらと一人で少女が街道を歩いていたら明らかに不審である。

 一人、と云うと保護者であるアバドンにベルゼビュートだが。

 アバドンは普通のバッタサイズ、ベルゼビュートは小妖精(妖精の中でも掌サイズのやつだ)めいた姿になり、俺の両肩に載っていた。

 

「兄ウェムもねー、まだまだ子供っちゃあ子供で美味しそうじゅるりなんけどっさー」

「潰すぞ」

「しかし暑いな。水場はまだかノウェム。我輩の体内のハリガネムシが水場を求めているンだが」

「寄生虫に冒されてるなよ悪魔」


 肩に乗ったバッタを気味が悪そうに払いのけた。翅を広げてブーンと空を飛び、手近なイネ科の植物の葉っぱに止まりもぐもぐとついでのように食べている。

 

「この調子じゃ道のり長いな。なんかお前らは移動手段持ってなかったっけか」


 ハエ妖精が手を上げた。


「全力出せば合体して高速飛行でるよ。疫病付き嵐が巻き起こるけど」

「却下」

「我輩はアポカリプスバイクを出せるぞ。走った周辺の土地を枯らして疫病を流行らせるけど」

「こいつら糞過ぎ」


 幾ら召喚士とは云え無意味に疫病をばら撒く趣味はない。妹も苦笑いしている気配を感じた。


 それから街に立ち寄り、路銀を調達する。適当な──この場合は雑な、という意味ではなく、自分に適した──仕事を探すのである。

 召喚士と云うのは普通仕事が殆ど無い。

 頭虹色で社会性が無くてすぐキレるやつに仕事を頼むなんてありえないからだ。

 ついでに云えば流れ者で十代のガキにも仕事は選べない。

 だがその二つの条件を飲んででも受けられる、唯一の仕事はペナルカンドではそう困らなかった。


「──じゃあそこの山に出た傭兵ゾンビ団をぶっ殺してくればいいんだな」

「ああ」

 

 鬱陶しげに傭兵斡旋所の親父が返事をする。

 召喚士に回される仕事──それは盗賊だとか、魔獣だとかの殲滅依頼である。

 これならば社会不適合者だろうが、結果さえ出せば問題はない。それに召喚士ならば見た目は子供でも強大な力を持っていると信じられている。

 やや不躾な目線であちこちから見られるのはどこの街でもだが、とにかくその仕事を引き受けた。

 差別的な扱いを受けている召喚士だが、まあその厄介さからすれば正当な区別でもある。他人からどう思われようが気にする召喚士は稀だし、石を投げてくる民衆も居ないからどうでもいい。というか、実際石を投げつけてもいいと勘違いしたアホが居てそいつの国ごとキレた召喚士が滅ぼしたのは有名な話だ。それ以来石を投げられただけで大量殺戮してくる種族に喧嘩売る奴はあまり居ない。


(お兄ちゃん、街でもっとゆっくりしなくていいの?)


 妹の問いかけに素っ気なく返す。


「どうでもいい」

(カフェでチョコパフェとか食べたりとか。この街チョコパフェの名産地なんだよ!)

「コンビニで買ってやるから宿で食え」

(ううう)


 観光に来たわけでもあるまいに。大体なんだチョコパフェの名産地って。産出されるのか。

 

「えーいいじゃないのねー、美味しいよチョコパフェってさー」


 等身大の痴女服になってベルゼビュートがチョコパフェを買い食いしていた。

 しかしハエ怪人であるこいつが茶色のチョコクリームに黒いチョコチップがまぶしてあるそれを食べているのを見て、俺は素直な感想を告げた。


「お前が持っていると巻き糞みたいだな」

「言っちゃならんことをさー!?」

「チョコチップがお仲間のハエみたいで」

「ノウェム……お前そんな身も蓋もないことを女に云ってるとモテないンじゃないか……」

「余計なお世話だ!」


 街を歩きながらだったので、周囲の目線が集まっていた。

 怪奇・バッタ相手に怒鳴る男。

 そんな新聞の見出しを思い浮かべて、舌打ちをした。


 ペナルカンドでは戦乱が絶えない。そもそも戦乱が絶えてる世界ってなんだ。怪しいぞそれ。

 ともあれ、どこでも傭兵が居るし傭兵が居るなら戦う相手が居るということで、戦う相手が居るなら死体だってできる。

 そんな感じで死んだ傭兵団がゾンビとなり、夜な夜な反社会的な集会を山の中で開いているらしい。

 ゾンビ退治はあまり人気の仕事ではない。まずばっちいし病気も移りかねない。精神抵抗が低いと発生したゴーストに取り憑かれる。ゾンビも百体以上居れば危険だろう。

 通報にあった山の麓に来て、


[諜報虫ブヨブヨ]召喚」


 虹色の召喚陣が現れ、そこから無数の黒い胡麻に似た虫の群れが現れた。

 こいつは人間と意思疎通可能どころか、ペナルカンド共有文字を扱える知的生命体でついでに覗き魔だ。

 指示を出してやれば王宮にでも潜り込んで様子を探ってくれる。


「ゾンビが居るか見てこい」


 黒胡麻の袋をぶちまけて浮かしたようなそれらは、散らばって山の中に消えていった。

 

(ゾンビさんかあ……どれぐらい居るのかな)

「傭兵団がまるっとゾンビ化したらしいからな。数十から百……犠牲者で増えたとしても二百居ないぐらいだろ」 

「我輩が力を貸してもいいンだぞ」

「我様のねー、力を使えば山ごと吹き飛ばせるさー」

「いらねえ。虫退治するのに爆弾使うみたいな馬鹿げた戦力だろうが」


 悪魔の誘いを断り、虫の知らせを待つ。

 この二体は強力な力を持つ虫悪魔だが、その召喚能力を使うには自分の体に取り憑かせなくてはならない。何度かやったことはあるが、魂を撫でられるような気味の悪い感覚があり、あまりやりたくない。

 やがてブヨブヨの一団が帰ってくる。全てではない。こいつらは鳴き声ではなく、羽根の振動や動きで仲間と意思疎通をして、情報を収集した個体群が帰ってきて残りはまだ山で覗き見をしているのだ。

 そのブヨブヨ──もうブヨでいいか──は空中で規則正しく並び、文字を作って俺に示した。


「ゾンビ148匹。バラバラに居るのか、面倒だな」

(それにしてもこのブヨさん、頭いいよねー)

「確か……身体が極小のシリコンで出来ていてナノ神経索が内部に詰まりそれで思考してるんだったか。数学が得意だったはず」


 うろ覚えで説明する。虫図鑑にはこの虫が外宇宙生命体の探査機か何かではないかという珍説も書かれていた。


「バラバラだと面倒臭ェ。夜になったら反社会的な集会とやらを始めるんだろ。それまで待とう」

(はーい)


 これが生きてる野盗ならもうちょい楽なんだがな。小虫を大量に召喚して襲わせて喉を詰まらせればいい。だがゾンビじゃそういかない。

 人肉を跡形も残らず短時間で貪り食える虫ってのは、生憎まだ契約してない。

 

 そうして、夜になる。

 ゾンビ達は山の中腹にある、炭焼小屋近くの切り開かれた広場に集まっていたようだ。

 ゾンビと一括りにするにしても色々度合いはあるんだが、ある程度知恵が残っているゾンビのようで会議ごっこをしている。

 ひな壇めいたところでちょび髭が生えたリーダーゾンビが、手を突き上げながら「あーうー」と何やら叫ぶとびちゃびちゃした音の拍手が聞こえた。背後には骨で作った鉤十字が見えて、あれがシンボルマークのようだ。

 まあいいか。


「召喚[サンダーアント]」


 その広場をぐるりと囲むように、俺が召喚した巨大蟻ががちがちと顎を鳴らした。

 ゾンビに動揺が……走ったのか? よくわからん。サンダーアントが尻を広場に向けて突き出した。

 サンダーアントは大きさ4メートル程の最大級な蟻で、その最大の特徴は尻から高圧で発射される強力な蟻酸。

 最初に発見した学者が「酸だー!」と叫んだことから命名されたぐらいで、人の肉ぐらいなら容易く溶かす。

 雨霰のように強酸が集会所に降り注ぎ、謎の反社会的ゾンビ共は哀れ抵抗もできずに溶解されていった。


 

 成果を傭兵斡旋所に報告し、第三者からなる調査員を現地に派遣して活動が評価されるまで数日街に留まった。

 それから報酬を受け取る。百体以上のゾンビを討伐するには相応の人件費が掛かるわけだが、それを一人でやったのだから手に入る金は──ピンハネはされているだろうが──かなりのものであった。

 そうしてその街から出ている乗り合いの長距離馬車で帝都への旅路を続けた。途中にある大陸横断運河は許可のある馬車しか橋を渡れないのである。




 ******



 

 それから旅を続けて。

 もう少しで帝都ってところまで辿り着いたのはいいんだが、


「戦争真っ最中だったみてェだな」

(これ戦争っていうの!? リンチっていうか逆リンチっていうか!)


 街道を歩いていると虫の知らせで感じた物々しい気配に、道を外れて様子を窺っていると大量の兵士が進んでいくところであり。

 それからやがて戦場はたった突っ込んできた一人の召喚士と無数の牛が兵士と戦いあっていた。

 大声で叫びながら遠巻きに囲んで魔法を打ち込みまくっている兵士に、突っ込んでは虫を踏み潰すように殴り殺している大男が居る。


「くたばれ! 多重召喚[牛パンチ]!」


 拳の軌道に合わせて大量の牛が出現して一直線に突っ込み、何人も兵士が巻き込まれて踏み潰されていく。

 兵士の数は数万居るだろうか。接近戦を挑まない代わりにひたすら中距離全方位から魔法を打ち込んでいるのだが、生半可な魔法は大男の発するマッスル力、通称ハッスル魔力でかき消されるのだ。 

 牛召喚士の虹色の髪が銀色になっている。体内の貯蔵魔力を常時消費して防御壁を展開しているのだろう。

 拳一発で全身鎧の兵士が砕け、蹴った足元の石礫で頭を貫通し、蹴りの風圧が隊列を乱す。

 そして暴れまわる牛が常に周辺に出現し続けているのだ。地面だけではなく、竜巻も発生してそれに乗って飛んでいる[ツイスター牛]が頭上から襲ってくる。

 

「おお、敵兵も負けてねェな」


 混乱から立ち直った将が兵に指示を飛ばして徐々に効率的に攻撃を仕掛けるように怒鳴っていた。


「土魔法を使って足場から崩せ! 質量の高い攻撃をしろ!」


 炎や風では押し負けると判断したのだろう。土属性魔法が得意な兵が唱える術を援護するような陣形に変わっていく。


「[グレイブエンカウンターズ]!」

「[死のクレバス]!」

「[アイスクエイク]!」


 槍のように石柱が地面から突き出るのを手足でなぎ払い、唐突に発生した地割れを飛び退り回避したと思ったら、地面が凍りついて牛召喚士を囲むようにせり上がり、叩きつけた。

 

「まだまだァ!! [牛ナイアガラ]!」


 身体を押さえつける氷った岩塊を叩き砕きながら叫ぶ。なおナイアガラとはペナ語で[雷鳴の轟く水]と云う意味である。

 牛の召喚位置を空中に指定したのだろう。滝のように空から牛が降ってくる。重さ700kgの肉塊が大量に落下してくるのでこちらも大質量攻撃である。

 兵士たちが潰れる呻き声が幾つも聞こえる。だが魔法兵はこの暴威を止めなくてはならないと、牛の滝を掻い潜り魔法を唱えた。


「[マッドストーン]!」


 広範囲の地面を沼にして牛召喚士の踏ん張りを失くさせる作戦だ。強力な力には強力な踏ん張りが必要である。如何に膂力が強かろうが、体重は変わらないのだから。


(お兄ちゃんなんでさっきから解説口調でモノローグしてるの)

「いや、なんとなく」


 妹にツッコミを入れられて戦いの経緯を追うのを止めて、やや離れた位置から観察している自分の状況を振り返った。

 大暴れしていた牛は徐々に態勢を取り戻してきた魔法兵の、妨害とも云える魔法に回避しながら攻撃している為に殺害効率が下がってきていた。

 それでも突っ込めば小隊を壊滅させ、常に暴れまわる牛で被害は増え、頃合いを見て出す大量召喚術に大きな損失を出しているが。

 兵士の数は多いのだ。


「召喚士自体が突っ込まなけりゃド安定で攻められる筈なんだが……」

「そういうねー、性格なんだろうっさー」

「馬鹿なンだな」


 妹が慌てて口を挟んだ。


(そ、それよりあの人を助けないでいいの!? 同じ召喚士だよね!?)

「んなこと云っても、俺らはあいつに何か借りがあるわけでもなし、そもそもなんで戦ってるのかも知らねェ。まあそれでもあの召喚士が助けて助けてーってベソ掻いてたら面白ェから助けるけど……」


 指を向ける。

 牛召喚士は次第に押され始める前線で全方位からの魔法を弾き飛ばし、拳と蹴りで敵をなぎ倒し、牛を呼び出しては突っ込ませる戦いを楽しんでいるようであった。

 何が楽しいのかはわからんが、邪魔をする気も無い。

 一応それは妹にも伝わったらしく、口をつぐんだ。

 召喚士同士は敵対しない程度に仲が良いが、だからといってお節介な幼馴染みてェに自殺を止めてはやらん。

 

「牛ファイト国際条約第一条! 後ろに逃げた奴はアアアアアア!! 失格とするウウウウ!! 牛フィンガアアア!!」


 叫ぶ牛召喚士。牛ファイトて。闘牛か?


「ローストしてやる! [ザ・コア]!」

「ミンチになれや! [トレマーズ]!」

「光の斧よ! [シャイニング]!」


 暴れ狂う男に向けて。

 分子レベルの極小核融合が高熱を放ち、岩の怪物が四方から襲いかかり、光速の斧が召喚士に突き刺さる。

 どれも最上位魔法で、精鋭が援軍にやってきているようだ。

 

「そろそろ終わりかもしれンな」


 アバドンが云う通り、牛召喚士は満身創痍になり、身体から発せられていた魔力放出も収まりつつあった。

 周りには死体の山。

 新しく召喚する気力も尽きたのか、暴れ牛も徐々に消えていった。

 もはや飛んでくる魔法を両手で受け止めているだけが精一杯のようだ。

 

「油断するな! 早く仕留めろ!」

 

 その指示に、大魔法を再び詠唱していた精鋭が炎の渦を作り出して周辺ごと焼き尽くそうと放ったのだが。

 俺は、牛召喚士の口元が笑みの形になったのを見た。


「贄と炎を供物に……贄と炎を結果に。来たれ──[魔神牛モレク]」


 アバドンとベルゼビュートが眼を見開いた。

 牛召喚士の身体が炎に包まれたように見えた次の瞬間──その炎から、巨大な魔神が出現したのである。

 地面から腰が生えているように見えるその牛頭魔神の大きさは、腰から上だけで高さ五十メートルはある。全身は真っ赤に熱した鉄のようで、七つの口が胴体に生えていて焼けた炎を吹き出していた。腰の根本にはこの距離からでも直視したくないような高温の炎が燃え盛り、周辺を発火させている。

 そして巨大な手で、周囲の死体や生きている兵士を無造作に──部屋に散らばった飴を寝そべって両手で集める子供のように──拾い集めて、七つの口で食い漁った。


『ブオオオオオオオオオオオ!!』


 餌を食った魔神牛は更に火力を上げて、歓喜しているのか炎をまき散らした。

 魔法兵らが様々な魔法を魔神に投射する。五十メートルの巨大な身体だ。千や二千以上の魔法が同時に突き刺さる。

 この数の攻撃だ。効いていないわけではない。

 だが魔神牛は、食らった分のダメージを補填しようと更に贄を求めて手を伸ばした。

 おまけに本体もキャスターでも付いているのかってぐらい簡単に移動して兵士を求めて迫っていった。

 同時に贄に掲げられるのは数十人か。攻撃を食らいながらも再び人間を喰らい、そしてまた一段と熱を上げた炎を周囲に撒き散らして数千人を灼いた。

 兵士の悲鳴と魔神の歓喜が混ざり合った騒音が戦場に響いた。


「生贄の邪神モレクじゃないか……召喚契約していたのか、世間は狭いンだな」

「懐かしいねー、我様は紀元前ごろあいつと一緒にエルサレムを蹂躙したことがあるのさー」


 悪魔共が染み染みと惨状を見ながらコメントする。どうやら胸糞悪いお仲間のようだ。

 さすがにエグい状態を見た妹が慌てて云う。


(もうこんなの戦いなんかじゃないよ! あの牛の人も居ないし、ただの虐殺だよ! 止めないと!)

「戦争だから仕方ないだろ」

(牛の人も云ってた! 後ろに逃げたら失格だって! もうあの戦場の兵士達、逃げまわってるじゃないか!)


 妹の叫びがキンキンと脳内に響いた。

 ああもう、まったくこれだから。

 召喚士だってのに、他人への思いやりっつーか変なところで甘いっつーか。


「もういい! お兄ちゃんは下がってて!」


 呆れていた隙を突かれて、身体の主導権を奪われた。一瞬で俺の身体は影に消え、妹の身体に変身する。


「おい馬鹿、あんな糞危ねえ場所にツッコむつもりかよ!」

「動くんだよ、あのお牛! どこかの街にでも行ったら困るでしょ! ベル、力を貸して!」


 妹は手の上にベルゼビュートを載せて、叫んだ。


「憑依召喚、[魔王蝿ベルゼビュート]!」

「うふ、あははは! 力が引き出される……!」


 ベルゼビュートと妹の身体が光り輝いた。悪魔の力を己に憑依融合させる召喚術式だ。

 妹の背は伸び、髪の毛は虹色からベルゼビュートの金色に変化。ただし眼は虹色のままだ。服装は背中の大きく開いた赤色のドレスになり、巨大化した蝿の翅が伸びる。

 容貌は妹とベルゼビュートを足したようだが、体つきはベルゼビュートよりだがそんなことはどうでもいい。

 

「おいこらベルゼビュート! 妹死なせるんじゃねえぞ!」

「はぁ~い♥」

「我輩の出番取られたな」


 間延びした声を上げて、ベルゼビュートの翅が動く。


「ぶちかますぞ☆」


 轟。

 という音が鳴ったのではないだろうか。

 実際には音よりも早く飛行を開始して、一直線にモレクへ突っ込んでいったから聞こえなかった。

 そしてぶち当たる直前の中空で急速停止しつつ、羽ばたきを前方に向けると背後から迫ってきた豪風の塊が、ベルゼビュート本体の代わりに五十メートルの巨体に打ち付けた。

 周辺の土地を更地にする風速百メートルの暴風。モレクは背後に後退りしていく。

 同時にその周辺にぶつかった風が撒き散らされ四方へ飛び散る爆風となり、周辺の兵士を跳ね飛ばした。

 空に浮かびながら腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべ、髑髏の浮かんだ翅を広げてモレクと対面するベルゼビュート。


「ハッロー、モレクお久しぶり。お楽しみはこれでおしまい。引いてくれる?」

『ゴオオオオオオオオ!!』

「うわ、駄目だこれ。暴走状態で召喚されてる。よし、理性が無いならこっちのもんよ。ぶっ倒しましょ」


 再びモレクの七つ口から暴虐の炎が噴き出される。温度は地面をガラス状に変えるほどで、火に近づいただけで人が融解する。

 それをベルゼビュートが風で自分に当たる分を防いだのだが──凄まじく広範囲に飛び散らせる結果になっていた。

 モレクの豪腕がベルゼビュートに振り下ろされる。受け止めて、地面まで叩き落とされるが着地してその巨腕を掴んだまま殴り飛ばした。跳ね上げられるモレクの腕と同時に、根本の腰にある火炉から前方扇型に投射する火炎放射が飛び出る。

 ベルゼビュートはそれに対して逆に風を纏って突っ込んで進んだ。炎の範囲に居た兵士が死に絶えていく。そして接近して火炉の中により燃やすように圧縮空気の塊を叩き込む。

 強く炎上して七つ口の炎も強烈にパワーアップするモレク。


「炎を強めて贄を燃やし尽くせばこっちのもんなんだけど……ちょっと強くしすぎたかな☆」

 

 ベルゼビュートが熱気に距離を離しながらそんなことを云う。

 もはや見ていた兵士達は恐慌状態で逃げ惑っていた。広範囲に散らばって炎上している炎で距離や方角も掴めないのだろう。


「俺達は戦争に来たんだ……だけど、魔王同士が戦うなんて聞いてねえぞ!!」


 そんな兵士の嘆きが聞こえた。


 そして、遥か彼方より土埃を上げて突っ込んでくる一人の男が見えた。

 壮年の髭が生えた大男で、全身から気合のオーラを出している。街道を叩き割るような踏み込みの強さで見る見る距離を詰めて、地獄のような戦場へ掛けてきた。


「──帝・王・見・参……!!」


 叫びが聞こえて、兵士らが動揺を隠せないようであった。

 それは、俺達が目指す帝都の王らしい。

 なんで王様が前線の魔神に来てるんだよ。


「帝王がそこのデカブツを討滅する! 邪魔をする奴は魔王殺しの名に於いて斬るので退いていろ!」


 まだ距離があるうちから、手に持っていた剣を抜き放ち鞘を投げ捨てた。

 

「悪いな、クライトン……! 暴走したら止める契約だ。[ソロモンブレイド]──遠当て」


 走りながら地面に食い込ませた剣を振り上げると、その軌跡にできた衝撃波が高速で斬撃のように飛んできた!


「やばい、避けろ!」


 アバドンが怒鳴ると同時にベルゼビュートは衝撃波に掠りもしないように回避をした。

 だが巨体のモレクはそうはいかない。両腕で防ごうとしたが、一瞬受け止めた手に罅が入ったのが見えた。

 それはすぐに回復したが、遠距離からの衝撃波で魔神に傷を与えたのである。

 ベルゼビュートが帝王の持つ剣を見て忌々しそうに云う。


「シャロームの剣! 悪魔特攻の武装じゃないの……怖☆」

「もうアレに巻き込まれないように逃げていいンじゃないか」


 日和る悪魔二体に、妹が叫んだ。


「駄目だよ! ほらモレクも警戒してあのおじさんに炎集中的に吹いてて近寄れないみたいだから、わたし達が陽動してあげないと!」


 そうして、ベルゼビュートを憑依させた妹と、帝王の共同戦線が始まったのである……。




 *****




 戦い終わり日にちを跨ぎ。

 俺達は凱旋の神輿に乗って帝都に入っていた。

 戦争中に、帝国領内に『突然発生した』魔神を帝王と共に討伐した功績で勲章も与えられることになったらしい。

 あの牛召喚士は帝王が雇っていて、戦争で協力させたんだが戦死と同時に悪魔化して、おまけにその雇い主の帝王に討伐されるという救えない結果だったが。

 それをそのまま発表するのでは世論が悪いので、色々変更されているようだ。


「──それではこれから頑張るノウェムさんに金のマッチョ勲章を差し上げよう!」

「わぁーいらなーい!」


 妹が共同で戦った帝王と変な漫才を民衆の前でしている。

 受章式が終えた後で妹の姿のまま、俺は帝王に聞いた。


「おい帝王のおっさん」

「うわ急に怖い」


 妹の姿のまま急に口調が変わったので帝王はビクリと身を震わせた。

 魔神と戦っている時はまさしく歴戦の勇者だったのだが、どうもそれ以外の生活時は普通以下のおっさんだ。見た目相応の落ち着きとか責任感はあまり持っていない。


「あのあんたが持ってた、シャロームの剣ってどこから手に入れたんだ?」

「ああ、あれか……ダンジョンの中で見つかった秘宝でな、国が買い取ったんだ」

「ふうん」


 目的の道具と似ているというか、持ち主が同じだった悪魔殺しの剣。

 それがダンジョンに出るというのならば、シャロームの書だか鍵だか指輪だかも、見つかる可能性は十分にあるだろう。

 見つけて、とりあえず何か企んでるアバドンとベルゼビュートを問いただしてやらねえよな。

 あと俺と妹を分離させる道具も探さないといけない。母親のヨグはどうでもいいか。


「とりあえずは……ドラックンのおっさんにでも挨拶回りに行くか」


 これから始まる日々に備えることを考えて、俺達は帝都で冒険者になった───。







「フヘヘ解剖! 解剖! ンンンンンンいい殺戮日和だ! ノウェムくんちょっとこの笑気ガスを吸ってみてくれたまえ安心して未来は今アアアアア!」

「壊れてるじゃねーかドラックンのおっさん! いや前から変だったけど今では意思疎通不可能な虫以下に!」

「社長は冒険者のクロウという男と非合法な理由で争った結果、何故か精神を病んでしまって……」

「ちっ。覚えたぜその名前……」



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