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外伝『IF/江戸から異世界12:戦争編ダイジェスト』

『メンデレーエフ以外の周期表は存在しない! メンデレーエフ以外の周期表は存在しない!』


 けたたましく鳴り響く目覚まし時計からの叫びに対して、クロウは極自然な仕草でそれを止めて再び布団に潜った。

 ダンジョンで発見した地球世界産の目覚まし時計[異世界を観測した化学者くん]だ。生活に使えそうだし、自分の世界のものだからと持ち帰ったのだが結構叫びが鬱陶しい。

 クロウは枕に顔を埋めながら、少なくともこのペナルカンド世界では原子や分子構造は地球世界とそう変わらない筈だから化学者も発狂しないで住むのだろうかと思いながら、うつらうつらと気持ちの良い眠気に身を任していた。下手に原子が違えば食物を消化できずに、この世界に迷い込んで暫くすればクロウも餓死していただろう。

 暫くそうしていると、被っている薄手の布団を剥ぎ取られた。

 そして耳に馴染んだ少女声なのにイントネーションが時代がかった言葉と共に、体を揺すられる。


「クロー、朝じゃよー」

「眠……」

「昨日遅くまで映画なんぞ見ておったからじゃろ。ほれほれ、他の者はもう起きておるのじゃぞ」


 この甘美な睡魔を克服した仲間達に敬意を払いながら、クロウは寝返りのように仰向けになって薄目で呻いた。

 昨晩は教会に集まった冒険者パーティで映画を小さなプロジェクターで投影して鑑賞会をしていたのである。スフィは早めに眠くなったのでリタイアしたが。

 ペナルカンドでも普及していると云うほどではないが、大都市などでは映画館がある。そして大量生産の目処は一切立っていないのだが映像を円盤に魔法的に記録して、魔法的に投影しご家庭で楽しめる映画セットもあるのだ。それなりに高級ではあるけれども。

 

(眠い……夢見が悪かったかのう)

 

 目元の明るさを手で覆って、ぼんやりとした頭で夢の内容を思い出そうとする。ぐちゃぐちゃの変な夢であったので思い出す端から忘れていき、形を成そうとしなかった。

 

「起きんかー! クロー!」


 歌神司祭であるスフィの声は鼓膜に響く。それを我慢して二度寝するのは困難だった。

 だが試練をやり遂げてこそ成長があるとかクロウは自分を誤魔化して寝に入る。大人げない気もしたが、とにかく眠かった。

 こういう時は大抵夢の中でヨグがいらんことをやらかした上に記憶を弄ったに違いない、と頭の中で罵る。自分の魂を千切って天ぷらにして食べていたような残滓的光景がうっすらと覚えていた。 

 

「お、起きんとちゅーするぞ! ちゅー!」

「……」


 何故スフィの思考がそこに行き着いたのか謎であったのでクロウも対応に悩んだ。

 そして結局、寝起きにやるのは口内細菌的にばっちい気がしたのでなんとかムクリと起きだして、眠気まなこを擦る。


「仕方ないのう……」

「なんで起きるのじゃよー!?」

「むにゃ……はいはい、ちゅーは歯を磨いたらしてやるから」

「んなッ!? ひ、人前ではあれじゃのう! よ、よしここで待っておるから早く歯を磨いて顔洗って来るのじゃよ!」


 スフィに追い出されてクロウは低血圧風によろよろと洗面所へ向かい、洗顔を済ます。

 帝都の上水道は海洋ネットワーク生命体[おおきなうみ]との契約により、大量の海水が濾過されて上水道から帝都を通り越して内陸まで続く運河になっている。

 元は砂漠地帯であったので川は形跡らしきものしか残っていないような土地であったが、それにより海から真水が海流を伴い上がってきて流れを作るという奇妙なことになっていた。

 ついでに生成される塩も帝都の特産品として有名だ。輸出向けに、もりもりマッチョな帝王の写真をパッケージに塩を販売したらまったく売れなかったので今はマスコットキャラしょっぱ怪獣シオジアイを前面に出して売っていた。

 

(この歯磨き粉にも入っていたのう)


 塩味を感じる口内の泡をゆすいで、口元を拭った。

 鏡には相変わらず眠そうな半眼と寝癖に似た髪の自分が映っている。体調に問題はなさそうな顔色だ。

 不老の魔法は解けたというか、自在に扱えるようになりほんの数ヶ月程は不老を切っていたのだったが、スフィと合流したので再び肉体年齢の老化を止めている。まあ、少なくともスフィの余生に付き合うぐらいにはこのままにしておこうと思った。


(残されるのもつらいだろうからなあ)


 そんなことを染み染みと思って、クロウは部屋に放置しているスフィを残して朝飯を取りに行った。

 ちゅーがどうとかは忘れていたのである。


 普段スフィの教会で暮らしている二、三人ならば奥の居住スペースにある台所で食事をするのだが、五人も居れば表の広い礼拝堂にある大きな机椅子に並べることが多い。

 大きな机、と云うのもクロウがついうっかり家具屋で買ってしまったものである。メタルラック六個買うと、このテーブルも半額になると云うので勢いごんで購入してしまった。まだそのときに買ったメタルラックも三つは組み立てもしないで倉庫に放置しているというのに。

 だがこうしてパーティのメンバーが集まるには丁度いい。それにしても礼拝堂も、食事場所になったり映画上映場所になったりと多目的ホール扱いである。しかし歌神の場合はクッキングメタルとかイリュージョンロックとか、そんな感じのジャンルでライブ中に演奏以外もやったりすることがあるので許容範囲だろう。

 朝食の席では既に食事を終えたオルウェル、オーク神父、イートゥエが茶を飲んでいた。

 碧螺春はダンジョンで見つけた中国茶である。甘い香りと良い口当たりで、クロウも江戸に居たときに阿部将翁から貰って飲んだことがある、清の康煕帝お気に入りの高級茶だ。

 まあただ、ここに居るペナルカンド人達はイートゥエとオルウェルはミルクを入れ、オーク神父は蜂蜜を入れて飲んでいたのであるが。

 クロウの微妙そうな視線に気づいたオーク神父は頷いて真剣そうに告げる。


「水分と蜂蜜は取って摂り過ぎということはないんだ」

「登山中か」


 一応ツッコミを入れながら椅子を引いてテーブルにつく。しかし糖分の摂り過ぎで糖尿病になったオークと云うのは聞いたことがないのであったが。

 朝食を用意したのはオーク神父であったようだ。簡易的だが栄養がしっかりとしていて美味そうである。

 厚切りにした大きめの異世界バケットパンの上に異世界バターを載せて軽く炙ったものは、堅パンの生地にじゅわりと解けたバターが染みこんで柔らかくなり、甘さと塩気を加えている。

 異世界トマトを輪切りにして異世界ハムと異世界ゆでたまごを並べ、異世界オレガノと異世界岩塩を振ってあるサラダ。

 異世界ヨーグルトには異世界蜂蜜と異世界マーマレードが入っていて糖分補給に良い。

 どれを食べてもしっかり体の中で微塵に砕かれて分子となり酵素が栄養に分解して今日の活力へと代わるだろう。なんとありがたいことか。クロウは手を合わせて呟いた。

 

「メンデレーエフ以外の周期表は存在しない」

「え?」

「いや、ただの食事前の祈りだ」


 曖昧に笑って返しながらパンを齧る。口の中に新鮮な旨味が広がって、軽い飢餓に苦しんでいたような気がする脳か精神が炭水化物の魔力で回復していくようだった。

 クロウはもりもりと朝食を胃に放り込んでいく。


(昔はそうでもなかったが、江戸での暮らしで結構量を食う習慣になったのう)

 

 その前は十年あまりヨグの魔王城で上げ膳下げ膳の生活であり、イモータルの料理は素晴らしい味だったがほぼ一日中ごろごろしている生活ではそこまで食欲も無かった。

 更に以前はイリシアと大陸中放浪生活で美食などとは縁が遠い暮らしだ。

 江戸は豊かで食が溢れていた。人はエジソンに従わずとも、生活に余裕があれば一日三食食べるのだ。そんな事を思いながら朝食を進める。


「……しかし、傭兵に出向くと軍から支給される糧食になるのかのう。不味そうだ」

「うーん、自由に調達していいって云う契約じゃなさそうだからね。一応調味料ぐらいは持って行こうか」


 頷いて、呆れた様子でイートゥエが隣でそわそわしているオルウェルに言い聞かせた。


「大体、防衛戦ですからヒャッハーはできませんわ……だからオルウェル? モヒカンと肩パッドは置いて行きなさいな」

「ううう……緊張してきたっす……」


 オルウェルはいつもダンジョンで使うリュックサックをしきりに確認して、戦地へ持っていく道具をチェックしているようであった。

 

 帝国が隣国の神聖女王国[ヘカテリア]に実質上の宣戦布告を受けて数日。

 攻められることとなった帝都議会は最終交渉を引き延ばしている間に、国境にある村や街を立ち退かせて防衛用のトラップを嫌と云うほど仕掛けて進軍の遅延策を取り、軍を纏めている。

 戦力として投入されることになったのは準公務員としてダンジョン開拓に勤しむ冒険者達もであった。

 もともと彼らは傭兵であることが多いので八割程は問題なく一時的に軍属となった。これを拒否することも出来るが、その場合はダンジョン開拓資格を失うのでクロウ達も戦争に参加することになったのである。

 クロウ達も傭兵経験はあるので「懐かしいなあ」と云った風な程度のことであるようだが。


「それにしてもヘカテリアと云えば古くからの強国ですわね……」

「そうなのか?」

 

 クロウが疑問の声を返した。数十年この世界で暮らしたが、名前ぐらいは聞いたことがあると云った程度の国である。

 ただ魔女排斥の動きが非常に強い為に、イリシアと二人旅では関わらないようにしていた。

 イートゥエが解説を加える。


「魔法軍事国家ですわ。国民全員に義務教育範囲で魔法を教えられていますもの。軍役義務もあって国民皆魔法兵と云うとんでもない戦力を持っていますの。そこらの田舎村に他所の軍人が攻め込んだだけで、雨あられと数百の魔法が飛んでくるんですわよ」

「ほほう……なんというか、豊かな国なんだなあ」


 魔法使いになる勉強はそれなりに高等であり、発動媒体になる杖は高価であるというのにそれを国民全員に施している国は他に無い。

 国民全員に大学教育と自家用車を与えさせているような、金と教育への税の掛け方である。

 オルウェルが青い顔をしながら云う。


「上司のベネさんに聞いたところ、そんな国のエリート魔法使い集団な軍が十万人も押し寄せてきているみたいっす……」

「十万の精鋭軍か……」

「あれ? ちなみにこの国ってどれぐらい兵力居たっけ?」


 首を傾げるオーク神父に、オルウェル──元正規公務員なので情報が入ってきやすいのだろう──が応える。


「帝国は常備軍人が5000人っす!」

「少なっ」

「大国……でしたわよね?」


 首都人口は五百万人程も居る国の兵数とは思えなかった。

 十万VS五千。酷い戦力差である。末端であるクロウ達は聞かされて居なかったが。

 おまけにその十万は全てが魔法使いである。つまり、戦場で綺麗な水や燃料に困らず、土木工事を通常の何倍も早く行え、遠距離攻撃や防御術を杖一本の装備で行えるという兵種である。

 通常の軍では十数人の小隊に一人魔法兵が混ざっているぐらいの割合だというのに。


「うーん……」

「勝てるのかしら……それ」


 それまでも小競り合い程度の戦争はあったのだが、これが始めての全面戦争となると勝ち目が薄いように思えた。 

 オルウェルは眼鏡を光らせて解説を続ける。


「勿論むざむざ負けるつもりは帝国にも無いみたいっす。何せ一騎当千の勇者様が作った国っすからね。それに、軍人が少ないのも兵力差を覆す手段もあるっす。むしろそっち本命だから経費削減で兵数を最低限にしているぐらいで」

「それは?」

「帝都の宮廷召喚士──軍属の召喚士達を実戦投入するつもりみたいっすね」

「うげ」

「そりゃあ確かに……」

「下手に味方が居ると巻き込まれますわね……」


 全員が大規模破壊兵器の使用に顔を歪めた。その頃全員からハブられているスフィはまだ寝室でちゅー待ちしている。

 召喚士。

 それはこのペナルカンドに居る凶悪な生物をほぼ無尽蔵に魔力複製として召喚できる能力を持つ集団であった。

 例外として別世界の物質を召喚していたヨグも居るが、その召喚士たる彼女が世界の敵として君臨していたのだから危険認知度は非常に高い。

 クロウも帝都で僅かに戦闘を行い無力化させた竜召喚士が居たが。

 例えば彼が屋内ではなく、外で大量召喚を行えば万を越すドラゴンが空を埋め尽くして吐き出した炎は帝都を一時間もせずに火の海に変えることができるだろう。

 竜で無くとも弱い魔物であるメタルすねこすりが一億程も押し寄せてきたら十万の軍とてひとたまりもない。

 そんなものが戦場に居れば、十倍百倍の戦力差など意味を持たないだろう。

 クロウが酷く微妙そうな顔をして云う。


「しかし……召喚士なんつー自己中極まりない個人主義者共が、軍の命令に従うのか?」


 それが問題であるようだった。

 召喚士一族の特徴としては、とても自己中心的かマイペースで、周りの事を殆ど考えずにその場のノリで生きている。あと油断からのポカミスをしやすい。倫理観が薄いなどが上げられる。

 強大な召喚能力に驕った結果そういう性格になりやすい説と、特殊な虹色の魔力が脳に作用している病気説があるぐらい、大体そんな感じである。

 オルウェルは上司に聞いただけの情報だが、


「ええと、だから細かい命令とかはしないで戦場で敵をぶっ飛ばして来て欲しいとかそんな単純な感じで頼んだそうっす」

「曖昧だのう」

「それで正規兵と傭兵は予備兵力として、召喚士さん達の荒らした現場を掃除したり奪われた村を再占拠したりする役目っすね……ちなみに!」


 オルウェルが真面目ぶって云う。


「ヘカテリア兵が持っている魔法の杖は戦利品として回収しておけば、普通の売買でも高値がつくのに敵兵の遺族から高額で返還要請が来るから大儲けのチャンスだったり──」

「うわあこの娘、初陣でスカベンジャー狙っておる……」

「金の亡者だね……」

「ベネさんに聞いた話! 元特殊部隊の上司に聞いた話っすからね!? なんすかその目は!」


 日本の価値で云うところの自家用車ぐらいは高額な魔法の杖は戦場で狙われるドロップ品であった。

 それが兵十万。軍用の正式杖の価格を五十万円程とすると、全滅させた相手の杖を全て奪えば五百億円手に入る計算だ。

 無論、実際にはそう簡単には行かないが。ヘカテリアは強兵であることと、仲間も戦友が倒れた場合撤退する際に杖を形見に持っていくことが多いからだ。その際に「うおおお! これは友の形見パワー!」などと叫んで兵士が一時的に強化される現象も確認されている。

 金の亡者扱いされた初陣のオルウェルは全員の訝しげな目を睨み返した。なお全員から外れているスフィは中々帰ってこないクロウに対して、ベッドで仰向けになり出迎えればいいのではないかと思考がワープしていた。


「ベネさんが危ないかもしれないからって色々教えてくれたんすよ。大体こんな感じの割り振りになるらしいっすからね」


 彼女は近くに何故かあったホワイトボードに書き込む。クロウが家具屋でメタルラックを買ったおまけに三割引になったから購入したものだが、結構ダンジョン探索の会議などでも使う。

 

 敵主力討伐部隊

・牛召喚士──クライトン

・精霊召喚士──イスマイル


 工作、斥候部隊

・猿召喚士──ギヤースッディーン


 予備兵力、制圧部隊

・帝王──ライブス

・正規兵5000

・傭兵2500


 治安維持、輸送部隊

・公務員騎士

・犬召喚士──ホワイト


 召喚士が万が一に斃された場合には帝王が予備兵力として出陣して敵を蹴散らす算段であった。

 百万のパワーを一身に集めた狂戦士でなくなったとはいえ、勇者である。世界を滅ぼす化け物と戦っていた彼は、人間同士の戦争に出るには理不尽に強い。

 また、元より余所者の出入りが緩い帝都だったので敵のスパイが蜂起することも予見され、それを察知して始末するのには現在帝都で百一万匹の犬が召喚されて警備に当たっているという。

 帝王が親征するという情報を見てクロウが頷いた。

 

「ああ、帝王も出るのか。道理で」

「どうしましたの?」

「いや」


 苦笑いをイートゥエに返す。

 昨日に届いた封蝋付きの手紙には帝王からクロウへ直接のメッセージが書かれていたのである。内容はこのような感じで、


『拝啓魔王の騎士クロウ殿へ。これより戦争となり、冒険者たる貴殿も戦地に赴かれると思われるが、どうか軽々しく第四黙示の鎌を使わぬように願う。国際的にマジで立場がマズくなるからお互いに。帝都にこれからも住み続けるならば軽率に地獄を作らないで欲しい』


 とのことであった。

 確かに、戦争となれば召喚士より危険なのは疫病を自在に操れる第四黙示騎士、クロウと云う存在だろう。

 軍に向けてインフルエンザでも流行らせてやればそれだけで十万の軍は半壊するだろう。飛行して相手の国で一人病毒テロを起こしても酷いことになるのは目に見えている。

 ただそれをして待っている末路は、再びクロウの全国指名手配だろう。

 一人の軍勢として昔から知られている召喚士は元より嫌われ者という認識はされているが。

 目に見えない病気をばら撒いて風のように去っていく存在は、恐らくそんな目に見える脅威よりもはるかに恐れられる。

 クロウとて目的はダンジョンの最奥を目指すことなので、指名手配なぞ食らっている場合ではないから使うつもりは元より無かった。こっちに来てからもなるたけ人が見ていない場所でしか使っていない。

 

「まあなに、矢面に立たされるのは強い連中ばかりだ。己れらは地味に仕事をして、さっさと戦争が終わるのを祈っておこう」

「そうだね」

「了解っす!」

「……あら? ところでクロちゃん。スフィはどうしましたの? 貴方を起こしに行ったままですけれど」

「忘れていた」


 きっぱりと応えると、ダッシュでこちらに向かってくるちびっ子エルフの足音が聞こえてクロウは遠い目をした。

 出兵の日であったが、いつもと変わらない彼らである。




 ******




 幾つかの集合場所に別れていて、およそ百人ぐらいの冒険者ごとに隊を組んで将として正規軍の士官が指示を出すことになっている。

 そして事前に受けていた作戦説明を繰り返し聞いて、クロウ達は大型のゴーレムカートで戦地に輸送された。

 明らかに戦争を仕掛けるつもりで準備していたヘカテリアに比べて慌ただしい出兵であるが、数千程度の物資はすぐに準備できる国力はあるので問題は少ないらしい。

 既に国境を侵して進軍してきているヘカテリア軍と、自軍の召喚士が戦う場所は予定されているようでクロウ達はそのかなり後方にある陣地で待機となる。

 

「上手く行けば一日二日で終わるみたいだのう」


 陣地に置かれたベンチに並んで座りながらクロウは遥か前方を見た。

 十万の軍勢が迫ってきているというのにのんびりしたものであるが、緊張したところでここでは土埃さえ見えないのだから仕方がない。

 

「しっかし、召喚士って云っても三人っすよね。本当に大丈夫なんすか?」

「普通に当たれば大丈夫だ。軍隊は召喚士と相性が悪いからのう。倒しても意味がなく、幾らでも補充されて戦意も落ちない敵が延々とやってくるのだぞ。たまらんだろ」

「そういえば……召喚士って魔力切れとか無いのかしら」


 イートゥエの疑問に、クロウは思い出しながら応えた。


「確か召喚した物を破壊されたら自動でその分が戻ってくるらしいから、実質無いな」

「あら、ずるい」

「ただし強力な一体に魔力をつぎ込んで召喚したり、複製でない実体召喚を行ったら減るみたいだ」

「クローは詳しいのー」


 大きく肩を竦めてクロウは云う。


「知り合いに居たからのう。だから召喚士と戦うとなれば、数では勝てぬのだから少数精鋭で油断したところを仕留めるとかせねば」

「油断はしやすいからね。クロウくんとアタリさんが提案した戦法でずっと昔に精霊召喚士を倒してたぐらいだから含蓄があるな」

「死ぬかと思ったがな……そういえば味方に居るのか、精霊召喚士」


 召喚属性は血統で決まることが多く、同じ属性の者は居ないのでその精霊召喚士は百年以上も前にクロウが倒した精霊召喚士の子孫な可能性が高い。

 

「どうやって倒したっすか?」

「うむ。正面から挑発しまくって、出した精霊を殴り倒しながら気を引いていた隙に水属性の魔法使いを配置してな。炎の精霊を召喚したと同時に術士を水塊に閉じ込めてやったらその水が沸騰して茹で死んだ」

「エグいっすね……」

「普通召喚士は、自分が召喚したものから出される熱や毒などからは魔力防護されているんだが他人が出した水がお湯になったのは駄目だったみたいだな」


 不意打ちで仕留めるのが一番である。いつも、仲間の蛇女アタリが水魔法で敵兵の頭を水塊で包んでいたことから立案した方法である。

 ただクロウの目論見が失敗して召喚士が炎霊を問題なく召喚していたならば、消し炭になっていたのは前線で戦っていたクロウ達だっただろうが。

 

「しかし三人ってのは心もとないのー、事故死か流れ矢で三人死んだら総崩れじゃぞ」

「ううむ、その時はさっさと逃げるしか無い。ここだけの兵力じゃ同数の相手にも勝てんからな」

「ヘカテリア兵はベテラン冒険者並には強いだろうからね」

「なに、例えダンジョンを管理する行政が変わったとしても、潜らせる人材がどちらにせよ必要になり、募集があるだろう。多分。どちらにせよ、兵卒の己れらが考えても仕方がない」


 などと話していると、ちらちらとこちらを窺う視線を感じた。

 クロウが呆れたような目を向けると仲間達もそちらを見る。

 そこには、ガスマスクを付けたスズメバチ駆除めいた格好の男が、シュコーシュコーとやかましい呼吸音を立てて書割りの影からクロウの様子を伺っていた。

 帝王ライブスである。

 出征の時の宣言でもあの格好だった上に、マイクにシュコー音が入ってさっぱり内容が聞き取れなかったのでブーイングが起こったのを覚えている。


「なんなのかしら……」

「もしかしてアレも天界武装の一つかのー……」

「いや、不審者すぎるでしょ。レストランどころか銀行すら入れなさそうだよ」


 ヒソヒソと言い合う。

 帝王があの格好になってもうかなり月日が経過しているが、まだ面と向かってツッコミをいれられたことは無いようだ。

 クロウが立ち上がり仲間達に、


「ちょっとな……」


 と、告げて帝王の方へ歩いて行った。

 露骨にビクッとした帝王であったが、クロウが腕を引っ張って書割の後ろに隠れて小声で云う。


「お主なんだその格好。もしかして、己れの病毒対策か?」


 頷く。

 溜め息を吐いて言い聞かせた。


「良いか、己れは無差別に病毒をばら撒くつもりも無いし、お主に個人的な恨みも無い。魔王城で戦ったのは成り行きだったがな。

 己れはダンジョンへ潜って一番奥にあるお宝を回収したいだけだ。だからそう、怯えるな。あんまり恐れられていると刺客でも送られそうでこっちが怖い」


 クロウの言葉に、暫く帝王は吟味するようにして動きを止めて。

 やおら、ゆっくりとそのガスマスクを外した。

 中から王らしい中年の顔が出てくる。クロウが知る人物の中で一番王っぽい顔だ。まあつまり、トランプのキングにそことなく似ているのではないかと思うのであったが。

 金髪に金の髭、青い目をしていて頭の上にちょこんと小さな冠が載っていた。その体格は身長2メートルほどで、筋骨隆々である。

 美形の青年勇者と云った風貌では決して無いが、確かに強そうな戦士体型ではあった。


「本当にうちの国で第四黙示の能力を使ったりしないのだな……?」

「ああ!」

「うわなにこのいい笑顔! 嘘を吐いてないだろうな!?」


 問い詰めるライブスにクロウは目を細めた笑みで誤魔化した。既に二回ぐらいこの世界に来て使っていたりする。

 

「と言うかお主、その服とマスクいつから付けておるのだ。臭うぞ。口が臭い」

「王とは口が臭いものなのだ……!」

「無茶苦茶を云うなあ……」


 懐から取り出した手拭いを精水符で濡らして渡す。ごしごしと顔を拭うその布の色が変わっていくのを見て、帝王にそのまま献上しようと決めた。

 帝王は幾分か綺麗な顔色になった様子でクロウに告げる。


「いいか、元魔王の騎士よ。帝都と云うのは、この帝王の理想とする都市なんだ。あらゆる人種や文化、それどころか神や神獣さえも自由に過ごせてカオスながらも安定した街。ここでは何にも縛られずに好きな生き方が選べる。そんな国にしたいのだ」

「ふむ」

「過ごしやすく混ざりやすく埋もれやすい社会を作って……帝王を辞めて無職になり楽しく余生を過ごしたい。ただそれだけが目的で国のトップやっているのだ。自分だけの居場所を手に入れる為に。だから、どうか邪魔をするなよ」

「ああ、そうかお主……」


 気まずそうに云って、そそくさと離れていく帝王を見送りながら。

 クロウはいつかヨグが云っていた言葉を思い出して、云う。


「……勇者辞めたがっていたのだったなあ、確か」


 その原因となるぐらいに殺し続けた上に、復活の加護さえ消したのはヨグであったのだが。

 神に仕えて、世界の為に戦う勇者は──魔王殺しの願いで、その運命から開放されたのである。

 今はただ、自分の居場所の為に戦う帝王であった。

 




 ******





 神聖女王国ヘカテリアは魔法大国である。

 多くの国が亡くなったり興ったりするペナルカンドでも、古い歴史を持つ国だ。

 名前の通り女王系の君主を立てていて、国民男子の初恋の八割は当時の女王だという調査があるぐらい歴代人気である(王政府調べ)。

 そんなヘカテリアだが、立地が以前までは魔王城のある砂漠の隣であったので大国の威信と魔王討伐の特典を狙って何度も軍を起こしていた。

 一度は現在争っている帝王ライブスが勇者時代であったので、彼を旗印に二十万の軍を投入して魔王城を目指したこともあった。精鋭軍が一斉に張った防御魔法壁はなんと魔王の使う対神格兵器[草薙剣デイジーカッター]さえも受け止めたのである。

 まあそのあと草薙剣の追加効果のルカナン的な何かで防御壁が脆くなってその後も連発して飛んできて勇者ごと全滅したのだが。草薙剣は単発の威力も周囲1kmを吹き飛ばすぐらいだが、厄介なのは受ければ受けるだけ防御能力が低下することなのである。

 

 敗戦であったが、対魔王の最前線で一応戦ったという自負は持っている。

 それをタナボタ的に魔王討伐の功績で国を作ったライブスが土地を支配して、おまけに魔法王国からすれば重要な魔法物質である魔鉱の採掘から輸出を独占したのだから特にダンジョンができてからはイチャモンをつけられていた。

 他にも税金が安く(ヘカテリアは重税である)辺境の自治を認めている帝国に、ヘカテリア王国が属州にしていた幾つかの地域が自ら合併されたのである。

 まあ他にも色々あったのだが、帝王と女王の会見で帝王がクシャミをした時「はっくしょん……ババア」って口走ったこととかも要因かもしれない。


 ヘカテリア王国の目的はダンジョンの採掘権である。和議の条件も、帝都にあるダンジョン入り口をヘカテリア領土にして管理をすること。さすがに、帝国全てを自分の領地にすることは考えていない。というか、民族排他的で魔法使い偏重なヘカテリア王国ではそうでない人種がごった煮している帝都を支配下に置きたくない。

 帝国の目的はヘカテリアの兵を撃退して復興費用となる賠償金をむしることである。同じく帝国としても、向こうから恭順したならまだしもヘカテリアの国を奪うのは面倒極まりない。国民全てが魔法ゲリラ兵となって襲ってくるかもしれないのである。

 

 某月某日。

 縦列で帝都目掛けて威圧するかのように悠然と進軍してくる十万の軍勢があった。

 上空にはワイバーンに乗っている竜騎兵が数百も飛び回り周辺を警戒している。

 基本的に帝都の周辺──ネフィリム砂漠があった地帯はなだらかな丘陵か平野が多い。如何に土に活力が与えられて草木が芽吹いたとはいえ、谷も無ければ川も無い──実に進軍しやすい地形であった。

 これまでに辺境の村を制圧しながら進んでいたがまだ明確な戦果は上げていない。村人などは、「ヘカテリア兵は魔法使い以外人間扱いしないから非人道的な扱いを受けるぞ」と脅されて退去していたのだ。

 ワイバーンの前方に行っていた一騎が軍勢の先頭近くに着陸して報告を将軍にした。


「街道の前に人影が3あります。待ち構えているような様子ですが攻撃しますか」

「ふむ。情報によれば帝国は召喚士を戦場に出してきたらしい。実際にここまで、被害を受けている」


 帝国の領地を3分の1ぐらい進んできて、現在のヘカテリア軍被害は負傷者320名、死者24名である。

 立ち寄る村という村にえげつないトラップが仕掛けていたのだ。

 魔法的な仕掛けならば感知することが用意なのだが、主に細長い糸のような道具と、釘などを使った原始的なものであった。

 

 足を引っ掛けて転ぶと転んだ先に釘がびっしりある。

 床板を踏み外すと釘が足に刺さる。

 家のドアを開けると天井からトゲ付き丸太が落ちてくる。

 そこら中に掘ってある落とし穴の底には槍がある。

 道に落ちていた空き缶を蹴飛ばすと爆発して鉄片をまき散らす。

 広場に貼ってある帝王の肖像画を小突くと爆発する。


 などなど、様々な罠がうんざりするぐらい仕掛けてあるので村に立ち寄るのも嫌になるぐらいであった。


「罠召喚士でも居るんでしょうか」

「わかりかねるが、とりあえず我が軍ではないから先制攻撃で仕留めるか」

「そうですね……しかし、召喚士と戦うのは始めてですよ。地平を埋め尽くすぐらい召喚してくるって文献にはありましたが……」

「大げさに書いてるんだろう。一班から十五班! 砲撃魔法用意!」


 将軍の指示で先頭部隊がそれぞれ魔法発動の陣形についた。

 三人一組になり、砲弾となる岩を打ち出す土属性術者、それの加速と着弾点を調節する風属性術者、砲弾の内部に爆裂炎を埋め込んでおく火属性術者の共同魔法だ。

 一撃が生半可な城壁を破壊する魔法を十五発同時に前方の三人へ叩き込むつもりである。

 行軍が止まり、三十秒前後で砲撃用意が整った。


「打て!」


 その指示と、炎の尾を伸ばして打ち出される砲弾。


 ──そして前方の地平を埋め尽くす大量の牛が現れることで、戦争は本格的に始まった。




 ******




 戦争開始してからの経過を記す。



 十万の軍勢に対して牛召喚士クライトンの[狂牛マッドブル]二十万頭の突撃が敢行された。

 術者クライトンはその先頭で[黒旋風鉄牛]に騎乗したまま一緒に突っ込んで中央突破を画策。

 敵を突破してそのままヘカテリア首都まで突撃するつもりであった。

 ヘカテリア軍、負傷者13600人。死者3900人。

 クライトンは軍勢の後方で即席に作られた大型塹壕にて突撃作戦を中止させられ、[竜巻牛ツイスターギュウ]を召喚して白兵戦に入った。



 精霊召喚士イスマイルが風の上位精霊を召喚。

 ヘカテリア軍の飛竜戦力800が全て墜落。制空権を奪った。

 対空の魔法弾幕を回避しながら地上に神域召喚霊[迦具土]召喚。

 地上戦力の12000を蒸発させ、召喚の追加効果で炎の上位精霊をまき散らして、イスマイルは負傷で戦域離脱。

 そこへ猿召喚士ギヤースッディーンが[ゴリラゲリラゴリラ]を使役して混乱した前線を更に霍乱していく。


 

 その頃帝都に潜伏していた魔法破壊工作員達が活動に移ろうとしていたが。

 即座に警備の犬に発見されて交戦へと入った。

 犬召喚士ホワイトの召喚したガルムや[屠殺犬とさけん]により工作員は全滅。

 帝都の被害は微々たるもので終わった。


 

 牛召喚士クライトンが戦死。白兵戦になって1500人撃破した後であった。

 しかし死亡間際に己と周囲を贄に[魔神牛モレク]を召喚。

 人間を贄にして力を増し、その増した力で更に人間を贄にするという邪悪な魔神である。

 被害者数、不明。

 周囲地域は魔界と化した。

 戦時中とはいえ消せない召喚物を自領に放置するわけにもいかず、討伐の為に帝王ライブス出陣。

 同時に通りすがりの虫召喚士が参戦。[魔王蝿ベルゼビュート]を召喚して魔神牛を止める為に戦闘開始。

 魔神と魔王と帝王が争う凄まじい状況になっていった……。





 ******




 そんな彼方の地獄を知りもせずに、クロウ達は相変わらず後方で茶をしばいて待っている。

 

「なんか西の空が暗いですわー」

「魔法兵が争いまくれば異常気象の一つも起こるかもね」

「士官の人達青い顔してるっす」

「下痢とかじゃないんだろうな、生水にあたって」


 呑気である。

 前線ではヘカテリア軍は半数以上を失いほぼ壊滅状態で撤退を開始。そんな報告だけは話に聞いていたので、どうやら出番はなさそうだと他の冒険者達も呑気に構えていた。

 ただし先行して杖のネコババなどに走らないように──実際は魔神の暴威に巻き込まれないようにだが──それぞれが決められた場所で退屈そうに待っている。

 

 ──そうしている陣地の近くにある林からひっそりと近づいてくる部隊があった。

 人数は百人ほど。ローブを目深に被ったヘカテリア兵である。

 本隊から予め特務を受けて離れ進軍していた彼らはようやく帝国軍の陣地へと辿り着いたのである。

 敵の実力は傭兵を交えていることから未知数。如何に強兵であるヘカテリアとはいえ、百人で数千の敵を正面から蹴散らすのは難しいと判断するのが普通だろう。

 普通ならば。

 彼らの兵種は戦術級魔法兵──百人の魔力を使って広範囲超威力の大魔法を使う部隊である。

 特殊な訓練と高度な魔法学を平均で二十年は積んでようやく発動できるようになった、禁呪ともいえる魔法を戦場で使ういわばヘカテリア側の召喚士のような切り札の一つである。

 奇襲で本陣を壊滅させる魔法をぶちかませば兵力差はむしろ敵の被害の大きさに繋がる。

 ヘカテリアは正面から攻め入る十万の軍と、帝都で内部から襲撃する工作員、そして陣地を奇襲する戦術級魔法兵の三段構えで居たのだ。

 

 部隊長が合図をして、全員がぼそぼそと詠唱を繋ぎ杖をぶつけあう儀式を行って魔力を集中させる。

 百人居ても、全身から魔力が抜けていく疲労感に皆が額に汗をにじませる。早くも膝をつく兵も居たが、魔力を限界まで送り続けた。そうしなくては術は発動しない。

 やがて、魔力の渦は一つの形となり空へと上がっていった。

 魔力光が僅かな間だが光の柱となり、空の雲にすっぽりと穴が開いたようになる。

 こうなればもはや存在もバレただろうが、術は発動したのだ。



「魔女術──[フォールオブヒュペリオン]」


 

 禁忌とも云える、魔女の大魔法であった。



 その光の柱を目撃して全軍に動揺が走り、最初に異変に気づいたのは視力の高い鳥人種族の冒険者であった。


「おい……向こうの空から降ってくるのは───隕石じゃねえか!?」


 フォールオブヒュペリオン。

 宇宙に浮かぶ小岩石を魔力で結合・変性させて一つの超重量塊に変化させ、加速して惑星に降らせる魔法である。

 落ちると主に近くに居た者は死ぬ。単純明快であるが、防御方法は隕石の直撃に耐えるぐらいの防御壁を張ることである。

 術者の目的は帝国兵への攻撃もあるが、既に自軍が敗色濃厚と見て次の策である[冒険者の壊滅]にあった。

 つまり戦争でダンジョンを開拓する冒険者を減らせば講和後にダンジョンが再開した際に開拓員の大規模な募集がある。

 採掘量を回復させるために人員の確保を狙う開拓公社へと、ヘカテリア側の人間を潜り込ませやすくなるからであった。

 

「まさかこっちに!?」

「待て! 落ち着け! まずはコーヒーでも一杯どうだ?」

「それはショーユだ!」

「逃げ……ってなんかスケールデカくてどこに降るのかよくわからん! どっちに逃げればいいんだ!?」


 大騒ぎになっている本陣で、ぼけーっと見上げているクロウを、スフィが乱暴に揺さぶった。


「クロー! 何をしておるのじゃよ! さっさと離れるぞ! イートゥエの鎧ならなんとか脱出できるかもしれん!」

「鎧の高機動モードでカッ飛びますわよ!」

「ううむ、いや、なあ」


 クロウは曖昧に返事をして、苦々しく迫ってきている隕石を見ていた。かなり離れているはずなのに見えるということは相当に大きな塊らしい。

 それにしても、


「魔女を一番迫害しておった国が、魔女の術だけは使うなんてのう……」

「クロウくん?」

「あわわ……この世の終わりっす……」


 クロウは木製の鞘から魔剣マッドワールドを抜き放ち、隕石の方角へ向けた。

 あと十数秒もすれば地表に到達するだろう。だがそれをクロウは睨んだまま、動かない。


「クロー!?」

「安心しておれ。隕石なんてのはな───既に克服済みの試練だ」


 マッドワールドの柄を両手で持つ。

 その柄に使われている材質はクロウ自身の運命力を結晶化させたアカシックレコードブレイカーの断片である。

 柄は、刀身を制御する為にある。故にこの剣を使いこなせるのは、刀身に魔法を宿した魔女か、柄の持ち主であるクロウかであるが──。

 自然と、クロウは使い方を悟っていた。ただ非常に使いどころが無い形態だったのでこれまで使わなかったのであるが……。



[狂世界マッドワールド]──その長さを取り戻せ」


 

 黒の刀身がうねり狂いながら、向けていた隕石の方へと伸びた。

 マッドワールドの第一開放──それは刀身に収められた魔力ブラックホールのシュヴァルツシルト半径分、攻撃範囲を伸ばすことができるという能力である。

 その長さは調節不能で、開放すると1億1967万8296.56kmまで増幅されるのだ。これは地球から伸ばしたら太陽までの距離の八割に値する。

 下手に地上で使おうものなら地平線まで切り裂くどころか、惑星を縦に切れてしまうので実質使えない形態である。

 同時にクロウの周辺に超重力が嵐のように発生した。周辺のテントなどが吹き飛び、剣の根本には電流が走っている。


「ぬう!? 思ったより重い……!?」

「大丈夫ですのクロちゃん!」

「クロー、頑張れー!」

「ああ、これで隕石なんぞ切り分けてくれる」


 クロウはやけに重たく感じる剣を僅かに動かして、こちらに飛来してくる隕石を真っ二つに切り割いた。

 魔力結合により一塊になっていた隕石は魔剣に斬られるとその魔力を吸われて結合崩壊。細かい粒子状になって分解し、大気との圧縮熱で蒸発して流星雨のように消えた。

 

「よし、戻れマッドワールド……戻らんな?」

「おおいクロウさん!?」

「斜め四十五度ぐらいで叩いたら……あ、直った」

「それで直るんだ……」


 こうして、あっさりと本陣に迫っていた壊滅の危機は去ったのであった。

 外の林に居た戦術級魔法兵部隊は、消えた自分達の二十年の努力の結晶をぽかんと眺めていたが──ゲリラゴリラに発見されて片っ端からとっ捕まえられたのであったという。



 そうしたクロウの地味な活躍は、表の戦場で戦って散々に敵兵を蹴散らした召喚士や、魔神を討伐した帝王らの華々しい活躍とは違い、そこまで衆目を集めなかった。

 しかしその場に居た冒険者達の間では、やはり魔剣使いクロウとして更に有名になっていった。

 その後も数日、戦地での活動は続き、敵国から援軍が五万ほど到着したがあまりの惨状に会戦には至らず。

 生き延びた兵を連れて撤退していった。

 最初に投入した十万のうちから、国に戻ったのは36000人であったという。逃亡兵も居たに違いないが、虐殺と云ってもいい被害を与えた。

 更に戦場に魔神が降臨したこともあり、帰還兵の多くも強いPTSDに陥っていて、内応策も冒険者排除策も潰えたヘカテリアは多額の賠償金と共に和議を結ばざるを得なかった。




 犠牲になった牛召喚士一名以外は殆ど被害なしで大国を撃退した帝都ではお祭り騒ぎとなった。

 特に神輿で凱旋した帝王の隣に、きょろきょろと落ち着かなそうに周囲を見回す虹色の髪の毛の少女が居た。背丈は低く召喚士が良く着ているローブで身体を覆っていて、顔つきは十代半ばぐらいに見えた。

 見慣れない姿に皆が疑問に思っていると、


「魔神討伐の功績者である、虫召喚士のノウェムさんです。拍手ー!」

「あ、えっと、初めましてノウェムです!」


 帝王がマイクを握って行う紹介で、話に聞いていた魔神牛を倒す為に魔王蝿を呼び出した召喚士なのだとわかり、恐れ半分ではあったが美少女なのでひとまず盛り上がる都民。

 にこやかに帝王が彼女に尋ねる。


「それでノウェムさんは宮廷の召喚士になるのかなー?」

「いえ、あのその……私はお父さんとお母さんを探しているのと、ダンジョンを探索する冒険者になろうとしているので……他のお仕事はできません。ごねんなさい!」


 ぺこりと謝るが、むしろ召喚士が冒険者になるのは珍しいので興味深そうに彼女を皆は伺っていた。

 勿体無い気もするが、この帝都で職業の強要はしたくないのと、そもそも召喚士は無理やり仕事をさせると酷く機嫌を損ねるので帝王もあっさり諦めて、


「それではこれから頑張るノウェムさんに金のマッチョ勲章を差し上げよう!」

「わぁーいらなーい!」


 ゴールデンでマッスルな勲章を肩に付けられそうになって身をよじるノウェムである。

 残念そうに帝王が勲章を戻そうとする。


「そうか……これがあると毎月二十万クレジットの給付金が貰えるのだが……」

「わぁーいりまーす!」

「現金だなこの子」


 ノウェムは勲章を引ったくってゆったりとしたローブの肩につける。

 そんな凱旋の様子を、やや離れたところにあるカフェからクロウ達は見ていた。


「ううむ、よく知らんところでは大変な戦いがあったようだのう」

「不必要に巻き込まれたくないね」

「まったくじゃのー。しかし召喚士というのは、あんな子供でも強いものなんじゃな」

「虫召喚士……うう、黒いあれとか出せるのかしら。いえ、エロい触手とかも……」

「何を妄想してるっすか……それにしても」


 オルウェルが眼鏡を押さえながら、神輿の上ではにかんで手を振っている少女をじっと見た。

 微妙に寝ぐせのようになっている髪の毛。まぶたがやや閉じて眠そうな柔らかい目つき。瞳はぐるぐると渦を巻いていて、髪の毛こそ虹色であったが、


「あの召喚士の子、クロウさんに似てないっすか?」

「え? いや似てないだろ」

「いや~、ほら両親を探しているとか云ってたから、案外クロウさんが旅先でこさえた隠し子だったりして……」

「こさえた云うな」


 呆れて返すが、なんかその言葉を真に受けたスフィが、ストローに口をつけたまますごい勢いでメロンソーダをぶくぶくして酸欠で顔を青くしていた。


「落ち着けスフィ、そんなわけなかろう。大体、年齢が合わん」

「そ、そうじゃぬーん」

「ぬーん!?」

「動揺は激しいみたいですわね」


 クロウは変な心配をするスフィの背中を撫でて落ち着かせてやりながら、


「まったく。しかしあやつも同じ冒険者になるなら、何処かで会うかもしれんのう」


 まずは世間慣れすることの方が大事そうだがと、頼りなさげな召喚士の少女を見てクロウはカフェのコーヒーを呑み干した。



 こうして非日常の戦争を早くも終えて、クロウの異世界生活はまたダンジョン探索の日々へと続いていく……。





 ※ダンジョンが再開されました。

 






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