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104話『江戸コンビニとお房』


 江戸の街は防犯などの理由もあり、夜になれば町ごとに道の木戸を閉ざしていた。

 完全に通れないわけではなく、木戸脇には出入りの為の扉があり、木戸番の小屋に居る番人にしっかりと顔を見せれば通り抜けられる。

 その性質から、長屋などがある町では顔見知りの住人以外が出入りしようとすればひと目でわかる。また、夜でも人通りのある歓楽街などは舟で移動することが多かったようだ。

 番小屋の番人は左右に仕事の違う二種類が居る。

 一つは、現代で云うところの交番のような町奉行管轄の自身番。ここには捕り物用の道具や、火事の際に使う火の見櫓や梯子などが置かれ、一時的に悪党を収容する留置所も中にあった。番人は町内の男五人ぐらいが持ち回りで番小屋に入っている。

 もう一つは木戸番という、木戸の開け閉めをする番である。狭い小屋だが、ここはその小屋に住み込みで番人が過ごしているので、通る人相を把握するなどが仕事であった。

 江戸の町に住む九郎の場合、本人が十手を持つ御用聞きなので、改めて自身番に選ばれることも無いし夜遊びから帰っても平気なのだという立場であった。まあ、だからと云ってしょっちゅう盗賊の捕り物に巻き込まれたりしている彼を羨ましがる者も居ないが。

 

 緑のむじな亭がある近くの木戸番として暮らしている、九郎の将棋仲間でもある笹治郎という老人が居る。

 木戸番は普通家族で住まうようになっているものの、妻には先立たれ娘は嫁に行き、一人で番太郎をしていた。

 その笹治郎だが去年あたりから眼病の患いがあり、月に数日程度は小石川の診療所へ治療に行っていて、番小屋を空けることがある。

 しかし誰かは居ないといけないのであり、信頼できる──九郎などに交代を頼むのであった。

 

「九郎。お昼できたのよー」


 九郎が店番をしながら、釣り仲間の旗本が書いた釣り専門書[何羨録]を改めて読んでいると、お房の声が掛かった。

 もう昼時である。高く登った太陽を見上げて、店の奥に引っ込むことにした。

 この日は九郎と共にお房もこの店に来ている。単に暇だったのと、他の店の営業に興味があったのだろう。

 番小屋の番人は町内会費で給料が支払われるものの、かなりの薄給である。その為に番小屋で暮らす者はそこで細々とした生活雑貨を販売することを許可されていた。

 とはいえここはそれ程、雑貨に力を入れていない木戸番であった。お房は暇を持て余し、部屋の掃除や布団を干したりしていた。

 九郎は相も変わらず挙動は老人のようにのそのそとした動きで食卓へ向かった。


「おお、爽やかな感じの昼飯だのう」

「今日は枝豆が安かったの」


 膳にあるのは、枝豆を炊き込んだ豆ご飯、枝豆のかき揚げ、冷たい味噌汁は暑気に嬉しい。

 そして目を引くのが、抹茶クリームチーズみたいな薄緑色の長方形である。


「これは?」

「青豆豆腐よ。枝豆をすり潰して、お豆腐と卵の白身を入れてまた全部擦って、お酒と塩を混ぜて型に入れて蒸したの」

「ううむ、手の込んであるのう。お主の料理上手は立派なものだ」

「そう?」


 云いながら、薄く生醤油をかけまわして、箸で千切る。

 一度潰して蒸した豆腐はほろりと柔らかく切れた。口に運ぶと夏らしい枝豆の青い甘みが、醤油の塩気と相まって両方を引き立てる。口に溶けるように潰れると後味には豆腐としての、乳のような濃厚な味わいが残り、


「実にうまい……」


 ──のである。

 青豆豆腐のつなぎに卵白を使い、残った卵黄はかき揚げの衣にしているようだ。

 かき揚げと云うが、多くの油を使って揚げるのは勿体無いので、鉄鍋に薄く引いた油で枝豆と新牛蒡の細切りを衣に纏めたそれを薄く広げて両面焼きにしたようだ。

 ほくほくとした枝豆に、こきこきと良い食感の牛蒡が歯を楽しませる。 

 枝豆と一緒に炊いた飯も、程よい塩気であり魚など濃い味のおかずが無くとも味わい深かった。塩を入れて米を炊くと米粒がぴんと張りを持っていて食感がよい。

 味噌汁は朝の作りおきだが、日が昇り暑くなってきた時合には冷めていて味も染み染みとしている。


 食べながら、九郎は自分の正面で自らが作った料理に箸を進めているお房を見て、目頭を揉んだ。

 一瞬、目の前で座っているお房がやけに大人びて見えたのである。

 やはり視線を戻せばそこに居るのは、十を数えた程度の年齢な少女であったが。


「どうしたの?」

「いや、フサ子もどんどん大人になっていくのだなあと思ってのう。子供の成長は、早いものだ」

「なによじじ臭い」


 面白そうに笑いながら彼女はそう応えた。

 

「それにしても、ここの木戸番も笹治郎の爺さん一人じゃ大変だのう。目を悪くしてるのも、睡眠時間が不規則な理由もありそうだ」

「そうよね。昼間は店番、夜中と明け方に木戸の管理をしてて、夜に起こされることもあるもの」

「だよな」


 本来は家族で木戸番をするものなので、娘や妻が居る時は笹治郎が夜型の暮らしをして、家族が昼間の店番をしていたのだろうが一人ではそうはいかない。

 一応九郎はそれも心配して、笹治郎と話をしたこともある。

 彼も歳なので確かにしんどい面はあるのだが、木戸番として長年務めてきたことは他に譲る仕事ではないらしい。大体、辞めたところで目の病んだ老人の仕事が無くなるだけだ。年金も無いというのに。 

 だが薄給でも笹治郎一人が暮らす程度ならば貰えるので、せめて昼間の店番が居れば……と彼も云っていた。

 

「他の誰かに店舗の方を貸して家賃収入を入れさせるとか……己れが探してやろうかのう」

「九郎はやらないの?」


 お房の問いに肩を竦めて首を振った。


「たまにならばともかく、店番をしていたら遊び歩けぬからのう。それにこう、ここで働くのは定年退職後の老人が生活に困ってコンビニバイトをするような物悲しさを感じる……」

「知らないけど」

「笹治郎の奴も楽をさせねば、口八丁で自宅の小店舗をコンビニにされたのにバイトが集まらぬから老人オーナーが無理をしてシフトに入ってる感じになってしまう……おのれ社会の闇め」

「九郎は時々、よくわからないことに焦燥感を持つの……」


 お房が呆れながらも、九郎が差し出したお椀に枝豆ご飯を盛ってやるのであった。




 *****




 

 とりあえずその日はお房と一日中店番をしながら計画を建てて、次の日に帰ってきた笹治郎に雑貨屋の方を人に貸して収入を得るという話を通した。

 店を譲るにしても、木戸番小屋の店と云うのは本格的な商売をするには店舗が狭い。

 それに営業許可と云うのは、町内で黙認されている形で得ているのである。

 つまり、そこらの他の店と競合するような商売をしてはいけない、という暗黙の了解があるので、問屋系の専門店にすることはできない。

 あくまで本業は木戸の管理なのであるという前提で店を開いているのだ。

 結果、細々とした生活雑貨を薄く広く扱う店が多かったようである。

 そしてその収入も、木戸番との給金と合わせて一家が生活できる程度の売上が、まだ享保期では多かった。

 これでは家賃まで払わせるとなると、中々店主を募集しても人は来ないだろうし、誰でも良いわけではなく少なくとも身分がしっかりした者を雇わねば笹治郎も安心できないだろう。 


「ふむ……コンビニと称したが、確かにそっち方向に品揃えをさせてみるかのう」


 というわけで九郎は、まず店自体の売上を伸ばして店主になればすぐに儲かる状態にしてから譲るのであれば、求人も集まるし家賃交渉もうまくいくだろうと思って店の簡単な改築を、長屋で暇してる大工や細工職人に依頼して行った。

 新たな仕入れなどにもまず初期資金が必要なので。


石燕おかねかして!」

「名前と同時に目的を告げる技とはね……!」

 

 とりあえずお金持ちのお姉ちゃんから小判を貰う主人公であった。

 なおあくまで九郎が彼女に預けている九郎の預金であり、疚しいことはない。

 無論、使う分は帳面に記録して売上が黒字になってから天引きされていくことも予め笹治郎に許可を取っている。

 そして店の簡単な工事現場に指示を出して、一日程で終わりそうだ。内装を弄るだけなので簡単に済んだ。


「しかし変わってんな。客に直接品物を取らせるのか? 大丈夫かよ」


 大工の手伝いとして入った細工師の辰彦が首を傾げて店内の棚の配置を見る。

 当時の店の形態としては、店先か中に上がらせて客が必要なものを店員に告げ、それを店員が持ってきて手渡し販売するという方法が主流であった。

 ここでは客が好きな品物を取り、入り口近くの番台で決算を行うという風に作ってある。

 古着や、中古の陶器などを買う店のようである。

 九郎が辰彦に説明をした。


「店員が少なくとも店が回せるようにしてある。なに、この近所の者が主な客だから一、二度通えば物の配置もわかるだろうよ。品の札も作るからのう」

「盗まれたりしねえの?」

「自身番の目の前にある店で窃盗をするやつはおらんだろう」

「あ、そうか」


 コンビニとして見ると中々立地には優れている。

 道の辻ではあるし、眼の前に交番があり治安は良い。その交番には夜中まで番人が居るわけだから、


「夜食も販売をするぞ。夜中に小腹が空いたらどうだ?」

「へえ、そりゃいいわな」

「むじな亭の蕎麦だけどな。ここに卸すことで店の売上が上がる」

「ちゃっかりしてるねえ」


 云いながらも仕入れる商品の表を確認する九郎。後でお房と買いに出かける予定だ。

 無論、九郎とて小売店営業の専門家ではないので、現代にあったコンビニエンスストアをイメージしながら店を改築しているだけである。成功するかどうかは、当人もよくわかっていない。

 だがまあ、改築費用も自分が出しているので試してもいいかと適当に考えていた。

 なお、九郎がテコ入れするものの店主になるのは九郎ではない為に、彼が居れば魔法の術符で行える、常に煮立つおでんやキンキンに冷えた飲み物類は残念ながら出せない。


「九郎ーお買い物行くのよー」

「うむ、わかったわかった」


 むじな亭からやってきたお房が、買い物籠を持って呼びかけるので九郎は大工に片付けの指示を出して、報酬に酒手を上乗せして渡しお房と並び歩くのであった。

 長屋の仲間が飲み屋に行くだの、酒問屋のツケで消えるだのと話をしながら店を掃除しつつ、辰彦と金物細工師の亀助はとりあえず顔を見合わせて話し合った。


「なんか儲けそうだったらいっそここで働くかね」

「九郎の旦那が作ったとこなら売れそうな感じだよな」


 知り合いの間では妙な信頼がある九郎であった。





 ******




 現代でならばスーパーマーケットなどで必要な買い物を一度に済ますことができるが、江戸時代は専門店──問屋のような場所で買うか、訪問販売で出かけずとも買える物が多かった。

 なのでコンビニ番小屋でも、近くの問屋で売っているものを仕入れてそのまま販売しても効率の良くない転売にしかならないし、問屋に商売敵と睨まれるわけにはいかない。

 かと云って遠くから仕入れるのもトラック運送などは無いので大変である。


 近くの問屋から仕入れるのも駄目、遠くの問屋から仕入れるのも駄目。

 となればどうするかと云うと、


「とりあえず町人の内職から直接契約することにしよう」

「地道なのね」

「作れそうな奴は笹治郎の爺さんが住人に詳しいから聞いておいたからのう」


 それこそ当時は現代よりも内職労働者が非常に多く、長屋を当たれば数人は何かしら作る技能を持っている。

 なのでそれと交渉して、売れた分を仕入れる契約で消耗品を作って貰ったのである。


「地域の雇用対策にもなるし文句はそう出まいよ」

「でもこういう場合って、大手がなんかやけに大赤字な戦略で潰しに来て『これが……大手の力なんだよ!』って屈辱的な展開になるんじゃないかしら。先生が云ってたわ」

「石燕め偏った知識を子供に教えおって」


 苦々しく九郎が思いながら、云う。


「なあに、町奉行所のお触れでは民事の商売上問題が起きたりしたら当事者間で解決しろと、幕府のお墨付きがあるぐらいだ」

「それで?」

「そんなことしてきたら、相手は後悔するだろうよ」

「九郎。やくざ顔になってるわよ」

「おっと」

「もう。怖いことしないの。だって怖いじゃない」

「すまんすまん」


 困った顔をして、九郎は心配する娘に安心させるように笑いかけた。

 ともあれ、こうして町内の内職者から契約を取って以下の商品を確保した。



 商品:草鞋わらじ、細くて長い物を縛る道具(縄)、房楊枝ふさようじ、糠袋(石鹸代わり)、番傘、笠、みの、提灯


 

 次に九郎が思いついて店に並べるのは、

 

「遠くから仕入れるとしても軽い物ならば多く運べるから大丈夫だろう」

「うん。紙なんかあると、タマも絵の練習に使っているから喜ぶわ」

「そうだろうそうだろう」

「頑張ってるみたいだもの。この前もお部屋を掃除してあげたらくしゃくしゃになった紙が沢山散らばってたわ。墨がついてないのもあったけど洟でも噛んだのかしら」

「……うむ、フサ子よ。タマの部屋は掃除せんでいいぞ」


 というわけで紙や、それに煙草の葉も仕入れた。

 むじな亭では誰も吸わないが──九郎は時々出先で将棋を打ったりするときに煙管を使うときはあるものの──江戸の喫煙率は非常に高いので回転率の良い消耗品が煙草である。



 商品:塵紙ちりがみ、半紙、煙草


 

 そしてコンビニと云えば雑誌などだが本は高い。かと云って貸本をするのは番小屋コンビニではシェアを奪う事になり厳しい。

 なので、


「お主の出している瓦版を、この店に複数枚の定期購入と……これまで出した分があれば日付を付けて売ってくれ」

「ふああああ! 九郎の旦那ぁ! ありがとーう!」

 

 知り合いの読売を出しているお花から新聞を仕入れることにした。

 暇を持て余している江戸の住人は、昔の新聞を読み返すことも案外するかもしれないのでとりあえずバックナンバーまで購入。

 案外にお花の読売は、東スポとムーと虚構新聞を紙裁断機で混ぜて捨てたような面白さがあり娯楽としてはそこそこ良いのである。


「わたしが行き遅れたら貰われてあげますよー!」

「なんだその罰みたいな褒美は。いらんいらん」


 予想外の大口注文にお花が九郎に抱きついて喜んで、お房がそれを見てむっとしていた。



 商品:新聞



 食料品を販売するのだが、ひとつは蕎麦で良い。

 その日の朝に店で余分に打った蕎麦をここに幾つか──そう多くなくて良いので持ってくる。つゆは保存が利くので壺に入れておき、蒸して置いた蕎麦を水でほぐして、濃い目のつゆをかけ回して出すだけの簡易的なものだ。

 夏の暑い時期に手軽なものとしてはそれでいいし、売り切れたらむじな亭に誘導するよう張り紙が張ってある。

 また、作り置きができて食べやすく持ち帰りも簡単なものとして、


「とりあえず薩摩芋を買わせて貰うぞ」

「はいどうぞどうぞ。ところでアレの方は……」

「うむ、店に広告を張り出す代わりに値引きしてくれるのだな」


 と、日本橋の鹿屋黒右衛門と交渉して薩摩芋を手に入れた。

 これを蕎麦と同じく蒸すか、茹で置きにしておいて販売をする。焼き芋よりも、茹で芋などの方が水分が入るせいか、冷めた後でも美味い。

 またこれも店に鹿屋の広告を出している。[薩摩は何も怖くない][忘れるな関ヶ原]などと標語の入った広告が目を引き、日本橋の本店にも客が……向かうのだろうか。

 野菜や魚などの生鮮食品は近くに八百屋があり、また棒手振りが訪問販売を多く行っているので利益も見込めないし廃棄も出そうなので販売を断念。

 

「あとは……フサ子もおやつに出してくれた炒り豆ぐらいなら保存も効くし簡単だろう。つまみにもなる」

「歯ごたえが九割よね」

「他は徐々に揃えるとして、とりあえずはこの三種から始めるか」


 

 商品:蕎麦、薩摩芋、炒り豆

 


 飲み物も多少は用意できる。

 九郎の術符で冷やし系は使わないが、風通しの良い影に濡れた布を巻きつけた壺を用意して、それに出来合いの茶を水で薄めて入れた。 

 この茶は、朝に蕎麦や芋を蒸す際に使う湯を無駄にせずに濃く煮だしたものだ。

 これを気化冷却を利用した壺で冷やして、


「そして客が注文したら湯のみを渡して自分で注がせる」

「随分楽をする店員ね」

「ここは茶屋ではないからな、愛想を振りまくのではなく単に茶を小売しているだけだ。おかわり自由でも良いかもしれん」


 それと、酒は屋台でも売り出せるように問屋もかなり緩く卸してくれる為に、問屋より割高になるがこれも販売することにした。

 酒の場合は特に、『酒が切れた! でも酒屋まで行くの面倒すぎる!』という心境が発生しやすいので多少高くても売上が見込まれるのだ。


 

 商品:茶、酒



 またそれ以外でも、日常的に消費するものではないが、ここで売っているのを目にしていたら売れそうな生活雑貨も置いておく。

 

「売れて月に一つ二つという品でも、様々なものがあるということが売りになるのだ」

「ふーん」

「ちょっとした軟膏なども将翁から買っておこう」


 

 商品:筆、算盤そろばん、急須、湯のみ、火打ち石・火打ち鉄、火皿、蚊取り、サラシ、薬等……



 このように様々なものを数日かけて仕入れ先を決めて、番小屋コンビニに並べて値札も付けた。

 順番に列挙するが、特に話には関係が無いので面倒ならば読み飛ばそう。

 

 ※物価が違うので現在の価値とは異なり、一文の現代価格に換算するのも独断であるが、ここは一文20円で計算している。

 あくまでどれぐらいって目安の一つであり、江戸年間でも異なるしこの江戸世界ではこうなっているということなので検索して調べたりするのは止めよう。



 草鞋:十六文(320円)


 細くて長い物を縛る道具(縄):六尺で五文(100円)

 

 房楊枝(歯ブラシ):三文(60円)


 糠袋(石鹸代わり):四文(80円)


 番傘:二百二十文(4400円)


 笠:三十文(600円)


 みの:二十五文(500円)


 提灯:三十文(600円)


 塵紙ちりがみ:一枚(縦横一尺)で一文(20円)


 半紙:一枚で二文(40円)


 煙草:十匁(約40g)で二十文(400円)


 新聞:一部で五文(100円)


 蕎麦:十六文(320円)


 薩摩芋:三十文(600円) 


 炒り豆:五文(100円)


 茶:八文(160円)


 酒:一合(180ml)で二十文(400円)


(雑貨省略)



 こうして、ひとまずは九郎とお房が経営する番小屋コンビニは営業を始めたのである───。





 *****




「ちょっと待ちたまえ」


 九郎とお房は番台に並んで座り、帳簿作りなどの細々とした仕事をしていたら石燕に声を掛けられた。

 胡乱げに二人は視線を送ると、彼女は大げさに胸を張って自分を親指で指しながら告げる。


「もっとこう、私の出番はどうしたのかね!? 二人してお店を始める新婚夫婦じゃあるまいし!」

「まあ……別に二人してお店を始める新婚夫婦でも無いからのう」

「だって先生に店番なんて頼めないもの」

 

 彼女はきっぱり告げるお房に、ずいと顔を寄せて云う。


「房よ! お前に算術を教えたのが誰か忘れたのかね! 私の算盤ときたら猶太ユダヤ人に優るとも劣らない! 好きな額に帳面を合わせることが可能なのだよ!!」

「いやそんな粉飾決算はいらぬから。普通に、賃貸で入った者が初期投資を回収して家賃を払いつつ生活できる程度に儲かる店ならそれでいいからのう」

「先生お酒臭いの。昼間っから酔っぱらいが店員に文句をつけてる駄目女みたいに見られるのよ」

「だ、駄目女……」


 へなへなと石燕はその場で腰が砕けてうずくまる。

 仕方がないから溜め息をついたお房が、番台の中に連れ込んで膝枕をしてやったら辛い現実から逃げるように夢の世界に旅立ち、涎を垂らす石燕であった。


「どちらが姉かわからぬのう……」

「案外先生が、九郎みたいに若返ったら可愛いかもしれないわ。その時はお姉ちゃんになってあげようかしら」

 

 などと云いながら石燕を撫でるお房を見て、やはり目頭を揉む九郎であった。

 

(……まあ、そのうち弟か妹ができそうな気もするが)


 彼女の新しい母親はまだ若いのである。十分あり得る話であった。


 そうこうして、九郎とお房、それにタマやお八などもシフトに入りながら番小屋コンビニは経営された。夜になれば営業を縮小し、笹治郎と交代する。夜間では酒と煙草と芋を売り、自身番の者や、それを見回りに来た同心などが購入していく。

 子供でもわかりやすいようにオペレーションを簡略化させて、売れ筋の商品は仕入先を増やしたり在庫を取ったりと調整を続けている。

 これが本格的な商店ならば憚ること無く広告を打つのだが、飯屋などと違い常に満員、行列待ちなどをコンビニでしても仕方がない。番小屋コンビニは程々がよいのだ。何より面倒でないし恨まれない。


 それでも近くの長屋の者が徐々に使うようになり、七日も経てば毎日安定して三百五十文は売れるようになった。

 先の換算で云うと一日7000円程度かと思うかもしれないが、例えば六科の長屋では家賃が大体、六百文(12000円)である。二日も店を開けていれば一月分の家賃を払い終える計算だ。まあ、正確には仕入れ値や人件費を考慮すればもう少し儲けは下がるが、ざっと仕入れで七割掛かるとしても10日もあれば家賃を十分稼げる。 

 ここから笹治郎への店賃と、九郎の初期投資への返済が月ごとに引かれるがそれでも一月店を開けていれば十分だろう。江戸には土日など無い。

 これも始めて一週間目なので、これから利便性に慣れて上がっていくか、物珍しさが消えて下がっていくかまでは九郎も正確にマーケティングできないのだが、上手くいけば立派な商店になれるだろう。


「これならば店主も雇えるだろう。最低限読み書き計算が必要だがのう」

「特に問題もなく成功しそうタマねー」

「冒険要素は殆ど無いからのう。需要にあった生活用品を集めて売るというだけだ。まあ、売り方などを少し変えた程度だな」


 この時代、目的も無く店に入るというのはそれこそ骨董や盆栽の店ぐらいなのであるが。

 店員が客一人一人に構わずに、客が自分で商品を眺められて、定期的に読売の入れ替わりなどがあるから少し覗いて見るかと気軽に入れる形態を作ったのが、良かったのかもしれない。


「でも手放すとなると、なんかちょっと勿体無い気もするぜ」


 お八が在庫帳を引き継いでもいいように準備しながら告げる。


「なに、元はここの笹治郎爺さんの店だからのう」

「九郎が本格的に商売したいなら、う、うちの実家とか色々いいんじゃねえかなって思わなくもなかったりするんだぜ」

「働きたくないのう」

「素直に言いやがった!」


 嘆くように叫ぶお八である。

 九郎は丁寧に拭き掃除をしているタマへと、


「なんだったらタマはどうだ? お主は何かと小器用だからのう、ここで独り立ちも十分できると思うが……」

「んん、せっかく兄さんが薦めてくれてるけれど、ぼくはもっとお客さんと触れ合いができる笑顔のお仕事が好きタマ。お蕎麦屋さんで美味しい美味しいって笑ってくれたり……」

「そうか。まあ、強くは薦めぬよ」


 もし。

 タマがこの店をやるのならば、九郎はかなり力を入れて支援を行っていたかもしれないが。

 そうして高収入で若くして店を任されるエリートな男になり、お房あたりの婿になれば九郎も安心できたのだが。

 

(やりたくない事をやらせる訳にはいかぬからのう……)


 陰間であったのを掻っ攫って居候にさせたのだ。

 これからのことは自分で考えて選ばせてやりたい。ただお房は嫁に貰って欲しい。そんな気分であった。何せタマがまともになり婿にならなくては自分がお房と祝言を上げることになってしまう。

 

「お房はここ何日かは九郎と働いてどうだったんだぜ?」

「まあ、先生が鬱陶しかったのと……そうね、やっぱりあんまり九郎には似合わない仕事だったの」

 

 彼女は日課のように番台に座り、絡んだり絵の講義をこの場で始めて来る石燕の相手をしていたのだが。

 九郎に顔を向けて、自然な笑みを作りながら云う。


「どうせ九郎と働くなら、あちこち走り回って事件を解決して物語にでもしたいわ」

「危ないから駄目」 


 ぽん、と九郎が背伸びしたお房を戻すように、彼女の頭に手を置いた。

 するとお房は頬を膨らませて、


「ぶう。じゃあもう少し大人になってからにするわ」


 お房は無理やり、九郎の手を取って自分の小指と絡めて、約束を一方的に取り付けた。


「大きくなったら、お願いね九郎」

「……危なくないところだけな」


 困ったように九郎は頭を掻いて、ため息混じりに云うのであった。

 それでも、お房は満足そうに、ふふんと鼻を鳴らした。


「……なんかお房の背後で石姉がガクガク震えてるんだけど」

「お酒切れたタマ?」

 

「房が大きくなった頃には……私、小さくなってないかなあ……」


 軽く現実逃避をして、妹分の成長を嘆く石燕であった。

 小さかった妹が大人になった分だけ、自分も先に進んでしまう。時間は残酷なものである。

 蹲って地面に指で妖怪の絵を描きながらぶつぶつと愚痴をこぼしている。


「私……小さい頃は早く大人になりたかったんだ……信じてたのだよ大人になれば強くなれるって、誰にも負けないって……私は知らなかったんだ、歳を食うほど人は弱くなるなんて……泣きたいことばかりだなんて……」

「九郎。慰めてあげなさいよあれ」

「う、うむ。ほら石燕。仕事も終わったし、呑みにでも行くか……そうだな」


 九郎はとりあえず、加齢を気にしている彼女に付き合わせるのに適当な人物を挙げる。


「将翁でも呼んで」

「イヤミかねっ!?」


 涙を流して訴える石燕であった。


「いやー全然老けてない将翁さんを挙げるのもアレだけど」

「そもそも他の女を誘おうって云うのが駄目だぜ……」


 いつも通り、子供達から呆れられる九郎であった。



 店はその後近所に住む、京都に本店がある日本橋の大店で手代(勤務十年ぐらいの役職)をしていたが足を悪くしてクビになった男とその世話をしている嫁が借りて商いをすることになった。

 手代というのはそれこそ、集金などに走り回ったり京都、江戸間を行き来したりと大店では身体が資本の若い頃にさせられる仕事なので、ここでドロップアウトする奉公人も多かったのである。

 少しだけ九郎が店の説明をすると要領よく仕事を覚え、問題もなさそうだ。

 これで笹治郎老人も安心して、九郎と将棋を指したりするゆっくりとした日常を過ごすのであった───。


「うむ、こうして友と将棋をするために頑張ったようなものだのう───」

「王手」

「……精神能力で自爆発動」

「解除。これで詰みな」

「……」


 謎ルールの超将棋大戦をしてくれる相手は貴重なのである。負けたが。





 ******





 ──夢の中、ヨグの固有次元、[知恵館バイトアルヒクマ]にて。

 渋面を作ってあまり頼りたくない相手に、頼み事をすることにした。


「ヨグ。ちょっと将棋の勉強になる資料を貸してくれ」

「いいよ! はいこれ映画[羽生ナプトラ/失われた砂漠のと]! 面白いよ~一緒に見よっ」


 こっそり修行を積む九郎が居たとか。どうも天爵堂にも負け越しているのが悔しいようである……。 




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