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外伝『IF/江戸から異世界9:失せ物探し前編』

「行き慣れた~ダンジョンに~♪」


 九郎の目の前で魔王がいつもの引き篭もり部屋──固有次元にて大画面のモニターに繋いだSEGAめいた新型ゲーム機のようなものを操作しながら、適当な歌の拍子で何か呟いていた。

 とりあえず夢を見ると同時に、彼女の背後に居た九郎は近くに詰まれている本の山に座り、乱雑に置かれているピザの箱から一切れ取り出して口に放り込んだ。夢だからか保温もしっかりされていて、熱々のチーズのこってり感とトマトソースの旨味を凝縮したような味わいは中々だ。

 

「罠の香りを添ーえて♪」


 かちかちとコントローラーで捜査をしている。画面には4次元構造の風景がいくつも並んで映っており、ヨグの指の動きに合わせて構造が変化したりオブジェが組み立てられていく。

 

「優しく~育った~呪縛や檻も入ーれて~♪」


 どうやら画面に映っているのは、ペナルカンドの帝都にある地下ダンジョンのようだ。 

 地下にあるという条件を無視したかのような空間歪曲迷宮なのだが、それを改めてヨグが調整を入れているようだ。

 

「この街で~1番~素敵で挑みーたーい~♪」


 歌は佳境に入るようだが、作業はまだ続くようである。


「リフォーム~しようよ~ダンジョンハウス~♪」

「吉幾三のCMソングみたいなリズムで口ずさむなよ」

「あっ! くーちゃん!」


 振り向いた拍子に、画面に出ていたダンジョンの部屋に、かかると強烈な便意を催す[本の匂いの罠]が設置された。九郎はちらりとそれを確認して踏むまいと誓う。


「ダンジョンの……改造か?」

「うん。くーちゃんが挑んでるんだからここは我もダンジョンマスターとして管理しとかないとと思って。これまで放置してたけど、せっかく我の作ったダンジョンが色んな冒険者に潜られてるんだから色々調整しとこうかなーって」

「……お主が最奥から目的の道具を取ってきてくれれば一番楽なのだが」

「嫌だよ! 自分で作ったゲームはしっかり攻略して欲しいじゃん!」

「そういうもんかのう」


 頬をふくらませながらダンジョンに脱出ポイントを設置している。


「あんまり死亡率が高いと挑戦者の意欲も落ちるからね。脱出ポイントは台座に魔鉱を一定量入れれば地上まで転移できて、セーブポイントはキャンプできそうな広さで敵が出ないしビールが湧いてる。トイレもあちこちつけるけど罠トイレも注意してねバスター出てくるよバスター」


 バスターってなんだとか思いつつ、別の事を尋ねた。


「なぜビールが」

「水だと希少感無いし……ビールなら割とあの世界のスパゲッティモンスターさんに頼めば都合してくれるんだ。他の神とは接触できないけどスパモンさんは大丈夫だよっ」

「ペナルカンドでも微妙に信仰されてるんだよな……帝都でも見かけたぞ、信徒」


 地球産、FSM教団は異世界要素を加えつつペナルカンドに存在している。というかスパゲッティモンスターの実体さえ現れているのだから奇妙な話である。


「ダンジョン内の衛生管理用ルンバを増やして、食料も時々落ちてるようにしよう。メニューはうどんでいいね。ループ部屋なんかの近くにはよく配置してっと……ああ、くーちゃん。暫くダンジョンは改装するから入れませんって張り紙を入り口に持って行ってね」

「別に構わんが、他の冒険者が聞くかのう」

「無理に入ったら物理演算エンジンが狂ったかラグって同期の取れてないFPSみたいな動きで外に弾き飛ばされるから大丈夫でしょ。一ヶ月ぐらい掛かるから」

「そんなにか」


 九郎は顔をしかめて、腕を組んで考えこむように云う。


「ペナルカンドに来てもう半年以上は過ぎた。石燕の魂が悪魔との契約執行まで四年と少しか……」

「まー焦っても仕方ないんじゃない?」

「江戸に残してきたフサ子やらハチ子やらタマも待っておるだろうしなあ……」

「ふーん」


 九郎が親しい子供達のことを思いやる姿を見て、ヨグはにやにやとした厭らしい笑みを見せる。


「ペナに残して散々悲しませてたちびっ子エルフのことはあんまり心配してなかったのにね」

「うっ……ス、スフィは大人だから大丈夫だと思っておったのだ。というか墓の前で五十年も居るとは想像もしてなかったことでな……」

「はぁ~、くーちゃんはその希望的観測みたいな調子で何人の女の子を放置して泣かせたやら」

「む、むう……」


 九郎は戸惑ったように後退りして、何やら思考を巡らせたようだ。

 そして誰も聞いていないというのに──いや、部屋の隅で静かに本を眺めていた鎖で縛られたエクトプラズムがこっちを向いているように見えたのだが──声を落として、沈んだようにヨグに尋ねる。


「……己れは己れの出来る範疇でしか人を思いやれんのだが、周りから見たら駄目に見えるのかのう……」

「いや? 別に?」


 あっけらかんと、拍子抜けするような適当さでヨグは応えた。


「そりゃ人間生きてりゃ誰かを悲しませるのは当たり前だし、君は誰かの奴隷でもないんだ。真剣な想いには応えないといけないなんてのは部外者の暴論だよ。いちいち出会い関係した人の生き死に、幸不幸にすべて責任を持つなんて無理無理。君自身が選びたい選択を自由意志で選べばいいのさ」

「ううむ……」

「結局あるのは自分がどう考えるかさ。他人に『そんなことない!』なんて云って解決するのはプリキュアぐらいだよ。あれ? 云ってそうなイメージだけどどのプリキュアが『そんなことない!』って台詞云ってたっけ……」

 

 自分で云っておいて考えつつ、それを打ち切るように、

 

「ま、それはともかく」


 ヨグは九郎が悩む間にもあっさりと話題を切り替えた。


「制限時間の五年ってのはもう、五年目に終わらすぐらいに余裕を持ってたほうがいいよ。急いては事を仕損じる。それに我も色々くーちゃんが潜ってる間にやることあるし」

「やることとは?」

「例えばそこのエクトプラズム」


 ヨグが浮遊しているモチめいた人魂を指さした。


「悪魔から開放されれば輪廻の流れに乗るけど、今から何年か時間かければ魂の器を作っておいてそれに入れることもできる。つまりちょっと体が変わるけど、魂があるから生き返らせることができるんだね」

「なに、そんな手軽に?」


 大きく肩を竦めて嘲るようにしながら、


「おいおい、我を誰だと思ってるの。って言っても別世界から召喚する、宇宙樹の葉っぱとか不死鳥の尾とかは世界法則が違うから効果ないんだけど、それなりに条件が整えば死者蘇生ぐらい可能なのさ」

「そうか……」


 九郎が大きく息を吐きながら、人魂へと近づいて軽く手で触れる。モチのような感触である。

 隕石衝突のエネルギーで共にこの固有次元に入ってきた鳥山石燕の魂は、意志を出すこともできずに漂っているだけだが、確かにここにあるのだ。

 声が聞こえているかも、状況を把握しているかもわからない。だが九郎はゆっくりとそれに語りかけた。


「勝手かもしれぬが、己れはお主に生きて欲しいのだよ」


 人魂が──。

 何か、反応を返したような気がしたが、変化はよくわからなかった。

 九郎はそれから手を離すとうにょーと白く柔らかい人魂素材が付着して伸びた。


「……」

「あ、それ魂をとりあえずモチに入れてるから引っ付くよ?」

「なぜモチに」

「モチが一番適合性高かったんだよね。どうしてだろ」

「いや、まあ納得はするが」


 モチを喉に詰まらせて死んだ石燕の魂だったからだろう。

 嫌そうに指についたモチを小削ぎとって、モチ魂の上に載せて離れた。

 ゲームのコントローラーを置いて、ヨグが下腹あたりにあるポケットをごそごそと漁りながら九郎に近づいてきて告げる。


「とーこーろーでー、魂の器を作るにはちょっとくーちゃんの協力も必要なんだけど、手伝ってくれる?」

「うむ? ああ、いいぞ。なんでも」


 九郎がそう答えると、ヨグの口が左右に吊り上がり、禍々しい笑みを見せて虹色の瞳がぎょろりと光を灯した。

 声が彼女の喉からではなく、空間全体から響くように聞こえる。



「選択したな?」






 ******





「───はっ!?」


 クロウは吐き気と全身の汗の気持ち悪さで、布団から上体を起こして目覚めた。

 風邪の日に深酒とクスリを同時服用して眠った朝のような、体の薄皮一枚の下が蛹みたいにどろどろと混ざり合っている錯覚を覚える。

 記憶が混濁していて正気度を保つために、見慣れた手のひらをじっと眺めながら状況を確認する。

 朝。ここはスフィの自宅である教会の寝室。寝起き。夢にヨグが出てきた。だが途中から記憶が無いが、異常に悪夢だったような気がして動悸が酷い。

 呼吸を荒らげて、額を押さえるようにして顔を上げるとおろおろした顔のスフィがクロウの寝ているベッドの隣に立っていた。


「クロー、クロー、大丈夫か? 夢見が悪そうだったから起こそうとしたところじゃが……」

「あ、ああ。問題は……いや、ちょっと気分が悪いな。嫌な夢を見てな」


 重苦しい息を吐いて、首を振るクロウを……。

 スフィは、彼の頭を自分の胸に抱きしめてやった。


「夢じゃろう、大丈夫じゃよー」

「……」

「もう覚めたなら、大丈夫。お主が怖ければ、嫌なことがあれば、私が今度こそ側に居るから……だから、頼って欲しいのじゃよ」

「ありがとよ、スフィ」


 クロウは素直に礼を告げて、スフィの背中を軽く叩いた。

 そして彼女から頭を離す。なんか名残惜しそうな、一歩踏み込めないへたれた顔をスフィがしたが気付かずに、


「しかし寝汗を掻いてしまってのう。ちょいと朝飯前に湯でも浴びてくる」

「わかったのじゃよー軽い朝ご飯を準備しておくからのー」


 立ち上がり、クロウは着替えてを持って部屋から出て行く。

 風呂と歌は切っても切り離せない関係なのでこのような小さい教会でも風呂場はしっかりとしたものがある。

 ぺたぺたと足音を立てて廊下を進み、脱衣所に辿り着くと隣の風呂場から僅かに湿気と熱気を感じた。


(イツエさんが入ってるのか)


 よくよく耳を澄ませば鼻歌らしい音も聞こえてきている。

 クロウな納得して服を脱ぐ。


(まあいいか)


 ──クロウ自身に疚しい気持ちなど全くない。

 しかし江戸生活で混浴への常識はペナルカンドと逸脱しているのだ。あの街では皆が子供の頃から混浴なので、若い者だろうが湯屋でおっ勃てたり問題を起こすことは殆ど無い。クロウもそれに慣れてしまっていた。

 そんなわけで最低限腰にタオルでも巻いてればいいか、と躊躇いなく浴室へ向かうクロウであった。

 無論、普段はしっかりと入浴の順番は分けているし、スフィなどは恥ずかしがるし真面目だからトラブルは起きないのだが。

 朝飯前で時間がないし、汗が気持ち悪いという状況が予断を許さずに強行を決意させたのだ。

  

「騎士は~涙を流さない~の♪ だだっだーでっすわ~♪」


 そんな歌を小声で口ずさみ、鎧を脱いだ生身の体をどっぷりと湯船に肩まで入り、首のほうは浮かせた洗面器に乗せているイートゥエである。

 鎧が脱げてからすっかり風呂好きになっている。入浴剤にも凝っていて現在入れているのは[ナムの泥湯]。ちょっぴり赤が混じった泥色が特徴で肌の保湿やPTSD、世間からの冷たい風当たりなどに効能があるらしい。

 ──と、浴室の扉が開いた。


「あら? スフィ?」


 イートゥエが目を向けると、クロウが平然と入ってくる姿を間近に見た。


「いや己れだが。風呂を使わせて貰うぞ」

「だだっふぁ──!」


 叫び、その勢いでバランスを崩してナムの泥湯に頭を沈めるイートゥエである。

 体の方が慌てて両手で頭を持ちあげて救出している間に、ひょいとクロウは空いた洗面器を掴んで湯を掬い、体を流す。

 寝起きで汗の乾いた皮膚が温かい湯で濡れて、気持ちが良い。


「ふう……泥っぽい感触なのに固形の砂などは残らぬ、妙湯だのう……」

「く、くくくクロちゃん……何いきなり入ってきてますの……?」


 手で持った頭ごと顔を背けながら、イートゥエは震える声で尋ねた。

 クロウはしばし考えるようにして、


「そういえば開国に来たアメリカ人のハリスも日本の混浴を見てビビって禁止を呼びかけたらしいが……多分風呂目的で湯屋になど入らぬよな、アメリカ大使が。どうして外から混浴だとわかったのだろうかのう……? 長生きしたら見に行くか」

「意味のわからないことを云わないでくださいまし! はあ……クロちゃんはそういうちょっとアレな所があるのは知ってるからもういいですわ」


 叫んだり怒ったりしても得にもならない。そう考えたイートゥエはため息混じりに忠告だけした。


「……他の女の子相手に混浴したら訴訟モノですのよ? 気をつけてなさいな」

「うむ? ああ、確かに『イツエさんならいいか』とぞんざいに考えたのう」

「クロちゃんの中でわたくしがどういう扱いですの!?」

「はっはっは」


 頭からナム湯を被ってがしがしと髪を洗っているクロウに、「まったく……」と呆れたようにしてイートゥエは呟いた。

 しかしイートゥエがそこまで慌てていないのも、彼女の身体自体はナム色になっている湯船に入っているから見えない、という状況もあった。

 そして、


(はっ……今なら大魔王が見れますわね)


 クロウが洗髪で視線を向けていないことに気づいて、彼女は非常に素直な手の動きで顔を洗い場へ向けた。

 彼の体は二次性徴も終わっていないような少年の特徴を残す柔らかさがあり、色のついた湯で潤っているのはウェット&メッシーな感じがして官能的──と思うのはイートゥエの主観であるのだが。

 余談だがペナルカンドでは、ゾンビやデュラハン、スケルトンやリッチ、ゴーストなどアンデッド化した者は性欲を含めた欲求が減衰する特徴がある。というのにイートゥエは妙に興味津々なのは元が強かったので減衰しても普通にエロなのだろう。

 彼女の視線がクロウの腰に及び──


「おうふっ」

「? どうしたイツエさん」


 再びイートゥエが顔をナムに沈めた。

 決してイートゥエは初心な娘ではなく、エロ漫画の収集家であるのだが──。

 常識として、漫画で出てくるナニは誇張している大きさだと思っていたというのに。

 やけにでかいクロウ棒を見て驚いたのである。

 ぶくぶくと暫く彼女の首が潜り、ナムの色が少し赤が濃くなった気がした。

 そして片手で鼻を押さえながら再び持ち上げられて、詰まった声で呟いた。


「現実舐めるなファンタジーですわ……」

「知らんが」

 

 それから暫くして、イートゥエが寝室などに居ないことに気づいたスフィが嫌な予感と共に風呂場にやってくるのであった……。




 ******





「お主らは毎回毎回! なんで私が浮気現場を押さえたような説教をする羽目になるんじゃー!」

「そうは云うがのう……」

「ほ、ほら大丈夫ですわよ、クロちゃんはかなりアレな性格の上に不能なんですもの」

「モラルの問題じゃ! クローも親しかろうが女性と混浴しない! エロジジイと思われる!」

「わかったわかった」

「返事は一回!」

「はいよ」


 スフィの怒りはどうせ長続きしないとクロウは読みきっているので適当に頷く。

 それにしても腹が減ったとクロウは思う。背後では湯気を立てている朝食のうどんが見えるのにお預けを食らっている。

 具はワカメと蒲鉾とネギのシンプルなものだ。胃に優しく丁度良い。


(ああ、早くうどんが食いたい)


 彼は頷き、早めに説教を終わらせるべく言葉を掛けた。


「昔からお主は己れをよく叱るのう。傭兵に成り立ての頃なんか、スフィの苦言を聞かぬ日は無かった」

「クローが変なことばかりするからじゃろ。私はお主の為を思ってじゃな……」

「そうだのう。歳を取ってみれば、いかに自分を見てくれていたかがわかる。叱ってくれる相手こそ、得難い大事な関係だということなのだと思うのだ。こんなことしてくれるのはお主とフサ──」

「フサ?」


 つい口を滑らせかけたが、スフィの表情が修羅っぽくなったので口をつぐんだ。

 お房も色々と自分を叱るタイプなのだが、迂闊に名を出さないほうがこの場では面倒が無いだろう。


「……いや、うむ、お主だけだ。ありがとうスフィ、お主がまたそうして叱るからつい嬉しくてのう」

「クロー……」


 正座から立ち上がって中腰でスフィと視線を合わせ、彼女の手を取る。

 反省していてなおかつ信頼を思わせる笑顔を見せて言い聞かせる。

 そうするとスフィも怒鳴ったのが悪かったかのような錯覚に陥り、もごもごと言葉を出した。


「わ、私も少し言い過ぎたかもしれん……クローと、また昔みたいに過ごしてるから……怒るつもりじゃないんじゃよ」

「いや、良いのだ。これからも迷惑を掛けるかもしれんが、よろしくなスフィ」

「クロー……」


 ぼーっとこちらの顔を見てくるので、完全に怒りは消えたと見て本題に入るクロウである。


「だからもう朝飯は食って良いな……?」

「うん……」

「あと小遣いをアップしてくれても……?」

「いいのじゃよー……」


 さり気なく別の要求も通すクロウを見て、正座したままのイートゥエが呻いた。


「凄く不健全な印象を覚えるのはわたくしだけかしら……」


 ひとまず、三人で朝うどんを食べるのであった。



 朝食を終えた頃になると、各々自宅アパートから出勤してくるオーク神父とオルウェルがいつもの様に姿を現した。

 何故か疲れた顔のオルウェルが教会につくなり机に寝そべるようにして倒れる。


「ういーっす」

「いきなりどうしたのだ、オル子よ」


 クロウの問いに彼女はため息混じりに応えた。


「なんかダンジョンの様子が変で、開拓公社が大騒ぎになってるんすよ。それで事務要員も足りなくなったから午後から出勤しろって連絡が来て……」

「変っていうと?」


 オーク神父が首を傾げる。

 オルウェルも実際見たわけではないのだろう、疑わしげに眼鏡の位置を正しながら、


「なんでも入った冒険者が皆、摩擦を失ったようにすっ飛んで出てきたり、何故かスケボーを装着しながら壁の隙間から出てきたり、直立不動のまま空中をシュババって移動して入り口の酒場に到着すると同時に元に戻ったり……調査員が入ってもすぐにそんな感じで、中に入れなくなってるんす」

「あー……」


 昨晩の夢を思い出して、憶えている範囲で告げた。


「確か一ヶ月ぐらい改装するから入れんとか云ってたぞ。ほれ、チラシもあるからこれを後で貼りに行かねばな」

  

 クロウがいつの間にか持っていたチラシを広げると、そこにはこうある。


『《認識ロック》ダンジョン管理者より。ヒポポタマスアングリーダンジョン改装予定。工事までひと月、入場できません。工事後は今までの地図使えないからメンゴメンゴ。新しい宝箱や帰還ポイントなど様々な新要素目白押し。オープン予定日は○月△日──《認識ロック》』


 と、ある。

 クロウもそれを読んで、到来する違和感に目元を揉む。

 周りの仲間達は平常に、


「へー本当っすね。ダンジョン管理者ってのが居たんだ」

「入れないとなると仕方ないのー」

「ですわね」

「その間は少し休暇だね」


 平然をそれを受け入れている。

 このチラシは特殊な効果が込められている。[読んだ相手を納得させる][魔王ヨグの存在を認識できない]と云うものだ。

 色々とクロウが仲間達にヨグの存在を口走っているので、彼女自身が自分の存在認識にロックを掛けるべくこのような方法を用いている。

 ダンジョン管理者という謎の存在を受け入れ、魔王が復活してダンジョンを管理しているということは思考にも上がらない。そういう効果がある。

 さすがに目の前で色々と説明されていて、ヨグと魂の接触点があるクロウはロックが解除されているのだが。

 

「しかしひと月か……何か今のうちにやっておくことはあったかのう」


 クロウがぼんやりと呟き、皆は考える。オルウェルだけは「事務仕事の手伝いに駆り出されるっす」とげんなりしている様子だったが。

 ぽんとスフィが手を叩いて思いついたことを提案した。


「そうじゃ。この間にクリアエの教会に置き去りにしてきたオメガスピーカーを取りに行きたいのじゃが」

「あの振動爆砕兵器か。というか持ってこなかったのか」


 スフィが昔に使っていた、強力な拡声器を思い出して尋ねる。


「うむ。それこそお主や魔女と戦うような状況じゃなけりゃ使わんからのー。それに市販品じゃないからここじゃ手に入らん」


 そのオメガスピーカーは、声を増幅するが一切の雑音を出さずに最高音質を維持しつつ、指向性を持って魔力と共に吹き出す超大音量は魔女イリシアをして「厄介ですね」と云う程であった。

 人を吹っ飛ばすような爆音にも関わらず鼓膜を破らずに歌を響かせる歌神のアーティファクトなのである。

 昔、スフィが教会から与えられたものであったが傷心して帝都に移住する際には持ってこなかったようだ。


「ここからクリアエってどれぐらい旅程掛かるっけか、オーク神父」


 旅慣れしている──というより、ライフワークの一環であるオーク神父にクロウは、帝都から大陸北西部にある都市クリアエまでの移動時間を尋ねた。

 彼はすぐにざっとルートを計算して答えを算出する。


「陸路で色んな乗り物経由して、往復二ヶ月ほど。多分乗り継ぎやら移動時の疲労やらで結構しんどい旅路になるかな。海路では一旦南に向かって大陸横断運河を通るからもっと時間はかかるけど、割りと楽には行ける筈」

「うーむ、結構時間が掛かるものだのう」

「仕方ありませんわ、ここも大陸の端っこですもの」


 ペナルカンド世界の簡単な解説を改めてすると、この惑星に一つだけある巨大な超大陸がペナルカンド大陸である。

 大雑把に大陸の形を述べるならば、平仮名の[つ]のようになっていて、帝都はその[つ]の膨らんだ、右端にある海に面した場所にある。

 一方でクロウが昔住んでいた都市クリアエは上の真ん中左よりぐらいにある。平仮名一文字だとあんまり実感が無いが、結構離れているのだ。

 そこでオーク神父が少し期待を込めて別の提案をした。


「ところが、往路のみだったら一日で大陸北西部まで行ける乗り物があるんだ」

「なんと。それなら復路の一ヶ月ぐらいで帰ってこれるから丁度いいのう」

「はて? そんなのあったかのー……」


 首を傾げるスフィに、オーク神父は楽しげに答えた。


「僕も乗ってみたいなと前から思ってたんだけどさ、この帝都って[ソールとマーニの飛行馬車]の出発点になってるんだ」

「ああ、神の飛行馬車か。見たことはあるが、確かにアレなら早いのう」

「わたくしもあちこち旅をしましたが、乗ったことはありませんわ。今年はダジボーグとミエシャツの年だからやってますわね、馬車便も」

「一日で世界中を駆け巡る馬車じゃろ? それなら確かにすぐじゃ」


 オーク神父の告げた移動手段に、使ったことは無いものの有名であったので三人の仲間は頷いた。


 [ソールとマーニの馬車便]と云うものについて、まずペナルカンドの太陽と月を解説する。

 地球のような、生命が誕生して文明が築かれる為には丁度いい位置に恒星である太陽と月サイズの衛星が必要なのであるが、宇宙規模から見ても稀な環境である。太陽が近かったり遠かったりすれば大いに地球の熱は乱れるし、月が無ければ自転軸が定まらずにポールシフトが日常的に発生して世界中の嵐が止まらない。

 この惑星ペナルカンドはそんな稀な環境かと云うとそうではなく、太陽神と月神がそれぞれの概念体としての恒星と衛星を作って環境を整えているのである。

 そしてそれを行う太陽神と月神は、別の世界──というか殆ど地球世界からやって来た神格存在であったりする。

 地球では太陽と月が天体運動オートで動くように人から認識されたので仕事を失い、こっちの世界に分霊を寄越して活動しているのである。

 年ごとに太陽神と月神は交代制で担当する天体でペナルカンドを照らしているのであった。

 ちなみに今年の担当神はスラヴの太陽神ダジボーグと月の女神ミエシャツという夫婦神コンビで、この年は別れたカップルが寄りを戻す確率が高くなるなどの恩恵がある。一番人気なのは、真夏が猛暑になるが年末年始に酒を地上にもたらすインドの太陽神スーリヤと月神ソーマの年だが。

 

 そしてそんな何柱も居る太陽と月の神の中でもやたら不幸なのが、地球の北欧からやって来たソールとマーニの姉弟神であった。

 それぞれ持っている空飛ぶ馬車で太陽と月を運ぶ神なのだが、巨大で無敵な狼に姉は日中、弟は夜通し追い掛け回されてしまう呪われた生活をしているのだ。

 呪ったのは親戚とも云えるアスガルドの神々で、生まれた瞬間『キラキラDQNネーム乙!』などと云ってこんな運命を押し付けてくるという邪悪っぷりである。

 しかも非番の年でも容赦なく毎日魔狼が襲ってくるので、二人して仕事でもないのに馬車で逃げまわる日々であった。

 だが頼めばその馬車に乗せてくれるというペナルカンド中をほぼ半日で飛び回れる高速の移動手段、[ソールとマーニの飛行馬車]として有名なのであった。

 その出発地として、五十年前からは帝都が選ばれている。

 有名でこそあれ、あまり乗ったことのある者が居ない理由は───


「うあああ、自分仕事あるんでパス! パースっす!」


 わいわいと四人で盛り上がっている仲間達に、オルウェルが激しく手を振って同行を拒否した。

 彼女は心底嫌そうな顔をしながら、


「っていうか本気っすか!? [世界最悪の乗り心地]とか[馬車風拷問器]とか呼ばれてるんすよあの飛行馬車!」

「乗ったことあるのか」

「無いっすけど! 体験談聞いたんすよ!」


 彼女は口元を歪ませ青い顔をして云う。


「わたしの上司、開拓公社のベネさんって云うんすけど、若い頃は帝都軍の精鋭部隊[マッドマックス]に所属してたっす。泣く子もモヒると評判の凄い凶悪な部隊なんすけど……そこの訓練で行われるのが飛行馬車に乗ることっす」

「ほう……」

「兵隊の中から選ばれた特に屈強な男達が、馬車の荷台に乗り続けることすら耐えきれずに次々に飛び降りるほど過酷らしくて……最後まで乗ってたら帝都まで戻ってくるんすけど、それを出来るのは数年に一人ぐらいとか。ベネさんは出来たけど骨折箇所複数と全身疲労で下りてからまともに歩けなかったらしいっす……」


 飛行馬車と云うとのどかな印象を覚えるかもしれないが。

 常に背後から巨大な狼型怪獣が食い殺そうと追いかけまくってくる状況なのである。速度も上げるし山間部に突入して谷間や尾根をワイルドスピードで駆け巡る、乗客のことはもとより考えていない馬車チェイス的なことを毎日やっているのだ。

 神の馬車なら追いつかれないし大丈夫、と判断するのは危険である。

 普通に年に数回はソールとマーニも追いつかれて狼に食われているのだ。復活はするが。その場合はもちろん、乗客を載せていたら運命を共にするだろう。乗客の場合は復活しない。

 知名度は高いが危険度も高い上に凄い揺れる。

 はっきり云って移動手段というか、死ぬことのある途中で飛び降り可の絶叫マシンに近い。

 

「そそそそそんなんわたし乗れないっす! 帝都で帰ってくるまで事務仕事しとくっす!」


 怯えるオルウェルに、オーク神父が肩を落とした。


「そうだよね。危なそうって噂もよく聞くし、下車するには飛び降りないといけないから、魔法を使えない僕も一人じゃ乗れなかったんだけど」

「オル子を置いていったとしても、己れらはともかくスフィが危ないかのう……」


 体が頑丈なオーク神父、アンデッドのイートゥエ、多少の自己回復できるクロウに対してスフィはエルフの中でも体力や打たれ強さは低い、まだ少女の体格だ。

 ジェットコースターでも身長制限に引っかかるぐらいのスフィを飛行馬車に乗せるのは確かに無理があるかと顔を見合わせていると、


「ええい、見くびるでない!」


 スフィが机を叩いて主張する。


「私だって元傭兵で今はダンジョンを歩きまわる冒険者じゃ! 乗り物ぐらいで心配される謂われは無いのじゃよ! それにしんどい場面だからこそ、私の歌で回復させるところじゃろ! 仲間はずれにするでない!」

「スフィ、意地を張らなくても……わたくしのゴーレムカートで皆を連れて旅をしてもいいんですのよ。まあ月単位で乗ってたら高確率で痔になるかもしれませんけれど」

「そっちのほうが厭じゃ! というわけでソールの飛行馬車で行くことに決定! 明日出発予定で準備を始めるのじゃ!」

 

 彼女の言葉に、皆はひとまず頷いてスフィに従うようであった。


「そうだのう、だがスフィも無理はするなよ。己れ達は至らぬところを支えてこその仲間だからな」

「僕らも全力でスフィさんのサポートをする。だからスフィさんも協力してね」

「いざとなれば皆で飛び降りればいいんですわ。わたくしとクロちゃんがそれぞれ飛べるから、オーク神父とスフィを支えますの」


 そうだ、幾つもの死線をくぐった仲間がいれば、多少危険を伴う乗り物に怯えることも無いだろう。

 唯一、乗車経験のある知り合いから話を聞いたオルウェルだけは今回は同行しない方針を変えなかったが──。

 

「お土産を期待しとくっす……クリアエ名産なら、魔法の術符っすかね。冷暖房用とか欲しいっすね」

「うむ? そうなのか?」

「そうじゃよ、ここ何十年かは付与魔術はクリアエが主要都市でな、魔法協会から誰かの研究室が見つかったとかで、世間に広まるまでそこの研究を引き継いだ者が色々開発を行ったようじゃ」

「ほう……?」


 引っかかるところを感じながら、クロウは顎に手を当てて思い出すような仕草をするのであった。 

 都市国家クリアエ。クロウが騎士をしていた国。そしてそこで老いていこうとしていたときに、魔女イリシアと出会い、始まった街。

 そこに、四人は向かうことになったのであった。 



 何気なくあの街に一回戻ろうと決めたこの時はまだ、クロウも想像していなかった。


 昔に忘れた何かを思い出す鍵が、懐かしの街に残されていた事を。

 

 そしてソールの飛行馬車が噂の通り、超絶危険オーバードライブカーチェイスだという事を。



 つづく。



後半は水曜日ぐらいに

いっそ江戸から異世界シリーズは一纏めにしておきたいけど中々できないUI

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