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外伝『IF/江戸から異世界8:序盤の終わり』

前回までのあらすじ

・江戸から異世界ペナルカンドに再び戻ったクロウ

・かつての傭兵仲間、スフィ、オーク神父、イートゥエと新人オルウェルを味方にしてダンジョン攻略に

・ダンジョンで立ち塞がる強敵、機械メイド姉妹との再戦はどうなるのか……。


「いやあ、メイド姉妹は強敵だったのう」

「しかし私らのチームワークの前には敵わなかったのじゃよー」

「強かったけど、倒してみればなんともあっけなかったように思うっすね」

「あの時デストロイの巻物が無ければ負けてたのはこちらかもしれませんわよ」

「まさか投げつける道具だなんてね……」


 口々に五人は今回の冒険であった苦労話を語り合う。

 ダンジョンを徘徊する試作型機兵侍女を撃破したクロウ達は入り口にある酒場で乾杯をしていた。

 病毒型お料理メイドのメアリーと、監禁型お世話メイドのミザリー。

 全域対応型であるイモータルの試作として作られた二体は高い戦闘能力を持っており、冒険者の間でも恐れられるダンジョンの魔物であったがなんとか倒せたのである。

 一度はミザリーに殺されかけたのでリベンジ完了と云ったところだろうか。

 壮絶なバトルについてはまあそういうこともあったねともはや想い出の一つとなり過去の栄光を振り返らず彼らは冒険を続けるであろう。


「……なんでわたし、こんな言い訳っぽい思考してるんすかね」

「いや、知らんが。お主も活躍したであろう。服から電撃とか出して」

「そんなこともあったっすね……」

「まあいいじゃないか。あとこれは今回稼いだお金」


 そんなわけで代表して魔鉱の換金や、メイド姉妹が拉致していた被害者の冒険者登録タグなどを開拓公社に渡してきたオーク神父がどさりと札束をテーブルに置いた。

 ダンジョン内で倒れた冒険者は、その死亡証明として社員登録証であるタグを持ち帰ればある程度の補助金が貰えるのである。

 それを目的に冒険者狩りを行っていた悪党も居たが、普通に考えて明らかに戦闘職の奴が何度もタグを持ち帰り続ければ怪しいのは当たり前で、調査の後に逮捕されたりもした。

 

「例のメイド姉妹は[ユニークモンスター]で登録されててね、倒したものだから賞金を貰っちゃったよ」

「ユニークモンスター?」


 九郎の疑問の声に、咳払いをしてスフィが語りたがる目線を向けた。

 彼女とて冒険者歴は九郎と変わらないが、こういう時のために情報誌を多く読み、出現する魔物の種類などを覚えているのである。

 苦笑しながらスフィの説明を聞く。


「ユニークモンスターとはのう、多くの冒険者が犠牲になったと証言されている、ダンジョン内で同一個体と見られる魔物のことじゃよ。特に強力な魔物はオーラみたいな物を纏いだしてな、それを倒した魔鉱もひと目で分かる輝きが残る。

 それ以外でも地上の犯罪者が地下に逃げたりしたり、冒険者狩りをしながらダンジョンに住み着いたりと魔物以外でユニークモンスターに認定されておる者も居る。メイド姉妹は後者じゃな。倒した証拠を持ち帰れば賞金が貰えるのじゃよ」


 スフィの説明にクロウは「ほう」と感心したように頷いて、テーブルの皿に乗ってあるラード揚げソーセージを齧り、暗黒麦ビールを飲み干す。


「ちなみにこれがユニークモンスターの手配書じゃよー」


 スフィが見せるのには様々に写真やイラストが載ってある図鑑のようなものであった。襲われた冒険者で逃げきれた者の証言や撮影などと特徴が書かれている。

 手配リストにはグレーター級ファイアドラゴンや、闇魔法とアンデッド化で眷属を作るリッチ、イルカ軍団の首領イルカマザーなどの強力な魔物。

 それにデスクラシック伯爵博士、絶対暴露魔獣ヴァルドッキー、泥棒ブラックサンタ忍者、亡霊武者修行男、食料をでろでろにするマンなど一風変わった者達も載っている。

 賞金を掛けるのはダンジョン開拓公社と、保険会社などである。ダンジョン内の魔物ならともかく、実体のあるユニークモンスターの場合は体の一部などを持ち帰ることで証拠になる。

 クロウの場合は破壊したロボメイドの残骸を運んで出てきたので一目瞭然であった。


「そういえばあの壊れたメイドはどうしたんですの?」

「ああ、製造元に送り返しておいた。頼まれていたからな」

「クロウが着実に魔王の手先みたいになっておるのー……」


 スフィがジト目で云う。

 彼がまだ魔王と繋がっていると云うのはこのパーティの秘密である。

 

「これでメイド姉妹が空間を歪めていて進めなかったダンジョンの層へ入れるようになったらしいから、まだまだこれからだな」


 メイドが特定のルートを封鎖していた先はまだ未踏の地となっている。

 ダンジョンの深部に潜った冒険者はそれなりに居るものの、多くは敵との接触を避けながら進んでいたので深部へのルートは無数に存在している。

 それらを中ボスとも云える手配されたユニークモンスターが塞いでいることもあるのだ。


「今更ながらあの女、ゲーム脳な作り方をしおって……」


 恨み言を云うクロウに、オルウェルが尋ねる。


「クロウさんが頼んで、魔王にダンジョンの全マップを貰えるとかできないんすか?」

「一部は勝手に地形や部屋割りが変わる迷宮だからのう。多分無いだろう。というか己れをダンジョンに突っ込ませる事を楽しんでいるフシがあるからな」

「まあまあ、あんまりそういう邪悪っぽい人に頼るのもどうかと思うよ僕は」


 恐らくは自分の作ったダンジョンが遊ばれているのでヨグとしても楽しんでいるのだろう。

 地上の風雲魔王城はすごい勢いで破壊されたのだから、クロウがここに来ることになるまではダンジョンもその上に発展する帝都もほぼ興味から外れていたのだ。

 なお余談だが、魔王城破壊者の一人、帝王ライブスをダンジョンに調査のため突っ込ませるという計画もあったのだが、ライブス本人から強い拒否を受けた。王を厄介払いするつもりだろうと涙目で。

 基本的に議会制である帝国だが、拒否権だけは帝王が持つことになっているのでその計画はおじゃんになり、開拓公社が誕生することになったのである。

 

「しかし、結構お金になりましたわね」

「そうじゃなーあんまり使わんのじゃが、私とクローは」

「僕はあれこれ、細かい道具の買い足しぐらいだけど……」


 と、札束を見ながら一同は使い道に悩むのであった。

 ユニークモンスター討伐報酬だけではなく、魔鉱などの換金も行ったのでちょっとした家でも買えるぐらいの金になっていた。

 しかしながら、パーティのメンバーは以下のとおりだ。


 居候で酒飲み程度にしか使わないクロウ。

 クロウを養うのが趣味なぐらいのスフィ。

 同じく居候であるが、低燃費な不死者であるイートゥエ。

 旅神の教会に下宿していて生活に困っておらず、不動産などには興味が無いオーク神父。

 独身寮一人暮らしなオルウェル。

 とまあ、消費が少ない庶民的な面々なのであった。

 

「精々イツエさんがエロ本を買い漁るぐらいか……」

「本棚がいつの間にか増えとるからのー、こやつの部屋」

「エロ本ではありませんわ! エロ本ではありませんわ! 同人誌に使うデッサン用の資料とかそんなのですわ!」

「こうなったら有り余るお金でわたしが投資でもしてガッツリ増やしてみるっすかね」

「どう考えても失敗するな」

「ええ」

「うむ」

「そうだねえ」

「なんすか!」


 やはり今ひとつ金を使う当てがないのである。


「というか、この金があればイツエさんは適当なアパートを借りれるんじゃないか?」


 クロウの疑問の声にスフィが無言でぐっと拳を握った。

 スフィの教会で三人暮らしをしているのであるが、クロウとイートゥエはやたら仲が良くて時折黒い感情が浮かびそうになるのである。

 世話を焼きたがるスフィに比べて、イートゥエは割と抜けているというかだらしないところがある。

 自分は養われる立場が堂に入っていると云うのに、近くに手のかかる相手が居ると構う性質がクロウにはあるのであった。

 浮気して刺されるタイプとも云う。

 だが、クロウの引っ越し提案にイートゥエは嫌そうに首を取り外し手に持って左右に振り回した。


「簡単に云いますけれどね、私らアンデッドは家を買ったり借りたりするには殆ど世界的に、とんでもない税金が掛かるんですのよ」

「あー……そうだったのう」

「と云うかアンデッドが住んでいるだけで家賃光熱費消防費保険その他諸々が6割も増えるのですわ! なんで世間のアンデッドさんが、路上生活してたり明らかに不便な幽霊屋敷めいたボロ家に住んでたり朽ちたお城を勝手にリフォームしてるかと云うと、税金が全て悪いんですの!」


 ペナルカンド世界では輪廻の概念があり、死後は次の生命に生まれ変わることが基本法則であるが──。

 デュラハンである彼女のように、何らかの術により死後も魂を死体に宿して命を永らえている存在がアンデッドである。

 しかし死んだものは死んだのだから、高齢者医療保険や年金を適応させるわけにはいかず、また生活能力も健常者と同じ程度にあるものと見なされ税金の補助は無い。そして、アンデッドを社会に適応させることで衛生や治安など様々な問題も起こるのでそれらに当てる追加税収が何処の国でもある。

 つまりは、死んだならさっさと次の輪廻にいけよと重税の形で遠回しに云っているのだ。

 それでも帝都はマシな方で、住んでいるアンデッドは世界一多い。時給の高い深夜アルバイトなどをして暮らしたりしている。

 一部の国ではアンデッドは明確に魔物として討伐されても文句を云う権利が無かったりするのである。


「だからこうして、住所不定で居候していると云う状況が一番ですの」

「住民税は自分で払うのじゃよー」


 一応半眼でスフィが云う。

 ともあれやはり、大金を手にしたものの使い道の無いパーティであった。

 そこでオーク神父が提案をする。


「じゃあ、ダンジョン探索用の便利な道具を購入する資金に当てようか」

「便利な道具?」


 彼はカタログを取り出して広げた。


「ダンジョン内で落ちていたアイテムが出品されている販売会があってね、この世界じゃ誰も作れないというか、作らないような道具も色々あるんだ」

「ほう」

「もちろんとても便利な道具は出品される前に冒険者自身が使うか、高額で取引されて一般販売はされないんだけど……」


 皆が身を乗り出してカタログ写真を見入った。


「一番人気なのは[マジックポーチ]かな。中の空間をいじっている道具らしくて、見た目より沢山入るんだ」

「ああ、ヨグが時々腹につけておる半円型のポケットみたいなものか」


 版権が厳しいのであまり追求はしないが。義手の先をゴムマリめいて丸めて道具を取り出す姿をよく見かけた。

 

「最安のでも、ポシェットサイズでリュック1つ分ぐらい入る。おまけに入れた食べ物なんかも劣化しないから、長く滞在するには必須だね」

「まあ、私達はオーク神父に私の鎧で普通の何倍も運べますからどうしても必要ってわけじゃありませんけれども。一つぐらいはあってもいいかもしれませんわね」

「うわー……一番高いのって船積みコンテナ一つ分入って、しかも整理整頓をする機能までついてるっすよ」


 非常に便利な道具なのだが、さすがにダンジョン内でも産出量は少なく物流を革命するには至らないようだが。

 それに冒険者が拾えばそのまま使うパターンも多いので、あまり世間に出回らない道具である。引退する者やダブリで持っている者が販売に掛ける。

 

「他には[命名神の眼鏡]。アイテムの鑑定ができる道具で、そこらの鑑定所に置いてるやつだね。調べた道具の希少価値もある程度わかるから、拾う道具の取捨選択もできる」

「……それを使えば買おうか悩んでいる本が表紙詐欺だとかはわかりませんの?」

「いや、それは無理だと……」

「なんでもエロに流用しようとするなよイツエさん……」

「読書! ただの読書趣味なのに失礼ですわよ!」


 必死に否定する。一応彼女は普通の本も読む本好きのタイプであった。

 名前こそ命名神と付いているが、この世界にある命名神の教会では作られていないと云う不思議なアイテムである。


「後はお高い薬関係とか」


 ポーションカタログのページを開く。


「ああ、異様に傷が治りやすくなるハーブとか。警察署によく生えてるやつ」

「消毒効果のある聖水とかじゃろ」

「それかかったら私[バシュウッ!]って音がなりますからね。バシュウッ!って」

「アンデッドに大ダメージっすね」


 皆がポピュラーな回復道具を上げるが、オーク神父はカタログの高級品目を指さす。


「それより即効性のあって効果が確実にシリーズ[オッサンーヌ]を買っとけばいいんじゃない?」

「う……」

「あれですの……」

  

 飲んだことのあるクロウとイートゥエがげんなりと呻く。

 ペナルカンドで最も信頼性のあると呼ばれる様々な効果のある薬品のシリーズが[オッサンーヌ]と呼ばれる生物の一部を使った魔法薬であった。

 どういう生物か不明で、販売元や原産地もわかっていない。旅商人の荷物にある日突然紛れ込んでいて、世界各地で売られると云う謎の流通をしている。

 クロウは瞬時に大怪我でも再生させる薬を何度か口にしたことがあり、イートゥエは生前に魔法使いになるための魔力属性検査薬として服用した。

 二人が嫌そうな顔をしたのは、どの部位を使った薬でもそうなのだが、


「あれ、死ぬほどオッサンとしか言い様のない味なんだよなあ……」

「中背小太りでうすらハゲのオッサンを濃縮して口に含んだ味なんですのよね……」

「ヤな想像させないでくださいっすよ!」


 しかしながら最高級品、[オッサンーヌの髄液]はほぼ死亡状態でも、体に生体反応が残ってる部位さえあれば復活とも云える回復を見せる強力な回復薬である。

 クロウも江戸に来た時は持っていたが、人のために使ってしまっていた。


「でもそれ一つ買ったらお金無くなるじゃろー? 私の回復があるから平気なんじゃよ」

「スフィさんが戦闘不能になった時がなあ……前にクロウくんが手足ぶった切られた時だって、これがあればすぐに復帰できただろうし」

「ピンチにならないように総合的な戦闘力を上げておくのはどうかしら。ほらこのダンジョン産武具! ああ見て下さいまし! この投げても戻ってくる[奪還者ゲッターの斧]とか素敵ですわよ!」

「……戻ってきた斧でイツエさんの頭がかち割られてるのを想像した」

「やりそーっすね」

「なんで私はそんなにオマヌケ要員ですの!?」


 などとワイワイ話し合い、ひとまず後日に開かれる展示販売会へと参加する事に決める一同であった。




 *****




 その夜──。

 スフィの教会で寝泊まりする三人は食後の片付けも終わり、寝るまでだらだらと過ごしている。

 酒瓶が空いて女二人がけらけらと笑いながら、クロウを挟んでダンジョンアイテムの珍品カタログを眺めていた。

 イートゥエも酔える酒と云うと割と高級な対神魔向けの御酒なのだが、結構帝都では出回っている。スフィもクロウが泊まりこむようになってから彼に勧められて酒を飲むようになった。

 これは三つ理由がある。クロウが一人だけ飲んでいるのと寂しいのと、後ろめたい感情だ。

 あと一つは、


(スフィから説教からの甘やかしを受けていると駄目人間な気分になってくるからのう)


 と、酒量を咎められつつも「仕方ないのじゃよー」と生暖かい目で酒を飲んでいるのを見られていては酷く悪い気がしてくるのであった。

 なのでスフィも飲ませることで、駄目になるなら二人共駄目になろうという後ろ向きな居候の作戦であった。

 退廃的な関係としか言い様がない。

 ともあれここ暫くは、イートゥエも加わって中々にかしましい状況であった。


「にょほほ、お主これを買ったらどうじゃ!? [神竜のスケベ本]! 読めば性格がよりエロになるぞ!」

「いっそクロちゃんに読ませませんこと? 枯れ果てた老人回春計画ー!」

「計画を立てるな」


 左右からクロウの目の前に置かれたカタログについて騒ぎ立てている。

 クロウもやれやれとカタログを見ると、信憑性の怪しいというか、コレクションアイテムぐらいにしか使えない道具も出品されていた。

 変なインテリアやら異界の書物やら、石版の欠片やら何かのバッテリーやら。ケンドー・カシンのサイン色紙はクロウも少し悩んだが、いらないと判断した。

 その隅に。

 [超不人気!]と銘打たれた一品が載っていた。

 名前を[魔王金貨]。

 ヨグのドヤ横顔が彫られた金貨であった。


「……」


 こう、微妙な気分になった。知り合いのキャラクター商品がワゴン行きしているようで。

 何せ流通していない金貨なものだから信頼は無く取引には使えない。

 そしてこれもダンジョン内で見つかったものであり、ダンジョン内のアイテムは殆ど本物と変わりない出来なのだが、修復不能に破壊されると消滅する特性もある。つまり、この金貨は溶かして金を取ることもできないのだ。  

 一部の同人誌即売会では人気があったような気もしたが、今ではこんな扱いになっている一応友人が哀れであった。


「……買っておくか、一応」


 可哀想だから。

 一応魔王の元居候としてそんなことを思った。


「あ゛ー! クロー! 魔王系のグッズを買おうとしおって!」

「あらあら、意外と好みなのかしら」


 酔っ払って不満を云うスフィと茶化すイートゥエである。

 しかしヨグが好みとは心外であったクロウだ。

 すっかり枯れ切っているものそのような不名誉な嗜好を持っているとは思われたくない。あれは悪友みたいなものだ。

 だからだが、ついクロウの口が滑った。


「いや、あやつよりは普通にイツエさんの方が好みだが……見た目は」

「……へ?」

「……ほーう」


 そこで。

 スフィの方を上げなかったのはクロウの失態であった。

 左右の雰囲気が一転したのを感じて、


(酒の席の冗句でなぜ……?)

 

 と動揺するクロウの隣で先に行動を起こしたのはスフィである。

 どこからともなく取り出したのは濃縮アルコール。主に炎魔法の媒体や火炎瓶などに使い、一部では酒の調合に使われる液体である。

 それをごぽごぽとグラスに直に注ぎ込み、がっと決意を込めた手でグラスを掴んで口に近づけた。


「待て待てスフィ!? 死ぬぞお主がそれを飲んだら!!」

「クロー! 来世まで待っておけ! 巨乳に生まれるからああああ!!」

「マッハで死ににかかるな! どんな絶望がお主を襲ったのだ!」

「クローが云うなあああ!!」


 服酒自殺を図るスフィを慌てて羽交い締めにするクロウ。

 彼女が暴れるものでそこら中に濃縮アルコールが飛び散り部屋の中を揮発したアルコール臭が漂う。 


「いかん、ランプの火が面白い音を立てておる!? イツエさん、ちょっと止めるの手伝うかランプ消して……」

 

 クロウが顔を向けると、彼女は座ったままかちこちに固まった様子で、顔を真赤にして何やら呟いている。

 呼びかけが聞こえた様子も無く、凄い勢いで混乱しているようだ。


「おいこらイツエさん!」

「──はっ!? え、ええとナンデスノ!? 私が好みなクロちゃん!?」

「ふぎゃあああ!」

「スフィの暴れが激しくっ!」


 不用意な一言で首を振り回して涙するエルフの少女。こんなんで150歳ぐらいである。

 

「とにかく危ないから火を頼む!」

「わっわかりましたわ!」


 慌ててイートゥエは机に立てかけていた杖を取って、簡単な呪文を唱える。


「炎系術式[ファイヤー]!」


 ──そうして、部屋に充満したアルコールに引火するのであった。

 

 なんとかクロウが氷結符上位発動で消し止めた後。

 三人で向き合って正座して反省会が開かれる教会である。


「酔った勢いでアルコール撒き散らしてすまなかったのじゃよ……」

「うっかり炎属性の魔法使って申し訳ありませんわ……」

「ええと、己れは……」


 じっと二人からジト目で見られて、たじろぎながらクロウは誤魔化すように笑って告げた。


「酒の席だからと云って女性をからかうのはいかんな。うむ」

「まったくですわ」

「びっくりして自殺しかけてしまったのじゃ」


 スフィの発言に関しては、


「いやそれは行き過ぎだろ……」


 と、二人から同時にツッコミが入るのであった。

 ともあれ、疲れたのでもうその日は眠ることにした。

 

「っていうか寒いんじゃよー……」

「まあ、己れが冷やしたからのう」

「クローが暖房を寝室に効かせてくれ。よし、イートゥエも同じ部屋で寝るぞ。寒かろう」

「……いいのかしら?」

「構わん構わん。布団を移動させるぞ、体の方は手伝ってくれ」


 そう告げて、スフィはイートゥエの首から下を連れて寝床の準備に向かった。

 クロウは彼女の頭を持ちながら、散らかってテーブルの上を適当に片付ける。本格的に掃除をするのは明日でいいだろう。

 ぽつりとイートゥエの生首が云う。


「それにしても、クロちゃんはちゃんとスフィに気を使わないと駄目ですわよ。他にばかり目を向けていると愛想を尽かれるのだから」

「……いや、あれはな」


 クロウはやや複雑そうに笑みを浮かべて、少しため息をついて云う。


「スフィのやつが気を使っておるのだよ。あんまり己れが思い悩まぬように、自分が騒いでカマして見せることで気を紛らわさせておるのだ。やり方は不器用だがな」

「そうでしたの……」


 彼女はそう呟いて思い至る。

 クロウとて、大事な友達を亡くしたばかりなのだ。少しばかり気落ちしているのを、スフィが察しているのだろう。

 もう再開して何ヶ月も経つのに、まだ精神的に危ういと見せているのはその為だろうと彼は云う。

 スフィの分析通り、手間が掛かる相手が近くにいる間は、そちらに気を取られる性格なのだ。


「お互いに分かり合っている、夫婦漫才と云ったところですわね。ややアグレッシブだけど」

「なあに、そのうち落ち着いた関係に戻る。長い付き合いだからのう」

「ふふ、巻き込まれる私が大変ですわ。でも、冗談でも私を好みと云ってくれたのは嬉しかったですわよ?」

「ん? いやまあ、好み自体は別に冗談では」

「はいストップ!! そこの物陰から包丁持ったスフィが睨んでますから! はいはい寝ましょうね!」


 そうして三人は、三つベッドが並んだ寝室に赴き、クロウの術符で部屋を暖めて眠ることにしたのである。 

 鎧から解き放たれた体で眠るのは、中々慣れないけれど心よいとイートゥエは柔らかに包まれながら思う。

 隣ではクロウとスフィが寝ている。

 彼を思ってスフィが羽目を外しているとクロウは云うが、


(それだけじゃありませんわね……)

  

 いや、スフィが確実に闇入っているとかそうではなく。

 節々に見える感情からして、


(あまりしっかりし過ぎると、またクロちゃんから置いて行かれると思っているのでしょう)


 かつては。

 付き合いの長さならばずっと上で、大事に思っていた筈のスフィは自立した一人の大人として暮らしていた。

 そのスフィを置いて、人間的に未熟で手間をかけ続ける魔女を選んでずっとついていっていたのだ。

 だから、今度は。

 自分は彼が居ないと駄目なのだと、思わせたがっているのだ。

 

(きっと誰もが寂しがり屋なのですわね……)


 そう思って、自嘲的に笑みを浮かべた。

 

 



 *****





「すげえディスられた気がしたんだけどくーちゃん」


 夢の中でレンチで芋掘りロボットのような物を叩きながらヨグがそんなことを告げてきた。

 クロウは間髪入れずに、


「気のせいだろう」

「我とカナブンどっちが美人だと思うくーちゃん」

「昆虫と張り合うなよ。しかしお主の方が綺麗だと思うぞ」

「ほんと!? どのあたりが!?」

「色とか」

「色かー……」


 真顔であった。

 そう告げると彼女は「ふん」と鼻息をついて再びレンチでガンガンと芋掘りロボットを殴った。

 これまで彼女の部屋には無かった物体なのでクロウが指さして聞いてみた。


「それは?」

「メイド姉妹の残骸から新しい物を作りかけてる途中」

「うむ……あの人間に近い形のロボからどうしてこんなローテクっぽいロボットに……」

「だから途中なんだって。最終形どうしようかなー。A案とB案があるんだけどさあ、結構悩みどころなんだこれが。スパロボで云うとガンタンクとスペリオルガンダムのどっちかしか手に入らないけどどうする?って聞かれてる感じで」

「いや、知らんが」


 彼女はそう云いながら、レンチを投げ捨てて机の方へ歩き出した。

 そこから一枚の紙を摘んでクロウに渡す。


「そうだ、くーちゃん。あのメイド姉妹さ、ダンジョンの掃除もやらしてたんだけど、居なくなったもんだからちょっと困るんだよね」

「掃除?」

「うん。ダンジョンはあんまり死体が出てこないって聞いたこと無い? 死体を放置してると腐って病気とか流行るから、装備はひっぺがしてその場に捨てて死体だけ回収するようにプログラムされてたんだ。

 で、メイド姉妹の代わりにこれを今度から派遣するから、その通知。適当にダンジョン入り口の掲示板にでも貼っててちょーだい」


 クロウが渡された紙には、大きめのドラム缶めいた銀色のマシンが載っている。



 [ダンジョンルンバ]

 これはダンジョン内を片付けるロボですので襲っても魔鉱は得られません。その代わり攻撃を受けた場合は反撃をしてきます。

 ダンジョン内で死んだ人は回収されて入り口に送られます。装備は諦めよう。

 定員一名でルンバにしがみついて外まで帰ることができます。

 ダンジョン管理者より。



 と、あった。


「死体が溜まっていっても邪魔だしねー、これで片付けさせることにするよ」

「気が利いているのか何なのか」


 元から、踏破不可能の地下迷宮ではなく、空調を完備したり水源をあちこちに作ったりとそこそこに攻略可能に調整しているのであった。

 

「なあに、くーちゃんに冒険させるついでに他の人にもサービスさ」

「気軽に働かせてくれるのう……」

「何度もピンチを越えて仲間と絆を深め合って、困難を成し遂げて栄光を掴んで、それでこそ魂は磨かれ輝くってもんだ。これはくーちゃんの為でもあるんだから」

「己れの?」


 ヨグはクロウに歩み寄って、にやにやと彼を見上げている。

 

(はて……)


 クロウはふと気づいた。子供の体では、ヨグとほぼ目線の高さは同じだと云うのに、彼女がえらく小さく感じた。

 ぐるぐると色めく狂気の瞳が、クロウをじっと見ている。


「魂を覆う曇りが磨かれれば、ひょっとしたら思い出せないことも思い出せるかもしれないよ?」

「……思い出せないこと、とは?」

「さあね。意味があるのか無いのか。それはまだわからないことだ」


 彼女はクロウの後ろにまわり、背中に手を当てた。


「さ、冒険の続きに云ってらっしゃい。長い旅路の終わりで、待ってるよ────」


 そして彼女から押されて──。


 クロウは汗を浮かべながら、夢から醒めた。

 



 ******




 クロウはヨグからルンバ導入チラシを受け取った日の朝に、それを魔法コピー機でコピーしてこっそりと透明化して各所のダンジョン入り口酒場に貼って回った。

 訝しげに思われたものの、ルンバを襲っても死体しか手に入らない上にいざと云うときの脱出手段になるので次第に受け入れられていく。

 数日後のダンジョンアイテム放出品市でクロウ達は食料運搬用に中容量のマジックポーチをひとまず購入した。

 その他諸々装備を整えつつ、再びダンジョンへ向かう。

 友の魂を救うためだが、他にも気になっている何かを知る必要があると、クロウは改めて思うのである。


「よし、それでは行くぞ」

「おーっす!」


 そうして一行は───。


 クロウのブラスレイターゼンゼから出したコンピューターウイルスでプログラムを乗っ取ったルンバ五台を乗り物にして、悠々とダンジョンを潜っていくのであった。

 ホバー音を響かせながら走るのと同じ速度でダンジョンの中を進んでいく。


「これ凄い楽じゃな」

「体力温存になるねー」



 その夜ヨグに不正利用を怒られてアンチウイルスソフトを入れられた。



 強敵、メイド姉妹を倒した事によりクロウのダンジョンを潜る冒険は更に深部に及ぶようになった。

 

 しかしクロウ達はダンジョンの中ではない、新たな事件に巻き込まれることになる───。

  

 

 



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