『連合』領侵攻ー2
「了解しました! 着陸準備を開始します」
コストフ率いる分隊員たちは復唱すると、装甲服に取り付けられた2本の固定金具のうち1本を外した。
衝撃吸収を考えれば着陸するまで固定金具を外してはならないが、着陸すれば可及的速やかに外さなければ艇外に出られない。そのため『共和国』地上軍では、着陸直前に2本の固定金具のうち1本を外すべきとしていた。
固定金具1本では着陸の衝撃で気絶する可能性が無いとは言えないが、脱出が早くなる分、総合的には生還率が高くなると判断されていたのだ。
直後、轟音と震動が艇全体を貫いた。コストフたちが所属する中隊が乗る大気往還艇が、惑星スレイブニルの大地に降り立ったのだ。
「皆、急げ!」
言いながらコストフは同時に2本目の金具を外した。無論他の分隊員も同じ行動をとる。そして大気往還艇の外板が、外に向かって倒れた。
『共和国』の大気往還艇はゲリュオン攻防戦の戦訓を受けて大幅な改良が行われている。着陸した数秒後には複数の乗降用スロープが地面に伸び、兵士全員が一斉に艇から降りられるようになっているのだ。
金具を外し終えたコストフは、そのスロープめがけて走り出した。その後にはイザード二等兵を含む分隊員たちが続く。
(我々がスレイブニルの地を踏んだ初の『共和国』軍人になるのか)
走りながらコストフはふとそう思った。惑星スレイブニルは辺境国家群の成立以後もずっと、『連合』の領土であり続けた星だ。当然他国の軍人が降り立ったことは無い。
だが『共和国』-『連合』戦争開戦とその後の『共和国』軍の快進撃により、ついに『共和国』軍人が、『連合』以外の国の軍隊にとって未知の地だったスレイブニルに降り立った。『共和国』史に残る瞬間かもしれない。
もちろんスレイブニルに降り立った『共和国』地上軍の軍人はコストフたちの分隊だけではない。同じ艇に乗り込んでいた中隊全員が降り立っているし、周囲には他の艇もいる。
それにある意味一足早く降り立った人々、すなわち艇が撃墜されて戦死した将兵の遺体も、降下場所の草原に散乱していた。肉片と骨片、それに元が何だったかも分からないほどに焼け焦げた有機物の塊が、足元に大量に散らばっていたのだ。
人体の残骸から目を逸らして辺りを見渡すと、所々で煙が上がっている。撃墜された艇から落下した物体が燃えているのだ。この草原は本来気持ちのいい場所なのかもしれないが、現在は金属とプラスチックと人体が燃える時の悪臭と煙が漂っており、空気を甚だしく汚していた。
「塹壕を掘れ。大至急だ」
周囲を一瞥したコストフは急いでそう言うと、模範を示した。炎上する破片が落下したために地肌がむき出しになった地面に組み立て式スコップを突き立て、一目散に穴を掘っていく。
『連合』軍部隊が突っ込んでくるまでに、形ばかりでも防御陣地を作れるかに、『共和国』側の生存はかかっていた。
同じような光景は随所で見られた。対空砲火を躱して降下に成功した『共和国』地上軍は、普通は単独で、工兵の支援を受けられる運のいい部隊は重機を使って、即席の陣地を建造し始めていたのだ。その傍らには戦車や自走砲の姿もある。
(わが国でも一応、降下作戦技術は改善されつつあるのだな)
穴を掘りながら周囲の状況を見たコストフは、ふと場違いな感想を抱いた。敵軍が待ち構える惑星への降下を行ったにしては、『共和国』側の生存率は高い。
入念な準備爆撃で飛行場を潰して敵航空部隊の発進を不可能にしたことと、着陸後に部隊が迅速に出られるよう、大気往還艇が改良されたことが効いているのだろう。
『共和国』-『自由国』戦争におけるゲリュオン攻防戦とはえらい違いだ。『共和国』地上軍史に残る惨事と呼ばれた同戦闘に参加したコストフはそう思わざるを得なかった。
ゲリュオン攻防戦は、『共和国』―『自由国』戦争の末期、『自由国』宇宙軍がほぼ壊滅して『共和国』が大攻勢に出ている時に発生した戦闘だ。
『共和国』側の作戦目的は、『自由国』宇宙軍の基地がある惑星ゲリュオンを占領することで、同国の通商破壊戦部隊の出撃を不可能にすることにあった。
ほぼ完全な制宙権を握っている以上楽勝とみられていたこの戦闘だが、『共和国』地上軍は思わぬ地獄を見ることになった。ゲリュオンには宇宙軍こそいなかったが地上軍は多数が展開しており、大気往還艇に乗って降下する『共和国』地上軍は猛烈な反撃を受けたのだ。
まずは巧妙に偽装されていた航空基地から戦闘機が出撃し、降下中の大気往還艇多数を撃墜した。対空砲による被害と相まって第一陣は大気往還艇1500隻のうち900隻を失い、降下を中止せざるを得なかったほどだ。
再度の準備爆撃が入念に行われた後で第二陣が降下したが、彼らにも地獄が待っていた。第二陣は取りあえず降下には成功したものの、その瞬間に『自由国』地上軍による渾身の砲撃を浴びせられたのだ。
展開しようとしていた将兵は大気往還艇ごと爆砕され、ゲリュオンの大地には金属とセラミックと人体が混ざり合った悪趣味な前衛芸術作品が散乱することになった。
『共和国』地上軍は、降下開始1日目にして80万の将兵を失い、後方から予備選力を集めなければ作戦を続行できなくなってしまったのだ。
結局、強引な攻撃の繰り返しでゲリュオンは落ちたが、この戦いは『共和国』地上軍の士気に深い傷を残した。降下するたびに大損害を出す大気往還艇は「空飛ぶ火葬場」、もしくは「粉砕用シェイカー」と呼ばれるようになり、将兵たちは降下作戦を心から恐れるようになったのだ。
ある師団などはゲリュオンへの降下作戦に投入されると聞いた瞬間に兵が暴動を起こし、内務局直轄軍が出動する騒ぎになっている。
そのゲリュオン攻防戦に比べれば、このスレイブニル戦はかなりましな部類だ。コストフはそう思う。着陸後に大気往還艇の中で砲撃を浴びた部隊は見たところ存在せず、一応は展開と防御陣地の建設が始まっている。
『共和国』地上軍上層部は愚かな決断を下すことも多いが、少なくとも降下作戦に関する戦訓は真摯に受け止めているのだろう。
だが『共和国』地上軍がいかに戦訓を真摯に学んでいても、それは完璧とは言い難いのも確かだった。しゃがめば何とか全身が隠れる程度の浅い蛸壺を掘った段階で水平線に姿を現したものをみて、コストフはそれを悟ることになる。
「来るぞ。皆、戦闘準備だ。訓練通りにやれ」
コストフは11人の部下にそう告げた。黒く巨大な影が、何千という規模で大気往還艇の降下位置に殺到している。『連合』軍の戦車と歩兵戦闘車の大群だ。
(これが初の、本格的な激突になるのか)
コストフはふとそんな感慨を抱いた。『連合』地上軍の車両多数が集結して向かってくる光景を見るのは、『共和国』地上軍にとって初めてのことだ。
旧ゴルディエフ軍閥領にいた『連合』軍部隊は治安維持用の歩兵部隊が大半で、主力の装甲部隊や砲兵部隊はごく少なかったからだ。
つまりコストフたちは『連合』本土に初めて降り立った『共和国』兵であると同時に、この戦争で初めて『連合』地上軍主力との戦闘を経験する兵にもなったのだ。
感慨にふけっていられる時間は長くはなかった。鈍い風切り音が重層となって、上空から落ちてきたからだ。
「皆、伏せろ!」
音の正体を瞬時に悟ったコストフは絶叫した。戦車や自走砲と行動を共にしている『連合』軍砲兵部隊が、大気往還艇の降下位置に向かって多連装ロケット砲を発射したのだ。
「馬鹿野郎、貴様もだ!」
すぐに自分も蛸壺に潜ろうとしたコストフだが、初陣のイザード二等兵が立ち尽くしているのを見て半ば殴り倒すように伏せさせた。
そして次の瞬間、数百の重なり合った爆音とともに世界が赤く燃え上がる。装甲服を着ていてすら感じる熱と衝撃波が、コストフの全身を打ちのめした。
着弾は連続する。おそらく120㎜クラスのロケット弾に加えて、150㎜クラスの重砲弾も大気往還艇の着陸場所に降り注いでいるようだ。
目を開けていられないほどの閃光と、鼓膜が破れるのではないかと思われるほどの轟音が、地面に伏せた『共和国』軍兵士を打ちのめす。
その下にいる者にとっては永遠と思われるほど長いが実際には数分にも満たない時間の後、砲撃は唐突に停止した。
代わりに聞こえてくるのは、金属の軋みが数千数万と重なり合った不快な重層音だ。『連合』軍の戦車と歩兵戦闘車が、砲撃を受けて混乱している『共和国』軍を殲滅すべく殺到している。
「生存者は点呼!」
立ち上がったコストフは、取りあえず状況の把握に努めた。合計12名の分隊員のうち、砲撃を生き延びたのは何人だろうか。
兵たちは次々に点呼に答えていく。最終的に、戦闘に耐えうる者は9名であることが判明した。
その他の者は…周囲を一瞬見渡した後、コストフは胸中で黙祷を捧げた。かつては人間だった物体が泥と混ざって半液状になって蛸壺内に蹲り、そこにかつては装甲服だった金属とセラミックの残骸が突き刺さっている。
至近距離で爆発した砲弾が、不運な3人の肉体を完膚なきまでに粉砕したのだった。
もちろん被害を受けたのはコストフの分隊だけではない。見渡す限り一面に、『共和国』軍兵士の遺体が散乱し、加熱された血液と内臓とその内容物が噴き出す臭気が硝煙と土の臭いに混ざって一帯に漂っていた。
装甲車両ですら例外ではない。戦車や自走砲は歩兵よりも遥かに頑丈だが、それでも100㎜クラス以上の砲弾の雨が降り注げば、時には致命傷を負う。
『共和国』地上軍の着陸位置では、装甲の薄い上面に重砲弾を食らって炎上する戦車、ロケット弾の破片で機関砲を破壊された歩兵戦闘車、至近弾で履帯を切断された自走砲などが、同じく直撃弾を受けて炎上する大気往還艇とともに、惑星スレイブニルの草原に散らばっていた。
だがそれでも、降下した『共和国』地上軍の大半は健在だった。全くの無防備で砲撃を受けたのではなく、散開して急ごしらえでも塹壕を掘っていたことが、被害の局限化に奏功したのだ。
「皆、何としても陣地を守りきれ!」
降下部隊の第一陣を率いるセリノ・ラスコン中将の命令が響く中、コストフの分隊を含む『共和国』地上軍将兵は、急ごしらえの陣地を出来る限り強化しながら、惑星スレイブニルの表面で『連合』地上軍の攻撃を待っている。
そのスレイブニルの上空で現在何が起きているかについては、彼らが知る由もなかった。
コストフを初めとする『共和国』地上軍の兵士たちが、接近する『連合』地上軍機甲部隊に対する迎撃準備を整えていたころ、彼らの上空では『共和国』宇宙軍が臨戦状態に入っていた。
「何故、今になって? しかも150隻程度の戦力で」
現場での総指揮官を務めるディートハルト・ベルツ大将は、旗艦アストライオスの戦闘指揮所で首を捻っていた。
今回の作戦における『共和国』宇宙軍は、オルトロス星域会戦の時のような奇襲を受けることを警戒し、当時より倍近く濃密な航空警戒網を布いている。
そのうち1機から敵味方不明艦発見の報告が届いたため、第1艦隊群は報告があった位置に追加の偵察機群を送った。そして情報を総合したところ、150隻程度の軍艦が惑星スレイブニルに接近しているらしいことが分かったのだ。
「常識的に考えれば150隻は前衛ないし別働隊で、本隊は別にいるというのが自然なところですが」
参謀長のミシェル・ポラック中将も、ベルツに合わせるように困惑した表情を作っていた。現在惑星スレイブニルには、2100隻の『共和国』軍艦が展開している。
そこにたった150隻の軍艦を送っても、得られる物は何もない。14倍の敵を相手に勝利した例など、宇宙戦闘の歴史においてありはしないのだ。
『連合』軍が本気でスレイブニル失陥を阻止しようとしているなら、せめてその10倍の1500隻は送り込んでくるはずだ。
だが航空偵察に加えて巡洋艦と駆逐艦で構成される索敵グループによる捜索まで実施したにも関わらず、その150隻以外の『連合』軍艦は発見されていない。極めて不可解な事態だった。
「攻略を阻止するつもりはないのかもしれません」
主席参謀のノーマン・コリンズ少将が意見を述べた。
「どういう意味だね?」
「つまり、敵の意図が制宙権の確保ではなく、ただ単にわが軍と一戦を交えることかもしれないということです。例えば高速の巡洋艦と駆逐艦のみで部隊を編成し、わが軍に一撃をかけて離脱するという戦術が考えられます」
「そんなことをして何になる? 150隻程度の軍艦で一撃離脱をかけても、わが軍に与えられる損害はたかが知れている。何の意味も無いではないか」
ベルツはコリンズの仮説に疑いの声を上げた。戦闘を行う目的は敵軍を目標物から退去させることであり、戦闘そのものが目的となることは無い。『共和国』軍士官学校の1年生でも知っている原則である。
土地の占領を重視する傾向がある『連合』軍の場合、その意識はさらに強いはずだ。小戦闘のみを行って引き上げるなどという無意味な行為を、彼らが行うとは思えなかった。
「確かに純軍事的には意味の薄い行為ですが、政治的にはどうでしょうか? 現在の『連合』の政治情勢は盤石とは程遠い状態にあります。決戦を行って全てを失うリスクを冒すよりは、小規模であっても戦術的勝利を上げることで、国内に武威を示すという考えがあるのでは?」
「ふむ…」
ベルツは考え込んだ。確かに現在の『連合』は政府が交代したばかりで、しかも未だ一部の領土が旧政府の統治下にある。
そのような状況で『共和国』軍と決戦するのは避けたいと、新政府が考えてもおかしくはない。
ただし、『共和国』のスレイブニル侵攻を座視していたのでは、新政府の正当性に疑いが生じる。国家の第一の存在意義が領土と国民を守ることである以上、自国領への外国軍侵入を放置するような政府は、国民に不信の目を向けられて当然だからだ。
だから小規模な部隊による奇襲攻撃を行うことで、新政府が何もしていない訳ではないことをアピールする。確かに一応の筋は通っている。
「まあいい。相手の目的が何であれ、わが軍は迎撃するだけだ」
ベルツは気を取り直して麾下部隊の指揮官たちに命令を出した。コリンズの仮説が本当に正しいのかは不明だが、どちらにせよやるべきことは1つだ。
僅か150隻で2100隻に挑んできた小癪な敵を完膚なきまで殲滅し、現在世界最強の宇宙軍を擁しているのがどの国かを分からせてやればよい。
今回の作戦に投入された2個艦隊群のうち、ゲミストス・ベサリオン大将の第3艦隊群は念のために輸送船や揚陸艦の護衛として残されたが、ベルツの第1艦隊群は発見された敵部隊に向かって一斉に移動を開始した。
戦艦、巡洋艦、駆逐艦では将兵が機器に取り付いて自分の持ち場の最終チェックを行い、空母格納庫ではパイロットが艦載機に乗り込み始めている。
ファブニルにおける2度の会戦で受けた被害は完全に回復しておらず、現在の第1艦隊群の戦闘艦艇の総数は定数を下回る1300隻程度だが、それでも敵の10倍近い数だ。敗北することは絶対にあり得ないはずだった。




