表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/138

戦略計画 『日の場合』-3

オルトロス星域会戦後に飛行曹長に昇進したエルシー・サンドフォードは、悪戦苦闘しながら乗機を何とか飛ばしていた。

彼女は『共和国』の基準でいえばかなり上位に位置するパイロットだが、それでも今乗っている機体の操作は難物だったのだ。


 今の主力戦闘機であるPA-25より小さくて軽い機体に、8割増しの出力を持つエンジンと過敏な操縦系統を載せるという組み合わせは、扱いやすさと多用途性を求められる戦闘機とは思えない。

 

 むしろ飛行性能だけを追い求めて作られたレーサーのような飛行機だった。適切な姿勢制御ソフトを組み込めば扱いやすくなるというのが開発者側の説明だが、そもそもの機体設計が無謀過ぎたのではないかと疑いたくなる代物だ。

 スロットルバーを踏み込みすぎるとそれだけで挙動が不安定になるし、操縦桿を倒すタイミングを間違えると、機体が酔っぱらいの舞踏のような動きを始める。

 



 前に乗っていたPA-25が懐かしい。エルシーは少し油断すると暴れだす機体を何とか抑え込みながら、つくづくそう思った。PA-25は性能的には凡庸な飛行機だったが、カタログスペックには無い長所があった。

 飛行学校に半年ほど通っただけの人間でも飛ばすことが出来たし、慣れれば手足のように操る事が出来たのだ。穏当な機体設計と、よく練られた操縦系統の賜物だった。

 加えてエンジンの整備性が良く、短時間の整備で再出撃が可能だった。つまり飛行機としてはともかく、兵器としては優れていた。

 



 そのPA-25が従順かつ頑健なポニーだとすれば、今乗っている機体は気難しいサラブレッドそのものだ。速いことは速いが扱いにくく、これに乗ってレースならともかく戦場には出たくない。

 だがまさにその準備を、エルシーはやらされていた。

 

 


 「うわ!?」

 

 エルシーは小さな悲鳴を上げた。操縦桿を倒した瞬間、機体がスピンに入りそうになったのだ。心臓が一瞬停止し、血管に冷水を流し込まれたような感覚が全身に走る。

 

 「え、エルシー、大丈夫!?」

 「…うん、何とかね」

 

 同じ機体をテストしている僚機のパイロットが、心配そうに声をかけてくる。どうにか姿勢を立て直したエルシーは出来るだけ震えを悟られないようにしながらそう答えた。



 「うーん、割と気難しいわね。この機体」


 一方、僚機のパイロットであるアリシア・スミス准尉の方はそんなことを言いながらも、楽しそうに機体を操っていた。PA-25より小さくて鋭角的なフォルムを持つ機体に、エルシーの方が見ていて怖くなるような急機動をさせている。

 PA-25も猛禽を思わせるシルエットを持つ機体だったが、今のアリシア機をタカとすればトビに過ぎない。宇宙航空機の基準ですら猛スピードに分類される速度で旋回を繰り返す様子は、この機体が実用化された時の姿を予言しているようだった。



 「アリシア、あまり無茶しないでね。取り敢えずは基本的なデータが入ればいいと言われているんだから」


 エルシーは取り敢えずそう言った。現在2人がテストしている機体は未だに試作扱いであり、本格的に生産されて実戦投入されるのはかなり先の話だ。

 今はまだ基礎的な試験飛行の段階であり、アリシアがやっているようなアクロバットをすべきでは無い。

 

 何しろこの機体は一足先に実戦投入されているらしい偵察機型とは異なり、「バランスを故意に不安定にすることで機動性を高める」、という恐ろしい設計が行われている代物なのだ。扱いにくいのも半分はその為である。

 まだ高速機動用のプログラムも入っていないのに、アリシア機が今しているような機動をさせるのは危険すぎた。



 「うーん、だってつまらないじゃない。ゆっくり飛ばすのは」

 「いや、頼むから… まだこの飛行機、直線的な飛行しか出来ない仕様なのよ。事故でも起きたら大変だから」


 エルシーがそう言うと、アリシアはぶつくさ言いながらも急機動を中止した。何だかんだ言って、彼女はエルシーの言葉には素直に従ってくれることが多い。



 2人が乗っている機体は、XPA-27と呼ばれている。『共和国』宇宙軍の次期主力戦闘機であるPA-27の試作機であり、現在様々なテストが行われて実用化が進められている途中だ。

 その一環として、アリシアとエルシーは同機を実際に飛行させて今後の飛行プログラム作成に必要なデータを作成するという作業をやらされていた。テストパイロットだけでなく、実際に前線で戦っている人間の飛行パターンが欲しいということで、2人に白羽の矢が立ったのである。




 「本当に物になるのかな? この飛行機?」


 再び暴れだしそうになったXPA-27を何とか抑え込みながら、エルシーは思わずそんな独り言を呟いた。『連合』領侵攻作戦が始まる頃には実験部隊が投入されるという話だが、この難物がその程度の期間で完成するのだろうか。

 具体的に言えば、平均的な『共和国』軍パイロットが無理なく飛ばせる程度の操縦難易度になるのか。軍人として、そしていずれはPA-27で戦場を飛ぶことになるパイロットとして、エルシーはそれを危ぶんでいた。


 「でも、操縦性がましになったら強いと思うわよ。この飛行機」


 アリシアがXPA-27を擁護するように言った。エルシーも確かにそれは感じる。

 スロットルレバーを少し踏んだだけで矢のように加速するし、アリシアの機動を見る限り、乗りこなせればPA-25では不可能だったような急機動も可能なようだ。


 また2人が飛ばしているのは非武装の試作機だが、量産型には長射程の機銃とそれを制御する新型火器管制装置が取り付けられる予定だという。

 相手が撃つ前に撃ち落とせる機体にする。設計チームはそう豪語していた。




 「そう言えば本当なのかな? 『連合』軍の新型機の話…」


 同じ新型機を飛ばしているうちに思い出したのか、不意にアリシアが軍内での噂を持ち出した。

 『共和国』軍は現在、『連合』領への偵察作戦を頻繁に行っている。リントヴルム政府対イピリア政府の内戦の帰趨を見定める必要性、そして計画中の『連合』領侵攻作戦に必要な情報を得るためだ。

 2人の母艦であるオルレアンはオルトロス星域会戦における損傷を修理中で動けないが、艦載機を運用できる艦の多くが駆り出され、各惑星の写真撮影を行っているらしかった。



 その中で現れたのが、『連合』宇宙軍の新型機に関する噂だった。偵察作戦中に、『連合』宇宙軍がこれまで使用していたスピアフィッシュ戦闘機より高性能な敵機と遭遇した。偵察作戦に参加したパイロットの何人かが、そんな噂を広めたのだ。




 これには一応の裏付けもあった。緒戦の旧ゴルディエフ軍閥領をめぐる戦いにおいて、敵支配下の有人惑星に対する事前の偵察を行った艦載機の未帰還率は2割ほどだった。

 対して今回の『連合』領偵察作戦では偵察機の4割以上が未帰還となっている。その裏には『連合』軍の新兵器の存在があるのではないか。口さがないパイロットたちはそう噂していた。



 「どうかな? 単に警戒が厳重になっただけかもしれないし」


 エルシーは言葉を濁した。偵察機の未帰還率が上がったのは新型機のせいかもしれないが、他の可能性も考えられるのだ。

 例えば『連合』軍はオルトロス星域会戦からスキップジャック多座偵察機を実戦投入し、『共和国』軍機への警戒を行わせている。

 スキップジャックが重要惑星において警戒任務についているから『共和国』側偵察機が事前に発見されやすくなり、結果として撃墜されやすくなった。真相はそんな所かもしれない。新兵器よりも従来の兵器の組み合わせの方が、戦闘結果に大きな影響を与えることはよくあるのだ。





 「まあ、あたしたちが考えても仕方がないか。明日から休暇だし、楽しく過ごしましょう」


 アリシアが明るい声で言った。オルレアンは現在ドック入りしており、その乗員は『連合』領侵攻作戦の策源地となるここ、惑星ファブニルに待機している。

 各自は訓練や新兵教育の補助をしたりアリシアやエルシーのように新兵器のテストをしたりしているが、オルトロスでの戦功によって、休暇も割と長く与えられることになっていた。



 「そうね。そう言えば、リーズ少尉とリコリス司令官も明日から休暇だと言っていたわ。新部隊の編制業務がそろそろ終わりそうなんだって」


 その言葉でエルシーは、2人の共通の知り合いから聞いた話を思い出した。リーズ・セリエール少尉は、オルレアンの最上級者であるリコリス・エイブリング准将の副官を務める人物だ。同性で年齢も階級も割と近いことから、2人にとっては話しやすい相手である。

 そのリーズ及びリコリスはこれまで新部隊の創設に関わる書類仕事に忙殺されていたが、明日には片付きそうだとリーズは言っていた。


 「そっか。新しい部隊よね。あたしたちは一緒にいられるのかな?」


 アリシアが少し心配そうな声で言った。普段の彼女は唯我独尊を装っているが、実は割と寂しがり屋であることをエルシーは知っていた。


 「大丈夫だと思うけどね。一度出来たペアが解体されることって少ないし」


 エルシーは彼女を安心させるようにそう答えた。『共和国』宇宙軍では、中隊以下の戦闘機部隊については戦死や退役と言った事態が無い限りメンバーが固定されるのが通例である。空戦ではパイロット同士の信頼関係が重要であると考えられているからだ。

 ましてやアリシアとエルシーのペアは、ファブニルで臨時に結成されて以来随所で大戦果を上げている。それが解体される可能性は低いと、エルシーとしては思っていた。



 「だから、これからもよろしくね、アリシア。それと、いつもありがとう」


 少し照れ臭かったが、敢えてエルシーはそう言った。スミス家とサンドフォード家の関係がどうであれ、エルシーにとってアリシアは最高のパートナーだった。

 彼女はその卓越した操縦技術で何度もエルシーを助けてくれた。ペアを組む相手がアリシアで無ければ、自分は今ここにいなかったかもしれない。エルシーはそう思っている。



 それにアリシアは優しかった。おそらく、エルシーがこれまでに会ったことのある誰よりも優しかった。

 誕生日プレゼントをあげるとエルシーが驚くほどに大喜びし、エルシーの誕生日には忘れずプレゼントを返してくれた。階級的には1つ上にも関わらず、何故か毎朝紅茶とサンドイッチを部屋に持ってきてくれるのもアリシアだ。

 血縁者の所業がどうであれ、アリシア自身はとても優しくて親切。エルシーは今ではそう思っていた。



 「…う、うん! こっちこそよろしくね、エルシー!」


 アリシアが慌てた口調で、もっと照れ臭さそうに答える。その澄んだ声だけで、エルシーは幸せな気分になった。ファブニル星域会戦の前には考えもしなかったことだったが。






 「それにしても、変な格好の艦ね。あたし達のオルレアン以上だわ」


 そのまましばらく飛行試験を続けた後、アリシアが不意にそう言った。いつの間にか2人のXPA-27の横には、アリシアが言うところの「変な格好の艦」が浮かんでいる。

 オルレアンよりやや小さい艦体に、太い筒を束ねたような物体が所狭しと取り付けられた艦だ。正確な艦種は不明だが、おそらくは巡洋艦。それが6隻、オルレアンが入渠しているドックから程近い場所に停泊していた。



 「確かに変わった艦ね。新部隊に加わる艦だって言うけど、役に立つのかな?」


 エルシーはアリシアに釣られるように答えた。オルレアンも巡洋艦としては相当奇妙な姿をしているが、それは一応の建造コンセプトがあってのことだ。対して目の前の巡洋艦は、少なくとも素人目には思い付きで作られたようにしか見えなかった。


 だがいずれにせよ、自分たちが考えるべきことでもない。エルシーはそう思い直した。2人が今すべきことはただ1つ、そろそろ燃料が少なくなってきたXPA-27を基地に無事帰還させることだった。













 アリシアとエルシーがXPA-27のテストをしていたのとほぼ同時刻、『連合』領惑星フルングニルにほど近い宙域を1隻の『共和国』軍巡洋艦が航行していた。

 原型のクレシー級とほぼ同じ形状の船体前部、航空機格納庫が突き出した後部、レーダーや光学索敵器で埋め尽くされた中央部。その姿はリコリス・エイブリング准将が旗艦に使っている偵察巡洋艦オルレアンと瓜二つだった。

 


 唯一違うのは、現在格納庫から出撃しようとしている機体だった。

 リコリス准将のオルレアンにはPA-25戦闘機が搭載されていた。同機が単座なのに対して、その巡洋艦が搭載している機体は3座だったのだ。

 なおその胴体からはRE-26電子偵察機よりは少ないが、それでも異様に多くのアンテナやレンズが突き出しており、本来流麗なはずの機体のラインを破壊している。


 その異様な姿は惑星フルングニルに接近中の巡洋艦、アジャンクール級巡洋艦1番艦アジャンクールの艦載機としてあるいは相応しいものだったかもしれない。アジャンクール級もまた、索敵能力や通信能力を優先した結果として歪な艦容を持つに至ったのだから。




 この機体はXRE-27試作偵察機、現在『共和国』国内で飛行試験が行われているXPA-27試作戦闘機の兄弟に当たる長距離偵察機だった。


 無茶な高性能を狙った挙句に失敗したRPA-26の失敗に懲りた『共和国』軍兵器開発部は、次期偵察機はなるべく堅実で生産が容易なものにするように命じた。

 具体的には、既に設計済みの戦闘機の胴体を延長して偵察のための装備を載せただけの機体を開発させたのだ。これがXRE-27である。

 戦闘機と偵察機が同じ製造ラインで作れるようにすれば、生産がそれだけ容易になる。また前線でも、部品の補充が容易になる。隙あらば複雑怪奇な高性能兵器を作ろうとする兵器開発部にしては、非常に合理的な判断と言えた。

 

 その甲斐あってか、XRE-27は何と原型のXPA-27よりも早く初飛行し、実戦投入出来るまでに兵器として成熟した。これは原型機と違って、飛行制御に必要なプログラムの開発に時間を取られなかった事が大きい。

 戦闘機であるXPA-27は当然空戦で急機動を要求され、それを制御するプログラムも複雑なものになる。対して偵察機のXRE-27はそこまで高度な機動を要求されないので、プログラムも簡素なもので済んだのだ。


 なお兵器開発部の一人は、XRE-27についでに対艦攻撃をさせようと主張したが、周囲がRPA-26の失敗を思い出させたことで沙汰やみになった。英断と言うべきだった。この主張が通っていれば、対艦攻撃のためのプログラムを組み込む羽目になり、実用化が大幅に遅れただろう。

 


 「何とか故障もせずに出ていったか」

 

 アジャンクール艦長のクラウス・ケプラー大佐は、4機のXRE-27が全機無事に発艦したという報告を受け、ひとまずは胸を撫で下ろした。

 XPA-27よりはずっとましとはいえ、まだ制式採用に至っていない試作機だ。事故が起きる事も覚悟していたが、それは杞憂だったらしい。

 


 「後は所定の性能を発揮してくれるかだ」

 

 ケプラーは続いてそう呟いた。『共和国』軍が今回の惑星フルングニル偵察作戦に、敢えて制式採用前のXRE-27を使用したのはひとえに性能の為だった。

 偵察に使える『共和国』軍宇宙戦闘機には、XRE-27 の他に(偵察ポッドを搭載した)PA-25とRE-26がいる。だが『共和国』が計画中の『連合』領全面侵攻作戦、コードネーム『カラドボルグ』において最重要目標となる惑星フルングニルへの偵察は、この2機種では能力が不足していると判断されていた。

 


 まずPA-25は単座機であり、航続距離が短い。正確に言うと、長距離飛行をさせると迷子になりやすい。惑星フルングニルまで飛ばすだけなら可能だが、その後に宇宙空間では1つの点に過ぎない母艦まで戻ってくるのが難しいのだ。

 特に今回のような単艦での秘密偵察に、PA-25を使用するのは論外と言えた。

 

 次のRE-26は航続距離や長距離索敵能力については問題ないが、鈍重に過ぎるという欠点がある。同機は失敗作のRPA-26偵察攻撃機を改造したもので、出力重量比がその失敗作以下なのだ。フルングニルのような重要惑星への偵察に使えば、ほぼ確実に敵戦闘機に撃墜される。

 


 結局『共和国』軍にとっての選択肢はXRE-27しか無かった。未来の高性能戦闘機であるXPA-27を原型とする同機は、RE-26どころかPA-25をも、出力重量比で上回る。大型レーダーを搭載した多座偵察機にも関わらず、現用主力戦闘機より速いのだ。

 また搭載しているレーダーの能力はRE-26をも凌駕しており、『共和国』軍の他のどの機体より遠くから敵の情報を探知できる。秘密偵察にはうってつけだった。

 


 「ところで、この小惑星帯の内部は本当に安全なのでしょうな?」

 

 偵察機群がアジャンクールの光学装置でも捉えられないほど遠方に飛び去ったことを確認したケプラーは、艦内の風変わりな客に質問した。


 惑星フルングニルのすぐ外側の軌道には、かつて存在した衛星無いし惑星の名残と思しき、小惑星の群体が幾つか存在する。アジャンクールはそこから偵察機を発進させたのだが、ケプラーはこの位置が本当に安全であるかに確信が持てなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ