白衛ー5
いやある意味では、久しぶりに本来の開発者の意向通りに使われたという事か。各揚陸艦からの報告を聞きながらリコリスは嗤った。
今の『連合』政府は『連合』軍の降下作戦技術を有効に活用して内戦を早期に終わらせたが、技術の大元を作り出したのは彼らではない。
有効活用は全く出来なかったが、各兵器とその運用法を開発したのは、新政府と覇権を争った旧政府なのだ。
そして白衛艦隊及び白衛軍団は、建前とは言え『共和国』に亡命した『連合』旧政府の軍隊という事になっている。『連合』旧政府は祖国を追われた後にやっと、自らが開発した兵器システムを有効活用する事が出来たのだった。
一方、基地に向かった小型揚陸艦の方も順調に任務を遂行していた。
反撃の手段を失った基地に艦が接舷するや否や、各艦に乗り込んでいる宇宙工兵が両者を連結し、特殊部隊の突入準備を整えたのだ。
特殊部隊は艦と基地の外壁を成形炸薬弾で破壊すると、基地内部に侵入していく。
基地に残っている『連合』軍将兵は当然反撃を試みるが、それが奏功する事は無かった。宇宙軍人とは基本的に機器の操作係の集団であり、自分で戦う事は想定されていない為である。
宇宙軍の各将兵は一応武器の取り扱い訓練を受けているが、その内容は民間の猟友会や射撃競技のクラブで身に付けられる程度のものだ。
敵の正規軍人と射撃戦や白兵戦を行う為の訓練を受けた宇宙軍人等、特殊部隊の隊員を除いて存在しない。そんな時間と費用があるなら、本来の任務である対艦戦闘訓練に充てた方が余程有益だからだ。
この事情は『共和国』でも『連合』でも変わらなかった。
その宇宙軍基地将兵の前に向かってくるのは、装甲服を着こみ、日頃から対人戦の訓練を受けている地上軍特殊部隊である。
これでは数の差があるとはいえ、戦う前から結果は見えていた。基地の将兵たちに用意されていたのは、スペイン軍の銃と金属製甲冑に石器で立ち向かったインカやアステカの兵士たちと同じ運命でしか無かったのだ。
『共和国』地上軍特殊部隊のカービン銃が独特の発射音とともに6㎜弾の雨を放ち、慌てて武器庫の鍵を開けようとする『連合』軍将兵を容易く射殺していく。
このカービンは狭い空間で戦う部隊の為に開発されたもので、遠距離での威力と命中精度を犠牲にして、銃のコンパクト化を達成したものだ。
設計としては普通の歩兵部隊が使う小銃弾に比べてずっと小さな弾を大量の装薬を使って発射する事で、短い銃身でも銃弾に大きな運動エネルギーを与えられるようになっている。
この設計により室内でも取り回しがしやすいサイズと、近距離では一般の小銃を上回る威力が達成された。
なお遠距離では空気抵抗によって銃弾の速度が低下して急激に威力が落ちるが、どの道カービンはそういう用途に使う銃ではない。車両乗員の自衛や森林戦などにおいては、カービンの射程で必要十分だった。
もっと言えばこの局面では、カービンの威力は十分どころか過剰だった。カービンは敵装甲歩兵を射殺する為に作られた銃だが、相手の『連合』軍将兵は装甲服を着ていなかったからだ。
生身の人間に命中した超高速弾は、撃った当の特殊部隊員ですら身の毛がよだつ程の損傷を与えた。
手足に命中すれば骨と筋肉を破砕して皮膚だけでぶら下がっている状態にし、胴体に当たれば砕けながら肋骨や背骨をへし折り、肉と内臓を赤黒いゲル状の物体に変える。しかも大抵の場合、数発が同時に命中するのだ。
特殊部隊の前に立ちはだかった『連合』軍将兵はこうして数秒のうちに、全員が自らの身体から流れる血と組織液と脳漿の海の中に倒れ伏すことになった。
即死した者はまだ幸運であり、より不運な者の意識は機能を停止しつつある肉体の中に激痛とともに閉じ込められている。
軍人以外の職業に就いている者が目にすれば、その殆どが空想的平和主義者に転向するであろう惨状だった。
カービンの発射音は一しきり鳴り響いて死者と死につつある者を量産したが、その響きは唐突に止まった。勝てないことを悟った基地司令官が、これ以上の流血を防ぐために降伏を申し出たのだ。
特殊部隊は事前に指示されていた通り、基地の設備と物資をそのまま渡す事を条件に同意した。わざわざ苦労して破壊ではなく占領を選んだ理由はそれだったからだ。
一方惑星カトブレパスの地上には、白衛軍団の第一陣が降下しつつある。かつて『連合』軍補給線攻撃部隊の出撃基地の1つとして『共和国』軍を陰で苦しめたカトブレパスだが、今や急速に『共和国』及びその傀儡の手に落ちようとしていた。
「さてと」
攻撃が順調に進んでいることを確認すると、リコリスは少し顔をしかめながらリーズに通信機のスイッチを入れるよう命じた。
出来れば話したくない相手だがやむを得ない。彼らこそがある意味、今回の作戦の中心なのだから。
「おや臨時司令官。いかがなさいましたかな?」
「作戦が順調に進んでいることをお伝えに参りました、政務局長殿。そろそろ準備に取り掛かって頂きたく思います」
モニターに出た長身痩躯の男に向かって、リコリスは無表情で要件を伝えた。通信の相手、及び自らが演じる羽目になっている猿芝居への嫌悪感で胃が痙攣するのを感じる。
こんな馬鹿げた政治劇に付き合わされる位なら、第一司教とともに『連合』に向かった方がましだったかもしれない。半ば本気でそう思ったほどだ。
「おお、それは素晴らしい事です。残念ながらかつての我が軍は司令官に恵まれませんでした。臨時司令官のような方がいらっしゃれば、将来の我が国の防衛は盤石でしょう」
リコリスの内心を知ってか知らずか、相手は粘ついた口調で阿るように言った。勘弁してくれとリコリスは思う。
唯でさえ、国籍と忠誠心を疑われているのだ。この上、『連合』旧政府との結びつきなど作りたくない。
「小官はあくまで『共和国』人です。将来の正当政府軍司令官はやはり、『連合』出身の方が望ましいかと」
リコリスは無表情のまま応えた。言質を取らせない為の駆け引きと言うよりは本心である。
目の前の男が指導する『連合』正当政府、要は『共和国』が占領した『連合』領を統治させる為に作った傀儡政権の軍司令官など、絶対に願い下げだ。
もしそんな地位につけば今のような猿芝居を延々と続ける破目になるし、何か政変が起これば真っ先に銃殺の対象になってしまう。
「それはともかく、本作戦は正当政府にとって、記念すべき瞬間となるでしょう」
リコリスは感情を抑えた声で言った。嘘ではない。彼らが実際に『共和国』の役に立つ唯一の機会という意味で記念すべき瞬間である。
現在の戦況を鑑みるに、『連合』正当政府なるものが、『共和国』が当初考えていた『連合』領統治の代理人としての役割を果たしてくれることは恐らくない。
今回の救出作戦への貢献が、彼らにとって最初で最後の晴れ舞台だろうとリコリスは思っていた。
「おお、『共和国』最高の軍司令官にそう仰って頂けるとは名誉なことです」
相手はこちらも感情を抑えた声で応えた。リコリスの皮肉に気付いているのかは不明だ。
いや多分気付いているだろう。リコリスは続いて思った。
国家の指導者は馬鹿に務まる仕事ではない。リコリスが思いつく程度の皮肉も分からないようでは、当の昔に暗殺か粛清の対象になっているだろう。
「かつてに比べて随分と小さな国になってしまいましたが、それでも重要な位置を占める国には変わりありません。貴国の永遠の友邦、そして反救世教の旗頭として、新たな祖国を盛り立てていきたいものです」
「貴国のご厚情、痛み入ります。かつての不幸な行き違いを超え、これからは形影一如の関係を築いていきたいものですね」
2人はしばらく、歯が浮くを通り越して全て抜け落ちてしまいそうなやり取りを繰り返した。
お互いに相手が言うことを全く信じていない中で交わされる白々しい言葉の応酬は、軍閥や宇宙海賊同士の同盟式にそっくりだ。それに気づいたリコリスは吐き気が更に込み上げてくるのを感じた。
「では、我々は式典の準備を開始します。臨時司令官閣下もご出席頂けますな」
「はい。では、失礼します」
リコリスは通信を切ると、そのまま椅子にぐったりと座りこんだ。会話時間は数分に過ぎなかったはずだが、感覚的には数時間の苦行に耐えた気分だ。
リーズが差し出してくるアイスティーを喉に流し込むと、リコリスは大きくため息をついた。自分が提案した作戦ながら、本当に不愉快なことばかりだった。
惑星スレイブニルに展開中の『連合』軍第一統合艦隊を指揮するフェルナン・グアハルド大将は、未だ戦勝の興奮に沸く戦闘指揮所にもたらされた思わぬ報告に顔をしかめた。
『紅焔』・『黒点』の両作戦が成功したことで、この戦争全体の戦況は一転して『連合』側優位になっている。その状況で突然、政府から思ってもみなかったような奇妙な情報が入ってきたのだ。
現在の『連合』宇宙軍は戦争そのものに勝ちつつある筈だった。一連の反攻作戦では『共和国』宇宙軍から2個艦隊相当の戦力を奪い、このスレイブニルの制宙権を奪還した。
そして惑星スレイブニルはかつて、ファブニルからフルングニルに向かう長い航路において、その中継地点の役割を果たしていた。ただでさえ『共和国』には維持しにくかったであろうフルングニルへの補給線は、さらに細く長いものとなったのだ。
『共和国』がフルングニルの艦隊や地上軍への補給作戦を続ければ、同国の国力に対して耐え難いほどの負荷がかかる。『連合』宇宙軍ではそう分析していた。
一方で補給を中止すれば、『共和国』は艦隊戦力の3割を失うことになる。それは『共和国』宇宙軍にとって、片腕を切り落とされるに等しい痛手だろう。
地上軍についても、大きな戦果が上がっている。
スレイブニルの制宙権奪還と降下作戦の成功によって、まずは同惑星にいた『共和国』地上軍のうち100万人以上を戦死ないし捕虜とした。
またスレイブニルに展開している残りの部隊とフルングニルに展開している部隊、合計1000万人前後も実質的には死んだも同然だ。制宙権はこちらが握っており、彼らは他の星に移動する事はおろか、長い目で見れば生存する事さえ出来ないからだ。
開戦以来押されっぱなしだった『連合』軍が、ここに来て主導権を握った。そんな楽観論が漂い始めたところだっただけに、その報告は倍も不愉快だった。
「カトブレパスに旧政府軍の残党が侵入して、正当政府を名乗っているだと?」
グアハルドは念を押すように、報告の内容を確認した。
『連合』旧政府の要人たちが内戦終結の直前に脱出し、『共和国』に亡命していったのは事実だが、財産も権力も失った旧支配階級に実質的価値があるとは思えない。
精々が政治的取引に使われるチップとして、同国の国内で飼い殺されるのが関の山だろう。新政府はそう判断し、消えた要人たちの存在を半ば忘却していたのだ。
だがその旧政府残党が、今になって歴史の表舞台に現れたというのだ。グアハルドならずとも、困惑して当然だった。
「少なくとも、同惑星の通信施設からはそのような情報が発信されています。内務局は急いで通信を遮断する措置を取りましたが、かなり多数の国民がカトブレパスからの放送を視聴してしまったようです」
相手の通信兵はこちらも困惑顔でそう言うと、カトブレパスから流されているという放送を、グアハルドの旗艦エニセイのモニターに表示した。
まず映し出されたのは、巨大な艦隊だった。全体像は分からないが、航跡の数からみて少なくとも1000隻はいそうだ。
グアハルドは映像の手前にいる集団を見て眉を顰めた。粗い映像だが、手前の集団については辛うじて艦形を確認できる。そしてその艦形は明らかに『連合』軍艦のものだったのだ。
「カトブレパスからの放送では、これが正当政府を僭称する集団の宇宙軍であるということです。どうも、緒戦で鹵獲された艦や、内戦中に『共和国』に亡命していった艦で形成されているようですね」
通信兵の隣りに座っている内務局員が映像の内容について解説した。『連合』旧政府軍の葬送となった第二次ファブニル会戦では、補給艦船のみならず戦闘艦もかなり鹵獲されている。
自称正当政府軍はそれらを始めとする鹵獲兵器を使っていると、内務局では分析しているらしい。
続いてこれも『連合』軍風の装甲服を身に着けた集団の行進風景が、自称『連合』正当政府の地上軍として映された。
カトブレパスの民間人が彼らに花束を差し出しているのは『共和国』軍に強いられてのことだろうが、それでもあまり愉快な光景では無い。
特に画面の向こうの内務局員は顔を引き攣らせていた。救世教徒以外の国民にも新政府への忠誠心を定着させるのが、彼らの主な任務だからだ。
最後に映し出されたのは、惑星カトブレパスの首都テミストクレスの中央広場と政務局庁舎だった。
政務局庁舎に掲揚されているのは救世教の緑旗ではなく、白色の地に青色の星を配した『連合』旧政府の旗だ。
そして広場に設置された巨大な舞台には、内戦に敗れて歴史の掃き溜めに消え去ったはずの顔ぶれが並んでいた。
まず中央にいる痩せた中年の男はサイモン・フリートウッド、滅亡直前の『連合』旧政府において最高権力者を務め、その後に国外逃亡していった人物だ。その隣にいる文学研究者風の冴えない青年はエリク・スタニーク、亡命者を乗せた艦隊を指揮していた旧軍の将官である。
他にも元内務局長のバシリオ・ロエラ、元外務局長のハロルド・アディソンといった面々が、豪奢な礼服に身を包んで堂々と立っている。
そして中央のサイモンは、広場に集められた市民たちに向かって演説をぶち始めた。
「自分たちは救世教の圧政から、『連合』人たちを救うためにやってきた。救世教の武力は巨大だが心配は要らない。『連合』唯一の正当政府たる自分たちには、人類世界最強の国家たる『共和国』が味方している。邪教の支配を憂う真の愛国者たちは、過去の行きがかりを忘れて頼もしい協力者たる『共和国』と一致団結し、救世教徒を神聖な『連合』の国土から追放しよう」、演説の内容は概ねそのようなものだ。
更にサイモンは、正当政府とやらの暫定領土について説明した。彼によれば正当政府はカトブレパス、フルングニル、スレイブニルの3惑星を領土とするらしい。
何の事はない。歴史的な『連合』領のうち、現在『共和国』軍が存在している惑星群である。彼らのバックにいる『共和国』は占領した惑星をこれまで直接統治していたが、今になって名目上の支配権を傀儡政権に渡す事にしたようである。
「人間、いったん恥を捨てれば何でも出来るものらしいな」
微妙な諧謔を込めて、グアハルドは呟いた。
サイモンが指導するフリートウッド家は戦前から『共和国』批判の急先鋒であり、同家が末期の旧『連合』政府においてトップの座を手に入れたのもその為だ。
さらに言えばイルルヤンカシュ協定を破ることで第二次ファブニル会戦を引き起こし、旧政府の滅亡の直接的な原因の一つを作ったのもサイモンである。
言わば『共和国』と徒に対立した挙句に、祖国を滅ぼした人間と言っていい。
なお聞くところによれば、サイモンは『共和国』への亡命時にはフリートウッド家が親『共和国』派であったと事実とは真逆のことを述べ、わざわざ偽造資料まで用意していたらしい。
正常な人間であれば到底不可能な行為だが、流石は大財閥出身者。自己利益及び命乞いのためなら平気で恥を捨てられるようだと、風聞を受けたグアハルドたちは嗤っていたものだ。
そのサイモンが自らの愚かさによって滅亡させた国に舞い戻ってきた挙句、『共和国』との友好を説いている。グアハルドとしては呆れ果てるしかなかった。
「全くもってその通りですが、問題は国民に与える影響です。放送の遮断後も情報が口コミで流されており、かなりの政治不安を引き起こしています。中には旧政府の旗やサイモン・フリートウッドの肖像写真を売りさばいている商人もいるとか」
通信兵に代わって画面の正面に現れた内務局員が眉をひそめながらそう言い、グアハルドは意識を切り替えた。
確かにサイモン・フリートウッドその他の人間の羞恥心などどうでもいい。
問題は旧政府軍、実質的には『共和国』軍によってカトブレパスが占領され、それを機に『共和国』がバックについた傀儡政権が独立を宣言した事だ。
傀儡政権樹立は恐らく名目上の同盟国を増やして敗勢を誤魔化すという、『共和国』の苦肉の策だと考えられる。しかし流石にその領土となる元『連合』領が2つとも新政府軍に奪還されつつあるようでは、対外的に国家を名乗るのは不可能だ。
そこで『共和国』軍は手ごろな惑星を占領して自称正当政府の領土を水増しすることで、何とか独立国家の体裁を整えたのだろう。
「フルングニルやリントヴルムへの戦力集中が裏目に出たな」
グアハルドは渋面を作った。
『連合』軍はフルングニルで敵を迎え撃つという構想のもと、3個方面軍相当もの地上軍をフルングニルに展開させていた。
さらに『連合』はフルングニルが早期に攻略されるという万一の場合に備えた措置として、2個方面軍をリントヴルムに置いた。リントヴルム陥落と敗戦という最悪の事態に対する予防策である。
これらの地上軍集中はやむを得ない処置だったが、結果的に他の場所に投入できる戦力が不足した事は否めない。
そこに『紅焔』・『黒点』の両作戦に必要な分の地上軍も出撃基地に待機させなければならないということになると、豊富な地上軍戦力を持つ『連合』であっても流石に地上軍が払底する。
結果としてカトブレパスその他のあまり重要でないとされた惑星には、警備部隊程度の戦力しか置かれなかった。『共和国』軍はそこを突いたらしい。
「それにしても1日で首都が陥落するとは、地上軍は何をやっていたのだ?」
グアハルドは首を傾げた。『共和国』地上軍は降下作戦を待機往還艇による強襲という、効率の悪い手段に頼っている。
いくら守備兵力が少ない惑星とはいえ、これまでの彼らの実績から言って、首都の完全な占領には数週間の時間がかかるはずだが。
「どうも『共和国』軍は、この戦いで初めて宙兵部隊を投入したようです。亡命者が宙兵部隊に関する技術と、宙兵降下作戦の戦術を『共和国』に提供したようで」
「成程、そういう事か」
内務局員の答えを聞いたグアハルドは、さらに顔をしかめながら頷くしか無かった。
政府の交代に伴い、新政府による粛清を恐れた軍人や技術者の一部が、政治家とともに他国に亡命している。その中には、宙兵降下作戦の専門家も存在していた事が確認されていた。
グアハルドの納得の表情を見た内務局員は、続いて政府の要求を述べた。
「それで、政府としては一刻も早く、第一統合艦隊とスレイブニル方面軍によるカトブレパス奪還作戦を行うよう要請します」
「それは第一司教猊下の指示か? 『太陽風』作戦を犠牲にしてまで、実行する価値のある行動だと猊下は本当に仰っているのかね?」
グアハルドは内心で仰天しながら内務局員に質問した。『連合』最高指導者である救世教第一司教は本職の軍人では無いにせよ、それなりに軍事的な素養を持つ人物だ。
その彼女が、大至急カトブレパスを奪還せよなどという命令を軍に出すなど、グアハルドには信じられなかったのだ。
現在の第一統合艦隊は『黒点』作戦での損害を修理しながら、惑星ファブニルの攻略作戦、作戦名『太陽風』の準備を進めている。スレイブニルに続いてファブニルまで陥落すれば、フルングニルへの補給は完全に不可能となるからだ。
これが成功すればフルングニルの4個艦隊は戦わずして全滅し、戦争の主導権は完全に『連合』側に移る。
だがカトブレパス奪還に第一統合艦隊を投入すれば、『太陽風』作戦は当然ながら実行不可能となり、フルングニルの『共和国』軍4個艦隊に脱出の機会を与えてしまう。純軍事的に考えれば愚劣そのものである。
「確かにカトブレパスの軍事的価値は大したものではありません。しかし、政治的には別です。旧政府を名乗る集団に有人惑星を占領されたとなれば、政府への信頼が揺らいでしまうのです」
内務局員は苦渋の表情を浮かべながらそう答えた。惑星カトブレパスは重要度が低いとはいえ有人惑星、全ての国家の基本となる最重要資源だ。
それを別の政府を名乗る集団によって占領されるのは、政治的に最悪の失点であり、国債の売れ行きから為替のレートにまで影響が出る。
もちろん普通の国家なら、流石に数個の有人惑星を自称正当政府に占領された程度では、その権威が揺らぐことは無い。例えば旧『連合』政府は国土の4割を別の集団に支配されながらも、最後まで何とか国家としての体裁を保ち続けた。
しかし問題は今の『連合』が普通の国家では無く、現在の人類世界では唯一の救世教国家であり平民国家であることだ。
他の国家すべてが財閥支配と反救世教を国是としている以上、『連合』は政治的には完全な孤立状態にあると言っていい。対外貿易では明らかに不利な為替レートを要求され、国境を接する国全てに軍事的圧力を受けているのが現状だ。
その『連合』が有人惑星複数を旧政府系勢力に占領されればどうなるか。それ見たことかとばかりに、他国は敵対政策をさらに強めるだろう。
最悪の場合、幾つかの国が「『連合』の正当政府を政権に復帰させるための軍事介入」を行わないとも限らない。
また自称正当政府が完全に『共和国』の傀儡である事も、彼らにとって皮肉な形で有利に働く。
『連合』旧政府はその不誠実な対外政策で知られていたのに対し、『共和国』は少なくともあからさまな条約破りはしない事で定評があるからだ。
自称正当政府そのものは信じられなくても、その手綱を『共和国』が握っている限り信用するという国はかなり存在するだろう。その一部は『連合』が表面上再分裂したのを好機とみて、『共和国』側に立って参戦するかもしれないのだ。
「旧政府を名乗る集団が我が国の領内に存在してはならない。これが第一司教猊下の命令です。閣下のお気持ちは分かりますが、政治的な視野に立ってください」
「分かった」
グアハルドはやむなく通信を切ると、参謀たちに作戦計画を作成するよう命じた。
カトブレパス奪還は仮にも政府からの命令だ。一介の軍人に過ぎないグアハルドが逆らえるものでは無かった。
(考えてみれば、軍事的にもあながち間違っていないかもしれない)
星図を眺めながら、グアハルドはそうも思った。
『共和国』は別に政治宣伝のためだけにカトブレパスを占領したのでは無いはずだ。おそらく同惑星を中継基地として、フルングニルに孤立する艦隊を救援しようとしている。
それを阻止すれば、『連合』は政治的な失点を取り返すとともに、軍事的な成果をも上げることが出来るはずだった。




