白衛ー1
惑星スレイブニルの副首都ニコマコス市は同惑星における工業生産の中心地であり、かつてのスレイブニル攻防戦において、『連合』側最後の拠点となったことでも知られている。
そのニコマコス市は再び戦火に包まれていた。ただし立場を逆にしてだ。スレイブニルを奪還すべく降下した『連合』地上軍と、それを阻止しようとする『共和国』地上軍が現在死闘を演じているのだ。
ニコマコス市の建物の多くは以前の戦闘で破壊されており、その大半は復旧されていない。そこに再び発生した戦火は、既にかつての面影を失ったこの街に更なる破壊をもたらしていた。
両軍が放つ砲弾とロケット弾が既に半壊した建物を全壊させ、ようやく撤去されつつあった瓦礫の山を無限に増殖させていく。
金属とコンクリートが入り混じった瓦礫はいったん空中に巻き上げられた後、各所に奇妙な形状の小山を形成した。
『連合』側が放つ砲弾には地上で爆発する榴弾に加えて徹甲弾も混ざっていた。爆発力と引き換えに貫通力を高めたこれらの砲弾は地上に落下した後、地下街に到達した後で炸裂し、無数の鉄片を内部にばら撒く。
鉄の嵐は地下街に潜んでいた『共和国』兵も、避難していた『連合』の民間人も無差別に薙ぎ倒していった。
まずは地下街の通路に貼られていた広告群に血と組織片と骨片が降りかかり、赤と白が入り混じった陰惨な抽象画に変わる。
更に床では鉄骨とコンクリートと人体が歪に融合したオブジェが形成と崩壊を繰り返し、生存者に吐き気を催させている。兵士も民間人も富者も貧者も、少なくとも砲弾に対しては平等だった。
人間たちが薙ぎ倒される中、地上と地下では無数の黒い影が蠢いていた。かつての戦いで激減した人口に代わってこの街の影の支配者と化しているネズミと屍食性昆虫の大群である。
これらの生き物は破壊された倉庫から漏れ出た食糧や街中に散乱する人体の残骸を糧として増殖し、今に至るまで蔓延している。その彼らは突然の衝撃と高熱でパニックを起こし、行くあてもないまま逃げ惑っているのだった。
ネズミと虫たちは街中に溢れ出し、黒い川と化して火災が起きていない場所を目指して流れていく。運悪くその内部に巻き込まれた負傷兵や残存していた民間人は、たちまち全身に纏いつく大群に絶叫した。
全身を虫とネズミに覆われた人々は影絵のように弱々しく動いた後、力尽きてその場に崩れ落ちた。彼らの全身に纏わりつく屍食性生物の隙間からは真紅の液体が流れ出すが、それらはたちまち別の生き物に吸い取られるか、地上に吸い込まれていく。
後に残るのは耳を覆いたくなるような咀嚼音と、少しずつ原型を失っていく哀れな犠牲者の掠れた悲鳴だけだった。
そこに新たな砲弾が落下し、人体とネズミと昆虫が入り混じった奇怪な混合物を作り上げる。害獣と害虫たちはそこにも群がり、断末魔の痙攣を繰り返している同属を含む肉を貪り喰らった。
人間には地上の天国を作ることは出来ないが、少なくともこの世の地獄を作ることは出来る。あちこちで燃えているかつては人体だった肉塊と、燃えていない肉塊に群がる害獣の群れは、その事実を端的に告げていた。
「見るに堪えん光景だな」
スレイブニルに降下した『連合』軍の総指揮を務めるクロード・ジュベル大将は、偵察機から送られてくる映像を見ながら呟いた。
ジュベルは開戦前からスレイブニルに赴任しており、この星の文化や風景に深く馴染んでいる。奪還の為とはいえ、それを自らの手で破壊しなくてはならないのは痛恨の極みだった。
「いずれは再建できます。『共和国』ではなく我が『連合』の領土としてのスレイブニルを」
副官が慰めるように言った。今は破壊された兵器と建物と人体ばかりが散乱しているように見えるこの星だが、決して死に絶えた訳ではない。
住民の大半は別の星に疎開するなり、戦闘が起きていない郊外に逃げるなりして、戦禍を生き延びているのだ。
そして住民が残っていれば、街と文化は再建できる。副官はそう言いたいのだろう。
「それはそうだが、だからと言って喜べるものでもないな」
ジュベルは憮然として答えた。この戦争が始まってから、自分は『連合』領の惑星を破壊してばかりいる。そんな思いが胸中にこみ上げていた。
ジュベルは最初のスレイブニル戦に参加した後同惑星を脱出し、今度はフルングニル守備隊の指揮官を務めた。
そしてどちらの戦いでも『共和国』に利用されそうなもの全てを奥地に移動させる焦土作戦と、市街地の要塞化が行われた。
戦闘を出来るだけ長引かせるためにはそれしか無かったからだが、これらの方針が戦場となった惑星の徹底的な破壊をもたらしたのも確かだ。戦前は強力な産業と豊かな文化を誇ったスレイブニルとフルングニルは、今やかつては都市だった瓦礫の山と放棄された工場や農場ばかりが目立つ残骸と化している。
無論いつかは再建できるだろうが、それには数年、もしかしたら数十年単位の時間がかかることが予想された。
自分が両惑星で取った戦略について、ジュベルは後悔していない。
もし他の、住民や都市の被害を局限化するような戦略を採用していれば、フルングニルはもっと早期に陥落して、今頃は『共和国』軍がリントヴルムを脅かしていただろう。
スレイブニルとフルングニルの破壊は、重いが必要な犠牲だった。
だが理屈ではそうでも、感情では割り切れるものではない。命令を下したジュベルにしてそうなのだから、両惑星の住民はもっと納得していないだろう。
結局のところ、殺す側にどんな正当な理由があろうとも、殺される側にそれを受け入れる義務など無いのだから。
しかしジュベルはそれ以上何も言わず、モニターに向き直った。罪悪感などという感情は、生き残った者の自己満足に過ぎない。死者は生者が何を思おうと何も感じはしないのだから。
生者がすべきことは彼らの犠牲を無駄にしないことであって、非生産的な感傷に浸ることでは無かった。
ジュベルが見守る中、降下した『連合』軍は少しずつニコマコス市の各ブロックを占領していた。
戦車や歩兵戦闘車の支援を受けた装甲歩兵の群れが、今や完全な瓦礫の山と化している市内を進み、発見された『共和国』兵を掃討していく。一方の『共和国』兵は破壊された建物の陰から、『連合』軍に奇襲をかける。
かつてこの街で起きた戦いが、攻守を逆にして再現された形である。
だが『連合』軍の攻撃のペースは、かつての『共和国』軍よりもずっと遅かった。
『共和国』軍が最初の1日で市の外周部全てを占領したのに対し、『連合』軍は3日かけて半分を押さえただけだ。そもそも自国のものだった都市の奪還作戦の進捗状況としては、あまり満足できる結果とは言えない。
もっともこれは『連合』軍が過度に慎重だったり、或いは戦闘力が『共和国』軍に比べて低いからではない。あの時と今では、両軍の立場以外の状況もまるで違うのだ。
まず『共和国』軍が攻撃側だった時、守る『連合』軍は主として民兵で構成されていた。理由は単純で、その時には正規軍が壊滅していたからである。
市街戦は比較的民兵にとって有利な戦いだが、それでも民兵と正規軍の差は圧倒的だ。『共和国』軍の装甲歩兵と戦車は、『連合』軍の民兵部隊を容易く蹴散らし、市内に突入していった。
対して現在ニコマコス市を守っている『共和国』軍は全て正規軍だ。彼らは攻める『連合』軍と同じような装備を身に着け、同じような訓練を受けている。
そこに陣地に籠って戦う側の優位が加わると、『連合』側の航空優勢と数的優位を以てしても突破は容易では無かった。
加えて季節も、『共和国』軍に味方していた。
ニコマコス市が属する地域では、この時期になると例年長雨が降る。その雨は全ての未舗装道路、及びかつては舗装道路だったが砲爆撃で破壊された道路を通行不能にし、『連合』側が前線に投入できる戦力を大幅に制約しているのだ。
残っている数少ない舗装道路では補給車両が至る所で大渋滞を起こしており、しばしば『共和国』軍の長距離砲の目標となっている。
もし『共和国』軍に制空権とは言わないまでも局所的な航空優勢があれば、攻略作戦全体が頓挫していただろう。
降り続く豪雨の中、両軍は崩壊した都市の中で接近戦を続けていた。
雨のせいで戦場につきものの大量の粉塵は見られないが、その雨自体が視界を大きく悪化させている。更に焼夷弾による火災が周囲の水分を巻き込んで濃い霧を作り出し、戦場全体を白い靄に包んでいた。
そこに崩壊した建造物群が作り出す迷路のような地形が加わる。両軍は敵がどこから来るのかはおろか、自分の部隊がどこにいるのかさえよくわからない状況の中で、絶え間ない不期遭遇戦を戦っていた。
ある場所では、泥濘と化した道路をゆっくりと進む『連合』軍の車列の前方に影のようなものが見えたかと思うと、先頭車両が爆発を起こした。建物の残骸の陰に隠れて忍び寄った『共和国』軍兵士が進路に対戦車地雷を投げ込んだのだ。
続いて緊急停止した残りの車両に向かって、青白い曳光弾の束が叩き込まれる。別の場所に隠匿されていた重機関銃が、車両の停止を見て発砲を始めたのだ。
着色剤の鮮やかな輝きのせいでビーム兵器のようにも見える銃弾の束は、『連合』軍の歩兵戦闘車の側面装甲をあっさりと貫通すると、内部の機器と乗員の肉体を粉砕した。
後には金属片と入り混じった肉塊が残され、砲塔だけが乗員の最期の動作を反映して無意味に動き続けている。その様はどこか、致命傷を受けた動物の最期の痙攣を思わせた。
更に高所を攻撃するために同行していた対空自走砲も、重機関銃による攻撃の犠牲となった。
軽戦車と同じ装甲厚を持つ車体こそ貫通されなかったものの、車外に露出している砲とレーダーが吹き飛ばされたのだ。乗員は死傷しなかったものの、兵器としては死んだも同然だった。
「弱点がもろに出たか」
唯一破壊されなかった戦車の乗員たちは、本来対人用兵器である機関銃によって多数の車両が無力化されるという悪夢のような光景を見て呻いた。
『連合』軍の車両は一般に、『共和国』の同級兵器に比べて装甲が薄い。車体の軽量化による航続時間の延長と、橋梁の通過を容易にする為だ。
敵車両と対峙した時に防御力が不足するという問題については、遠距離から大口径砲で攻撃すれば良いとされた。
大口径砲弾は空気抵抗による運動エネルギーの減少や横風による偏向といった障害を受けにくく、有効射程が長い。その大口径砲で撃たれる前に撃ってしまえば、装甲の厚さなど関係ないのである。
これはこれで健全な設計思想ではあるのだが、問題はそのような考えは野戦でしか通用しないことだ。
障害物だらけで見通しの効かない市街戦では、航続時間や遠距離攻撃能力より、砲塔の旋回速度と防御力が重要となる。そしてこれらの点において、『連合』軍の車両は惨めなほどに『共和国』軍車両に劣っていた。
戦車の乗員たちは顔をしかめながら、砲と同軸機銃を重機関銃が発射された位置に向けた。その間にも重機関銃は発砲を続けるが、流石に戦車の装甲が貫通されることは無い。
無謀だと悟った『共和国』側の機関銃手たちが逃げようとする中、砲塔の旋回を終えた1両が榴弾を発射した。
ほぼ一瞬で着弾した155㎜砲弾は轟音と共に無数の泥飛沫と水蒸気を巻き上げ、一時的にその場所の視界を零に近い状態にする。
飛び散る泥の中には纏めて破壊された機関銃の残骸と、かつては人間だった赤と白の液状物質が幾らか混ざっていた。有機物と金属が焼ける臭いが立ち込め、周囲の人間に吐き気を催させていく。
「歩兵に支援を要請しろ」
その場の最上級者である小隊長が続いて命令した。取り敢えず機関銃は潰したが、この場所には想像より多くの『共和国』軍部隊がいる。視界の狭い戦車が随伴歩兵無しで進めば、大損害が予想された。
だが後方の歩兵が到着する前に、白い煙の筋が各戦車に向かって吸い込まれていった。小隊長の予想通り、別の場所に隠れていた『共和国』兵が対戦車ミサイルを発射したのだ。
ミサイルが戦車の側面に着弾した瞬間、弾頭から高温の金属流が噴出して装甲を貫通する。戦車の内部は一瞬にして、炭化した人体と溶けた金属が混ざり合った奇怪な物体の展示場と化した。
一方、そこから数ブロック離れた地域では、『連合』軍の攻撃が順調に進んでいた。
この場所の指揮官は市街戦では野戦より多くの歩兵が必要となることを認識しており、歩兵戦闘車で運ばれる部隊に加えて、戦車袴乗歩兵を投入したのだ。
車両への袴乗は危険な行為だが、その価値はあった。袴乗歩兵たちは接近を試みる『共和国』兵を全て射殺し、戦車の安全を保ったからだ。
そして戦車は『共和国』軍の兵士や兵器がいそうな場所全てに砲弾を叩き込み、歩兵への脅威を一掃した。
角度的に戦車砲を向けることが出来ない場所には、対空自走砲や歩兵戦闘車が搭載する大口径機銃が発射され、隠れていた『共和国』兵を赤い霧に変える。特に対空自走砲は航空機を相手にするため砲塔の旋回速度が『連合』軍車両としては例外的に早く、発見された敵兵をすぐさま射殺することが出来た。
各ブロックで『連合』側の進撃が成功したり失敗したりする一方、両軍は同時に多数の狙撃兵を投入していた。隠れる場所には事欠かないこの状況は、狙撃兵にとって理想的だったのだ。
狙撃銃の長い銃身から放たれる12mm弾や15㎜弾は、小銃では届かない距離を易々と飛翔し、不運な兵士の肉体を破壊していく。
8㎜弾より圧倒的に大きな運動エネルギーを持つ銃弾は、胴体に命中すれば致命傷を与え、手足に当たれば切断するだけの威力があった。
複数の狙撃兵に狙われた『連合』側のある分隊では、数秒のうちに1人を残して全員が射殺された。
頭部を完全に吹き飛ばされたり胸部に大穴を開けられた死体からは大量の血が流れ出すが、降り注ぐ雨に洗われて傷口はすぐに漂白されていく。後には悪趣味な芸術家が作成した人形のような、奇妙に小奇麗なそれでいてグロテスクな物体が残された。
偶然にも唯一生き残った二等兵は狂った笑い声をあげながら、所々が赤く染まった泥の中を転がりまわっている。現代戦、特に敵の姿が見えない市街戦という戦闘形態は、人間の精神を数分で破滅させる力を持っていた。
だが狙撃兵自身も、安全ではいられなかった。
彼らが持つ狙撃銃は普通の小銃より遥かに大きく重いため、迅速に逃げることは出来ない。しかも狙撃兵はいったん発見されてしまえば、他の兵科とは比べ物にならないほど執拗な攻撃を受ける。
この戦場に投入された狙撃兵の寿命は、初弾を放ってから3時間に満たなかった。
不注意か不運、ないしはその両方によって発見された狙撃兵には、指向可能なあらゆる火器が向けられ、火力の滝が叩き込まれる。狙撃兵の肉体は身を隠していた遮蔽物ごと粉々になり、痕跡も残さずに流れる水の中に消えていった。
「当分は、終わりそうにないな」
各地の戦況を確認しながら、ジュベルは何となく呟いた。攻防はまさに一進一退と言った所で、やはり早期の攻略は出来そうにない。
もちろん制宙権を握っている『連合』側がいつかは勝つだろうが、市の完全攻略にはまだまだ長い時間がかかるだろう。星全体の攻略となると、更に長くの。
ジュベルは戦闘指揮所の天井と、その上にあるであろう空を見上げた。そこには宇宙軍が展開し、『共和国』軍の補給線を断ち切っているはずだ。
(彼らは、来るだろうか)
ジュベルは続いて思った。『連合』軍の2つの反攻作戦は概ね成功を収め、『共和国』宇宙軍による干渉を防ぎながらスレイブニルに橋頭保を形成することが出来た。
正面戦力に比べて低い彼らの兵站能力を考えれば、態勢を立て直してスレイブニル奪還を試みるにはまだまだ時間がかかると予想されている。
だが戦争という行為は不確定要素の塊だ。『連合』軍は『共和国』軍の現有戦力を全て把握している訳でも無ければ、その位置を知っている訳でも無い。
『共和国』宇宙軍が思わぬ手段でスレイブニル救援、もしくはフルングニルに孤立している部隊の救出を試みることは十分に考えられる。
ジュベルは再び天井を見上げたが、無論そこには照明以外の何物も存在しない。戦闘指揮所のモニター群は相変わらず地上戦の状況だけを伝えており、宇宙で何かが起きている形跡は今のところ存在しなかった。
ジュベル大将の心配は結果的に、少なくとも今の所杞憂だった。現在の『共和国』軍はスレイブニル救援はおろか、フルングニルに孤立した部隊を救う為の準備も出来ていなかったのだ。
その証拠として、惑星ファブニルに存在する『共和国』宇宙軍第3艦隊群の会議室には、国家元首の死亡時でもこれほどにはならないだろうと思わせるほどの、暗く冷たい空気が立ち込めていた。
集まった士官の多くが下や虚空を睨み、青ざめた顔で舌打ちや無意識の痙攣を繰り返している。中には涙ぐみながら幽霊のように部屋をうろついている者もおり、作戦会議というより敵軍からの使者を待つ敗軍の集会のようだった。
だがそれも当然だった。第3艦隊群が現在陥っている状況は、それ程までに酷いものだったのだ。
「惑星スレイブニルの部隊は圧倒的多数の『連合』軍と交戦して敗北、ベサリオン大将は戦死された。このファブニルに戻ってきた残存兵力は約300隻、現在使い物になるのはそのうち200隻弱に過ぎない」
第3艦隊群司令官の戦死により臨時司令官となったエゴール・コヴァレフスキー中将は、殆ど物理的な痛みを感じながら状況を改めて説明した。
「またスレイブニルには既に敵宙兵が降下し、重要拠点を制圧した。敵が完全に制宙権を握っている今、増援は不可能だ」
コヴァレフスキーは更に不愉快な情報を伝えざるを得なかった。『共和国』軍が完全に『連合』軍の掌の上で踊っていたことに、今さらながら気づかされたのだ。
『連合』軍の狙いは警戒が手薄な戦域において占領地を拡大するとともに、『共和国』の同盟国軍を撃破してこちらの総戦力を減らすこと。『共和国』側は『連合』軍の反攻作戦の初期段階を見てそう判断していた。
その攻勢は中央航路から離れた宙域で実施されたうえ、『共和国』軍ではなく『自由国』軍や『連盟』を襲ったからだ。
これを見た『共和国』側は、『連合』軍は量的にはともかく能力的には回復していないと判断した。
もし彼らに『共和国』軍を破る自信があるなら、全戦力を首都惑星リントヴルムで行われるはずの決戦に振り向けるはずだ。だが実際には、『連合』軍は『共和国』軍ではなく同盟国軍を襲った。
『連合』軍は主戦域における決戦で『共和国』軍を破る能力を持たないため、与し易い敵を相手にした勝利で満足した。『共和国』側はそう考えたのだ。
だから『共和国』政府は惑星フレズベルク方面に主力部隊を送れば、『連合』軍の計画全体を挫折させることが出来ると判断した。
現在の『連合』軍が『共和国』軍の第一線部隊を打ち破る能力を持たないなら、彼らが占領して『共和国』への攻勢の策源地としている惑星ゲリュオンは簡単に奪回できる。
そしてそれから先の全ては正常に戻り、こちらは予定の戦争計画を実行できる。『共和国』軍はそう考えていた。
だが『連合』軍の実際の作戦計画は、勝ち易い相手に勝つことで国民の士気を高揚させるというような安易なものではなかった。
彼らは最初から中央航路における戦況の逆転を狙っており、副次的な戦域で発動された初期の攻勢は、その準備段階に過ぎなかったのだ。
そして『共和国』側最大の予備兵力であった第1艦隊群がその副次的な戦域に移動したところで、『連合』側の計画は本格的に作動し始めた。
彼らは『共和国』側が予想もしていなかった程の速さでスレイブニルに襲い掛かり、同惑星を実質的な占領下に置いてしまったのだ。第1艦隊群をフレズベルク方面に送った『共和国』軍は、この動きに全く対処できなかった。
結果として生じたのが現在の戦況である。
まず第3艦隊群のうち、惑星スレイブニルに展開していた部隊は蹴散らされ、惨めな敗軍と化してコヴァレフスキーが率いる残りの部隊に合流した。また同惑星の地上軍は敵制宙権下に孤立しており、このままでは壊滅を待つばかりだ。
これだけでも大問題だが、問題は更に深刻だった。
惑星スレイブニルは『共和国』側の策源地である惑星ファブニルと、現在の前線である惑星フルングニルの中間地点にある。
そのスレイブニルが陥落したということは、リントヴルム侵攻の準備としてフルングニルに展開していた膨大な地上軍、及び4個艦隊相当の宇宙軍が孤立したことを意味するのだ。
フルングニルに駐留する部隊を失ってしまえば、『共和国』はそのまま戦争に負ける。
それだけの被害を補填するには最低でも半年が必要であり、その半年間の間に『連合』軍は現在の3割増しから6割増しの規模にまで膨張すると考えられるからだ。
コヴァレフスキーは殆ど助けを求めるように、会議室の一角に座っている人物の顔を見た。長い綺麗な黒髪をした色白のその将官は、他の幕僚たちとは違ってほぼ無表情で戦況図を見ている。
「エイヴリング少将、率直に聞きたい。スレイブニル奪還作戦を行ったとして、成功する可能性はあると思うか?」
我ながら情けないと思いつつも、コヴァレフスキーは敢えてその人物、リコリス・エイヴリング少将に意見を求めた。この場に揃っている人間の中で、現在の状況を打開できる可能性がある人物は彼女しかいなかった。




