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98:誘拐


「大変なこと……? 具体的には?」


 すぐさまそう聞き返したアンディはさすがだと思う。

 わたしは「そんなバカな」と乾いた笑みを浮かべるくらいしかできなかった。


「いろいろ可能性があるけど……まずはレベッカちゃんの守護獣が悪用される可能性。レベッカちゃん自身も洗脳される可能性がある。どちらにせよ、そうなったらこの国は終わりだ」


 確かに……わたしが洗脳されたごときではこの国は終わらないけれど、それでヴァーリックが悪用されたら大変なことになる。少なくとも、ヴァーリックを退治できるような存在はこの国にはいない。


「あとは……レベッカちゃんを囮にして、殿下を誘き出す未来もある。その場合、殿下は死ぬ。あとはまあ、なんとかなる未来もあるにはあるが……最悪な未来が起こる可能性があるなら、回避するべきだろ?」


 それはそうだ。

 わたしが誘拐されただけでそんな大変なことが起きる可能性があるなんて……気をつけないと。


「……その通りだね。レベッカ、君はしばらく家から出ないように」

「はい」


 ここは大人しく頷くしかない。そんな大事になると知っていてフラフラ遊びにいったらただのバカだ。

 

 ……そう、話を聞いたときは確かに思っていました。

 言い訳をさせてもらえるなら、わたしはきちんとジャックの忠告に従って、アンディの指示通りに家にいた。

 だけど、まさか寝て起きたらまったく知らない場所にいた──なんてことがあると思わないじゃないか。


 わたしはちゃんと家にいたし、警備だってちゃんとしていたはずだ。部屋の鍵も閉めていたし……どうやってわたしを攫ったんだろう……? うちのセキュリティ、そんなに甘くないはずなんだけど……。


 いえ、それよりも状況確認!

 わたしが今いる部屋は、どこかの屋敷の客室といった感じだ。ベッドもふかふかだし、部屋にある調度品も埃をかぶっていないし、きちんと掃除はされているみたい。つまり、急ごしらえで用意した場所ではない、ということかな。

 窓ははめごろしになっていて、開けることはできない。ガラスもすりガラスになっていて、外の様子もあまり見えない。

 指輪は……うん、はめたままだ。取られなかったみたいでよかった。これなら隙をみてアンディに連絡を取ることが可能だ。だったらなおさら、ここがどこなのかヒントがほしいところだけれど……今はどうしようもないな。


 魔法感知もあまり得意ではないから、なんとも言えないところだけれど……おそらく結界のようなものが張られている。出ようとしたら魔法を仕掛けた本人に伝わるような、そんな感じの結界だと思う。それに、わたしの力ではそれを壊して脱出するのも無理そうだ。


 となると……誘拐犯が接触してくるのを待つしかないか……。

 なんで寝ている間に誘拐されちゃったんだろう……起きないように魔法をかけられたのか、薬を飲まされたのか……。

 ……いや、物理的に誘拐したのではないのかも。

 魔法を使ったのかもしれない。我が家は魔法攻撃に対する防御結界は張っているけれど、そうでないものに関しては感知されない。つまり、魔法で攻撃さえしなければセキュリティは発動しないのだ。

 まあ、侵入防止対策の結界なんかは別に張っているんだけれど、きっとそれにも反応していない……ヴァーリックもいないとなると、おそらくはわたしにだけ転移魔法をかけられたのではないだろうか。


 遠隔での転移魔法……相当な魔法の技術が必要だ。いや、そんな芸当ができる人物がこの国に何人いるのだろう。あのディランでさえもできるかどうか、というくらいのレベルのはずだ。

 天才と名高いディランでさえも難しいことをやってのける技術力を持った存在……それがわたしを誘拐した。おそらく皇妃争いに勝つためではないだろう。こんな難しいことをやるよりも、もっと簡単にわたしを皇妃候補から引き摺り下ろす方法はいくらでもあるはずだ。


 では、身代金……いや、その技術を売れば、わたしの家で払える身代金よりもはるかに高値で売ることができるだろう。だから身代金目的というわけでもない。

 そしてヴァーリックを一緒にさらっていないことから、ヴァーリック目当てでもない。


 では、いったいどうしてわたしを誘拐したのか?

 うーん……それ以外の理由がまったく思いつかないな……。


 ベッドに座って腕を組んで考え込んでいると、ノックの音がした。


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