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95:悪魔教


 翌日、レナちゃんの様子を見に部屋を訪ねた。

 でも、まだレナちゃんは寝込んでいた。ばあやいわく、起きている時間の方が短いのだとか。

 結構大量に血が出たという話だから……血が元に戻るのに時間がかかるのかもしれない。


 しかし、ここで立ち止まるわけにもいかない。

 ノアを連れてわたしはディランの住む屋敷に向かう。目的はディランではない。ディランに関してもう少し時間を置いた方がいい気がするんだよね。

 わたしの目的はジャックだ。彼からまだ聞いていないことがたくさんある。今日はそれを徹底的に追求するつもりだ。


「あれえ? 今日も俺に会いに来てくれたの? すごく熱心じゃん」

「……まだ聞いていないことがあるので」


 ジャックを訪ねると、相変わらずの軽薄さだった。

 ヘラヘラした笑みを浮かべて家の中に招かれる。わたしはノアを伴ったまま入る。


 ノアはジャックの素性と考えられる組織のことを聞いたからか、いつもよりも顔が怖い。ジャックを警戒しているのがよく伝わる。

 ヘラヘラしているのはノアの専売特許だと思っていたけれど、今はそれをジャックに譲る気のようだ。


 お茶がどこにあるかわからないからと、ジャックは水を出した。

 そのコップに手をつけないでいると、彼は肩をすくめて「毒なんて入ってないんだけどなあ」と言って自分の分を飲む。


「……それで? 聞いていないことって?」

「あなたの素性についてもそうですが……こちらは聞いても教えてもらなそうなので、今は諦めます」

「今は、ねえ?」


 ジャックは意味ありげに言ったあと、少し考え込んだあと、あっけらかんと言った。


「──そんなに知りたいなら教えてあげようか?」

「……はい?」


 え? 教えてくれるの? 昨日まで散々渋っていたのに?

 どういう心境の変化だと、胡乱な目を向けるとジャックはヘラヘラ笑う。


「ここなら安全そうだし、君は俺がいないと困るんでしょ? なら、全力で守ってくれるに違いない」

「……」


 空いた口が塞がらないとはこのことを言うんだろうか。

 ひ弱な女の子 (もちろんわたしのこと)に守ってもらうことを期待する男がどこにいると言うんだ。


 でも……腹立たしいことに、ジャックの言うことは正しい。

 わたしにはジャックの能力が必要だ。だから、全力で彼を追うという組織から守らなければならない。


 わたしの心境を知ってか知らずか、ジャックは語り出す。


「まず、俺が諜報活動していた組織は、多分殿下あたりは予測がついているんだろうけど、『悪魔教』って呼ばれている宗教団体だよ。『悪魔教』は太陽神を否定し、邪教を崇める非人道的な組織だ。詳しい内容は俺も知らないけど、相当ヤバイことをやっているし、あちこちに俺みたいな諜報員を忍ばせている。まあ……結構大きな組織で、敵に回すと恐ろしい相手だと思う」


 よくまあ、そんなことをあっけらかんと言えるな。

 ジャックの口調からは「今日のランチはミートパイを食べた」くらいの軽い内容を話しているようにしか思えない。言っていることはわりと重たいのに。


「俺の力も組織の人体実験の賜物だな。孤児なんか拾ってきては薬漬けにするのが趣味みたいだぜ。まあ、それは置いといて……」


 置いておいてもいい話なんだろうか……?

 孤児を薬漬けにするのが趣味って言い切るジャックもどうかと思うけれど。


「そんな組織がさ、とある力に目をつけたんだよ。これは自然的な力で──邪神の力だとも言っていたかな。それを利用して、魔獣を大量生産しようってな」


 そのとある力というのは【黒の魔力】を指すんだろう。

 ヴァーリックいわく、病気みたいなものってことだったけれど……なるほど、悪魔教はそれを邪神の力だと思っているわけだ。確かにそうなのかもしれない。ヴァーリックの地下深くに封印されていると言っていたし、それが邪神のことであってもおかしくはない。


 ……そもそも邪神なんているのか? って疑問はあるけれどね。

 我が国に伝わる神話では、太陽神が別の神と戦ったって話があった気がするけれど、それが邪神なのかな……あとでアンディに確認しよう。


「それが上手くいって、今のこの国の状況ってわけだ。悪魔教は太陽神を信仰しているこの国を憎んでいる──とりわけ、その血を引くと言われる皇家の人間は特に、な。その特徴をより強く受け継いでいるアンドレアス殿下なんて、一番の憎悪の対象だ。だから、殺されそうになるんだよ。そしてこの国を壊そうとしている……俺はそれを止めたいんだよ。この国が好きだからな」


 ジャックは最後の台詞は真剣な顔をして言った。

 なぜジャックがそんなふうにこの国を守りたいと思ったのかは謎だけど……この国が好きだと言ったジャックの言葉は信じたいと思った。思っただけで、まだ完全には信じられないけれどね。


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