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92:天才と失敗


「……なに? 見ての通り、ボク忙しいんだけど」


 ボサボサの頭に目の下には濃い隈、顔色はいつもよりも悪く、まるで幽霊のよう。

 うわあ……これは相当きてるな……寝食を忘れることはよくあるらしいと聞いてはいるけど、どうにも研究に夢中になりすぎて、という感じではないし……いつもよりも目つきも悪いし目も赤い。

 とりあえず、一度ごはんをしっかり食べて寝たほうがいいな。完全に無理をしている。


「今日はディランさんにお願いがありまして。アンディからは許可をもらっているのですけれど、本館の方にこちらのジャックさんをしばらくの間止めてあげてほしいんです」

「……話はそれだけ? 本館なら好きに使ってくれて構わない。早く帰って」


 そう言うとディランはまた机に向かってしまう。

 あのディランがなにも条件をつけずに要望を受け入れるなんて……! これはまずい。判断能力も低下していると見た。


「あの……魔獣を浄化したとき、なにかあったんですか……?」

「……」


 ディランは答えない。

 これは……やっぱりなにかあったのかな。アンディからそんな話は聞かなかったけれど……。


「……あのとき、ボクはなにもできなかった」


 ボソリとディランが語り出す。

 わたしはそれに黙って耳を傾けた。


「あれこれ理論を考えて、彼女もその通りにやった。でも……ボクが考えた光魔法の術式は、レナの負担を減らすどころか、彼女を負担を増やしていただけだった……それが悔しいんだ。彼女に気遣われたことも含めて……」


 ディランは魔法に関しては絶対の自信があった。だから、今回考えた光魔法の術式に関しても、絶対上手くいくと思っていたけれど、期待していた効果はなく、逆にレナちゃんの負担を増やすだけになったなんて、受け入れ難いのだろう。

 だからディランはあのとき怖い顔をしていたんだ。ようやく理解した。


 ディランの考えた術式は失敗だった。なのに、レナちゃんはディランを責めることはなく、逆に気にしないでほしいと笑ったに違いない。レナちゃんはそう言う優しい子だ。でも、その優しさがディランのプライドを傷つけた──きっということなんだろう。


「だから、ボクは少しでも早く術式を改良して、今度こそ成果を出さないといけない。キミたちに構っている暇はないんだ。わかったでしょ、早く帰──」


 ディランが「帰って」と言う前にジャックがボソリと、「くっだらねえ」と吐き捨てた。

 ボソリっと言っただけだけど、その声は結構響いた。きっとディランにも届いただろう。


 な、なんて火に油を注ぐようなことを……!

 慌ててわたしがジャックを嗜めようとしたけれど、ときすでに遅かった。

 ディランは立ち上がり、ギロリとジャックを睨んだ。


「くだらないだって……?」

「ああ、くだらない。魔法の研究なんて失敗ありきのものだろ? それなのに、一度失敗したくらいで落ち込んで、人様に八つ当たり。ああ、みっともない。天才魔法士が聞いて呆れるね」

「ちょっと、ジャックさん!」


 心から同意するけれど、言い過ぎ! もう少し言い方ってものがあるでしょうが!

 ジャックはコミュニケーション能力が高いから、もっとオブラートに包んだ言い方ができそうなものなのに、なんでこんなきつい言い方を……。弟弟子だから厳しくしているってことなの?


「……()()()()()()()、ボクの一体なにがわかるって言うんだ。ボクは成果を出さないといけないんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 ……()()()? あれ。ジャックってディランの兄弟子のジェームズなんじゃ……?

 それに、何度も失敗は許されないってどういうこと……?


「お前のことなんてなにもわからねえよ。成果を出さないといけないと焦るのはわかるけど、それを他人にぶつけるのは違うだろ? 大人になれよ、天才魔導士」

「うるさい! ボクは好きで天才なんて言われているわけじゃない!」


 そう叫ぶと、ディランは「出てけ!」と言うのと同時に魔法を繰り出した。

 そしてあっという間にわたしとジャックは研究室の前まで吹き飛ばされた。


「え、あれ……? なにがどうして研究室の前に移動を……? 吹き飛ばされたような……?」

「簡易的な転移魔法だな……簡単にやってくれる」


 ジャックはそう言って複雑そうに研究室の扉を見つめた。


「……ごめん、俺のせいで怒らせちゃったな」

「いえ……わたしも心の中では同じことを思っていたので……」


 そっか、とジャックは小さく笑う。

 ジャックに聞いていいものか悩んだけれど、気になるから聞いておく。


「あの、ジャックさん……ディランさんはあなたとは初対面だとおっしゃっていましたけれど……本当は違いますよね?」

「……ああ、それ」


 ジャックは困った顔をした。

 言えないことなのかな……言いたくないなら、別に無理に言わなくても、と言おうとしたとき、ジャックは再び口を開いた。


「……俺は人から顔を認識されにくいんだよ。だから、久しぶりに会う奴とかからは初対面だと思われる」


 ジャックの告白にわたしは目を見張った。


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