87:ジャックとの再会
ジャックから接触があったのは、レナちゃんたちの魔獣浄化の日の翌日だった。
わたしの部屋の窓に一枚のカードが挟まっていた。
うちの警備はそれなりに厳重のはずだし、防御魔術やら結界も張ってあるのに……いったいどうやってカードを忍び込ませたのか。
まあ、それは後でジャックに詳しく問い詰めるとして……。
カードにはただ『午後にこの間の店で』とだけ書いてあった。
詳しい時間が書かれていないけれど……彼のお得意な未来視でわたしが来る時間を把握しているんだろうな。わたしの行動が読まれているのは腹が立つけれど、まあ仕方ない。
それにしても接触してくるのが早いな……なにか急がないといけない事情でもできたんだろうか。
そんなことを思いながら、午後の適当な時間に家を出た。今回はノアにもついてきてもらうことにした。ヴァーリックが本調子ではないからね、念のために。
「お嬢〜、どこ行くんスか〜?」
「いいから黙ってついてきて」
「はぁい」
やる気のない声を出すノアをひと睨みし、わたしはこの間の店を目指して歩く。
ノアにジャックのことは言っていない。言ってもいいんだけど……無駄に疲れそうな気がするからやめた。
まあ、ジャックと会っていることが知られたら必ず「あれ誰なんスか?」と聞かれるだろう。そして「浮気っスか⁉︎ オレ、殿下に会ったらどんな顔をしたら……」と騒ぐのも目に見えている。
……想像しただけで疲れる……ちゃんと説明してわかってもらうのに、どれくらい時間かかるかなあ。
そんなことを考えている間に、この間の店に着いた。
店の中を覗いた限りだとまだジャックは来ていないようだ。だから先に席に着いてケーキでも頼んで待っていることにした。
メニュー表を開いてなにを頼もうかと考える。
なに頼もうかな〜。今日はチーズケーキの気分……。
「あ、おすすめはレアチーズタルトらしいよ」
「……」
ちらっと見ると、ジャックがヘラヘラした笑みを浮かべてすぐ近くに立っていた。
チッ、来たか。というか、こんな近くにいたのに気づかなかったな……。
ジャックはわたしの向かいの席に座るなり勝手に注文をした。わたしも促されて渋々ジャックがおすすめだと言っていたレアチーズタルトを頼んだ。
メニュー開いて少しウキウキしていたけれど、それもジャックのせいで台無しだ。
「……お話はまた、頼んだ品が届いてから、ですか?」
「うーん、そうしてもいいんだけど、ちょっと悠長にしていられなくてねぇ」
悠長にしていられない……やっぱりなにかあったんだな、ジャックの身に。
見た感じだと怪我をしているわけでもなさそうだ。さりげなくを装って周囲のことを気にしているところから察するに、誰かに狙われているのかもしれない。
ジャックの事情について思案していると、わたしの背後に黙って立っていたノアが小声で聞いていた。
「お嬢……浮気は良くないと思うっス」
期待を裏切らないノアのセリフに気が抜ける。
こういう期待は裏切ってほしいものだな……。
「浮気なわけないでしょ! あとで事情は説明するから、ちゃんと自分の仕事をなさい」
「ウッス」
ノアは大人しく引き下がったものの、疑わしそうな目をしている。
これは誤解を解くのに時間かかるかもしれない……覚悟をしておこう。
「話は終わったかな?」
ノアとの会話が終わったところで、タイミングを図ったかのようにジャックは問う。
実際、話すタイミングを図っていたのだろう。そういうところが嫌いだな、本当に。
そんな本音は胸の内にしまって、わたしは頷く。
「……ええ。どうぞ、あなたのお話を聞かせてください」
「うん。じゃあ、単刀直入に言おう。俺は今、とある組織に裏切られたと判断されて追われている」
「まあ、随分あっさりとおっしゃるのね」
「事実だからね。君たちが魔獣浄化するのを必死に逃げながら今か今かと待っていたんだぜ? あんなことを言った手前、魔獣浄化する前に会うのはルール違反、だろ?」
そうかなあ? そんなルール作った覚えなんてないけれど。
まあ、そんなことはともかく、ジャックが組織に追われているというのは多分嘘じゃないだろう。
問題は、ジャックがどうして裏切られたと組織に判断されたか、だ。
「どんなヘマをやらかしましたの?」
「……ストレートに聞くじゃないの、レベッカちゃん」
「あなたに回りくどい言い方をして時間を取られるのは業腹なので」
「ひどいなあ」
ジャックは苦笑しなら言う。
「どうやら君と接触した目的がどこかからバレたみたいなんだよなぁ。まあ、俺たちは同じ組織の人間でも周りは全部敵って考えの奴らばかりだから、裏切りなんて日常茶飯事。裏切られた方がバカだって言われる世界だからさ、そんなのはどうでもいいんだけど」
酷い世界だ。貴族並みにドロドロしている。
……いや、貴族の方がまだ可愛げがあるって信じたい……。
「わたしに接触した目的とは?」
「俺が君に接触した目的は殿下だよ。俺は是非とも殿下に取り入りたい。そのためには殿下に生きてもらわなくちゃならないけど、俺みたいな怪しい奴が『あなたは命を落とすから気をつけろ』なんて言っても信用なんてされないだろ? それなら殿下よりも取り入りやすそうで話が分かりそうなレベッカちゃんに接触するのが一番確かだって判断した」
「……」
腹が立つけど、まあそんなものは予想の範囲内だ。
アンディに取り入りたいって堂々とわたしに言うのもどうかと思うけれど……まあ、それは今は置いておこう。
ジャックがアンディに取り入りたい理由を聞かないと。
「俺が有用だって言うのは、この間でわかっただろ? だから、俺をアンドレアス殿下に紹介してくれないか?」
「……その前に確認したいことがあります」
「確認したいこと? いいぜ、なんでも答える」
「では……なぜ、アンドレアス殿下に取り入りたいのですか?」
「それはもちろん……」
──皇帝に一番近い人間だからさ。
わたしはそう答えると確信していた。でも、念のために確認したかった。
皇帝に一番近いから、その人物に自分の力を認めさせたい……ジャックの考えはそんなところに違いない。
そう、わたしは思っていたのだけど……ジャックの答えは違った。
「──アンドレアス殿下が一番面白い人生を歩みそうだからさ」




