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85:呪詛


 特殊な呪いがかけられている……?

 そんなバカな。だって、今までそんな診断をされたことはなかった。

 でも、ヴァーリックが嘘をついているとは思えないし……。


『ただの呪いじゃないぞ。我だからこそ気づけたくらいの、巧妙に隠された呪いだ。まず、普通の人間には気づけない。誰も呪いのことに気づけないまま死に至る……そんな呪いだ』

「どうして、そんな呪いがわたしに……? いえ、それよりも、それはどういう呪いなの?」

『簡単に言えば、魔力の通り道……回路を塞ぐ呪いだ。塞ぐというのも違うな……魔力回路から魔力を取り出しにくくする呪い、というのが近い。本当は丸太くらいの太さがあるのに、この呪いはそれを巧妙に隠し、木の枝くらいの太さに錯覚させる』


 なんて芸の細かい呪いなの。そもそも、そんないくつもの命令をこなす呪いが存在するなんて……。


『この呪いの怖いところは、滝のように流れている魔力が、あるところから突然干からびた川のような流れになることだ。溢れた魔力は行き場をなくし、やがては爆発する……それを我は止めるべく、主から溢れようとする魔力を使っていた。だがそれも半月の間途絶えてしまった……今の主はとても危ない状態だ』

「それって……いつ魔力暴走が起きるか分からないってこと?」

『そういうことだ。今からでも我が主人の魔力を使えばいいのだろうが……まだ無理なようだ』


 ヴァーリックは病み上がりみたいなものだから、仕方ない。

 問題は……どうしたら魔力暴走が防げるか、ということだ。


「リック……魔力暴走を防ぐためにはどうすればいい?」

『溢れそうになっている魔力を外へ出すしかない。だが……主は呪いのせいでそれができない。自分の魔力を扱えないからだ』

「でも……わたしが今扱える魔力をギリギリまで使えば……」

『それは正しい魔力回路を通ったものだ。溢れた魔力ではないから使い切ったところで魔力暴走を防止することはできない。主が魔力暴走を起こすのは、溢れた魔力が体に溜まるからだ。溢れた魔力は行き場をなくし、ただ溜まっていくしかない。魔力が一箇所に集まると巨大なエネルギーになり、それが爆発する……主の場合は魔力暴走と言うよりも、暴発と言うべきかもしれないな』


 暴発……わたしはいわば爆弾みたいなものなんだ。いつどこで爆発するかわからない……とても厄介なやつ。

 自分でも対処できないし、かと言って今はヴァーリックもあてにできない。

 これ、詰んでるんじゃ……?


 ……いや……一つだけ手がある。


「リック、わたしにかけられた呪いを解くことは可能なの?」

『……難しいだろうが……我らにはちょうど光魔法の使い手がいるし、ディランという我もが認める魔法の使い手がいる。呪いと魔法は別物だが、二人がいれば不可能ではない、と思う』


 ヴァーリックにしてははっきりしない言い方だ。

 それだけ、わたしにかけられた呪いは複雑なものということなのだろう。


『不可能では、ないのだろうが……二人が主の呪いを認識できるかと言えば……難しいだろうな』

「そんなにわたしの呪いってわかりづらいの?」

『わかりづらいというレベルの話ではない。通常、認識されないようになっているんだ。我が分かったのは、我が優秀であることはもちろんだが、ドラゴンという種であること、そして主と契約をしているからかろうじて認識できているだけだ』

「そう……」


 まあ、ヴァーリックがなんとかしようと思わなかったくらいだ。誰かに解呪できるとは思っていない。

 ──わたしを呪った本人以外は。


「じゃあ、別の質問をするわ。リック、わたしに呪いをかけた存在に心当たりはある?」

『……主よ、やめておけ』

「そう言うってことは心当たりがあるのね」

『我の心当たりの有無は関係ない。このような呪いをかけるのは、我らドラゴンでも無理だ。これがどういうことか……主ならわかるだろう?』


 ドラゴンでも無理な呪いをかけた存在……つまりは、ドラゴンよりも上の存在ということ。そんな存在はこの世界には一つしかいない。


「……そう。神様に喧嘩を売らないといけないのね」

『主』


 神様にかけられた呪い──それは呪詛だ。

 わたしは神様から呪詛を受けている。そしてそれはきっと、わたしの前世が関わっているに違いない。


「……大丈夫。無茶はしないわ。どこにいるかもわからない存在なんてあてにならないもの」


 そう言うとヴァーリックはホッとした顔をした。

 神様に喧嘩を売る気はない。──今は、ね。


 わたしはスッと息を吸い込む。

 そして今まの情報を頭の中で整理し、結論づける。


「……今すぐ魔力の暴発が起こることはないでしょう」

『なぜそう言い切れる?』

「もし、わたしが今すぐに魔力暴発を起こしてしまったら、少なくともわたしの命はない。でも……未来が見えると言ったジャックがわたしに接触してきたと言うことは、少なくとも魔獣浄化のあと少しの間はわたしが生きていられると言うことだわ。もしもその間にわたしが死んでしまったら、ジャックがわたしに接触を図った意味がなくなってしまうもの」

『主はジャックとかいう奴のいうことを信じるのか?』

「今のところ、半信半疑ね。でも……未来のことに関しては本当のことを言っている気がするの」


 わたしに嘘の未来情報を教えても、ジャックにとって利益はないだろう。実害もないかもしれないけれどね。

 魔獣浄化の件に関してはどこかから漏れた可能性は否定できないけれど……それによってアンディが死ぬなんていうのは不敬すぎる。わたしは一応アンディの妃候補だし、なによりジャックはアンディと同じ学園に通っているんだから、そんなことをわざわざわたしに言う意味はない。あるとしたら……ただの嫌がらせかな。


 ともかく、消去法で考えると、ジャックは嘘をついていないのではないか、という結論になる。

 嘘をついていないと言い切るには、彼は怪しすぎるからな……とてもじゃないけれど信用できない。


「魔獣浄化の後に彼はわたしに会いに来ると言った。だから、それまでは大人しくしているわ。そして、彼が本当に未来を見ていると確信が持てたら、彼にわたしが魔力暴発をしない未来のシナリオを教えてもらう」


 ジャックに頼るなんて嫌だけれど、今のところそれしか手が思いつかない。

 ヴァーリックは渋い顔をしつつも、わたしと同じ結論に達したようで『……わかった。従おう』と頷いた。

 

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