84:地鳴りのような
「ともかく、もう少し詳しい情報を集めて、それからまた考えるよ」とディランは言って、レナちゃんと光魔法のことについて話し始めてしまった。
その話にはとてもついていけないので、わたしはそのまま席を外して自室へ戻った。
そして、小さなカゴの中で眠り続けているヴァーリックを見た。
静かに眠り続けるヴァーリックを見ると、息をしていないんじゃないかと不安になる。その度に口に手を当てて息をしていることを確認して安心している。
賑やかだった頃が懐かしいなあ……食べ物の話しかしないけれど、ここぞというときは頼れる存在だった。……気がする。
今にも突然目が開いて、『なにか食べ物を寄越せ!』と言ってきそう……。
そんなことをぼんやりと思っていると、突如、グオオオオオオオと地響きのような音が響いた。
な、なにごと⁉︎ 地震⁉︎
でも揺れはないし、外を見る限り慌てた様子はないし……じゃあ、今の音はいったい……?
『……じ…………主……』
ヴァーリックの声が聞こえて慌ててカゴを覗くと、ヴァーリックの目が半分開いていた。
「リック! よかった、目が覚め……」
『よくない……なにもよくないぞ……』
「え……?」
よくない……? それってどういうこと……?
まさか、どこか痛いところがあるとか、なにか変調があるんじゃ……!
「なにがよくないの?」
ゴクリと唾を飲んで聞くと、ヴァーリックは弱々しい声で『うむ……』と言う。
『……力が出ないのだ……腹から変な音がするし、クラクラするし……我はもうダメなのかもしれん……』
「…………はい?」
そう思わず聞き返した途端、ヴァーリックのお腹から先ほど聞こえた地響きのようなすごい音がした。
さっきの音ってもしかして……ヴァーリックの腹の虫の音⁉︎
なんで? ドラゴンって食事を必要としないんじゃなかったの?
いや、そんなことよりもまず、早くなにか食べ物用意しないと!
「ま、待っていて、リック。すぐ戻るから!」
うむ、と弱々しいヴァーリックの返事を聞くのと同時にわたしは部屋を飛び出す。
廊下を走るなんてはしたない、と途中ばあやの怒る声がしたけれど、今はそれに応えている余裕はない。
ごめん、ばあや! 今度ちゃんと反省文書くから!
わたしは厨房に行き、大急ぎでお腹に優しいものを作ってほしいとお願いした。
そして、おかわりが必要になるかもしれないからそれも覚悟してほしいとも。
ヴァーリックのことだからたくさん食べそうな気がするんだよね……でも、起きたばかりでいきなりたくさん食べるのは体によくない。ドラゴンの体のことはよくわからないけれど、胃の機能はどの生き物も変わらないはず。
厨房の料理長は快く頷いて、六年前に寝込んだわたしが食べたものと同じものを作ってくれた。おかゆのようなちょっと甘いオートミールだ。
これ、味があんまりしないんだよね……ヴァーリックが文句言わないといいんだけれど。我儘だからなあ。
ちょっと不安に思いながらも、料理長にお礼を言って部屋に戻る。
今度はオートミールをこぼさないように、慎重に歩く。
早速ヴァーリックにオートミールを食べさせてあげると、渋い顔をしつつも大人しく食べてくれた。
どうやら相当お腹が空いていたらしい。結構な量を用意してもらったんだけど、ぺろりと完食してしまった。すごい……。
『旨くはないが、力は戻ったぞ!』
「それはよかったわ」
一粒、一滴すら残さず綺麗に平らげた器を見れば料理長も喜ぶだろう。
五人前くらいはあったんだけどね……。
『……主、我はどれくらい眠っていた?』
ヴァーリックはいつもよりも低めの声でそう聞いてきた。
「今日でちょうど二週間よ」
『二週間……半月か』
そう呟いたあと、ヴァーリック黙り込んだ。
なにかあるのだろうか?
そして唐突に人の姿に変化をした。
「リック……?」
『主に話しておかねばならないことがある』
深紅の瞳に見つめられて、なぜか緊張する。
それと、嫌な予感もした。
『半月の間、我は眠っていた。その間、我らは魔力供給をしていない』
「え、ええ。そうね」
守護獣は基本的に召喚主の魔力を使ってこちらの世界に留まる。
契約時に召喚主と守護獣の間にパスのようなものができて、それは互いの魔力を好きに使えるというものだ。自分の魔力が足りなくなれば、相手の魔力をもらう。それが契約をすることによってできるようになるのだ。
『我は別に主の魔力なんてなくてもこちらに留まることはできるし、主から魔力を補充してもらう必要はない特別なドラゴンだが……我は常に主の魔力をもらっていた』
前半の自慢にちょっと誇張しすぎなのでは? と思ったけれど、ツッコミをする場面ではなさそうなのでグッと堪える。
わたしから魔力を補充する必要なんてないのに、ヴァーリックは常に魔力をもらっていた。それっていったいどういうこと? まさか……レナちゃんの言っていた、魔力のオーラが大きくなったりするのとなにか関係がある?
『主は我を召喚できたすごい人物だ。そんな人物が並の魔力量であるはずがない。それなのに、主は魔法に関してはからっきし──それはなぜか、考えたことはあるか?』
魔法に関してポンコツなのは、才能の有無だと思っていたけれど……違うの?
わたしが首を横に振ると、ヴァーリックは『……だろうな』と頷き、静かな声音で言う。
『主が魔法に関してまるでだめなのは……主が特殊な呪いをかけられているからだ』
ヴァーリックからのまさかの言葉に、わたしは息を飲んだ。




