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80:心のお薬


 アンディには死んでほしくない。

 それはこの国の命運が彼にかかっているからと言うのもあるけれど、それ以上に個人的な感情もある。

 ずっとアンディの隣にいるために頑張ってきた。そして、わたし以上に頑張っている彼を見てきた。

 アンディには絶対に皇帝になってほしいし、そうなるべきだと心から思っている。これはわたしが皇妃になりたいからとか、そう言うのは差し置いての話だ。

 アンディはこの国にとって必要な存在で、わたしにとっても大切な存在だ。


「……」


 黙り込んで返事をしないアンディの顔をじっと見る。

 ずっと立ちっぱなしでいる彼と目線を合わせようと、わたしも立ち上がって顔を覗き込む。

 近くで見るとよりはっきりと顔色の悪さと隈がわかる。


「……寝ていないんでしょう? あまり無理しては体によくないわ。それに……せっかくの綺麗な顔が台無しになっている」


 アンディの頬に触れる。アンディはなにも言わずにじっとわたしを見ている。

 いつもよりも肌のハリがない。元気がない証拠だ。


「……そうやってお説教されると思ったから、君に会いたくなかったんだ」


 ぽつりとアンディはそう呟いた。

 会いたくなかったと言われてショックだった。でもそれ以上に、わたしのお説教が嫌ってどういうこと? わたしにお説教されたくないってこと? それとも心配させたくないってこと? 心配させたくなかったんだよね。わたしに説教されるのが苦痛だったとかそういうことじゃないよね。


「それってどういう意味?」

「そのままの意味だよ。君といると……気が抜けるんだ」


 は? 気が抜ける? それってもしかして……わたしに喧嘩売ってます?


「いい意味でも、悪い意味でも、君と話していると気が抜ける。一度気が抜けてしまったら、やり遂げられないような気がしたんだ……」


 なるほど。どうやらわたしに喧嘩を売っていたわけではないらしい。

 わたしと話すと気が抜ける、か……それはきっとアンディがわたしに気を許している証拠なのだろう。気を抜くことすら許せないと思うくらいに、アンディは追い詰められていたんだ。それにわたしはまったく気づかなかった。

 ……違うな。気づかせてもらえなかったんだ。


 今日、こうして強引に乗り込んで正解だったのかも。

 あまり張り詰めすぎるのはよくない。その反動で大変なことになってしまうかもしれない。例えば……普段ならあり得ないようなミスをするとか、取り返しのつかないヘマをやらかすとか。


「アンディ、あまり気を張り詰めすぎるのはよくないわ。少し弛んでいるくらいでちょうど良いのよ。ピンと張り詰めた糸は、いつか切れてしまうものだから」


 にっこりと笑いかけても、アンディの表情は変わらない。まるで笑い方を忘れてしまったかのように。


「そうかな……」

「そうよ。だから、笑って、アンディ。息抜きも大切だわ」


 はい、にこー、と笑ってみせる。

 それでも変わらない表情のアンディに、わたしはしつこく笑いかけ続ける。


 しばらくアンディは無表情のまま、わたしはにこーとバカみたいに笑ったまま見つめ合った。

 傍から見れば「なにやってんだこいつら?」と思われるんだろうな……と思い始めた頃、アンディの表情が揺らいだ。


「ふっ……あはははっ! いつまで笑っているの、レベッカ……!」

「!」


 アンディが笑ってくれて、わたしまで嬉しくなる。作り笑いではなくて、本当に笑ってしまう。


「……久しぶりにこんなに笑ったな……」


 笑い終わるとアンディはそう言った。

 その顔はいつも通りのアンディで、なんだかホッとした。顔色は悪いままだけどね。


「なんだか思いっきり笑って頭がスッキリした気がするよ」

「そうでしょう? 笑顔は心のお薬だもの」

「笑顔は心の薬ね……そうかもしれない」


 アンディは大きく息を吸い込んで吐く。

 そしてわたしに頭を下げた。


「──ずっと避けていて、ごめん」

「アンディ……」

「君に心配をかけさせてはいけないと……いや、違うな。これくらい一人でも大丈夫だって、どうにかしなくちゃならないって、意地を張っていたんだ、ずっと。君の声を聞けば弱音を吐いてしまいそうだったから、君と通話をするのも会うのも避けていた」


 アンディがわたしに弱音を……? アンディから弱音なんて今まで一度も聞いたことがない。愚痴を聞くことはあっても、アンディは弱音を吐くことは決してなかった。そんなアンディが弱音を吐きそうになるくらい、今のこの国の状況は切迫しているんだ、きっと。


「それで……リックの話と、僕が死ぬって話をもう一度詳しく話してくれる?」


 そう言ったアンディの目には確かな光が灯っていた。

 ……うん。もういつものアンディだ。


 わたしはそれに安心して、もう一度詳しく今まで起きたことをアンディに説明した。


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