78:『メリーさん作戦』
「お嬢〜……本当にこんなことやっていいんスかあ……?」
「情けない声を出さないの! いいから確認して!」
「はぁい……」
やる気のない声を出すノアを叱咤激励しつつわたしたちが様子を窺っているのは、学園の男子寮である。
今、アンディが寮の自室にいるという情報を聞きつけ、わたしはノアを引っ張ってやってきた。
ノアには守護獣のハリネズミに寮内の偵察をしてもらうために連れてきた。あとは監視役。
「……今、寮内にはあまり人がいないみたいっスね。でも、殿下の護衛として何人か見回り役と、殿下の部屋の前に警護の衛士がいるみたいっス」
「そう。やっぱり警備は厳重ね……」
予想はしていたけれど、単身で侵入するのは難しそうだ。
となると、アンディに部屋の外出てきてもらわないといけないかな。問題はその方法だけど……。
「お嬢……」
「なに? 今、考え事をしているの。くだらないことで話しかけたら怒るわよ」
「……なんで学園の男子の制服着てるんスか?」
「男子寮に侵入するには、男子の制服を着て男装するしかないでしょ」
そう答えるとノアは微妙な顔をして「そうっスかねえ……」と言う。
でも、女子の制服ではとてもじゃないけれど忍び込めない。その点、男装すればまだ気付かれにくいと思うんだ。
男子の制服は上着はディランのものを借りた。大きすぎるので袖を何度も折っているけどね。まあ、そういう生徒も一人や二人いるものだから、不自然ではないだろう。
さすがにシャツやズボンはディランのものを借りても大きすぎるから、その二つは制服のデザインに近くてわたしが入る大きさのものを見繕った。
あとは胸をサラシで潰して長い髪はカツラの中に入れて短髪になれば、男子生徒Aに扮せているはずだ。
「お嬢って変なところで大胆っスよね……」
「そう?」
そんなことよりも、アンディと会う方法だ。
アンディを部屋から出させるには、そうせざるを得ないようなことをしなければならない。
そこでわたしが考えたのは『メリーさん作戦』だ。
前世で大昔に流行った怪談『メリーさん』。電話に出るたびにメリーさんが家に近づいてくるというあの怪談。それを使わせてもらう!
まずはアンディからもらった指輪を使う。これで返事があればこんな作戦は必要ない。でも、返事がなければ作戦は実行する。
「……アンディ、話したいことがあるの」
指輪に向かって話しかける。少し待っても返事はない。
……よし。『メリーさん作戦』決行だ。
「もしもし、わたしレベッカ。今、寮の前にいるの。会って話がしたいわ。出てきてくれる?」
……やはり返事はない。
よし、もう少し近づくか。
「ノア、アンディの部屋の位置はどこ?」
「東側の二階っス」
「アンディの部屋の下に警備の人は?」
「えーっと……あ、今はいないみたいっスね」
「わかった。アンディの部屋の下まで案内して」
「ええ……本当に侵入するんスかぁ? バレたら大変なことになるんじゃ……」
「いいから、早く!」
「……しょうがないなぁ……」
ため息まじりにノアは呟きつつも、案内をしてくれる。
警備の人がいないかもきちんと確認してくれるのでとても助かる。ノアを連れてきて大正解だった!
アンディの部屋の下までいく。部屋はカーテンがかけられて、中の様子を伺うことはできない。
やっぱり『メリーさん作戦』続行ね!
「……もしもし、わたしレベッカ。今、あなたの部屋の下にいるの。もうすぐあなたのもとに着くわ」
「お嬢……なんでわざわざ『もしもし、わたしレベッカ』って名乗るんスか? 殿下に連絡できるのはお嬢しかいないんじゃ……」
「そういう決まりなの! 形式美なの! 細かいことは気にしないの!」
「……ウッス」
納得してない顔をしながらも、ノアは引き下がる。
うんうん、物分かりが良くて何より。
ノアの態度に満足しながら、アンディの部屋を見上げる。
わたしの予想だと、そろそろ慌ててアンディが顔を出すんじゃないかと思うのだけど……。
じっと窓を見つめていると、カーテンが開いてアンディが顔を出す。
そしてわたしを見て目を見開いた。
「レベッカ……」
「久しぶりね、アンディ」
にっこり笑いかけるわたしに、アンディは渋面を作る。
「なに、その格好……」
「あなたに会うための格好よ。似合うでしょう?」
「……」
なにか言いたそうな顔をアンディはしつつも、それ以上は言わなかった。
「……悪いけれど、君の相手をしている余裕はないんだ。帰って」
……この後に及んでそんなことを言う?
今日はアンディに予定がないことは調査済みだ。時間に余裕はあるはずだ。なのに帰れなんて……。
さすがのわたしの堪忍袋の緒もブチっと切れた。
「……ノア」
「ウッス」
「アレ、お願い」
「ええ……? アレやるんスかあ? しょーがないなァ」
そう言いつつ、ノアはちょっとワクワクした顔をする。
わたしはアンディの部屋の窓をしっかりと確認し、アンディに笑いかける。
「レベッカ……?」
「──待っていてね、今行くわ」
「は……?」
「ノア!」
「いつでもオーケーッス!」
「行くわ!」
わたしは数メートル後退し、勢いよくノアに向かって走る。
ノアは腰を落とし、両手を下に構える。たとえるなら、バレーボールのレシーブを取るときのポーズだ。
わたしはノアの目の前で大ジャンプをし、ノアは両手でわたしの足を受け止め、勢いよく腕を上に振り上げた。
「うりゃあっ!」
「え? はあ⁉︎」
ノアの気合の入った声とアンディの呆気にとられた声が重なる。
わたしは少し魔法を使い、アンディの部屋の窓に華麗に着地する。
「──これで逃げさせないわよ、アンディ」
にっこり笑ったわたしを、アンディは呆然と見つめた。




