76:避けられている?
お父様がお帰りになったというのを聞きつけて、わたしはお父様に会いに行った。
お父様は自分の執務室にいるらしいので、まっすぐ向かう。
ノックをして入室許可をもらって部屋に入るなり、お父様に詰め寄る。
「お父様!」
「ど、どうしたんだね、レベッカ……」
体をのけ反らせるお父様にわたしはぐいっと近づき、目を潤ませた。
必殺嘘泣き攻撃、喰らえ!
「な……! どうしたんだ、レベッカ。なにか辛いことがあったのか⁉︎」
「お父様……わたし……辛いんです……」
「なにが辛いんだ、レベッカ? お父様に話してごらん?」
娘に激甘なこの父にわたしは内心でガッツポーズする。
よし、これでお父様はわたしの我儘を聞く体制に入った。
「最近、アンドレアス殿下にお会いできていなくて……お手紙を送っても返事が来ないし、わたし、殿下に嫌われてしまったのかと……」
うっと声を詰まらせて顔を手で覆う。
「レベッカ……殿下はお忙しいんだ。おまえに構っている余裕がないだけで、嫌っているわけではないよ」
「わかっています……! でも、本当に少しだけでいいんです。殿下にお会いしたい……!」
涙を浮かべてそう訴えたわたしにお父様は困り顔。
そりゃあ、困るよね。でも、もうお父様に頼るしかない。本当にアンディに連絡がつかないんだもの。最近顔も見ていないし、元気なのかどうかも知りたいのも本心だ。
「……わかったよ、レベッカ。おまえの願いを叶えられるとは保証できないが、おまえが殿下に会いたがっているということだけは伝えよう」
「十分です、お父様ありがとう!」
そう、そう伝えてくれるだけで十分だ。それだけできっとアンディはなんとか時間を作ってくれる。
そう確信できるくらい、わたしはアンディのことを信じている。
「ところで……お母様たちが戻って来れられると聞いたのですが、いつ戻って来られるのですか?」
「ああ、それがな、アシェルの調子がよくないらしく、その話は無しになった」
「そうなのですか……」
残念、久しぶりにお母様とアシェルに会えると思ったのに。
アシェルは歳の離れたわたしの弟である。今は五歳になったばかり。でも、体が弱くて今は領地の方で療養している。あちらの方が体にとってはいい環境らしい。
「学園の方が休みに入ったら会いに行こうかしら」
「そうしてやるといい。だが……今はなにかと物騒だから、殿下から許可が出ないかもしれないな」
「……そうですね……」
魔獣被害かあ……それがなんとかならないと、わたしはお母様や弟にも会えないのか。
アシェルにはほとんど会えていない。わたしの顔を忘れてしまっているかもしれない……この間会ったときは天使もかくやという可愛さだった。そんな弟に忘れられたら泣いちゃう。
やっぱり、早くアンディに会ってなんとかしないと……。
早くアンディから連絡が来ることを祈るしかない。
お父様にお願いをしてから三日経ったけれど、いまだにアンディから連絡はない。
それくらい忙しいんだろうか……でも、普通に学園に来ているらしいし……。
……ん? 学園?
そうだ。アンディは今、学園に通っているんだ。そして寮暮らしをするって言っていた。
つまり、寮の入り口で待ち伏せをしていればアンディに会えるのでは?
いや、そんなことをしなくても、ディランに頼んでアンディを連れてきてもらえばいいのか。
でもあのディランがわたしの頼みを聞いてくれるかな……今はヴァーリックも眠っているし……。
あの日からヴァーリックはずっと眠っている。それがなぜなのかはレナちゃんにもわからないそうだけど、おそらく浄化をしたことと無関係ではないだろうとは言っていた。
いつ目を覚ますかもわからない。でもきっとヴァーリックのことだから、そのうち起きて『食べ物をよこせ』って言ってくるに違いない。そう、わたしは信じている。
とにかく、ディランに頼んでアンディと会おう。
と思って、学園から下校途中のディランを捕まえて人気の少ない場所に行き、早速頼んでみたのだけど……。
「はあ? なんでボクが殿下とキミの仲介役しなくちゃならないわけ? そんなのお断りだね」
……すげなく断られてしまった……。
だけど、そう簡単に引き下がるわけには……!
「お願いします、ディランさん。もうディランさんにしか頼めないんです。アンディに連絡を取ろうにも返事が来なくて……」
「それってキミが殿下に避けられているだけなんじゃないの」
「え……」
わたしがアンディに避けられている……?
思いがけないディランの言葉に固まる。
その可能性はまったく考えていなかった……!
「ディランさん、そんな言い方は……」
話を聞いていたレナちゃんが慌ててそう口を挟んだけれど、ディランの態度は変わらなかった。
「でも、そうとしか思えないでしょ。手紙書いても指輪で連絡取ろうとしても無視されているんだから」
「無視……」
わたし、アンディに無視されているの……? でも、いったいどうして……?
なにかアンディを怒らすようなことをしただろうか。まったく記憶にない……というか、最近会ってすらいないのにどうやって怒らしたというんだろう?
ショックを受けるわたしにレナちゃんはあわあわとしながら、「そ、そんなことないですよ! 多分……」と励ましてくれる。その優しさが逆に辛い……。
ディランは励まし続けるレナちゃんを見て、ディランは深々とため息をついた。
「はあ……本当は嫌だけど、一応殿下に話しくらいはしてあげるよ」
「本当ですか⁉︎」
俯いていた顔をパッと上げてディランを見ると、ものすごい渋面をしていた。
本当に嫌なんだな……。
「……仕方ないでしょ。ボクしかできないことなんだから」
「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」
「あーはいはい。一生忘れないでね。いつか絶対返してもらうから」
しっしというように手を振るディランに何度もお礼をいう。
やった! これで希望の光が見えた!
喜んで飛び跳ねているわたしに、背後から声がかけられた。
「……キャンベルさん?」
ハッと振り向くとそこには、学園の教師が立っていた。




