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74:不味い飴


「リックさん、今からあなたに光魔法をかけます」


 真剣な顔つきで言ったレナちゃんにヴァーリックは頷く。

 そしてレナちゃんは胸の前で手を組む。


 光魔法には決まった呪文はない。

 通常の魔法に呪文があるのは、呪文を唱えることによって標準化をするため。この呪文を唱えればこういう魔法が使える──そういう長年の研究と先人の残した記録から、現在では属性ごとに魔法のリストを作成し、誰でも同じ魔法が使えるように標準化された。

 まあ、とは言っても個人の力量とかもあるから、同じ呪文でも多少の違いはあるんだけれどね。


 でも、光魔法自体を使える人がいないから、標準化どころか研究だって進んでいない。レナちゃんの前に光魔法を使えた人は数百年も前の人。記録が残っているかも怪しい。

 だからレナちゃんは、独自のやり方で光魔法を使うしかない。

 まあ、一緒にいるのはあのディランだから、リストくらいは作成するだろう。自分の知的好奇心を満たすために。


 レナちゃんの光魔法の使い方は『祈り』に近い。

 彼女が光魔法を使う様は、まるで聖女が奇跡を起こすかのよう。めっちゃ光っているし、すごく神々しい。


 レナちゃん曰く、光魔法を使うときは強く願うんだそうだ。

 元気のない植物には「早く元気になりますように」と強く、何度も心の中で唱える。すると、光魔法が発動するんだとか。


「リックさんが元気になりますように……!」


 そう呟いたレナちゃんから光が発せられる。

 その光はヴァーリックを優しく包み込む。ヴァーリックは少し不思議そうに光を見ているけれど、それ意外に変化はない。


 レナちゃんの光は徐々に強くなって、同じようにヴァーリックを包む光も強くなる。

 ヴァーリックは次第に苦しそうな顔をしていった。

 

『ううっ……!』

「リック……」


 苦しそうなヴァーリックに近寄りたい。

 でも、そうすると逆にレナちゃんの足を引っ張ることになりそうな気がする。


「レベッカ様、きっと大丈夫ですよ」

「ええ、そうですね……」


 これでヴァーリックの浄化が失敗したら、ヴァーリックは魔獣化する。そのとき、真っ先に狙われるのはわたしだろう。契約を結んだ繋がりがきっとそうさせる。

 でも、逆に言えばこれで成功すればヴァーリックが魔獣化することはなくなって、なおかつレナちゃんの自信になる。それがこの国の平和への大きな一歩になる。


 だからどうか成功しますように。

 そう祈ることだけが、今のわたしにできる唯一のことだ。


『うおおおお……!』


 苦しそうにうめき声をあげるリック。必死に祈りを捧げるレナちゃん。

 一際大きな呻き声をリックがあげたとき、強い光が弾けた。眩しくて目を開けていられず、わたしは目を閉じる。

 光が弱くなったのを感じ、恐る恐る目を開けると、座り込んでいるレナちゃんと、その前にはヴァーリックが白いコウモリ姿のまま倒れていた。


「レナさん、リック……!」


 まずは近くのレナちゃんに駆け寄る。

 レナちゃんはとても疲れた様子だった。顔色も悪い。まるで貧血を起こしているような感じだ。


「レベッカさん……私よりも、リックさんを……」

「でも、レナさん、顔色が……」

「レベッカ様、姉はぼくたちに任せてください」

「ルーカスさん、ディランさん……」


 ディランはわたしなんて見向きもせずにレナちゃんを介抱している。いつの間にか持っていた水と、なぜか飴を食べさせていた。

 二人にレナちゃんを任せても大丈夫そうだ。

 わたしはリックに駆け寄った。


「リック……! しっかりして!」

『……』


 リックは返事をしない。

 まさか光魔法が失敗してしまったのだろうか……? 失敗してしまったなら、レナちゃんはすごく動揺すると思うんだけど、その様子はなかった。だから成功したんだと思っていたけれど、違った……?


「リック? ねえ、リック……! そうだわ。リックが前に食べたいって言っていたカレーの香辛料が揃ったそうなの。もうすぐカレーが食べられるのよ。だから、ねえ……起きて」

『……』


 食べ物の話をしてもピクリとも反応しない。あのヴァーリックが食べ物の話に反応しないなんて……。


「リック!」

『……うるさいぞ、主……我は眠いんだ、静かにしてろ……』

「リック! ああ、よかった。無事なのね」

『当たり前だ……我をなんだと思っているんだ。そんなことより、我は今から寝る……起きたときにはちゃんとカレエなるものを用意して置くんだぞ……』


 そう言うなり寝息を立てて眠ってしまった。

 浄化ってそんなに疲れるのかな……?


「レベッカさん」

「レナさん……調子は大丈夫なのですか?」

「ええ、ディランさんの飴のおかげで。私のことよりも、リックさんは大丈夫そうですか?」

「大丈夫みたいですわ。今はぐっすり眠っています」

「よかった……! 成功した手応えはあったんですけど、リックさんは特殊なので……」


 ああ、ドラゴンだもんね。ちゃんと魔法が効くのかな? って心配になるよね。


「これでリックは魔獣化することはないんですね。レナさん、リックを助けてくれて本当にありがとうございます」

「いえ! レベッカさんやリックさんにはいつもお世話になっていますから。少しでも恩返しができたならよかったです」


 そう言って笑ったレナちゃんにわたしも笑い返す。

 成功してよかった。それに、この経験はレナちゃんにとってもいい経験になったはずだ。きっとアンディの魔獣浄化の件もなんとかなるだろう。


「……光魔法は他の魔法よりも魔力が必要になるみたいだね」


 今まで黙っていたディランが唐突にそう言い出した。


「植物のような小さな物ではわからなかったけど、ドラゴンという種族の浄化にはいつもの数倍以上の魔力が消費されている。ボクの飴が必要になるくらいにね」

「その飴って……なんなんですか?」


 見た目は普通の飴だ。

 白っぽい色の、舐めたら甘そうな丸い飴。

 でも、ディランが作ったものなんだから、きっとただの飴ではないんだろう。ディランの口ぶりからして、魔力補給ができる飴、かな?


「魔力補給用の飴だよ。この間開発したんだけど、どうやら狙い通りの性能だ。問題は……味かな」


 予想通りの回答だった。そして、この飴が不味いんだってこともわかった。

 でも、この間開発したって……すごいな。どうやって作ったんだろう? 魔力回復薬の応用かな? 聞いたところでさっぱり理解できなさそうだから聞くのはやめておこう。


「それはともかくとして……君のドラゴンは魔獣化する前の状態であるにも関わらず、レナは何個も飴を摂取しなければならない状態だった。まあ、ドラゴンだから余計に魔力が必要になったのかもしれないけど、光魔法を使えるのは一日に一度が限度と見ていいだろうね」


 ディランは淡々とした口調でそう言った。


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