73:失敗の代償
「……冗談でしょ? 君の守護獣が【黒の魔力】っていうのに汚染させたとか……それって放っておくと魔獣化するんじゃなかったけ?」
信じられないというように言ったディランにわたしは頷く。
ディランの気持ちはすごくわかる。わたしだって信じたくない。あのとき、鱗を取ってすべて片付いたと思いたかったけれど……じわじわと汚染が進行していたのか、もしくはまた別の場所で汚染されたという可能性もある。
「ええ、そうらしいです。なので、魔獣化する前に浄化をお願いしたいのです」
「ドラゴンが魔獣化……想像するだけで恐ろしいですね……姉さん、やってみなよ」
ぶるると震えたルーカスがレナちゃんを見る。
結局、ルーカスにもヴァーリックがドラゴンであることはバレてしまった。というか、異様にディランがヴァーリックを気に入っていることやわたしの言うことに従っていることから、ヴァーリックが特別な聖獣なのだろうと予測はしていたようだけれど、まさかドラゴンだとは思わなかったらしい。あの驚きようはすごかったな……。
話は元に戻して……。
レナちゃんは心配そうにヴァーリックを見ている。その顔は少し青い。
「……でも、もし失敗したら……」
そうつぶやいてレナちゃんは黙り込む。
……そういえば、光魔法が失敗したらどうなるんだろう? ヴァーリックは大丈夫だって言っていたけれど。
「失敗したら……どうなるのですか?」
「……」
レナちゃんはわたしから顔をそらして俯く。
その態度に嫌な予感がする。もしかして、失敗したら取り返しのつかないことになるんじゃ……?
「……生き物には試したことがないから一概には言えないけど、植物に光魔法を使って失敗したときは、その食物は枯れたんだ」
「枯れた……? じゃ、じゃあ、もしかして、もしもリックに魔法をかけて失敗したらリックは……」
──死んでしまうの?
と聞くことはできなかった。言葉にしたら本当にその通りになってしまいそうな気がして。
ディランは渋面をして言う。
「……それで済めばまだマシだろうさ。最悪、そのまま魔獣化する可能性もある。そうなったら……誰も手がつけられない」
「そんな……!」
そんな話は聞いていない。
まさか、光魔法で魔獣化する可能性があるなんて思いもしなかった。
今ここでヴァーリックが魔獣化してしまったら、今日はこの国は終わる。でも、このまま放っておいてもヴァーリックは魔獣化する可能性が高い。そうなったら、いずれこの国は終わる。国の終焉が少し先延ばしされるだけだ。
どうしたらいいんだろう。どうするのが正解なんだろう。
これがゲームだったなら、リセットをしてやり直せばいい。でも、この世界はわたしにとって『現実』だ。そんなことはできない。だから、慎重に選択をしなくては。
「レナの光魔法の修練度が上がるのを待つのも一つの手だと思う。見た感じだと、すぐに魔獣化しそうではな──」
『甘いぞ、人間そのいち!』
バードがディランのセリフに割って入る。
ディランはバードの呼び方がショックだったらしく、「……そのいち?」と呟いて呆然としている。
『某の見立てでは、あの汚らわしい獣はすぐに悪しきものになる。猶予はそんなにないはずだ。だからレナ殿、おぬしは今から浄化をしなければならぬ。浄化できなければ、この世界は終わりだ』
つぶらな瞳をして、そんな残酷なことを光の精霊は言う。
レナちゃんは言葉を失っている。顔色も悪い。
バードの言ったことは事実なんだろう。でも、もう少し言い方を考えてほしい。……なんて、人ではないバードに思うことが間違いなんだろうな……。
「わ、私……」
震えるレナちゃんに声をかけようとして、すぐに口を閉ざす。
──レナちゃんなら大丈夫。
そう言うのは容易い。でも、光魔法のことをなにも知らないわたしがそれを言うのは無責任すぎる。
ディランもルーカスもかける言葉が見つからないようだった。
『……人間の小娘ごときが、我の心配をするとはな』
そんな声がして振り返ると、先ほどまで爆睡していたはずのヴァーリックが起きていた。
白いコウモリ姿のまま、そしてわたしたちから離れたまま、こう続ける。
『自惚れるなよ、小娘。我は貴様なんぞの力に頼らなければならないほど弱くはない。魔獣化するくらいなら、今ここで命を断つ』
「リック!」
思わず叫んだわたしをヴァーリックはじっと見る。その目は黙れと言っているように見えて、わたしは文句をグッと堪えた。
『だが、これは貴様にとってチャンスだろうが。我のような偉大な存在を浄化することができたら、この世界にいる魔獣すべてを浄化することができるということだ。今が貴様が今まで努力してきたものを試すとき──そうだろう?』
「リックさん……」
ヴァーリックらしい言い分だ。
でも、確かにヴァーリックを浄化することができれば、ほとんどの魔獣を浄化することも可能だろう。なにせ、ヴァーリックより強い聖獣はほぼいないと言っても過言ではない。
『後ろ向きに考えすぎることが貴様らの悪いところだ。もっと我を見習い、自信を持て。大丈夫だ、貴様は我が主が見込んだ友人。絶対に成功する』
力強いヴァーリックの言葉にレナちゃんの瞳に強い光が宿る。
そうだ。ヴァーリックの言う通り。レナちゃんは絶対に成功する。だって、今まで頑張ってきたところを見てきた。頑張り屋のレナちゃんが報われない世界なんて存在するはずがない。
きっとディランもルーカスもわたしと同じ気持ちのはずだ。
レナちゃんは絶対に光魔法を成功させて、ヴァーリックを浄化する。そして、この国に平和をもたらす。
「レナさん」
「レベッカさん……」
「わたし、信じていますから」
にこりとレナちゃんに笑いかける。
レナちゃんは息を飲んだあと、いつものように明るく笑った。
「……はい! 私、きっとレベッカさんの信頼に応えてみせます!」
レナちゃんはすうっと大きく息を吸い込み、ヴァーリックの方へ向かって歩き出した。




