69:物語の先へ
魔獣の浄化の件に関してはアンディが慎重に日時を考えているようだ。
その日時の日まで、わたしたちは普通に学園生活を送った。
魔法ポンコツのわたしは実技では情けない結果ばかりなのに対し、レナちゃんは座学も実技もどちらも優秀な成績だ。これもディランのおかげだと、レナちゃんは嬉しそうに言う。
そうそう、ディランとレナちゃんのレッスンはまだ続いている。
ディランも学園に通い出したら前のようにとはいかないけれど、週末には必ずうちに来てレナちゃんに魔法指導をしている。それをレナちゃんも楽しみにしているようだ。ディランもきっと同じだろう。
そんな二人を見てちょっぴり羨ましく思う。
前はわたしもアンディと今の二人と同じくらいのペースで会えていたのに、入学初日以来会えていない。それどころか連絡すら取れないありさまだ。きっとなにかと忙しいんだろうけれど……近くに住んでいた友達が引っ越してしまったかのような、そんな感じの寂しさを感じる。
なんだかんだ言って、アンディにはいろんなことを話していたし、言いやすい存在でもあった。
言うならば、アンディはわたしの一番の友達。なんでも相談できる頼りになる友達だ。
そんなことを考えながら、わたしは今、ヴァーリックと共に街歩きをしている。
目的は食べ歩き──などではもちろんなく、ジャックの動向を探るためだ。
ノアは魔獣浄化の作戦でアンディのところに行っているので不在だ。それを狙った、というのもある。
なんとなく、ジャックはノアや他の人と一緒にいるときには現れないんじゃないかと思った。
特に根拠はないけれど……レナちゃんに接触してくる気配もないし、以前の彼のセリフ「またね」から察するに、彼はまたわたしに接触を図ってくるはずだ。だからあえてこうして一人の時間を作り、彼が接触しやすいように隙を作った。
どうやらその成果はあったみたい。
街歩きは今日で三回目だけど、さっそく引っかかった。
「やあ、こんにちは」
「こんにちは。記念館以来ですね」
目の前には記念館で会った人物と同一人物とは思えない青年が立っていた。
でも、わたしの目は誤魔化せない。なぜなら、彼の容姿の特徴は、ゲームのパッケージで見た姿そのままだから。違うのは、制服姿じゃないということくらいだろうか。
「……へえ。俺たち、会うのは初めてじゃなかった?」
「あなたと会うのは初めてかもしれませんね」
器用なことに、彼は声まで変えている。
どれが素顔で本当の声なのかは知らないけれど……たぶん、これが彼の本当の姿なんだろうな、と思う。
いくら変装の達人でも、ずっと同じ姿で潜伏するのは難しいはずだ。それが魔法を使っているのなら、なおさら。ましては学園は魔法教育機関。そんな場所でリスキーなことはしないだろう。
「……面白いことを言うね、レベッカちゃんは」
「あら。わたし、名乗りましたっけ?」
「君は意外と有名人なんだよ。改めて、俺の名前はジャック・マーティン。どうぞお見知り置きを」
「どうも。ところで、ジャックさんはわたしになんの用があるのでしょう」
「君に一目惚れしたんだ」
しれっとそんなことを言うジャックに半眼になる。
誰がそんなことを信じるものですか。
「……って言ったら信じる? って言おうとしたんだけど……その顔はまったく信じていないね」
「ええ、もちろん。あなた、同じようなことを他の方にもおっしゃっているのではなくて?」
「ひどいなあ。俺、そんな奴に見える?」
「はい」
「即答かよ!」
ジャックはそう突っ込んだあと、なぜかお腹を抱えて笑い出す。
なぜ笑う? どこかに笑う要素があった?
「あははっ……! ごめん、あまりにも小気味よく返されたらさ……女の子って一目惚れとかそういうの好きでしょ?」
「そうかもしれませんが、あなたは信用できないお顔をされているので」
「ひでえ」
そう言ったあとジャックはまた笑う。
しばらく笑い続けてやっと収まったようで、目に浮かんだ涙を拭いながら「ごめんごめん」という。
わたしはそれを冷めた目で見ながら、ジャックに問いかける。
「それで、本当の目的はなんなのです?」
「わかった、話すよ。でも、少し場所を変えようか。そうだなあ……」
ジャックは辺りを見回したあと、にっこりと笑いかける。
「あそこのスイーツのお店にでも入ろうか。こんなに笑わせてもらえたお礼にご馳走するよ」
「いいえ、結構です。自分の代金はきちんと支払います」
得体の知れないジャックに借りを作りたくない。
本当は会いたくもなかったんだけど、彼のことを知らないと先に進めない気がした。
──今進行しているゲームの物語の先に。




