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59:似顔絵


 わたしは机にしまいこんだメモを取り出し、睨めっこしていた。

 六年前に書いたメモ。その頃からゲームのことはうろ覚えだった。だから、このメモが正確ではない可能性はある。


 可能性はあるけれど……さすがに攻略対象者の名前は間違えないよなあ……。ジャックの特徴。黒髪、ひと房だけ金色のメッシュ、グレーの瞳……。この国では平凡な色合いだ。同じ特徴を持つ人は結構いるだろうから、探す手がかりにはならない。


 メモにあるジャックについての記述は容姿についてと人柄ぐらいしか書かれていない。昔から興味なかったんだな、わたし。

 顔もうろ覚えなんだよね……一応似顔絵の嗜みはあるから、顔を覚えていれば描き起こせたかもしれないけれど。


 うーん、ものの試しに描いてみようかなあ。

 鉛筆と白紙を手に、うろ覚えながらジャックの顔を描いてみる。


 えーっと、確か猫みたいな目をしていて……髪はちょっと長めで、口角は少しあがっていて……。

 ……違うな。こんな顔じゃなかった。輪郭が悪いのかな?


 描いては消し、描いては消しを繰り返した結果、紙も手も真っ黒になってしまった。

 ……だめかー。


 試しに描いてみたアンディやディラン、オスカー殿下はわりと似ていると思うんだけど……どうしてもジャックだけは似ない。似ないというか、ピンとこない。


『なにをしているんだ?』


 バサリと羽音がしたかと思うと、定位置にヴァーリックが停まる。


「ああ、リック。戻っていたの?」

『まあな。今日もレナを見張ってやったぞ。我を褒め讃えろ』

「偉いわ、さすがリック!」


 単純なこのドラゴンはそう褒めるだけで満足してくれるのでありがたい。

 食べ物を与えておけばご機嫌も取れるし、本当に扱いやすい。まあ……たまにすごく面倒くさいときもあるんだけれど。


『それで? なにをしていたんだ? お絵描きか?』

「そんなところかな」

『アンディとディラン……おお、これはオスカーとかいう奴か? みんな似ている……うん? これは……異世界の言語で書かれたメモか』

「なんでわかるの?」


 驚いて聞き返すと、ヴァーリックはあっけらかんと答えた。


『さすがに読めないが、向こうの世界で似たような文字をみたことがある。稀におまえみたいな奴が迷い込むことがあるんだとか』

「そうなんだ……」


 わたしと同じ日本人が転生、または転移してきたのかな。まあ、わたしという例があるわけだし、わたし以外に転生者や転移者がいないとは言いきれないだろう。


『それで、なにを悩んでいるんだ、主は?』

「うん……確かにいるはずの人物が探し出せなくて困っているの」

『どういうことだ?』

「名前や顔の特徴で探しても見つからないの。だからどうしようかと思って」

『ふうん』


 聞いてきたくせに興味なさそう。

 まあ、ヴァーリックに聞いたところでなんとかなるとはこれっぽっちも思ってなかったけれどね!


『そいつもレナと関係のある奴なのか?』

「え? ううん、今はまだ関わりはないはずだけれど……どうして?」

『どうにもあの小娘の周りには変わった星の元に生まれた奴らが集まりやすいようだからなぁ』


 おまえも含めてな、とヴァーリックに目で言われる。

 悪かったね、変わっていて!


『だから案外、主の探し人は近くにいるのかもしれないぞ?』

「え……」


 それってどういうことだろう?

 詳しく聞こうとする前に『これはただの我の勘だから深く聞くな』と言われてしまう。


 残念……でも、ドラゴンの勘ね……なかなか無視できないワードだ。

 念のためにレナちゃんにも聞いておこうかな。


 一番雰囲気的に似ている似顔絵を持ってレナちゃんの元へ向かう。

 今ならきっと魔法の訓練は休憩中だ。


「あ、レベッカさん」


 わたしの予想通り、休憩中だったようだ。

 東屋にはお茶とお菓子が少し用意され、レナちゃんはディランとなにか話をしていたようだった。


 レナちゃんがわたしに気づき、笑顔で手を振る。

 最近、レナちゃんの明るい笑顔をたくさん見られるようになって嬉しい。レナちゃんがあの小屋にいたときは表情が今よりも薄かったし、あまり笑ってくれなかった。


 ルーカスとの仲が多少修復されたのが大きいのだろう。うちに来てからもしばらくは浮かない顔が多かったから。

 レナちゃんの輝く笑顔が見られるようになって本当によかった。


「お疲れ様、レナさん。魔法の授業は順調ですか?」

「はい! ディランさんのお陰で、中級魔法を少しだけ使えるようになりました」

「まあ、すごいわ!」


 ディランが再びレナちゃんの魔法指導をするようになって一週間。それで中級魔法が使えるようになるとは……レナちゃんの才覚はもとより、ディランの教え方が上手なのも大きいに違いない。


 中級魔法か……わたしは使えないな……。

 わたしもディランに魔法を教えてもらえれば使えるようになるのかな? わたしにも教えてくれないかな?


 お茶を飲んでいるディランをチラッと見ると、怪訝な顔をされる。どうやらわたしの意図は伝わっていないらしい。

 ……まあ、いいですけどね、今は。今は、ね。


「それよりもどうされたんですか、レベッカさん」

「ああ、そうだったわ。レナさんに確認したいことがありますの」

「私に?」


 首を傾げたレナちゃんに似顔絵を見せる。

 ジャックの似顔絵だけを持ってきて見せるつもりだったんだけど、気晴らしで描いたみんなの似顔絵(※デフォルメしたやつ)の落書きが重なっていたようで。ペラッと落ちてしまう。


「なにこれ?」

「あっ、それは……!」


 珍しくディランが反応して紙を拾う。

 そしてじっと紙を見つめ、すんなりわたしに返す。


「……はい。人には必ず一つは才能があるんだねぇ」


 どういう意味だよ、それ。

 そう言いたいのをぐっと堪えてお礼を言う。


「……ごほん。それよりもレナさん、こちらをご覧になってほしいのですけれど」

「はい、もちろん。似顔絵ですか?」

「ええ、そうです。こういう雰囲気の方を知りませんか?」


 レナちゃんにジャックの似顔絵を渡す。

 レナちゃんはそれをじっと見つめたあと、口を開いた。


「……この方、見覚えがあります」



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