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58:存在しない人


 攻略対象者の中で、わたしと接点のある人は今のところ、アンディとオスカー殿下、ディランだ。

 それ以外に攻略できる登場人物はあと一人いる。


 彼の名前はジャック・マーティン。

 チャラチャラした女好き。アンディよりも一学年上になる。


 攻略対象者としてはいいけれど、現実では正直あまり関わり合いになりたくない人物なので、今まで特に気にすることもなく過ごしてきた。

 しかしこれを機に彼のことを調べて、驚くべきことが判明した。


「……ジャック・マーティンは存在しない?」


 聞き返したわたしに、アンディは頷く。


「少なくとも学園に在籍する生徒の中にはいない。どこからその名前を聞いたの?」

「……」


 そんなバカな。

 メモにはしっかりその名前が書かれていたし、なんとなく顔だって覚えている。

 ……前世のわたしは彼に興味がなかったのか、まったく詳細は覚えていないんですけどね。


 ……もしかして、ここはゲームの世界ではなかったとか?

 いや、ゲームの中と同じ名前、同じ顔の人物がいるのだから、その可能性は低い。


 だとしたら、他に考えられるのは──。


「……偽名」


 偽名を使って学園に通っている、または偽名を名乗ったのどちらかだ。


 前者の場合、偽名で入学手続きがすんなり通るとは思えないから、組織的な工作がされている可能性がある。人の経歴の改竄なんて、素人ができるような代物ではない。


 後者の場合は、偽名を名乗らないといけない事情があるのだろうけれど……たとえば──本当の身分を隠しているとか。

 だとしたら、厄介だ。

 わたしでは太刀打ちできない可能性が非常に高い。かといってアンディを巻き込むわけにもいかない。これは絶対に、だ。


 アンディはこの国の皇帝になる人。本当の身分もわからない謎の存在に関わらせてはならない。


「偽名?」


 本当に小さな声で言ったはずだけど、アンディの耳にはしっかり届いていたらしい。

 わたしは慌てて首を横に振る。


「なんでもないの、気にしないで。きっとわたしの勘違いだったのね。誰と勘違いしたのかしら」


 笑って誤魔化す。

 それで誤魔化されてくれるといいんだけれど、アンディだからなぁ……望みは薄いかな。


「勘違いねぇ……本当に?」


 ほらね、疑っている!

 でも、本当のことを言うわけにはいかないし、なによりアンディをジャックに関わらせたくない。


「本当よ。見て、わたしのこの澄んだ目を。嘘をついているように見える?」


 可愛らしく小首を傾げ、パチパチと大袈裟にまばたきをしてみせる。

 そんなわたしをアンディはじっと見つめ、微笑む。


「うん」


 ……『うん』!? えっ、嘘ついているように見えるってこと!? こんなに純粋な目をしているのに!?

 ちなみに、純粋な目というのはわたしによる超好意的な偏った見方によるものです。他者視点の意見は反映されておりません。


「ひどいわ……! わたしがいつ嘘をついたというの?」

「今ついているでしょ」


 そういう冷静なツッコミはいらないから!

 うーん……なにかアンディを上手く誤魔化せる方法はないものか……うーん…………なにも思いつかない……。


「……まあ、言いたくないのなら言わなくてもいいよ」

「……いいの?」


 思わず聞き返したわたしにアンディは頷く。


「君にだって言いたくないこと、僕には言いづらいことが一つくらいあるってことでしょう。僕だって君に言っていない……言いたくないことがある。お互い様だよ」

「……」


 それはそうだけれど……。

 今のわたしにとってはありがたい言葉。でも……なんでかな。少しだけ寂しく思うのは。


「それに、君は僕の不利益になるようなことはしないって信用しているからね」

「……ありがとう」


 なんだろう? 信用してもらえて嬉しいと思うのに、なんだか少しモヤッともする。おかしいなあ、なんだろうこのモヤモヤ。


「でも、あまり無茶はしないように。わかったね?」

「ええ」


 アンディが心配してくれているのはわかる。

 でも、やっぱり胸のモヤモヤは消えてくれない。

 どうしちゃったのかな、わたし……。


 ううん、今はモヤモヤしている場合ではない。

 早くジャックを探しつつ、攻略対象者たちに共通して接点のある人物を見つけなくちゃ。


 胸のモヤモヤを無視して、わたしは次の行動に移すべく、皇宮をあとにするのだった。


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