56:ディランを説得しよう!
「……ディランさん、最近来てくれませんね」
魔法の訓練の中休み、レナちゃんがポツリとそう言った。肩には光の精霊が相変わらず乗っている。
「魔法の研究で忙しいんじゃないの?」
ルーカスがクッキーに手を伸ばしながらそう言った。レナちゃんはそれにも浮かない顔だ。
「そうならいいのだけれど……レベッカさん、なにかご存じないですか?」
知ってる。ディランが拗ねて引きこもっているらしいことは知っている。
でも、それをレナちゃんや彼に憧れているルーカスに言うのはどうかと思うんだよね……。
だから必然的に「さあ……特に聞いておりませんわ」と答えるしかない。
うう……後ろめたい……。
「そうですか……レベッカさんもご存じではないのですね。……私、ディランさんに嫌われてしまったのかな……」
そう言ってレナちゃんはしゅんとする。
いや違うから。むしろ逆だから。
そう言えないのが本当に心苦しいよ……!
「ディラン様が姉さんを嫌うなんてありえないよ」
「え?」
顔を上げてルーカスを見るレナちゃん。
ルーカス……君、姉を励まそうとしているんだね? なんて姉思いの弟なんだ! すごくいい子!
わたしがそう感動している間にも、ルーカスは表情を変えずに「だってそうでしょ?」と続ける。
「姉さんは貴重な光魔法の使い手。今は光の精霊だって傍にいるんだし、そんな相手をディラン様が嫌うわけないでしょ。いや、嫌っていたとしても、絶対に避けるようなことはしないよ、研究のために」
「……」
……いやその通りなんですけれどね。確かにあのディランならそうするだろうけれどもね、もっと言い方ってものがだね、ルーカスくん……!
……ん? 待って。ここまでディランのことを理解しているということは……もしかしてルーカスはディランが人嫌いの偏屈根暗野郎だってことも知っているのでは? それでいて憧れているとか……?
わからない……わたしにはわからない……いや、知らない方がいい気がするから、この件に関してはこれ以上考えないようにしよう。
「……ともかく、あまり気にされない方がいいですわ。そのうち顔を出してくれますよ、きっと」
あまり自信はないけどね……でも、そう言わないとレナちゃんが落ち込んじゃうから。
レナちゃんは少し考える様子をした。そしてわたしをまっすぐ見つめて言った。
「レベッカさん……お願いがあります」
「なんでしょう?」
「私を、ディランさんの家に連れて行ってください!」
レナちゃんをディランの家に? あの汚ったない研究室にレナちゃんを連れていくの?
ちょっと気が咎めるけれど、レナちゃんの初めてのお願いだし、ここは叶えてあげよう。
それに、ディランを部屋から引っ張りだせるのはレナちゃんしかいない気がする。
「わかりました。案内いたしましょう」
「ありがとうございます!」
にっこり笑ったレナちゃんの笑顔の眩しいこと。
ルーカスも行きたがっていたけれど、ここはお留守番をしてもらうことにする。彼が行くとややこしくなりそうだしね。光の精霊もルーカスと一緒にお留守番だ。
早速行こうということになって、わたしはヴァーリックにディランの家へ連れて行ってもらった。
大きな鳥の姿になったヴァーリックに乗れば、ディランの家にはすぐ着く。
まだ工事は終わっていないようだ。何人かの人が行ったり来たりを繰り返し、忙しなく働いている。
派手に壊したからね……職人さんたち、本当にお疲れ様です。
ディランの研究室は入口がわからないようになっているけれど、わたしは特別な魔法石をもらっているお陰で入口がわかる。
なんでもらったかと言うと、ヴァーリックの研究をするときに必要になるかもしれないからともらったのだ。……正確に言うと〝奪った〟が正しいのかもしれないけれどね。
わたしが案内をし、レナちゃんと一緒に研究室へ向かう。ヴァーリックは地上に降りてすぐにいつものコウモリ姿になった。
部屋に入るとき、一応ノックをする。
しかし反応がない。まあ、いつものことだ。
わたしはいつも通り、戸惑うレナちゃんを引っ張って勝手に部屋に入った。
相変わらず汚い部屋。
部屋の奥の方に、ぼんやりと宙を見つめているディランがいた。
なにか考え事をしているときのディランはいつもこんな感じだ。
こういうときのディランは普通に声をかけても気づいてくれないので、ここでわたしお手製のメガホンの出番である!
足元の資料や物を踏まないように気をつけながらディランに近づく。
そしてすっと大きく息を吸い込み、お腹から声を出す。
「ディランさん、こんにちはー!!」
あまりのボリュームにレナちゃんは耳を塞いだ。若干涙目だ。ご、ごめん……事前に言えばよかったね。
一方のディランは心ここに在らずといった感じで、虚ろな目でわたしを見た。
「…………なに?」
ディランは耳からなにかを抜く。
どうやら耳栓を作ったらしい。わたしの幾度とないメガホン攻撃に、さすがのディランも参ったようだ。
天才ディランに勝ったぞー! こんなことで勝ってもなにもならないけどねー!
「今日は用があるのはわたしではありません。さあ、レナさんどうぞ!」
ディランは少し驚いた顔をして、「……レナ?」と名を呼んだ。
レナちゃんは少し気恥ずかしそうだったけれど、覚悟を決めた顔をして一歩前に出た。
「ディランさん……私、魔法が出せるようになったんです。まだ何回かは失敗しちゃうので、完璧ではないのですが……」
「……それで?」
「だから、その……あのっ! もう一度私に魔法を教えてくれませんか!」
「魔法はキミの弟からも教わっているんでしょ? なら、別にボクが教える必要はないよね?」
「確かに弟から教えてもらってはいます……でも、私……私は──ディランさんから魔法を教えてもらいたいんです」
「……なんで?」
本当に不思議そうにディランは言う。
それはわたしも少し不思議に思っている。見ている限り、ルーカスの教え方は下手ではない。もちろん、ディランよりかはたどたどしいところもあるけれど、十分わかりやすく教えていた。
なのに、どうしてレナちゃんはルーカスに拘るんだろう?
「私の魔法の師匠はディランさんですから。最後までディランさんに教えてもらいたいんです。お願いします、もう一度私に魔法を教えください!」
そう言ってレナちゃんは頭を下げた。




