55:本人に自覚はない?
わたしたちはレナちゃんたちの帰りを待った。
オスカー殿下に無茶ぶりされていないだろうか。昔のわたしのような目に遭っていないだろうか。
レナちゃんはちょっと前まで本当に痩せていたのだ。オスカー殿下に付き合えるような体力を今でも持っていないと思う。
ああ、心配だ……早く帰ってこないかな。
というか、遅いな。もう二時間近く経っているんだけど……。
ディランはイライラしているし、そんなディランにルーカスはおろおろしてきるし、アンディは平静を装ってはいるけれどソワソワしていて、ヴァーリックはお菓子を要求している。このドラゴンはどこでもブレないな。
暇を持て余していると、ようやくレナちゃんたちが帰ってきた。
「戻ったぞ」
「ただいま戻りました」
わたしはレナちゃんに駆け寄る。
「お帰りなさい、レナさん! 大丈夫ですか? お兄様……オスカー殿下に無茶をさせられませんでしたか?」
「え? ええ、なにも……」
信用ないなあ、としょんぼりするオスカー殿下は無視する。あなたは過去にやからしているからね、信用なんてあると思うな。
「ああ、良かった。待っていてくださいね、今飲み物を用意させます」
メイドを呼んで二人のお茶を用意するように伝える。
レナちゃんが無事に帰ってきて本当に良かった!
「お散歩、どうでしたか?」
お茶が運ばれてきたところで、皆が気になっているだろうことをわたしが代表して聞く。
すると、レナちゃんはオスカー殿下の方を向き、オスカー殿下もそれに気づき、優しく笑う。
……おや?
「オスカー殿下とたくさん、お話をしました。いろいろなことを、たくさん……」
そう言ってレナちゃんは顔を伏せた。
しかし、すぐに顔をあげてにっこりと笑う。
「私──きっともう大丈夫です」
そう言ったレナちゃんの顔は晴れ晴れとしていた。まるで憑き物が取れたかのような、そんな顔だった。
その顔を見てわたしは思った。
──ああ、きっとレナちゃんは大丈夫だ。
その日から、ルーカスがたびたび我が家を訪れ、レナちゃんと一緒に魔法の訓練をしている。
ペンギンもあの日からずっとレナちゃんの傍にいる。もう隠れる気はないらしい。
レナちゃんはまだ完全に魔法が使えるわけではないけれど、十回中七回は魔法が成功するようになった。
まったく魔法を使えなかったことを考えれば、すごい進歩だと思う。
レナちゃんとルーカスは未だにああだこうだと言い合ってはいるけれど、二人ともなんだか楽しそうだ。傍から見れば仲のいい姉弟に見える。
アンディとの定期的なお茶会でそのことを報告した。
「レナ嬢は順調に魔法の訓練が進んでいるようでよかったね」
「ええ。お兄様のお陰だわ」
「兄上のお陰、か……」
信じ難いというようなニュアンスだ。
まあ、気持ちはわからなくもない。わたしだって正直、本当にオスカー殿下が? と思っている。
「お兄様はなんておっしゃっているの?」
「なにも。ただ……少し昔話をしただけだと」
「昔話ね……」
その昔話のお陰でレナちゃんが魔法を使えるようになったのか。
どんな昔話だったのだろう。それとあのときの意味ありげなレナちゃんとオスカー殿下のやり取りが少し気になるんだよなあ……。
もしかしてだけど。もしかして、レナちゃんはオスカー殿下に……。
いやいや、あまり勘ぐるのもよくないか。そういうのは自然の成り行きだものね。
オスカー殿下のことは今度レナちゃんにじっくりきくとして、問題は……。
「ディランが引きこもった? いつものことじゃないか」
それはその通りなんですけれどね……。
なんというか、今は取り付く島もないんだよね。
レナちゃんが魔法を使えるようになったと言っても「ふうん、よかったね」と言うだけ。わたしの顔も見ようとしない。
再びレナちゃんに魔法を教えてあげてほしいと頼んでも「弟が付きっきりで教えてるんだからボクは必要ないでしょ」と言われてしまう。
ヴァーリックを貸さないぞと脅しても、「別にいいよ」と言って、脅しに屈してくれない。
どうしちゃったんだろうなあ。嫌な奴だけど、光魔法には興味津々で、そのためなら嫌いな外出だってしていたのに。
レナちゃんが魔法を使えるようになったと知れば、光魔法の研究ができると乗り気で再び魔法指導をしてくれる思っていたのだけど……。
「へえ? あのディランが、リックを取り上げられてもいいと言うなんてね。まだ研究し足りないだろうに」
「そうでしょう? なにかおかしいと思うのだけど、わたしがなにを言っても無駄で……」
「……まあ、君じゃだめだろうね」
「え?」
わたしじゃだめ? なんで?
きょとんとするわたしに、アンディは呆れ顔だ。
「鈍いなあ……ディランはね、レナ嬢のことを気に入っているんだよ」
「え、ええ……それはわかっているわ」
なんだかんだ言ってディランはレナちゃんのことを認めていたし、最初の方は熱心に教えていた。
わたしのことはポンコツだ凡人だとバカにするけれど、レナちゃんに対してはそんなことは一度も言わない。つまり、それだけレナちゃんのことを彼なりに気に入っていたのだろう。
「いいや、君はまったくわかっていない。いいかい? ディランはレナ嬢を気に入っていた。だから、彼女なら乗り越えられると信じて一度突き放した。でも、なにかあればすぐに相談に応じていたし、行動だって起こしていた」
「え、ええ、そうね」
なんだかんだ言ってレナちゃんのことはずっと気にかけていたようだった。
いや、それはわかるよ。わかっているけど……それとわたしがわかっていないということになんの関係が?
「そんな矢先、オスカーが突然現れ、少し一緒にいただけで彼女が魔法を使えないという問題を解決してしまった──それがディランは面白くなくて拗ねているんだよ」
「へえ…………えっ!?」
そ、それってつまり、ディランはレナちゃんのことを……!?
「そ、そういうことだったの……あのディランが……」
へえ、そうなんだぁ。人嫌いのディランがねぇ?
笑いを堪えようとして、むふむふと変な笑い声を発してしまったわたしにアンディは、呆れたような、残念なものを見てしまったかのような顔をして言った。
「……本人に自覚がないかもしれないから、これはここだけの話だよ」
「わかっているわ」
しっかり頷いたわたしに、アンディは「本当にわかっているのかな……」と心配そうな顔をする。
失礼だな、まったく!




