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35:遠慮はしない


 ディランによる魔法教室はとても勉強になるものだった。わたしも一緒に聞いていたけれど、思いのほかディランは懇切丁寧に教えてくれる。


 レナちゃんも熱心に授業を受けている。

 最初こそ大人しく授業を受けているだけだったけれど、回数を重ねるうちに積極的に質問をするようになっていった。


 おどおどしていたのもなくなり、今では屈託のない笑顔を浮かべてくれるまでになった。打ち解けてくれたみたいでわたしも嬉しい。


 定期的に差し入れをしている成果が出て、レナちゃんも徐々に健康的な体つきになっていった。青白くて荒れていた肌も今では輝くシルクのようになった。おかげでその可愛らしさに磨きがかかっている。


 ボロボロだった小屋も魔法の実践を兼ねて少しずつ修繕されていき、今では隙間風もほとんどない。レナちゃんいわく、雨漏りもなくなったそうだ。よかったよかった。


 ただ、実践魔法には少し苦戦している。

 それはわたしのように才能の問題ではなく、ディランいわく精神的なものによるものなんだとか。


「ボクが思うに、彼女は魔法に関してなんらかのトラウマを抱えている。それがなんなのかはわからないが……時折怯えた様子を見せていることから、たぶん家族に関するものだな。あそこでは実践魔法で成長するのは難しいんじゃないか」

「そう……」


 レナちゃんの家からの帰り道、ディランからのそんな報告を受けた。

 ディランは熱心にヴァーリックを観察しながら、さらにこう付け加えた。


「彼女には天賦の魔法の才能があると思う。まあ、ボクには劣るけどね。光魔法を使いこなすためには、まずはそのトラウマを克服するしかない。少なくとも、場所は変える必要がある」

「ええ……わかっています。そのために、いろいろ動いてはいるのだけど……」


 アンディからの成果は芳しくない。

 あちこちに働きかけてはいるそうだけれど、レナちゃんの家はレナちゃんの存在自体を秘匿しているようで、その存在自体を疑われる有様なのだ。


 アンディが無理にレナちゃんを保護しようとすれば、余計な誤解を招きかねない。変な臆測のせいでアンディが皇帝から一歩遠ざかるようなことがあってもいけない。


 うーん、どうしたものかなあ……。


「──キミが保護すればいいんじゃないの」

「え? わたしが?」

「キミは殿下の妃候補の筆頭。それに家格だってレナよりも高いんだし、誰も文句は言えないだろ」

「それはそうかもしれませんが……でも、アンディにご迷惑がかかったら……」

「キミはあくまでも『妃候補』。代わりは他にもいるんだから、殿下に迷惑なんてかからない」


 それはそうだけど、もし揉め事にでもなったら、わたしが皇妃になれなくなるかもしれないじゃないか!

 でも……このままだと皇妃うんぬんどころの話じゃなくなるかもしれないし……。


「検討してみます」


 日本人特有の言い方で誤魔化す。

 そしてあとでアンディに相談しよう。




『──いいんじゃない、君が保護すれば』

「ええー?」


 指輪越しに相談したらまさかの返事。

 そんな簡単に言いますけれどね! お父様になんて言えばいいんだ!


『ディランが目にかけている女の子がいて、ぜひ仲良くなりたいから学園が始まるまで一緒にいたい──そんな感じで侯爵には言っておけば?』

「それなら……お父様と納得するかもしれないけれども……でも、レナさんの存在はあまり知られていないんでしょう? そんな彼女とどうやって知り合ったかと聞かれたら返答に困るわ」

『そんなの適当に答えればいいよ。なんなら、僕のお墨付きと付け足してもいい』

「でも……」


 まだ反論するわたしに、アンディはため息をひとつついた。


『君がなにを気にしているかはなんとなく想像はつくけれどね、これはこの国の命運がかかっていることでもあるんだよ。それに比べたら僕や君の名前にちょっとキズがつくくらい安いものさ』


 確かに、それはそうか。

 レナちゃんの光魔法がどれほど熟練されるかで、対応策が大きく変わってくる。


「……わかった。お父様に相談してみるわ」

『うん、頼んだ。僕の名前は遠慮なく使うといい』

「ありがとう」


 アンディがいいと言ったといえば、お父様も了承してくれるだろう。

 あとは……デイヴィス家がどう出るかだ。

 すんなりとレナちゃんを渡してくれればいいけれど……。


「……アンディ」

『なに?』

「さっきの言葉、忘れないでね」

『は?』


 もちろん忘れないけれど……、と戸惑うアンディにわたしは心の中で言う。


 あなたのお名前、遠慮なく使わせていただきます。自分で言ったこと、後悔なさらないでね。


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