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33:譲歩


「とりあえず、ボクの研究室に行こうか。ここじゃ、細かい話はできないでしょ」

「研究室……?」


 そんなものがいったいどこにあるというのだろう。屋敷はあの惨状だし、とても無事な部屋があるとは思えない。


「地下にあるんだよ。黙ってついてきて」


 そう言ってディランが指を鳴らすと、今までなかったはずの地下への入口が玄関の手前くらいに出現した。

 き、気づかなかった……!


「入口が現れた!? いやあ、気づかなかったっス……」

『我もだ……なるほど、幻覚の一種か。すごい技術だ』


 あのヴァーリックでさえも気づかないなんて、どれだけすごい魔法なんだろう……。

 ヴァーリックが手放しで褒めるなんて珍しいし、それだけディランの魔法技術は高いという証拠だ。さすが天才と呼ばれるだけはある。

 わたしと同い年なのに、すごい。これからこの人はどれだけすごい魔法を編み出していくのだろうか。楽しみなような、怖いような……。


「ドラゴンに認めてもらえて嬉しいよ。さあ、こっちだ」


 わたしたちはディランのあとに続き、地下へと降りていく。

 ディランの研究室は結構な広さだった。わたしの部屋よりも広いかもしれない。

 だけど……。


「汚ったない!」


 思わずそうノアが叫ぶくらいに、その部屋は荒れていた。丸められた紙がいくつも床に転がっているし、本はあちこちに積まれていたり、無造作に置かれていたり、開きっぱなしだったりしている。書きかけの魔法陣なんかもいくつも転がっているし、怪しげな薬のような液体の入った瓶も転がっていて、足の踏み場を見つけるのが大変な有様だ。


「適当に退けて座って」


 そうディランは言って、近くの椅子を引っ張り出し、その上に置かれていた書類やら本やらを落として座る。

 ええ……そんな粗末な扱いしていいの? 落とした本、見るからに希少な魔導書っぽいんだけど……。


 ディランみたいにはとてもできないので、椅子に置かれていたものはまとめて床に置き、埃を軽く払ってから座る。

 ノアは座るのを諦めたようで、わたしの後ろに立ったままだ。ヴァーリックはわたしの頭の上に乗っている。


「それで? キミは魔法のなにを教えてほしいの?」

「光魔法について」

「光魔法?」


 意外そうな顔をしてディランはわたしを見る。


「光魔法なんておとぎ話みたいなものでしょ。そんなのを知りたがるなんて、変わっているねえ」

「大事なことなんです。国の命運がかかるくらいに。それと……魔法を教えてほしいのはわたしに対してではありません。別の方です」

「はあ? キミじゃないの?」


 顔をしかめるディランにわたしは頷く。


「わたしは残念ながら魔法の才能に恵まれていないので……その人は光魔法が使えるはずなんです。でも、魔法の教育を受けられていないみたいで……学園に入るまでには、人並み程度の魔法の知識や技術を身につけられるようにしてほしいのです」


 ふうん、とディランは頬杖をつく。

 そしてじっとわたしを見て呟く。


「……ドラゴンを守護獣にできた人間が魔法の才能に恵まれていないなんて思えないけど……まあ、それはいいや。ボクは光魔法の持ち主に魔法を教えればいいんだね?」

「その通りです。光魔法にも興味がおありでしょう?」

「もちろんさ。おとぎ話の魔法が見られるなんて、ワクワクする」


 本当に魔法が好きなんだなあ、この人。子どもみたいに目を輝かしているし。


「まあ……ちゃんとした魔法を見るためにはみっちり基礎を叩き込まないとね……どのやり方が効率的かなぁ」


 フフフと笑いだしたディランにちょっと引く。

 この人に頼んだのは間違いだったかもしれないとちょっとだけ思った。でもまあ……、ディランしか適任者はいないんだけど……。


「それで? その人はいつ連れて来る?」

「いえ、その方はとある事情で家から離れられないので、ディランさんに出向いてもらおうかと」

「……はあ?」


 ディランの声が一気に低くなる。

 あ、あれ……? わたし、なにかディランの気に触るようなこと言った? 思い返してもなにが悪かったのかわからない。


「なんでボクがわざわざ行かないといけないわけ? 教えてもらうのはそっちなんだから、その人がボクの元に通うべきでしょ」

「そ、それはそうですけれど……! でも本当にその方は家から出られないんです。お願いします、どうかわたしと一緒に来てください」

「……」


 ディランはブスッとした顔をしたま黙り込む。

 ……だめなんだろうか……。まさか、そんなところで難色を示すなんて思いもしなかった。


「わたしのドラゴンを好きなだけお貸ししますから。お願いします! このドラゴン、好きな食べ物与えておけば大人しいですから!」

『主よ、我を愚弄するな』

「愚弄なんてとんでもない。事実を述べただけよ」

『やっぱり愚弄しているじゃないか!』


 実際その通りだからね。食べ物に釣られまくっているからね、このドラゴン。

 羽根をバタバタとさせて抗議をするヴァーリックを無視し、もう一度ディランにお願いをする。


「お願いします。ディランさんにしか頼めないんです」

「…………はぁ……しょうがない。ボクが譲歩してあげよう」

「ありがとうございます!」


 渋々と、本当に苦渋の決断かのようにディランは言う。

 よかった。これでとりあえず教師は確保だ。

 次はディランを連れてレナちゃんに会いに行こう!


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