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31:お手製のメガホン


 屋敷の中は静かだった。

 まるで時間に置いてかれてしまうような……そんな不思議な感じのする家だ。


「誰かいませんか?」


 そう言いながら部屋を開けて行くけれど、ディランの姿はどこにもない。

 ディランがいるというこの屋敷はそんなに大きくはない。合ってもせいぜい五部屋くらいだろう。

 今、ちょうど最後の部屋を開けたのだけど……。


「……誰もいない」


 部屋の中には誰の姿もない。

 アンディの情報が間違っていた? いや、そんなバカな。ディランはその才能ゆえに、皇家の監視下に置かれていたはずだ。皇子であるアンディかディランの居場所を間違えるわけがない。


 となると……留守だったとか?

 それだったらなおさら鍵をかけないなんて不用心過ぎる。今度、アンディにちゃんと鍵閉めるように言ってもらおうかな……会えたらわたしが言うけど。


 無駄足だったかとがっくりしていると、ヴァーリックとノアがなにやらそわそわし出した。


「なに……? どうしたの?」

「いやなんか……」

『魔力の揺れを感じて……だが、これは……』


 ヴァーリックがなにかを言いかけたとき、突然爆音がした。そして強い風に当てられる。

 ヴァーリックとノアがすぐに反応して魔法を使ってくれたおかけで、わたしたちは怪我をしなかった。しかし、屋敷内は悲惨な状況になっていた。


 まずはあらゆる窓のガラスが木端微塵になっていた。そして部屋に置かれていたテーブルや椅子は散乱し、花瓶も割れている。カーテンもビリビリになっているし……今、いったいなにがあったの?


「地下っスかね?」

『恐らくな』

「じゃあ、どこかに入口が……」

「アアーーーー!! また失敗だぁーーー!!」


 ヴァーリックとノアの会話を割るように、どこかからか大きな叫び声が聞こえた。

 たぶん、屋敷の外だ。

 わたしたちは慌てて屋敷の外に出ると、さっきまではなかった地下への入口が出現し、その入口近くで一人の少年が座り込んで頭を地面にガシガシと打ち付けていた。


「…………お嬢」

「なに?」

「もしかして、あれが……いや、やっぱいいっス。言わなくて……」

「あれがわたしたちの探している天才魔法士ディランよ」

「言わなくていいって言ったのに~!」


 嘆くノアにニヤリと笑う。

 ノアが思い描いていた天才魔法士の姿とは正反対のあの変態のような彼にショックを受けたのだろう。気持ちはわかるよ。


「なにが悪かったんだ……? ボクの理論は完璧だったはず……となると、やはり魔力構成が……いや、そもそもあれは火の魔法が……」


 頭を打ち付けながらブツブツと呟くディランに近づく。結構近づいても彼がわたしに気づく様子はない。

 どうやら自分の世界に入ってしまったようだ。こうなったらもう、こうするしかない……!


 わたしは予め用意しておいたお手製のメガホンを手に取り、ディランの耳元に近づける。

 そして、大きく息を吸い込んだ。


「こんにちはー! ディランさんですよねー!」


 腹から声を出してメガホンを通じて話すと、ディランが「ギャッ」と片耳を押さえて転げた。

 そして少し涙目になりながら、わたしを睨む。


「な、なんだよキミは……」

「はじめまして、ディラン・テイラーさん。わたしはレベッカ・キャンベル。今日はあなたに頼みたいことがあってやってきましたの」

「レベッカ・キャンベル……? ……あぁ。殿下のお気に入りの小娘か……」


 小娘とはなんだ、小娘とは。おまえと同い年だぞ!

 腹が立ったけれど、ここはぐっと我慢。


「ディランさんの魔法に関する知識・技術は国一番だと伺っております。そこで、ぜひあなたに魔法のご教授を……」

「いやだね。他を当たって。ボクは他人に興味なんてない。なんの利益もないのに誰かに魔法を教えるのなんかまっぴらごめんだ。特に、キミみたいな身分しか取り柄のなさそうな奴相手ならなおさらね」


 腹立つぅー!

 身分しか取り柄がないだって? そんなことないわ! わたしにだって取り柄のひとつやふたつ……ひとつや……ふたつ……ひとつ…………とにかくあるわ! たぶん!


 あなたなんてこっちから願い下げだわ、と言いたいのを必死に我慢する。

 これはレナちゃんのため。最終的には皇妃になるために必要な我慢……これくらい耐えられなければ皇妃になるなんて夢のまた夢だ。


「……あなたに利益があるとしたら? 引き受けてくださいますか?」

「ボクが満足できるだけのものがあるなら、考えてあげてもいいけど」


 どこまで上から目線なの、こいつ!

 本当に腹立つ。話すたびにムカつく。これも一種の才能に違いない……こんな才能なんて誰もいらないだろうけれどね!


 そんな文句は心の中だけで言って、表面上はにこやかにする。わたしにだってこれくらいの芸当はできるのだ。アンディに仕込まれたからね!

 こればかりはアンディに感謝にしないと。


「わたしの守護獣はドラゴンです」

「ふうん、ドラゴンねえ…………はっ? ドラゴンだって?」


 驚いた顔をするディランに少しだけ胸がスカッとする。やあ、いいね、その顔!


「──ドラゴンについて、詳しく知りたくありませんか?」


 そう微笑んだわたしを見て、ディランはごくりと喉を鳴らした。



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