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30:天才魔法士


 ディラン・テイラーはわたしと同い年の少年である。わずか十二歳で大人でも扱いの難しい上級魔法を複数属性使いこなした魔法の天才だ。


 ディランは無属性。それなのにも関わらず、ほんとんどの属性の上級魔法が使える。初級魔法でさえ覚束無いわたしとは雲泥の差である。


 そして彼はゲームの攻略対象者である。

 外見は光の加減によっては緑にも見える黒髪と、エメラルドのような鮮やかな緑色の瞳。三白眼と引きこもりがちであまり陽の光を浴びていないせいで不健康そうに見える青白い肌に、おまけに目の下にはいつも大きなクマがあって不健康そうな見た目に拍車がかかっている。

 パッと見はそうでもないけれど、よくよく見ると整った顔立ちをしている。そんな感じの少年だ。


 ただまあ外見からわかるように、彼は一筋縄ではいないひねくれた性格をしていて、そのせいで彼の周りには誰もいない。孤高の天才魔法士──といえば聞こえがいいけれど、ようは根暗な陰キャである。


 彼がそうなった原因はあるけれど、今はそれは置いておく。

 とにかく彼は魔法に関しては天才的な才能の持ち主で、頭も決して悪くない。ゲームでは教えるのも上手だった。

 だから、魔法に関しては同い年でもある彼から教わるのが、レナちゃんにとって一番いいと思う。


 ただ……レナちゃんに魔法教えてあげてと頼んでディランがすんなり引き受けてくれることはないだろうという難点があるだけで。


「……確かに、ディランなら適任だろうね。でも、彼がすんなりと引き受けてくれるとは到底思えないけれど。僕の頼みだって滅多に引き受けてくれないし……」


 まじか。皇子の頼みすら断るのあいつ!?

 すごいな……さすが天才。わたしとは器が違う……。


 いや、そんな感心をしている場合じゃない!


「それに関しては秘策があるから、安心して。お願い、アンディ。ディランの居場所を教えて」


 秘策と言ったところでチラリとヴァーリックに視線を向ける。ヴァーリックは嫌な予感がしたのか、ブルリて震えた。良い勘しているね。


「ふうん……わかった。いいよ、教えてあげる」


 アンディの言葉にわたしは心の中でガッツポーズをする。

 よし! これであとはディランとレナちゃんが仲良くなれることを祈るだけだ。

 まあゲームの主人公と攻略対象者だし、そのあたりは問題ないと思うけれどね。


 とりあえず、今日のところはそのままそれぞれ家に帰ることになった。




 翌日、わたしはさっそくディランに会って話したいことがあると手紙を書いた。

 しかし、彼からの返事はない。


 無視か。まあ、予想していましたけどね!

 あらゆることに対し、悲観的に考えてしまう彼のことだから、わたしからの手紙もなにかの罠かと疑っているに違いない。


 手紙を出しても返事がこないなら、直接行くしかないよね。

 ということで、ディランのいるという場所にやってきました!


 鬱蒼とした木々に囲まれ、貴族たちの住む住宅区や庶民の暮らす区画からも外れた場所。皇家の所有する屋敷の一つに彼は住んでいる。


 さすがは皇家所有の建物なだけはあって、建物の造り自体は品のある外観だ。定期的に手入れもされているようで、蔦が這ったり苔が生えたりはしていない。


 ただ……薄暗い林の中にある屋敷だからね。たとえるなら、ホラー映画に出てくる洋館のような雰囲気がある。有り体に言えばなにか出そう。


 ディランはこの屋敷で一人、魔法の研究をしている。無属性の魔法について研究をしているような話がゲームであった気がする。


『ここにディランって奴がいるのか?』

「なんか……おばけが出そうな雰囲気っスねえ……オレ、騎士団にいたとき、こういう感じの廃館に行って白い影を見たんス……」

『幽鬼のたぐいか。この世界にもいるんだなあ』


 呑気に会話をするノアと白いコウモリ姿のヴァーリックに少しだけ勇気づけられる。

 二人……いや、一人と一匹がわたしにはついているんだ。あのディラン相手だってなんとかなる。なんとか……なんとかできると……いいなぁ。


「……行くわ」


 意を決し、わたしは屋敷に備えつけられている呼び鈴を鳴らす。

 ノアも少し緊張した面持ちで、ドアが開かれるのを待つ。


 心臓がバクバクしている……大丈夫。やれる。わたしはやれば出来る子。それに、ディランに頼みを聞かせる最終手段だってあるんだから。


 そんなことを考えてじっと待つが、誰も出てこない。もう一度鳴らして待ってみるけれど、やっぱり出てこない。


「……本当にここに人がいるんスか?」

「アンディの情報だから間違いないはずだけれど……おかしいわね……」


 困ってノアと顔を見合わせる。

 うーん、どうしよう。引き返すしかないのかな……。


「すみませーん! 誰かいませんかぁ!」


 ノアと一緒に大声で呼びかけてみる。

 やっぱり誰も出てこない。


「……仕方ないわ。今日は一旦引き返しましょう」

「そうっスね…………ん? あれ? お嬢、鍵かかってないみたいっス」

「え?」


 ノアがドアを押すと確かに動く。

 鍵をかけていないなんて、なんと不用心な……。今は物騒な世の中なのに、いくら魔法の天才とはいえ不用心過ぎる。


 だけど、今はその不用心さがありがたい。

 勝手に入らせてもらおう。中でディランが倒れたりしていたら大変だものね。


「勝手にあがらせてもらいましょ。お邪魔します」

「ええ……? いいんスかねえ……」

「あとでちゃんと説明すれば大丈夫。……な、はずよ。そもそも鍵をちゃんとかけていない方が不用心なの。勝手に入ってくださいって言っているようなものだわ」

「そうっスかねえ……」


 首を傾げるノアを押しながら、屋敷の中に入った。


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