28:ご対面
守護獣と召喚者は繋がっている。
そのため、離れていても意思の疎通が可能だ。
ノアの召喚獣には実況解説のように移動しながら説明してもらい、数十分後にはレナちゃんがいると思われる場所が判明した。
ノアの守護獣はすごく有能な守護獣だ。ヴァーリックが『知能が高い』と言っていただけはある。
その場所にわたしたちはすぐに向かう。
てっきり屋敷内のどこかにいるのかと思っていたけれど、レナちゃんがいた場所は屋敷から離れたボロボロの小屋だった。
ギリギリ敷地内で、いかにも突貫工事で作りました、というような造りの小屋だ。
むしろ、今建っているのが不思議に思えるくらいのボロさ。とても貴族の娘が住むような場所じゃない。
「……ひどい……」
「こんな劣悪な環境にいるとは……」
わたしもアンディも思わず言葉を失ってしまう。
もっと早くにレナちゃんを訪ねるべきだった。大切な光魔法の持ち主をこんなところに追いやるなんて……いや、光魔法うんぬんの前に、自分の子どもにこんな仕打ちをするなんて信じられない。
早くレナちゃんをここから助け出さなくちゃ。
そう強く思った。
わたしは小屋の入口の戸を叩く。
何度か叩いて呼びかけて、ようやく戸が引かれた。
立て付けが悪いのか、ガタガタと嫌な音を立て、ゆっくりと空いたとの向こうには、昔よりも少し大人になって、でも明らかに健康状態の悪い様子の少女が恐る恐ると言った顔でこちらを見ていた。
柔らかい金色の髪はパサついていて、肌は青白い。目は窪んで、わたしよりも細くて小さいのに、その外見はわたしよりもいくつか年上のようだった。
「……どちらさまですか……」
弱々しく掠れた声には不信感と恐怖心が感じられた。細い体を包むワンピースは、彼女の体型に合っていない。何年も前のものをずっと着ているのだろう。
そんな彼女の姿にわたしは前世の自分を重ねた。
弱くて搾取され続ける毎日。罵詈雑言に耐え、ときには殴られて、毎日を呪いながら生きていた。
そんなわたしを支えたのは、たった一つの野望。いつかわたしを見下した奴ら全てを見返す──そんな、無謀な夢のようなものがわたしに生きる力を与えてくれた。
彼女にはそれがあるのだろうか。
……いいや、あってもなくてもいい。わたしは目の前に理不尽に耐えている人がいたら手を差し伸べられるように、今までがんばってきた。今こそそのがんばりの成果を出すときだ。
「こんにちは。レナさんですよね?」
「そうですが……あなたは……?」
「わたしはレベッカ。前に一度お会いしたことがあったかと思うのですけれど」
警戒心を薄れさせるように、柔らかい笑顔と口調を意識する。
レナちゃんは少しの間考え込んでいたけれど、小さく肩を落とした。
「ごめんなさい……覚えていません……」
「覚えていないのも当然ですわ。お話したのもほんの少しだけでしたし」
そう言うと、レナちゃんは少しホッとした顔をする。そして、先ほどよりは少しだけ柔らかい態度になった。
「覚えていなくてごめんなさい……それで……私になんの御用でしょう? 私を訪ねて来る方がいるなんて……あの、父が失礼なことを言いませんでしたか?」
話していくうちにおかしいと思ったのか、最後はまた先ほどのように警戒した顔になってしまった。
こんなところに娘を追いやるくらいの父親だ。普通なら追い返すだろう。
「いいえ、まったくそんなことは。それよりも、レナさん。わたしとお友達になってくださらないかしら?」
「おともだち……?」
不思議そうに首を傾げるレナちゃんにわたしは勢いよく頷く。
「そう、お友達ですわ。前にお会いしたときからレナさんとお友達になりたいと思っておりましたの。同じ学園に通うのですもの、ぜひわたしと──」
「え? 学園……? なんの話ですか?」
「え……?」
戸惑うレナちゃんにわたしも戸惑う。
学園のことを知らない……? そんなはずは。だって、レナちゃんはゲームの主人公で、学園に通わないとゲームは始まらなくて……。
……そもそも、ゲームとすべて同じになると思い込んでいたわたしが間違いだった?
確かにゲームの登場人物はこの世界に存在しているし、姿も名前もゲームと同じだ。
でも、たとえるならオスカー殿下。ゲームだと彼はアンディとの兄弟仲は最悪なままで、レナちゃんと出会うのもオスカーとしてではなく騎士のオーウェンとして出会う。
だけど、現在はアンディとの兄弟仲は良好まではいかなくてもそれなりの関係を築けているし、なにより『オーウェン』としてではなく『オスカー』として騎士になった。そこがゲームとは違う。
同じようなことがレナちゃんの身にも起きていたとしたら……? そして、それが悪い方──つまり、彼女が学園に通わない方の道筋に進んでいるのだとしたら──?
まずい。レナちゃんが攻略対象者と出会って、今起きているこの国の問題を解決してもらわらないと、大変なことになってしまう。
それだけは絶対に避けないと。レナちゃんが学園に通えるように手を尽くさないと。
「……学園をご存じではない?」
「その学園ってなんですか? 学校なのはわかるのですけれど……」
申し訳なさそうに言うレナちゃんにわたしはニッコリと笑いかける。
「そうでしたか……では、学園についての説明をするために、出直しますわ」
「はい?」
「次に来るときはちゃんとした資料と人材を持ってきて参ります。それではごきげんよう」
そう言ってわたしは回れ右をする。
慌ててわたしの後に続くアンディたちなんて気にする余裕がない。
まずい。この感じだと、レナちゃんは学園に通う手続きすらされていない可能性が高い。それに魔法についても学んでいないかもしれない。
魔法についてなにも知識がないと、授業についていくのに必死になって、この国を救うどころではなくなってしまうかも。それは回避しなければ!
「レベッカ、どうしたの。突然来た道を戻り出して……」
アンディに手を掴まれ、わたしは足を止める。
気づければデイヴィス家の敷地から出ていた。
「アンディ、お願いがあるの」
「なに?」
「レナさんが学園に通う手続きがされているか確認してほしいの。もしも手続きがされていなかったら……」
「……手続きをすればいいんだね?」
「ええ、お願いできる?」
「もちろんさ。でも……学園の入学手続きがされていないなんてことがあるの?」
「レナさんは学園の存在を知らないようだった。だから、入学手続きをしていない可能性が高いと思うの」
「学園の存在を知らない……? 貴族令嬢が?」
驚くアンディにわたしは神妙な顔をして頷く。
「アンディ……思っていた以上に、事態は深刻かもしれない」




