27:ギャップ
それから数日後、アンディはお忍びで皇宮から抜け出し、屋敷を抜け出したわたしと合流した。
誰にもバレないよう、最新の注意を払って出てきた。見つかったらあとで大目玉を食らうのだろうけれど、これも国のため未来の皇妃になるため。多少の痛みを覚悟しなくては、大きなことはなしえない……。
『主よ、なんか格好良いこと言っているけど、結局バレているじゃないか』
呆れて言ったのは人型になったヴァーリックである。
……うるさいな。わたしの作戦は完璧だった。いつもこれで屋敷抜け出してマンガを買いに行っていたし。
ただ、奴の勘が野生動物並みなだけで、わたしの作戦に落ち度はない。
「とかなんとか言っちゃって~! お嬢、いつも屋敷抜け出すときにオレにバレてるじゃないっスか! そのたびにご馳走してもらえたんで、オレ的にはお得でしたけど」
ニコニコと能天気な顔をしているノアにイラッとする。「今日はなにご馳走してもらおうかなぁ」なんてのたまうのでさらにムカつく。
確かにいつも抜け出すときはバレていたし、そのたびにノアの望むものを買い与えていたけれど……まあ、ノアについてきてもらえたほうが護衛にもなってちょうどよかったというのもあるけれど。
でも、今回は本気でノアにバレないように屋敷を抜け出したんだ。屋敷を出るまでは大丈夫だった。一歩出た瞬間にノアが待っていましたよね。なんなのこの護衛。勘がいいにも程がある。
「……それで、どうするの、レベッカ」
きっとアンディは呆れた顔をしている。気まずくて顔が見れないから、実際はどんな顔をしているのかはわからないけれど、口調か呆れているときのものだからきっと間違いない。
わかるよ。アンディは約束守って皇宮の厳重な警備を掻い潜って一人で抜け出してきたんだもんね。皇宮の四分の一以下の我が家の敷地から一人で抜け出すことに失敗したわたしに対して呆れるのは当然だよね。
それにわたしはヴァーリックというサポートまでついてコブ(ノア)付きだもんね。
なんというか……本当に申し訳ない。
アンディにここまで来させて「今日はやっぱりやめまーす☆」なんて言うほど、わたしは面の皮は厚くない。
「……やるわ。こうなったらノアにも手伝ってもらいましょう。わたしたちは共犯よ」
「え? お嬢たち、なんか悪いことするんスか?」
「考えようによってはノアがいた方がいろいろ便利かもしれないわ」
「もしかしてオレ、犯罪の片棒担がされそうなっていたり?」
そんなことないっスよねえ? とハハハと笑うノアにわたしたちはなにも言わず笑顔になる。
そんなわたしたちにノアの顔が固まる。
「……え? まさか、本当に……?」
「さあ、出発しましょうか」
「お、お嬢……!」
いつも調子のいいノアの引きつった顔に満足する。
うん、うん。たまにはそういう顔してくれていいのよ。
「ノア、いいことを教えてあげる」
「なんッスか……?」
警戒した様子のノアにわたしはキメ顔で言う。
「──知らない方が幸せなこともあるのよ」
決まったわ。主演女優賞モノだわ。
そんな優越感に浸るわたしに対し、アンディとヴァーリックは冷めた目を向け、ノアは顔を青くさせていた。
レナちゃんの家の近くまで来たわたしたちはお互いに顔を見合わせる。
ちなみに、アンディの髪色は派手すぎるし、瞳の色は特殊すぎて身バレする可能性が高いので、黒髪の鬘と薄い色のサングラスをしてもらっている。
……うん、正直に言おう。めちゃくちゃ怪しい。
本人に言うと怒られるのは目に見えているからいいませんけど。
「デイヴィス家の近くまで来たけれど……ここからどうするの?」
「ヴァーリックに猫か小さな動物に変化してもらってレナさんの居場所を突き止めてもらおうかと思っていたけれど……せっかくノアがいるのだし、ノアにやってもらいましょう」
「オレっスか? というか、お嬢たちはなにする気なんスか?」
「詳しい経緯は省くけれど……デイヴィス家のレナさんとお友達になりたいけれど、彼女にはなかなか会えないからこちらから出向くことしたの。そのために、彼女がどこにいるか知りたいのよ」
「はあ、なるほど?」
なるほどなんて言っているけれど、ノアは不思議そうな顔をしたままだ。
まあ、いずれ話すよ。そのうちね。
「それで……まさか、オレに忍び込めと言うんスか!?」
「そうよ」
「ええ!? いやっスよ! 見つかったら捕まるじゃないスか! 牢になんて入りたくないっス!」
「大丈夫よ、すぐに出してあげるから。……アンディが」
「突然僕に丸投げしないでくれる?」
冷たいアンディの視線にわたしは震える。
じょ、冗談ですってば!
「……そんな冗談はさておき。ノア、あなたの守護獣にレナさんの居場所を探ってもらいたいの」
「オレのリーナにスか? まあ、あいつは偵察とか得意ですけど……人探しができるかどうかは……」
『おまえの守護獣はハリネズミだろう。あいつらは知能が高い。人の顔を覚えるのくらい容易いはずだ』
そうなんスか? と言うノアにヴァーリックは鷹揚に頷く。なんだろうな……ヴァーリックの動作ってたまにすごく偉そうなんだよね。普段は食べ物寄越せって子どもみたいなのに。なんだろう、このギャップ。本当にいらない。
「わかったッス。頼んでみるっス」
ノアは守護獣を召喚した。
小さなハリネズミが現れ、ノアの肩にちょこんと座る。やだ、すごく可愛い。
ノアが手をハリネズミに向けると、ハリネズミはてってっと手に乗り、真っ黒なつぶらな瞳をノアに向けた。
「リーナ、あの家にいる女の子を探してほしいんスけど、頼めるっスか?」
『任せろ』
びっくりした……! ハリネズミから低音のイケボがするなんて……! 意外だ。こういうギャップもあるのね……。
「ええっと、特徴は……」
「金色の髪と薄い紫色の瞳をしているわたしと同じくらいの女の子よ」
『承知した』
そう言うとハリネズミはスっとノアの手から飛び降り、てってってっとデイヴィス家の方に向かって駆けて行った。
動作は可愛いけれど、口調と声は渋い……。




